ゴブリン
ようやく戦闘回?
ギ、グギャ、キー
餓鬼達のうめき声とは違う明らかに意志を持った声。明らかに一定の旋律があり、それが人のものではない言葉だとわかる。だが、
「下品な響きだ。」
涼の評価は決して彼独自のものではないようである。
「相手はゴブリン。良かったですねー。初陣にはうってつけの相手ですよ。頑張って下さいね。」
「頑張ってって、俺らだけでですか?」
「そうですよー。」
さも当然、とばかりに静は頷く。
「アルはあの通り。僕とリーゼさんは治療中。涼はこの際勘定に入れない方がいいですね。まあ強いて言えば最終防衛ラインという事で。で、竜也は……これも戦力外と見た方がいいですね。」
苦笑する静の視線の先。デジカメと静のナップから引っぱり出した装着型スターライトスコープというデバガメフル装備な竜也がいた。別の意味でやる気満々である。
「よっしゃー、どこからでも来い!はっはー!!」
「そんなぁ、」
「だだだだ、大丈夫なのかい?相手は多いんじゃないの?3人なんて無茶だよ。何とか見逃してもらえないかなぁ。食料なら分けてもいいんだよ。」
相手は一応雇い主である。素っ頓狂なことを言ってもあからさまに馬鹿にしたりは出来ない。この場合冷ややかに流すのが上策であろう。
「王子、ご心配ありません。魔法など使わずとも下級妖魔ごときいくらでも、」
立ち上がろうとしたリーゼナイセをフィルが抑える。フィルが肩を上から押さえられるだけで立ち上がれないほどに彼女は弱っていた。
「ダメだよ、ゼナは休んでなきゃ!」
「お、王子?」
リーゼナイセは思いの外強いフィルの口調に驚き目を丸くした。フィルが彼女に何か強く意見するなど始めてのことであった。
「ゼナは怪我してるんだ。絶対動いちゃダメだよ。いいね。」
「ですが、」
「はーいはいはい。安心してね。彼女は僕が責任を持って抑えておきますから。」
「ちょっと、放しなさい!王子!」
片腕の静でも今のリーゼナイセは振り切ることが出来ない。後ろから抱きつくようにしがみついてくる静の腕の中で何とか抜け出そうともがいているのだが効果は薄そうである。静はそんな彼女の様子を楽しんでいるようにも見える。
「あれ、セクハラだよねぇ。」
「行きすぎたら私が止めるから心配するな。」
「大丈夫だよ。」
そう言いながらフィルが立ち上がると同時にがさがさと音をたてて茂みからゴブリンが現れる。1メートル越えた程度の小柄な悪鬼は錆だらけのショートソードと中華鍋の方がましではないかと思える粗末な盾を手に彼らを取り囲んだ。その数は両手の指だけでは足りない。
「僕は強くなるって決めたんだ。だから、大丈夫。」
アーミーナイフとバックラー(小型の盾)を持つ手はかすかに震えている。しかしその目に迷いはない。こちらを値踏みするようなゴブリン達の視線に負けてはいなかった。
慌てて出てきたこともあり、彼らの装備は決して高級なものではない。ルドルセンとの取引で急場しのぎで揃えた小剣と皮鎧程度。質で言えばゴブリン達と大差ない。そうなるとあとは技量の差になるが、多対一のハンディというものはなかなかに埋めるのは難しい。
「使うといい。」
「使えだってさ。」
横から涼が剣を差し出す。太刀『雪月花』と共に常に携えている脇差し『月影』であった。
「片刃だがそのナイフよりはいい。」
「だそうだよ。切れ味は折り紙付きなんだから。」
「あ、ありがとうございます。」
キンッ、と清んだ音と共に刃が放たれる。刃渡り40センチほどの小刀は真打ち雪月花に劣らぬ美しい刃紋を持っている。それはこの世界のどの装飾刀よりも美しいと思えた。一瞬フィルだけではなくリーゼナイセも目を奪われていた。
「行け。」
涼が静かに言うと同時に、こちらを見定めていたゴブリン達が一斉に襲いかかってきた。トルーナ達は青い顔をして静の後に引っ込む。馬車の中に逃げ込もうかとも思ったが、フィル達がやられれば襲われるのは馬車の荷物である。場合によっては外にいる方が助かるかもしれないとの計算であった。ゴブリン相手にあまり意味のない計算ではあるが。
ギン!!
ガッ!!
刃と刃を打ち合わせる音が響く。盾で相手の刀を払う。後ろに飛び剣戟をかわす。再び踏み込み相手を牽制する。
フィルとルークは一度に3匹のゴブリンを相手にしている。個々の力はかなり弱い部類に入るゴブリンだが、彼らにはそれを数で克服するのだ。それでも二人は何とかそれ以上ゴブリンが近寄るのを防いでいる。代償として細かい傷を体中に増やしていきながら。
「なーんか、破傷風になりそうで怖いですねぇ。ああ、君はここで大人しくしていなさい。」
一緒にゴブリンに襲いかかろうとする子猫の首根っこを捕まえてリーゼナイセに押しつける。それが一種のリミッターになったのか、彼女は大人しくルイを抱いて動くのを諦めた。フィルの手足に傷が増える度にリーゼナイセが駆け出そうとするものだから、結果的に静は先程からずっと彼女にへばりついたままだったのだ。セクハラで訴えられても否定できない。もっとも、結果的になのか意図的になのかはかなり曖昧であり、少なくとも涼は後者だと確信している。それでも静をはり倒さないのは、静が彼女を抑えているのも事実であることと、彼は彼で忙しいのである。
ピシッ
「見ているだけというのはさぞもどかしいだろうな。」
ピシッ
「それがわかっているのなら黙って見ていないでこの男をどうにかしていただけないかしら?」
ピシッ
「そのままじっとしていると約束してくれるのならな。」
リーゼナイセは忌々しげに長髪の青年を見上げた。口だけの約束を見破れない男ではないだろうし、仮に静が離れ彼女が駆け出したとしても、それを易々と見逃すとも思えない。そして、彼女以上に勇ましい小さなパーティメンバーが、今も彼女の胸の中でゴブリン達をにらんでいる。結局彼女は大人しくしているしかないのである。
「貴女が敵に一人で喧嘩を売りその身を傷つけていたと知ったとき、フィルやルークも今の貴女と同じ思いをしたんでしょうね。」
今までリーゼナイセのポニーテールに頬ずりし変態一歩手前(そのものか?)になっていた静がそっとささやいた。それを聞いたリーゼナイセの身体がこわばる。
「今まではずっと一人でいたんでしょう。でも今は、貴女がそうであるように、貴女を護りたいと思っている子達がいることを忘れないで下さいね。」
静かな口調で淡々と語られる静の言葉は、彼女の表情を崩すことはなかった。それでも、先程のようにかすり傷一つで暴れ出すような事はなくなっていた。
「私のことを何も知らないくせに小賢しい口を利く。」
「僕も貴女を護りたいと思う一人ですから。」
こっちのセリフは先程にもましてさらっと受け流されたようである。
ピシッ
「ふぅ。ん?ミリィ、どうした?」
呆れた溜息をついた涼の視界の隅に、先程から呪文を唱えようとして悪戦苦闘しているミリィの姿が見えた。自分の名を呼ぶ涼の声は聞こえたのだが、夕食時にかけた通訳の呪文はすでに効果を失っている。どう言葉を返していいのかわからないまま、青白い顔を涼に向けて震えている。
「君の援護がないとあの二人は手詰まりですよ。今は支えるのが精一杯です。反撃に移るのは少々無理そうですから。」
相手の攻撃を裁くのに手一杯で、二人はなかなか攻撃に転じることが出来ない。それにそんな状態ではルークも回復呪文を唱えることが出来ず、小さな傷でも重なっていけば動きに支障が出るのは目に見えていた。
「静様、で、でも、私、ダメなんです……」
「どうしました?」
「私、怖くて、呪文なんて唱えられません……」
その声は聞こえるか聞こえないかのか細いもので、彼女の瞳にはもう大粒の涙が溢れかえっていた。静の話を聞き、自分でもどうにかしなくてはいけないとわかっているのだが、それでも彼女は恐怖をぬぐい去ることが出来ないのだ。
ピシッ
「どういうことだ?」
涼が怪訝な顔をして静に尋ねる。それでも先程から放っている石礫は正確にゴブリンの邪魔をしている。
指弾と称されるその技術は古武術、拳法など色々な流派で使われている。要は親指で石を弾き相手に当てる、それだけのことである。しかし鍛えられた拳法家の指弾は時には杉板さえも割るという。
ただし今涼が手にしているのは小石よりもう少し小さい石であり、そこまでの破壊力はない。涼はぼうっと立っているように見せて、要所要所でその礫を放ちフィルやルークが致命傷を負うのを避けていたのだ。それはあまりに小さく、ゴブリンの動きも一瞬の遅延の連続であるためフィルやルーク、そしてすぐ横にいるリーゼナイセにも気付かせないものであった。
これの利点はなんといっても助けられている本人に自覚がないため緊張感と安全性を両立させられることにある。一歩間違えば死ぬかもしれない稽古を安全にこなすという非常に効率のいい修行であった。もちろんそれにつきあわされるゴブリン達は気の毒でしかないがそれはまあ自業自得というものだろう。
で、その涼は置いておいてミリィである。
「魔術の詠唱はね、その間術者はトランス状態に入るんですよ。」
静は手招きして泣きじゃくるミリィを呼び寄せた。前で戦う二人に悪いと思いつつ、ミリィは泣きながら静の所まで下がってくる。静はその頭を優しく撫でてやる。ミリィの気持ちはもう遙か昔の事ながら理解できないものではない。だが同時に魔術師であれば誰もが越えなくてはならない壁でもある。
「術者のレベルにもよるんですけどね。彼女くらいではまだ一つの呪文を唱えている間は全くの無防備になるでしょう。もちろんその間外部の情報が全く入ってこないわけで、戦場のど真ん中で全ての感覚を無くす気持ちは何となくわかるでしょう?」
「そんな不安覚えたことがないわね。」
「わかりはしないが想像は出来る。」
「君たちに同意を求めたのが間違いでした。でもね、実際問題どうにかするしかないんだよね。」
静はそう言って前線の二人を見た。二人とも大きな怪我はないが疲労の蓄積は大きい。一対一の稽古の時とは疲労度が断然違う。ましてまだ敵が一匹も減っていないという事実がそれに拍車をかけている。涼の手助けがあるとはいえ均衡が崩れるのは時間の問題であった。
すっと静の目が涼のそれと合う。
「信じてもらうしかないな。」
ミリィの頭を撫でる手がもう一つ加わった。その感触に顔を上げると、そこには音もなく近くに来ていた涼がいた。
涼はミリィの肩を掴むと彼女を二人の方へ向かせる。そのまま彼女の肩に左手を置き、右手は今まで通り二人の援護を続ける。
「信じろってさ。」
「えっ?」
涼が何を言いたいのかわからないでいるミリィに静が言葉を足す。元々言葉の少ない男であるから、仮に魔法で言葉が通じていても意志を伝えきれないこともある。
「確かに魔術師は孤独で、そして弱い存在だよね。でもね、リーゼさんと同じ。前を見て、君を護る剣があることを忘れないこと。ついでに僕や、そこにいるゴルゴもどきを信じてごらん。」
ゴルゴと言われてもそれがなんのことかミリィにはわからないが、それで静や涼の言いたいことは伝わったようである。肩を通して伝わってくる涼の体温は、不思議とミリィから恐怖心を拭い去っていた。
「威力はいらないですよ~。狙いとタイミング。涼の指示通りに、ね。」
「いけるか?」
「……はい!」
言葉は通じなくともわかるものがある。この場でそれ以外の返事などあり得ない。
すっと涼が一匹のゴブリンを指差す。ミリィは静かに、だが出来る限り早く精神の統一から呪文の詠唱に入る。そこから先は初等呪文であるルーンアロー。呪文さえ唱えてしまえば発動までの時間に技量の上下は基本的に変わりはない。詠唱が終わるとミリィの手から光の矢が飛び出しフィルの右後ろから斬りかかろうとしていたゴブリンに直撃した。それは決して強力なものではなく一撃で仕留めるまではいかないものであった。だがゴブリンを怯ませ大きな隙を作るには十分である。
「せいや!」
一閃、フィルが袈裟掛けに振り下ろした剣が粗末な皮鎧ごとゴブリンを切り裂いた。
「やった!」
「フィル、左!」
「はっ、はい!」
一瞬動きが止まってしまったフィルだが、静の叱咤ですぐに次の動作に入る。間一髪で左からの剣を受け流し正面のゴブリンに剣を振り下ろす。
キンッ!
その結果に驚いたのはゴブリンよりフィルだったかもしれない。フィルの剣を受け止めたゴブリンの剣は、その衝撃に耐えきれず刃を合わせた位置で真っ二つになってしまったのだ。しかし元々膂力に劣るフィルに相手の剣を叩き折る力はないしそういった剣の振り方もしていない。
「(折れた、というより、斬れた、の?)」
疑問の答えより先に振り下ろした剣はそのままゴブリンの顔面にめり込んだ。流石に頭蓋骨で刃が止まり、カチッという感触が手元に伝わる。それはまず間違いなく刃こぼれを意味している。
後ろで涼が絶望的な顔をしているがそれを見たものはいない。
盾で受け止めた左のゴブリンに気を配りながら顔面を切り裂かれたゴブリンを押しやる。死んではいないが戦闘能力は無いも同然であったからフィルは残り一匹に正面から対峙した。
「(えっ!?)」
再び月影を目にしたフィルは危うくまた敵から目を離すところであった。手元の刀身には血糊は付いているが刃こぼれなど一つもない。
「そっか。これ、魔法剣なんだ。」
エンチャンターと呼ばれる特殊な魔術師が作り出す魔法の武具の数々は武具に切れ味や様々な特殊効果を付与する。それだけでなく、魔法により強化された武具は通常の使用では破壊されないという利点を持つ。魔法や同じ魔法武具でなければ破壊できないのだ。
が、もちろん月影はそんな魔法など何もかかっていない。刀匠による巧みの技のみが可能にする物理的な破壊力はある。が、日本刀は脆いところがあり、扱いが雑だとすぐに欠けたり折れたりする。永続的な魔力付与ではなく、静がかけた一時的な付与のおかげであった。ただしそれは刀身の保護を主としているので、フィルの基本が出来ているという事もまた事実なのだ。
ミリィが参戦し数のバランスが崩れた今、ゴブリン達に勝ち目はなかった。ルークを狙っていた内の一匹がフィルの方に回るが、元々3対1で拮抗していたのが2対1になれば結果は明らかである。あっという間に6つの死体が出来上がった。
戦闘が終わると、緊張が解けたのかフィル達3人はその場でへたり込みそうになる。だがその襟首を涼が掴み座り込むことを許さない。
「ほらほら、敵の数の把握というのも魔術師の重要な仕事の一つですよ。よく周りを見てみなさい。」
「えっ、あ!!リュウヤ様がいない!!」
静に言われ辺りを見回して始めてそのことに気付くフィルとルーク。ミリィも死体の数を数えてやっとそれが少ないことに気付く。そんな簡単なことにすら気が回らないほどに緊張していたのだ。ルークは息や心臓と同じくらい高ぶる気持ちを何とか押さえ込んで戦闘が始まる前のことを思い出そうと試みた。
ルーク、フィル、竜也の3人が馬車を取り囲むように立ちゴブリン達を防ぐ。背後は泉なので後ろを気にする必要はない。3人の後ろからミリィが援護し、間を抜けた場合に備え涼が(どこまで頼りになるかわからないが)待機する。
それがベストだと思いルークはそう指示しながら向かってくるゴブリンを迎撃した。フィルも同じ考えだったのでそれに倣う。おそらく声はないがリーゼナイセとてそれ以外に思いつかないだろう。
「ていりゃぁ!!ライダーキィィィィック!!」
「ぶっ!」
派手な叫び声に釣られ一瞬横を見たルークは信じられないものを目にし吹き出していた。両手に黒い金属製の塊を持った竜也が盾も剣もないまま先頭のゴブリンの顔面に飛び蹴りをかましていたのである。もちろんゴブリンもそんな攻撃は思いもしていなかっただろう。かわすことも防ぐこともできずに飛び蹴りがクリーンヒットしたゴブリンはごろごろと転がりながら茂みの中へと消えていった。
「はっはー!!へいかもんふぁっきんべいべー!れっつぷれいつー!!」
中指を立てようとして失敗しつつ叫ぶ竜也に左右からゴブリンが斬りかかる。竜也はそれをかわし、さらに別のゴブリンに向かって小石を投げつける。攻撃ではない。ただの挑発そのものである。
「ほらほら、君らもぼーっと見てないでさ、いい顔見せてみ。ただでさえ雑魚キャラで割けるメモリ限られているんだよ。はい、チーズ!」
陣形などあったものではない。後ろに控えるゴブリンの集団のただ中に突っ込んでいく竜也をフィルもルークも唖然として見送ってしまった。止めようと思わなかったわけではないのだが、二人にもそれぞれ3匹のゴブリンがかかってきていて、それを捌くのに手一杯になっていたのだ。
「そ、そうだ、リュウヤ様が危ないじゃないですか!!」
今更、としか言いようがないがやっと竜也が大半のゴブリンを引き連れていたことに気付く。その竜也はしかも丸腰である。いや、思い出せばウィズリードは鞘に収まっていた。しかしその両手は彼らがカメラと呼ぶ物体で塞がっていて、今までの経験から竜也がわざわざそれを手放すとは思えない。
「まあ心配しないでも、そのうち戻ってきますよ。」
「あんた、それでもリュウヤ様の従者なんですか!!」
「従者じゃなくどっちかっていうと保護者かなぁ。ま、逃げ足だけは折り紙付きですよ。」
「必殺!!太陽剣!!」
両手のカメラが自然ではあり得ない光量の閃光を一瞬にして放つ。
「グギャァァァァァァ!!」
ゴブリンは本来闇の眷属である。反面強い光は苦手としており、踏み込んだ瞬間にカウンターでフラッシュを浴びせられたゴブリンは目を押さえもんどり打って倒れる。
「やった、決まった!!俺にも出来たよ天さん!!」
あまりにもツボにはまったタイミングで技が決まった竜也は感動していた。
だが、これがすでにライトの魔法を使い静により既出となっていることをまだ知らない。後でそのことを教えられた竜也は泣きそうな顔で30分近く静に愚痴を叩きつけることになる。だが、今はこれ以外いい手を思いつかず、しかもシャッターチャンスがそこら中に転がっているのである。今の竜也はまさに水を得た魚であった。
「太陽剣!ゲドー焼身霊波光線!奇顔フラーッシュ!」
さんざん相手を挑発した竜也はすぐに茂みの中へ飛び込んだ。
もちろんゴブリンたちは粗末で錆だらけとはいえショートソードで武装している。斬られれば裂傷、もしくは打撲を免れないだろう。だが恐怖はそれほどではなかった。正確には、怖いがそれ以上の恐怖を知っているから動くことが出来る、ということである。
かつて、夏休みになると涼は師範であり道場主である祖父に連れられ山で修行をしていた。竜也は度々それに同行させられていたのだ。それはまさに山籠もりという言葉がぴったりの旅で、キャンプなどという生ぬるい単語は欠片ほども脳裏に浮かばない。
人がいない山奥で、熊は出るは蛇は出るは野犬に囲まれるは。自然の中で人間が遭遇するであろう危険は粗方味わい尽くしたのではなかろうか。そのほとんどを涼と師範の二人で片づけ、後にそこへ静が加わるが、竜也は基本的に逃げるのが仕事であった。しかし身を守ることにかけてはそれなりの自信がつくものである。
第一、それら自然の驚異を修行と称し嬉々として薙ぎ倒していく老人の方が遙かに怖い。最近では涼と静も同じくらい嬉々として飛び回っている。
そんなわけで、いくら数が多かろうがゴブリンごときに囲まれた程度でいちいちびびっている暇など竜也にはないのであった。
ゴブリン達も今の状況に違和感を感じていた。深夜の森の中。それは彼らにとってホームベースであり、たいまつも持たない人間は何も見えず立ち往生するしかない。仮に目が慣れ無理に駆け出したとしても、それは彼らからしてみれば這うような速度であり、それを仕留めるのは赤子をひねるも同然であった。同然であるはずなのだ。
しかし今追いかけている獲物は明らかに違う。山歩きや森の中に慣れている人間は確かにいくらでもいる。そういった類の人間が昼間のように動き回っているのだ。しかも先程から襲いかかっているのだが反撃らしい反撃は一切無い。時折強い光を発し牽制はするものの、それによってダメージを負った様子はない。
『こいつは無視するか?』
そう彼らが考えると、獲物はさらに調子に乗って痛くもかゆくもない攻撃をしてくる。小石を投げつけ舌を出し手を振って挙げ句の果てにお尻ペンペン、とまで。言葉は通じなくても馬鹿にされていることはこの上ない程良く伝わる。
そうして再び闇夜の追いかけっこが始まるのである。
ザザッ、ガサ、コンコン……
スターライトスコープに内蔵されている通信機が軽くマイクを叩く音を拾ってくる。竜也は辺りを見回し自身を取り囲むゴブリンの配置を確認した。方向はたぶん見失ってはいない。そして包囲は均等である。つまりどっちへ向かってもオッケーということになる。他人がそれをどう思うかはともかく竜也はそう判断するのだ。
「ああ、ごめんね。もう時間らしいんだ。本当はもっと君たちの雄姿を撮りたかったんだけどさ、何せゴブリンだろ。もうこれ以上はメモリを使えないんだ。」
と本気で謝り出す。ゴブリンはそれを命乞いととったのか、一気に襲いかかろうとする。しかし竜也はそれよりも早く静達の方向へと駆け出した。逃げ回るばかりでいた竜也がいきなり自分の方へ向かってきたため、正面に立っていたゴブリンは慌てふためいた。無造作に剣を振り降ろすがそれは余裕をもってかわされる。そして竜也はおもむろに右手を水平に伸ばした。
「マグネットパワー、プラーーース!!」
ドカッ!
すれ違いざまのラリアットが炸裂。哀れなゴブリンは顔面を強打され後頭部から地面に倒れ込む。そのまま動かなくなったところを見ると脳震盪でも起こしたのだろう。だが彼は思えば幸運な方かもしれない。少なくともそれ以上の怪我を負うことなく次の夜を迎えることが出来るのだから。
「オーニさんこっちら。手ぇの鳴ーる方へ。」
こうして再び闇夜の鬼ごっこが始まる。ただし今までと違うのは、竜也が一直線に走り続けカメラを構えないということである。その意味をゴブリン達が知ることは出来ないだろう。
「早く、リュウヤ様を探しに行かないと!!」
「まあ待ちなさいって。」
今にも駆け出そうとするルークを動こうとしない静に代わって涼が抑える。
「待てって、相手はまだ10匹はいるんだぞ!心配じゃないのか!」
「うん。ほら、来た。」
「えっ!?」
「5、4、3、2、1、0!」
ガサッ!!
「ヘイお待ち!ゴブリンお代わり一丁締めて300万円でい!」
最初にゴブリン達が現れたときと同じように茂みから無数の影が現れる。ただ、最初の時と違うのは、幾分数が減っていることと、それを先導している人間がいるということである。
「リュウヤ様!」
「や、フィル、ルーク、第2ラウンドがんばれー。」
すれ違いざまポン、と肩を叩き竜也は後ろに引っ込んでしまおうとする。その左手に刀身の無いウィズリードがあるのを見て静は一瞬背筋に冷たいものが走るのを感じた。戦力差から、逃げ回るだけなら光の剣を使うことは無いだろうとタカをくくっていたのだが、使わざるを得ない状況に陥ったのだろうか。だとしたら自分の見込みの甘さを反省しなくてはならない。
「静、見て!!」
駆け寄りざま、右手のデジイチの液晶を静に見せてくる。
「フットライトのゴブリンさんマジかっこいい!」
「レフ板か!」
ズビシッ、と思わず竜也の顔面にチョップを入れてしまう。
「うごごごご、いてぇよぉ。」
「まだいけそうだな。」
顔面を押さえてうずくまりそうなところを涼に首根っこを掴まれ前線に押し戻される。カメラはもういいのか、静と涼に投げ渡し、刀身の無いウィズリードは邪魔になるので足元に投げ捨てた。
「素手じゃあれでしょ。」
「さーんきゅ。」
静が例によってナップサックから一本の長い棒を引き出し竜也に投げ渡した。
「グギャ、ギギィ!!」
「くっ、」
「この野郎、いい加減にしろよ!」
奇声を上げて一気に押し寄せてくるゴブリン達は先程の6匹の死体を見たこともありかなり頭に血が上っている。戦いに慣れたがその分疲労の溜まった二人には少々きつい相手にも見えた。ミリィも先程の戦闘で魔力と精神力の大半を使い切っており、そうおいそれと呪文を連発することは出来ない。
その代わり今度はそこに竜也が加わっている。半分以上のゴブリンを引き連れあっちこっちへと駆けずり回り、フィルとルークの負担を一定以下に保っているのだ。
「いつも、こんな戦い方を?」
「そうですね。戦いって程大仰なものじゃないですけど。」
これは元々の世界での3人の喧嘩の仕方そのままでもある。実は何かと恨み辛みを買いやすい3人で、大量の待ち伏せなども時にはあったりする。そんなとき、今と同じような喧嘩になる。
身軽さと相手をかわす技術だけは折り紙付きの竜也であった。しかもその手にある棒で剣を裁く姿は、相手の技量が最低レベルであることを差し引いてもなかなか様になっている。
「ほわちゃー、とぉぉぉ、あちょーーーーー、あでぇっ!」
正体不明の怪鳥音とともにたまに攻撃を繰り出すのだが、嫌がらせにしかなっていない。最後の奇声はたまたま防がれて粗末なシールドを殴ってしまった自爆だろう。
「いつもこんな感じで?」
「飽きないでしょう?」
そう答える静も苦笑は隠せなかった。
ふと気になってもう一度撮影されたデータを見てみる。確かに、この下からライトアップされたゴブリンは迫力がある。下級妖魔とは思えないほどの迫力に静も思わず背筋がゾクッとしたほどであった。これだけのものを撮れるならウィズリードも本望だろう、と勝手に納得する。だがそこで致命的なミスに気付いてしまった。
「ああ!なんてことだ!」
「む、どうした?」
「竜也、RAWじゃなくJPEGだよこれ!」
「なんだってーーーー!?あーそうだ、所詮ゴブだってんで容量ケチったんだった!ふぁーーーーく!お、あぶね、おわ!」
「いつもこんななの?」
わざわざ日本語で尋ねられても、涼はそれに答えることは出来ず目をそらすことしかできなかった。
結局、牽制だけして逃げ回り大半のゴブリンを引きつけた竜也と、指弾で陰ながらのアシストに徹した涼の働きもあり何とかゴブリン達を撃退することに成功した。ミリィもわずかに残った魔力を搾り出すようにアシストした。しかし、そのおかげで戦闘終了と同時にフィル達3人は力尽きて眠ってしまい、静が一人で不寝番をする羽目になったのである。それどころか積み重なったゴブリンの死体の始末までやらなくてはならなかった。
「おかしい。何でこういうオチが付くかな?」
「策士策に溺れるって多いよね。」
「自業自得だ。」
もちろん、友人二人がそれに付き合わなかったことは言うまでもない。




