紅龍騎
いつまでも日の光の届かない地下にこもっていると気分が重くなる。ただでさえ揃いも揃ってお尋ね者になってしまったのだから無理もあるまい。
ということで、一行は盗賊ギルドの息のかかった宿の大部屋に移ることにした。そこで旅の支度を整うのを待ち、準備出来次第出立するつもりなのだ。
アルカイアはこの部屋に移ってからもずっと黙ったまま。時々顔を上げたと思うと、フィルやリーゼナイセの顔をじっと見て、そしてまたうつむき考え込んでしまう。いろいろと考えているようだが、どうも思考がループしてしまっているようである。後一歩を踏み出すための何かを必死に探しているようにも見えた。
一方お子様達は気楽なもので、竜也と共にトランプをやって時間をつぶしている。基本は数と絵あわせなので、数字が読めなくても何とかなっているらしい。いきなり大貧民を教えるのも何かと思うが、それ以上に竜也のアレンジが酷い。階級を富豪、貧民、ではなく、大貴族・貴族・平民・没落貴族・奴隷にしたのはどんな嫌がらせだか。没落貴族の単語を聞くたびにアルカイアの肩が震えている。ちなみにルークだけはお気楽というより自棄になっていたりする。
涼とリーゼナイセは似たり寄ったり。瞑想、とまでは行かないがじっと黙って大人しくしている。涼に関しては本当に座禅を組んでいる。リーゼナイセは目をつぶっているものの、定期的に手を動かして膝の上のルイを撫でている。単にその感触を堪能しているだけかもしれない。
そんな一行を静は眺めて楽しんでいる。ついでに地図を眺めてこれからどう動こうかを考えているのだが、それは行く先々で決めればいいと思っていた。要は行き当たりばったりという奴である。
コンコン、
ノックの音と同時にドアが開く。ひょこっと現れたのはもちろんここのオーナーのルドルセンであった。
「用意が出来ましたぜ。もちろん、仕事の手配もね。」
「ご苦労様です。じゃ、これ約束の。」
そういって静はナップサックからごろごろと小物を出し始めた。
「何してんの?」
「ん、今回の手間賃代わり。」
「何これ?」
ずらずらと並べられた小物の数々を見てルドルセンは子供のように目を輝かせている。そのいくつかは竜也も見知ったもので、時には使わせてもらったこともある。
十得ナイフ、LEDペンライト、電池いくつか、金属探知の魔法にも引っかからないセラミックナイフ、現代版のピッキングツール、クォーツではない手巻きの腕時計、ペン型の高倍率望遠鏡、それとお揃いの顕微鏡。
そろえようと思えば何とかなるがあえて買おうとまでは思わない小道具の数々。少年探偵団とかその類がもってそうなアレやコレのオンパレード。その中でも一級品のものがそろっている。ただし、腕時計に麻酔針を飛ばす仕掛けは内蔵されていない。
「いいなぁ。俺も欲しいなぁ。」
「ふむ。ライト以外は基本的に目減りしないものだな。壊れなければ、だが。似たようなものは作れてもこの精度と素材が難点となるものが中心か。」
「玩具だと安いけど本気で使うレベルだとそれなりにお値段するんですよね。腕時計なんて機械式ですよ。国産ですけど。」
「いやー、すごいですよ。ドワーフの一級細工師にもこりゃ無理だ。」
ルドルセンは赤いボディに白十字の入ったナイフを、早速使い方を教わった顕微鏡で念入りに調べてため息をついている。それはスイス製で手作りと工業技術の双方の粋を集めた逸品である。ピッキングツールも、基本はルドルセン達盗賊のピッキングツールと変わらないが、収納性と強度、そして隠密性において比較にならない。なにしろ二つのツールを打ち合わせてもほとんど音がしないのだ。
利に賢い盗賊ギルドに持ち合わせの無い静が泣く泣く放出した取引材料達であった。本当は他にもいくつか彼らが興味を示したものがあったのだが、便利なものには電気がなければただのゴミ、というものが少なくない。竜也のおかげで山ほどある電池ならともかく、小型のツールは専用バッテリーがほとんどである。それらは静の判断であえて渡さなかったのだ。
「ところで、先程仕事の手配とおっしゃってましたが?」
部屋の入り口で店を広げている静達に、リーゼナイセの冷たい視線と声が降ってくる。口調とは裏腹に詰問の気配がありありとしていた。その迫力は裏家業の元締めをしているルドルセンをもたじろがせるほどであったが、当の静は彼女の反応を楽しんでいるようにも見えた。
「なーに。そう難しいものじゃありませんよ。ここから北へ向かう商隊の護衛で、」
「そういうことを言っているのではなく、」
バタン!
「ぐえぇっ!!」
そのリーゼナイセの言葉を遮るように勢いよくドアが開いた。悲鳴はもちろん入り口にしゃがみ込んでいたルドルセンのものである。
「こ、こら。急にドアを開けるんじゃないよ。」
「す、すいやせん。ですが頭、大変なんです!」
現れたのはルドルセンの手下の一人らしい青年であった。息を切らしながらドアを後ろ手に閉めると、身を呈してそのドアに栓をするように背を預けた。。
「大変、て何が?」
「いや、そ、その、うわ、来たぁ!!」
ドガッドガッドガッ
なにか大質量の物体が階段を登ってくる音が響く。そして扉の前で止まった。
ドガン!
その瞬間、木製のドアが一瞬にして砕け散った。前に立っていた盗賊の青年がその勢いで吹き飛びルドルセンの頭上、そして先程まで静達がいた空間を転げていく。薄情なことに静達は早々に脇に避難していたのだ。
「な、なんだぁ!?」
突然のことに竜也は声が裏返っている。
「一番来て欲しくないお客さんですね。」
静の言うとおり、話し合いというものが一切通用しそうにない相手である。紅龍騎ハートランドはその巨体を窮屈そうに部屋の中に押し込んだ。
「よく通ったな。」
「ぷっ、」
竜也のつぶやきに思わずルークが吹きだし、殺されそうな視線でハートランドに睨まれた。ルークはそれだけでもはや行動不能状態になってしまった。
「この蛆虫ども。レインドル様を返してもらおうか。貴様等にはこの私が直々に引導を渡してやるからありがたく思え。ただし、楽に死ねるとは思わないことだな。」
「出たなこのブタ!」
アルカイアが一歩前に出て巨漢の騎士を睨みつけた。
「はん、裏切り者の筆頭か。貴様とそこの女狐が廃王子をそそのかし謀反を企てた。さらにレインドル様とウィズリードを盗みだしたこと。すべて調べがついている。青龍騎の血統もおちぶれたものだな。」
「ははははは。まったくですな。」
遅れてやって来たなん人かの部下も追従するように笑い声を上げる。あからさまに人を見下した嘲笑は、この状況ゆえではない。アルカイアに普段から向けられていたものである。今までは陰で。これからは面と向かって。その事実が浮かびかけたアルカイアの心を重くする。
「俺はなにもしてないのに……」
なにもする余地がなかった人生を想いルークは涙を流した。
「だからね、出来るうちに悪事は働いておいたほうが後悔せずに済むんですよ。」
「五月蝿い。黙れ。」
「ゼナは悪くないよ。僕が外を見たいと言ったんだ。だから!」
ギン、と凶悪な眼差しで睨まれ怯んだものの、フィルはそれで目を逸らしたりはしなかった。
「アルカイアだってなにも悪くない。悪いのは兄様なんだ。」
「悪いのはセイだという説もあるけどね。」
「そちらが真理だな。」
竜也が気丈なフィルに心で拍手しながらも小声でつい緊張感の無い本音をもらしてしまう。同意、とばかりに涼も頷く。幸い日本語で話しているので、リーゼナイセに軽く睨まれるだけで済んでいる。2人にとっては、ハートランドの無駄にでかいだけの威圧感より、リーゼナイセの正論や無言の威圧感の方がいささか効果があるらしい。
「君達……」
「やれやれ。血が濁ると言動も腐ってくるのかい。やかましい餓鬼だ。この場で殺してやろうか。」
ゴトン!
ハートランドの背から鈍い音がし背負っていた大剣の鞘が地に落ちた。狭い部屋では不利な大ぶりの剣。だがそれがなんの制約にもならないことは周りの騎士達が一番よく知っている。家具だろうが壁だろうが、そして人だろうが。一旦振り回されだしたら全てを両断しつくす紅き暴風。そこには手加減という言葉は入り込む余地などないのである。
「今すぐ泣いて謝り私の靴をなめな。そうすれば命だけは助けてやる。私は慈悲深いからな。おとなしくしていればペットとしてエサを与えて飼ってやるぞ。」
「ぼ、僕は謝るようなことはしてないし貴方に飼われる気もありません。」
「餓鬼が。汚らわしい下賎の身で私に口答えすること自体なまいきなんだよ!!」
「!!」
「王子!」
ハートランドが大剣を振りかぶる。リーゼナイセはとっさにフィルをかばいながらシールドを張る。だがこの距離で、魔力が完全ではない彼女のシールドではハートランドの大剣は防ぎきれない。なんとか剣の間合いの外に出るしかないが間に合いそうもなかった。
ガキン!
「ぬっ!」
金属と金属がぶつかる重い音が響き、リーゼナイセのシールドを切り裂こうとした大剣はその遥か手前で止められていた。
「馬鹿な、ハートランド様の剣を止めるなんて……」
危機を感じ避難していた部下達は信じられない光景を目にしていた。ハートランドより遥かに細身のアルカイアが、やはり遥かに細身の剣でハートランドの剛剣を受け止めているのである。
「俺も貴様と同じ様なことを思っていた。」
アルカイアは一瞬だけフィルに視線を向け、ハートランドの目を睨んだ。
「お前の御蔭でそれがどんなに見苦しいことかよくわかった。感謝するぞ。」
「ふん。違うな。同列に落ちたものだけが得られる共感に浸っているだけだろう。」
ハートランドは剣を止められたことを驚きはしたものの、アルカイアの言葉にはなんの感銘も受けなかった。強者の理論を信じて疑わないのである。
「セイと言ったな。」
「はいは~い。」
「貴様の思惑、馬鹿王子の稚拙な筋書き。いいさ、乗ってやろう。この豚に首を差し出すより遙かにましだ!」
「ほざくな逆賊め!お前達、残りの連中を始末しろ!」
「はっ!」
アルカイアとハートランドが鍔競り合いで動けない今、部下達を止める者はいない。そのアルカイアもじりじりと力負けし押されつつある。そこに待っているのは一方的な虐殺である。
「涼様……」
ミリィとルークは涼の腕の中で身を固くしている。だが不安げに見上げるミリィの頭を涼が撫でてやると、少しは安心したのかぎこちない笑みを帰してくる。ルークは相変わらず自分の運命を呪っていたが。
「静、どうしよう?」
「んー、こんなときは。」
剣を持った騎士に取り囲まれる中、竜也と静の声には危機感というものが完璧に欠如していた。竜也の問いに静はごそごそとナップサックの中を漁っている。すぐにお目当ての物を見つけたのか、ニヤッと笑って右腕を引き抜いた。その手に持っているのは握り拳大の鉄の塊である。
「ぱぱらぱっぱぱーーーん。すたんぐれねぇどぉー。」
「!!」
「げ、まぢ!?」
ダミ声とともにピン、と高い音が響く。鉄の塊は無造作に放り投げられ部屋の中に転がった。それが何を意味しているかわかったのはもちろん涼と竜也だけである。
「さあ、みんな、目を瞑って耳を塞ぎましょうね。」
カッ!!!!
それは音ではなく衝撃波に近かった。閃光がその場にいる全ての人間の視界を焼き、音の塊が耳を通して脳を直接殴りに来る。暴動鎮圧をその活躍の場とするスタングレネードは、強烈な閃光と爆音により一瞬にして大の大人を無力化してしまうのである。それはこの剣と魔法の世界においても変わらない。
誰もが身を屈め動けなくなる中、とっさに目を瞑り耳を塞いだのはもちろん竜也達3人だけであった。
「あはははは。密閉空間だと効きますねぇ。」
「静の馬鹿ぁ!!」
「この戯けものが!何を考えている、何を!!学習能力ないのか!」
3人が3人、大声で怒鳴りあっているのだが、いかんせん耳が馬鹿になっていてろくに聞こえない。密閉した空間において、耳を塞いだ程度では完全にその威力を削ぐことは出来ないのである。ただ、これが2度目の体験ということでなんとか行動不能に陥らずにすんだのである。
思い返すと一度目は最悪と言ってよかった。興味本意で、どこから手に入れてきたのか不明だが、静が持ってきたスタングレネードを体験しようということになった。
しかし、そのまま使用しては近所迷惑になる。ではどこにしよう。そこで思いついたのがオーディオマニアな竜也の父親のオーディオルーム。半地下で防音もばっちり。これなら通りかかった子供が電気鼠を見ててんかん起こすような事件の二の舞にはなるまい。
そんなこんなで3人集まってスタングレネード体験会を開いたのである。
確かに防音はばっちりで、近所迷惑にならないという観点からは完璧であった。だが、オーディオルームとは音をよく聞くための部屋である。その事を失念していたのは、まあはっきり言えば馬鹿以外の何物でもあるまい。
かくして竜也の母親に発見されるまで1時間ほど、3人仲良く失神している羽目になったのである。
「やなこと思い出したね。」
「気絶しないだけましですって。」
そうしてる間にも徐々にだが視覚も聴覚も戻っていく。その前に静は転移魔法の詠唱を始める。
竜也はかろうじてフィルを庇いながらも動けなくなっているリーゼナイセの元に行く。手を触れた瞬間彼女は身を固くしそれを払いのけようとする。
「大丈夫。俺だよ。」
その声はリーゼナイセどころか言っている本人にも聞こえていない。しかし、その気配は十分にリーゼナイセに伝わっていた。こうして目が見えなくなるとかえってよくわかる事もある。この場違いなほどに緩みきった気配を出せるのはよほどの大物かただの馬鹿か。
「こっちね。」
竜也に手を引かれフィルの手を握りながら、彼女は出来るだけ前者であることを祈らずにはいられなかった。
涼は身を丸くしていたルークとミリィを静の足元に座らせると、音もなく部屋の中を移動していく。目指すは身を屈めてはいるが感心にも剣は手放さないでいるアルカイア。位置的にはリーゼナイセ達のすぐ前だが、その危険度は比べ物にならない。なにしろ見境の無くなった猛獣の目の前に行くようなもの。とても竜也には行けるものではない。おまけにアルカイア自身も完全に臨戦体勢のままである。耳が馬鹿になり目も見えない状況で、彼に意志を伝える術は涼にもない。
「おい、」
「そこか!」
案の定、左肩に手を置いた瞬間、振り向きざまに剣をなぎ払われた。体勢の整わないめくら撃ちにしては力のある斬撃であったが、ただそれだけである。来るであろうことを予測していた涼にとってはなんの問題もない。振り向くアルカイアに合わせて背に張り付き後ろから手首を掴む。そのまま勢いを利用しアルカイアのバランスを崩し、ブリングレードを奪い取りながら背中を蹴っ飛ばして静の足下に転がした。静がやった小手返しを数段洗練させた動きだが、残念ながらそれを記憶にとどめることが出来た者はいない。
ブーーーーーン!
すぐさましゃがんだ涼の頭上を巨大な扇風機の羽根のようなものが通過する。それがハートランドの大剣だとわかるよりも先に涼は地面を蹴っていた。前ではなく後ろ、この場合ハートランドに向かって。
トン。
「!?」
立ち上がりざま、気配と勘だけを頼りに剣をなぎ払ったハートランドは、鎧越しに自分にぶつかる何かの音を聞いた。一瞬首を跳ね飛ばされたアルカイアの身体かと思ったが、次に聞こえてきた声らしきものがそれを否定する。
「貴様には少し寝ていてもらおう。」
ドン!!!
「ぐふっ!」
衝撃がハートランドの身体を突き抜ける。起きあがったばかりの巨体は、ほんのわずかのうめき声とともに前のめりに倒れていった。
「鎧通し。この世界ではなかなか味わえないだろう?」
もちろん、ハートランドの耳にその声は届かないし、仮に届いても理解は出来なかっただろう。
紅龍騎士達が次に目を覚まし動けるようになったとき、そこに当然竜也達の姿はなかった。部屋の中央に横たわる上司の姿を見て愕然とする。どんなに性格が悪く趣味が最悪でも、この巨漢の騎士が1対1で後れをとる相手などこの国では黒龍騎ブライアンくらいだからである。しかも鎧は傷一つなく、見える限りでも外傷は一つも無い。部屋の傷跡を見ると、閃光の中で気絶せずに暴れていたことはわかるだけに、どうしてこうなったのか彼らには想像もつかなかった。
そして現状を把握したとき、彼らはさらに背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。失態の責任は誰に帰するのであろうか。それは少なくとも目の前の上司ではあるまい。彼らの脳裏に先程中隊長の任を解かれ騎士廃業とならざるを得なくなった同僚の姿がよぎる。
「生きているか?」
意を決し上司に近づいた一人が首を縦に振る。白目をむいて気絶しているがかすかに呼吸している。しかししばらくは起きる気配はないだろう。
「どうする?」
一同の視線がこの中で一番の古株に集まる。その視線が憐れみを込めて語っている。次のスケープゴートはお前かな、と。その騎士は顔を青ざめるときびすを返した。
「じゃあな。短いつきあいだったな。」
「お、おい、どこ行くんだよ。」
「騎士廃業さ。ただし自主的にな。ウィズリードの後継者に愛想尽かされ逃げられたんだぜ。どうせこの戦は負け戦さ。それなのにそいつについてって癇癪のお相手なんて勘弁被る。俺がここにいたのはここが安全だからさ。おまえらはどうなんだ?」
聞かれた騎士達は言っていることの正しさは薄々感じながらも、そう簡単に河岸を変える気にはならないらしい。かといって、この逃げだそうとする同僚を捕まえスケープゴートにするほど非情にもなれない。
「逃げるあてはあるのかよ?」
「ねえよ。」
あっさり言う同僚に一同鼻白む。
「だがこのままここにいたら生き延びるあてすらないんだ。俺を捕まえておくか?それもいいさ。だがそいつの癇癪が俺一人で治まると思うなよ。下手すりゃこの場にいた人間はそろって再起不能だな。」
その言葉で騎士達の腹は決まったようである。
それから数時間後、目を覚ました紅龍騎ハートランドが目にしたのは誰もいない部屋に、脱ぎ捨てられたいくつかの鎧の山であった。
また、このおかげで静達の探索が遅れ、追跡が遙か後手に回ってしまったのだが、それは当の本人達は気づきもしない幸運であった。




