道中
カポ、カポ、カポ……
のんびりと馬車で行く昼下がり。さっきまで歌っていた竜也は今はくーくーと静かな寝息をたてている。サスペンションの無いこの世界の馬車の乗り心地は、若干ペースを落としたとはいえあまり良くは無い。よく眠れるものである。
昨夜あの後、ルークはフィルと共にアルカイアから剣を習った。アルカイアはどことなく不満そうであったが、それでも文句は言わずに二人につきあってくれた。おそらく彼もリーゼナイセに対し引け目を感じていたのだろう。そのせいか夜の見張りはアルカイア一人がすると自分から言い出したのだ。詳しく知っているわけではないが、ルークが噂で聞いていたアルカイアならばそんなことは絶対に言わないはずである。前を行くアルカイアに目をやる。ほとんど寝ていないとは思えない騎乗ぶりで元青龍騎の威厳を感じることが出来た。
もう一度後ろを覗く。馬車の中は薄暗いが、それだけにリーゼナイセの肌の白さが目立つ。何も言わないが、本調子でないのは明らかであった。
「えっと、出発前に注意事項です。」
「今さらだねぇ。」
「そう言わない。まず王都から離れるのを優先に、ちょっと急いでたからね。急ぐのはこれからも変わらないけど、怪我人出たのでシフトの変更が必要なのです。」
「チーフ、有休使っていいっすかー?」
「残念。うちの会社に有休と週休は無いのです。」
朝起きたとき、静は昨夜の事などまるでなかったかのように平然としていた。その動きは淀みなく片腕が無くなったことを全く感じさせない。竜也も静とごく自然体で会話をしていた。
「大丈夫だ。問題ない。片腕無くなった時の立ち回りを想定するくらい、俺らの世界じゃ皆自然にやっているんだよ。」
と、訝しがるルークに竜也は言っていた。平和な世界だと聞いていたが、いったいどんな世界なのだろうとルークとフィルは首をひねっていた。単純に、骨折して腕を吊った状態を経験しているだけと聞いて何とか納得したようである。
「僕らはこれからしばらく冒険者として動きます。」
「うわー、冒険者。ベタだ、いいねぇ!!」
静のセリフに、何がいいのかルークにはわからなかったが竜也が妙に喜んでいた。ただしお約束とはいえギルド登録などはしていないのでモグリで、しかもその依頼は盗賊ギルド経由。召喚された勇者としてはどうなのよ、という状況だが、竜也はそこら辺は気にしていないらしい。
「というわけで、お忍びという事もあり敬語は極力却下。リーゼナイセとアルカイアはフルネーム不可。いいですね。」
とのお達しが出ており、二人の事はリーゼ、アルと呼ばなくてはいけなくなった。フィルはありふれた愛称なので問題ない。
静は一同を見回して、自分たちはパーティーだと言った。だがルークには、その中で自分がどれほど役に立てるのか全く自信がなかった。剣の腕も、神殿では筋がいいと言われていたはずなのに、昨夜、今朝とフィルと二人がかりでアルカイアにまるで歯が立たなかった。竜也は聖剣の使い手。ただのちゃらんぽらんだと思っていた静は昨夜の通り。それらを思うと、自分が情けなくてつい溜息が出てしまうのである。
「どしたの?ため息なんてついちゃって。ため息はついた数だけ幸せが逃げて行くんだってよ。」
「リュウヤ様……いでででででで、」
いつの間にか起きていた竜也が、ぐにっとルークの頬をつねっている。容赦のない攻撃に慌てて手綱をどうにかしてしまう所であった。ここでただの御者すらまともに勤められなかったら二度と立ち直れないという必死の覚悟で何とか両手だけはその場に固定することに成功する。
「さーまー?」
「リュ、リュウヤ、起きていたんです、だね。」
「うん。何となく目が覚めた。で、どしたの?溜息なんてつくもんじゃないよ。」
「あ、はい。」
竜也の手が離れて一息つくと、再びルークの顔は沈み込んでしまった。
「なんだか、自分がすごく役立たずな気がして……」
「どして?ぱっとみこのパーティーで回復魔法使えるのルークだけじゃん。これ重要だよ、ホント。」
腕は切っても生えてくるもの、と公言する魔術師は除く。
「でも、回数は限られていますし、神官戦士を名乗っておきながら剣の腕は未熟です。」
「あはははは。そりゃそうだ。」
深刻なルークの心情を竜也はあっけらかんと笑い飛ばした。あまりにあっさりと言い切られてしまいルークは落ち込むことすら出来なかった。
「いいじゃん、俺なんかよりよっぽど剣の扱いに慣れてるんだからさ。」
そういう下を見る慰め方はあまり良くないのだがな。と突っ込みたくなる涼であったが、一応静との約束で言葉は通じないことにしてあるので黙っていることにする。涼がなぜにそんな酔狂に律儀に付き合うかというと、実は彼自身その理由がよくわからないのである。
「そ、それは、私はリュウヤよりずっと前から訓練していますし、」
「だね。で、アルはそれよりも前から練習してるんでしょ?」
「あ、はい。それはそうです。でもそれとこれとは、」
「同じだって。気にしない気にしない。」
竜也は笑ってルークの肩を叩いた。お前はもう少し気にした方がいい、と突っ込みを入れたくて仕方がない涼であった。
「どうせ沈み込むんならさ、アルと同じ年になって、それまでに同じかそれ以上の練習して、んでもってそれでも同じ年の頃のアルと比べて足元に及ばないって感じたら、そんときは好きなだけずずずーっと沈めばいいんじゃない?今からそんな気苦労抱えてると禿げるよ?」
「は、禿げるって、あの……」
この世界に育毛剤は市販されていない。そうなったら諦めるしかないのだ。もっとも、あったからとて効果があったという話もあまり聞かないのだが。むしろ無い方が無駄なあがきでストレスを溜めないからいいのかもしれない、とまだ若い竜也は無責任に推測してみたりする。
「あはははは。じゃあその時は僕も一緒だね。役立たず同士だよ。」
「お、王子じででででででで……ふ、ふぃゆさまぁぁぁぁぁ!!」
「「さーまー?」」
今度は右の頬を竜也に、左の頬を後ろからひょっこりと顔を出したフィルにつねられた。流石に目が涙目になり、こうなると今度からは絶対に間違えないと決心せざるを得ない。
「僕は剣の腕が君と同じくらいで、呪文はもっと使えない雑用係だったから、その分ルークに輪をかけて役立たずだよね。」
「なーに、気にすんなよ。その年で俺より強けりゃ上出来だって。それにね、りょーちんも静も人に教えるの意外と上手いんだ。だから本気で強くなりたいって思えばいくらでも強くなれるよ。」
ルークとフィルは顔を見合わせると揃って後ろの涼を見た。涼は相変わらず黙って剣を抱えじっとしている。そのまま即身成仏にでもなってしまうのではないかと思えるくらい動かない。
「そうだね。」
フィルは嬉しそうに笑うと、トン、とルークの肩を叩いた。
「時間はいくらでもあるんだよ。みんなでゆっくりいろんな事を覚えていけばいいと思うよ。僕は城と神殿の中のことしか知らない。だから、他にも知りたいことがいっぱいあるんだ。これから色々教えてよね。」
「あ、は、はい。俺で良ければ。、っていいましても俺もあまり神殿の外には出ていないので。」
「じゃあちょうどいいよ。一緒に、ね。」
「はい。」
フィルに返事をするルークはいい具合に肩の力が抜けていた。
竜也は鼻歌を歌いながら、二人の会話を聞くとはなしに聞いていた。年が近いせいもあり打ち解けるとそこから先は早い。最初は所々混じっていた敬語も、丁寧な口調はそのままだが、だいぶ同世代の子達らしい言葉遣いになっていく。
「いい天気だなぁ。」
二人の会話を聞き流しながら、竜也は再び浅い夢の中へと沈んでいった。
次の野営地。木々が多くなり見通しが悪くなってきた。これから先はもっと道が険しくなり森も深くなっていく。その前に水を確保できる場所で夜が明けるのを待つことにした。小さいながらも泉があり、そのほとりの開けたところにキャンプを張る。
フィル達3人は、流石に正規の教育を受けているだけあってこの国の地図は一通り頭に入っている。だが、実際の方向感覚や距離感覚というものとそれが連動しているとは言えない。だから今どこら辺にいるのか、どこへ向かっているのか、そういった情報がきわめて曖昧な状態であった。それが判明したのは嘆き混じりのトルーナの声を聞いてからであった。
「そんな、聞いてないよ!!リーゼナイセ様が呪文を使えないなんて、それじゃ契約違反もいいところだよぉ!!」
昨夜は途中でテントにもぐり込みそのまま恐怖で気を失うように寝てしまったトルーナ達3人である。だが怪談話の類は中途半端なところで止められる方がよっぽど怖いのだ。おまけに起きてみればいつの間にやら静の腕が一本無くなり本人はけろっとしている。気にするなという方が無理な話。結局今日一日中昨夜の光景が頭から離れず、さんざん悩んだあげく静に事の顛末を尋ねたのである。
その結果の声が今のものであった。
別に契約には護衛任務としか書かれていないので、パーティーの誰が不調になろうが守るものを守りさえずれば問題はない。しかし契約をする際の信用にリーゼナイセの存在があったことは間違いないわけで、その点でトルーナの言うこともわからなくはない。
「俺では役に立たないとでも言いたげだな。」
詰め寄られた静ではなく、不機嫌そうに答えたのはブリングレードの手入れをしていたアルカイアであった。今日の夜の番も買って出たのだが、これから先の旅路のことを考えろと諭され、早めに寝て明け方に長めに番をすることで妥協したのだ。
よって食後の剣の訓練はフィルとルークの自習という形になっている。本当は竜也もそこに入らなくてはいけないのだろうが、今の竜也のメインジョブはカメラマンと決めていた。真剣味に欠けることこの上ない。元々この剣を武器として使おうという考えが皆無なのだ。
ミリィはリーゼナイセのマンツーマンの指導を受けている。おそらくそれはとても光栄で且つ為になるものなのだろうが、無表情で淡々と魔術の説明をするリーゼナイセを前にしてミリィは半泣きになっていた。時折隙を見て静に視線を送ってくるのはおそらくヘルプサインなのであろう。だが、可哀想と思いつつもおもしろいから放っておく静であった。
「い、いえいえ。決してアルカイア様のお力を軽んじているわけではありません。ただ、……」
「ただ、なんだ?」
言い淀むトルーナを睨むアルカイアの迫力は流石に一軍を率いてきた将の目であった。それをさらっと受け流すのはこの場ではリーゼナイセか怖いもの知らずの3人組くらいである。ごく普通の商人であるトルーナはその目にさらに萎縮してしまい言葉が出なくなってしまう。
「ほーらほら、そんなに睨まないで下さいよ。訳はこの先の進路にあるんじゃないですか?」
「うっ……」
トルーナはかすかにうめき声を上げた。それが静の言葉を肯定していた。そのやりとりにルークやミリィ達も手を休めてトルーナの言葉に耳を傾ける。当然このまま進めば行き先は分かることである。この場で白状するしかないと彼も腹をくくったらしい。
「仰るとおりです。我々はこの先エルフ達の森を通る予定です。ですからアルカイア様の剣よりリーゼナイセ様の魔術が必要になると思った次第でして……」
「帰らずの森を通るだってぇ!!?」
「帰らずの森?エルフの森?」
驚愕のあまり大声で聞き返すルークと語感に胸が踊り思わず聞き返す竜也。静や涼は置いておいて、他の者もルークと似たり寄ったりの表情であった。リーゼナイセとアルカイアは悪い予想が当たったという顔をしている。
「ねえねえ、帰らずの森ってなーに?」
事情を知らない竜也は嬉しそうにフィルに尋ねた。事情を全く知らないわけではなく、自分の中である程度予測できていて、その答えあわせを楽しんでいるのである。
この国モーリス北部中央に位置する広大な森林地帯。それはモーリス国内における治外法権地帯であった。そこにはエルフだけではなく多種多様なデミヒューマン、そして魔獣達が生息している。エルフ達はその比較的外周に近い部分を縄張りとしており、そこに侵入者を拒む様々な仕掛けを施しているのである。方向感覚が狂わされてしまうらしく、通常は入ってもすぐに出てきてしまう。だが運悪くそのトラップに引っかからなかった場合、今度は逆に出てこられなくなってしまうと言われている。
このトラップは外側だけでなく内側にも施されていて、中心部に生息する魔物が彼らの領地に進入することも防いでいる。それは結果として、森の周囲の安全が彼らによって守られていることと同意であり、それゆえに不可侵の領域という暗黙の了解が人とエルフの双方に出来ていた。
それはまさに竜也の予想、そして期待通りの森であった。一生懸命その恐ろしさを伝えようとしているルークの努力も虚しく、竜也の目はどんどんと輝きを増していくのだ。
「でも何で帰って来れないの?」
「さあな。エルフとやらに喰われているんじゃないのか?」
「あの、涼様、エルフは人を食べたりしません……」
ミリィが苦笑混じりにそっと涼を諭す。まだ食事時にかけた通訳の呪文の効果が残っているのだ。
「そうなのか?」
ミリィと竜也が同時に頷く。エルフがどんな種族かは多少普段の会話から涼も知っているはずである。だが、その詳細、一般イメージ等までは竜也も静も教えていない。
「うーん、漫画とかはともかく指輪物語くらい読んでよ。」
「あの耳の長い奴のことだろう。スタートラックとかいう話で見たな。」
「それ、絶対違うから……」
作品名も人物も両方間違えている涼であった。
「だがそういうことなら契約違反とまでは行かないが言うべき事を言わなかったのはお互い様だろう。これ以上は隠していることを全て打ち明けてもらってから決めるべきだな。」
「と、りょーちゃんが言ってます。で、隠している事って何?」
「そうですね、運ぶ荷の中身と目的ですかね。」
ねえ、と聞かれると、トルーナは言葉に詰まってしまった。だが、一度腹をくくったからには後戻りは出来ない。意を決し顔を上げると、全てを話すため散っていた者を全員その場に集めた。
トルーナの話によると、目的地はモーリス北西部にある国境沿いの農村であった。そこはトルーナと部下二人の故郷で、今までずっと帰っていなかった。しかし、風の便りで最近疫病がその村が蔓延したと聞き、悩んだ末商売を右腕に任せ自分で薬を運ぶことにしたのだ。
問題の一つは、疫病に対する政策であった。基本的に外部からの接触を断ち汚染地域を完全に封鎖、放棄するというのがこの世界での主な対応策なのである。ひどいときは魔術師により完全に焼き尽くす場合もある。正規のルートを通らないのは、村の手前で止められてしまうからであった。
また、そこに行くまでにいくつかの貴族の領地を通る。薬は魔法薬の一種で、それにかかる関税が膨大なものになる。商売抜きでやっていることとはいえ、商隊を率いるトルーナにも使える予算には限りがある。そして審査の度に足止めをくらうことを考えると間に合わなくなってくる。本来のルートそのものも、まっすぐ北西に行くのではなく、一度西に行き、そこから山脈沿いに北上する大回りのルートとなってしまう。ルートは道も悪く、さらに時間がかかってしまうのだ。
「ということで各領を通らず近道をするにはエルフの森を通るしかないのです。正規の冒険者ギルドではなく盗賊ギルドに紹介を頼んだのもそういった事情が重なっていればこそなんです。」
トルーナの説明が終わり、しばし沈黙が流れる。それを破るのは毎度何も考えていないんじゃないかと思ってしまう竜也の脳天気さであった。
「しっかしいちいち領地通るごとに税金払うって、馬鹿じゃないの?何考えてんだかねえ。」
誰も問題にしていないところにつっこみを入れる竜也。もちろん込み入ったことは何も考えておらず、疑問に思ったことを片端から口にしているだけである。答えるのは苦笑した静であった。
「そんなことないでしょう。日本でもほら、江戸時代に入り鉄砲何とやら、つって関所ごとに色々やってたし。中央集権の封建社会ではそう珍しいものじゃないですよ。あとお貴族様のやることだしね。」
「入り鉄砲?」
「下の句忘れました。あと鉄砲も魔法薬も、物騒なのには変わりないのかもしれませんね。」
緊張感のない二人の会話を少し殺気を込めた目で涼が睨んでいる。何が言いたいかわかる静はこちらにも苦笑するしかなかった。二人の会話はエストラーザ語で行われているので、言葉がわからないはずの涼にはつっこめないのである。しかしここでいちいち涼に話を振ってもしょうがないので敢えて無視することにしていた。
「で、どうします?」
聞くまでもないことであるが、一応静はこのパーティーの意志決定者に尋ねた。
「もちろん、その帰らずの森に行くに決まっているよ。今の話を聞いて放っておくのも寝覚め悪いしね。」
「そ、そんな、行ってどうするんですか?無駄足になるに決まってますよ!それで引き返す時間を考えれば始めから正規のルートで行くべきでは?」
「それを考えるのは俺じゃなく静の仕事。ね。」
普通慎重論や常識論を唱えるのは頭の固い年長者の役目なのだが、このパーティーではそれは一手にルークが担っていた。普段抑え役に回る涼が会話に参加できないのだから致し方あるまい。
「エルフの森ですか。実は僕一度行ってみたかったんです。でも、僕らだけで大丈夫かな?」
「別に喧嘩しに行く訳じゃありませんからね。それにフィル、そう卑下するもんじゃありませんよ。自信を持っていい。君やルークは年を考えれば十分に基礎が出来ています。後は経験だけですよ。」
そして静は少し気落ちしたミリィの頭に手をおいて笑いかけた。
「ミリィ、魔術師の役目はね、派手な攻撃魔法じゃないんです。必要なのは効果的なアシストと、パーティーの目となって全体を把握すること。まず落ち着いて常に考えること。君があの二人を上手く助けてあげれば、君らは僕たちの手伝いがなくても十分にやれると思いますよ。」
「で、でも、私、使える魔法少なくて……」
「そう。だからその分考えるんですよ。どこで使うか、誰に使うか。ま、ここら辺は経験次第なんですけどね。」
「そうそう。MPの配分は毎度悩むんだよねぇ。アタックかサポートか。バフか、デバフか。実際補助系はボスにしか使わないゲームが多いけどそれってどうしても戦士主導になるんだよね。」
もっともらしく頷いている竜也だが、言っている意味は静にしかわからないだろう。
「少なくとも、才能という点ではミリィ、君は僕なんかよりはるかに上です。」
「ん?そなの?」
「うん。魔法のことで僕は嘘は言わないよ、多分。」
竜也の疑問に自信をもって肯くわりには語尾が怪しい。そのせいでミリィも素直に安心できない。
「え、でも、あんな強力な解呪とか、」
「あれは力の流れをちょっと変えただけです。実際僕の魔力そのものは一般的な魔術師の範囲から出ません。ミリィくらいの年の頃は、今の君よりずっと少なかったと思いますよ。魔力だけじゃなく技量もです。」
「そうなんですか?」
「それって俺と同じくらいじゃないか?」
気にはなってたのだろう。聞き耳を立てていたルークもつい口を挟んでしまう。静は薄く笑ってミリィの頭を撫でた。
「そう。だからね、君らが真面目に修行を続けて、ちゃんと経験を積んでいけば、きっと僕よりもっと早い段階で今の僕を追い越せると思うよ。ね。」
そう話を振られても、リーゼナイセ自身静の実力を読みきれていない。勝ち負けを気にしたことなど今までになかったのだが、何故かこのときは素直に肯くのに一瞬のためらいがあった。だが、この国の筆頭である魔術師が肯定したことで、ミリィも少し自信が持てたのか、ほっとした表情を見せた。それは剣だけではなく魔法でも自信が無いルークも同様である。
「ちなみに早い、って何年くらい?」
「250年くらい」
喜ぶ子供たちから少し離れて、静は竜也の問いにそっと答えた。まあ、嘘は言っていない。だがいくら竜也でも、それをそのまま安心した笑みを浮かべる子供たちに伝えることは出来なかった。
「ほら、さっそく経験値の元が来ましたよ。」
「えっ?」
静は笑みを浮かべながら顔を上げた。その笑顔は先程のものと微妙に違い、悪巧みの成果を心待ちにしている悪童のものに他ならない。
静の言葉にリーゼナイセもはっとして辺りを見回す。言われるまで気付かなかったのはやはり彼女が本調子ではない証拠だろう。辺りを取り囲む気配に気付くと、今まで黙っていた静を睨み付ける。静は濡れ衣だ、とばかりに肩をすくめて涼を見た。同じく涼もすっと視線をそらし惚ける。
「えええ!?どどどどど、どうするんですか?アルカイア様御一人だけでってうわー、寝てるー!!!???」
トルーナの狼狽した声に先程から妙に静かなアルカイアを見ると、ブリングレードを抱え込み座ったまま静かな寝息をたてていた。フィルとルークが必死に起こそうとしているが、いっこうに起きる気配がない。リーゼナイセが再び視線を送ると、今度はあからさまに目をそらす静。
「さ、これで君たちがやるしかないわけだね。」
にっこり笑った静の顔は、なぜかルークには悪魔の笑顔に見えた。
「だって静は何も言わないでしょ。俺らの助けが必要なら必要な状況にするもん。やることがないんならやらなくていいって事だよ。」
先日そう言った竜也のセリフがルークの脳裏をかすめる。
「ああ、言葉の綾ではなくその通りだったんだ……」
今更わかったところで何の慰めにもならなかった。




