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継承者  作者: dendo
12/30

没落

「逃がしただとぉ!!」


 パリーン!!


 ジギムートの投げつけたワイングラスは眼前で平伏す騎士の頭部に当たり砕け散った。だが、騎士は王子と上官の怒りを怖れうめき声一つ上げられないでいる。

 玉座の間にて彼を見下ろす視線は5つ。怒りを顕にしたジギムート王太子。狼狽し顔を青くしている宰相スジオパーク。普段と何も変わらぬまま静かにたたずむ黒龍騎士団長ブライアン。同じく普段と変わらぬ笑顔の白龍騎士団長エルト。そして彼の直属の上司である紅龍騎士団長ハートランドである。

 背中には20名の部下の視線が感じられるが、それはこの際何の慰めにもなっていない。その視線の意味は見なくてもわかる。叱責を負うべきスケープゴートを見る目だと。

 カツ、カツ、カツ、カツ。

 足音が響き騎士の前で止まる。頭を垂れる騎士には通常の1.5倍はあるのではないかと思われる太い足しか見えない。騎士は頭上から来る声を待った。


 ガツッ!


「ぶ、グハッ!」


 鈍い音が響く。騎士の顔面にめり込んだ爪先は、そのままの勢いで振りぬかれ騎士の身体を後ろに控える部下達のところまで跳ね飛ばす。


「使えない男は嫌いだと言ったはずだ。」


 フルフェイスの兜の中からくぐもった低い声が響く。動かなくなった部下をつまらなそうに一瞥すると、巨漢の騎士は爪先に付いた血に気付き顔をしかめた。


「どうやら女狐とアルカイアが協力したようでございます。おそらく先日の失態に対する負い目に耐えきれなくなったのでありましょう。あるいは廃王子とウィズリードを楯に不埒な考えに至ったのやもしれませぬ。」

「アルカイアめ。世襲将家だからと増長しおって。」

「殿下、ハートランド卿、何もそう結論を急ぐことは、」

「黙れ!」


 ジギムートはスジオパークの進言を遮った。


「こうしてここにいない。それだけで十分だ。本日をもってリヒトフォーン家をとり潰してくれる。どうせ名ばかりで借金を抱えた貧乏貴族などあったところで何の役にもたたん。消え去ってくれたほうが清々する。ハートランド、ただちに追っ手を差し向けよ。生死は問わん。奴の素っ首をこの予の前に連れてこい。」

「はっ!」


 ハートランドは恭しく頭を下げた。ブライアンはその顔に喜色が浮かんでいるのを見て取ったが、あえて何も言わなかった。アルカイアとハートランドの反目など今更取り立てて言うこともない周知の事実であるのだ。


「殿下、しかしアルカイア殿のブリングレードは四龍剣の一つにございます。」

「わかっておる。ハートランド、他の者はどうなってもかまわんがブリングレードとウィズリードは必ず取り戻せ。それにレインドルは生かしておけよ。」

「承知。ではただちに追撃の部隊を編成させます。」


 ハートランドは神妙な顔つきで一礼すると、しかし軽妙な足取りで玉座の間を出ていった。控えていた部下達も金魚のフンよろしくそれに続く。憐れな指揮官は部下の一人に背負われて。


「騎士が、私怨で動くのもどうかと思いますがな。」

「私には関係のないことだ。」


 白龍騎の声は神妙なようで、やはりどこか嬉しそうであった。対する黒龍騎の声はどこまでも無関心。


「ま、それもそうですな。アルカイア殿は神殿への寄進も滞っていました。これは神罰か神の試練かといったとこですか。」


 ブライアンとエルトはこれ以上王子の機嫌が悪化しないうちに、早々に引き上げることにした。




「家督……」

「取り潰しだって。ま、気を落とさないで。ね。」


 呆然とするアルカイアの方を竜也がポンっ、と叩いた。だが、その声が届いているかは甚だ怪しい。


「貴族というのも意外と脆いものですね。」

「リヒトフォーン家は先代、先々代が道楽者でしてね。純粋に武人の家系として続いてきたこともあり、さしてなかった財産の粗方を使い果たしていたんですよ。そこへ来て先の戦。戦死者の慰霊金の支払いを指揮官であるこの兄さん一人に押し付けたんですわ。おかげで今じゃリヒトフォーン家と言えば盗賊ギルドも憐れんで避けて通るくらいでして。」

 というのがここ、モーリス盗賊ギルド幹部、細目男ことルドルセンの言であった。

 リーゼナイセとアルカイアは状況が判明すると、強硬に城への帰還を主張した。もちろん彼らの役目を考えれば当然のことであろう。だが、竜也達3人にとって、あそこは居心地のいい場所ではない。ここまで来て出戻りになるのは勘弁して欲しいところであった。

 竜也とアルカイアの、論理や途中がすっかり抜け落ちた口論は、


「城にお戻りください!」

「嫌だ!」


 ひたすらこれのくり返しであった。あまりにストレートすぎてリーゼナイセは入る余地がないのである。


「ま、ま、ま。お二人さん。落ち着いて。とりあえず城の様子でも見てみましょう。そろそろあの王子様の耳にも届いている頃でしょうし。」


 というわけで”遠見の水晶〈空間プロジェクター仕様〉”にて玉座の間を見ていたのである。当然先程の王子達のやり取りは全てこの盗賊ギルド地下牢の壁に映しだされている。何故か静の右腕には紫色の茨がまとわりついている。幻視の魔術によるものだとは思われるのだが、それが遠見の水晶に何の関係があるのかはミリィにはわからなかった。

 ちなみにこれを見た竜也の第一声は、


「静、この水晶にビデオ入力はないの?」


 であった。だが、その質問は予想の内にあったため、静はすぐに首を横に振る。同じ事を先に静も思いついていたのである。自問自答の結果やはり出来ないという結論に達している。残念なのは静も同じであった。


 あまりに急激な破産劇にアルカイアは呆然自失となったまま何も言えなくなっていた。端で見ていたルークとミリィは雲の上の人と思っていた四龍騎の一人がこんな状態になるなど思ってもおらず、何を言っていいのかわからないでいる。フィルはそんなアルカイアにどこか自分に似たものを感じたのだろう。悲しそうな目で見つめていた。


「もともと他と違い青の騎士だけは世襲でしたからね。あの特権意識過剰の王子様はさぞ面白くなかったのでしょうね。」


 ルドルセンは遅かれ早かれこうなっていただろうと勝手に納得している。静も同感であったので同情の余地はない。


「ところで質問。また知らない単語が出てきたよ。えーっと、四龍剣ってのとブリングレード、だっけ?」

「すごい。ちゃんと間違わずに覚えていたんだね。」


 妙なことに感心し、静はリーゼナイセに説明を促した。静が話すことも出来るのだが、あまりに物を知りすぎているというのも不自然なので控えた。

 理由はそれだけではなく、どうやらおしえて君な竜也といるうちに、いつの間にやら解説癖が出来てしまったらしいのだ。このままだとボロを出すどころか永遠に出番のない秘密兵器になってしまいそうである。ミンメイ書房とか言い出しそうで、それだけは避けたいところであった。


「かつての戦いで、レインドル様のウィズリードと共に我々には4振りの剣を神竜から賜わりました。」

「あ、神様がくれたんじゃないんだ。」

「神族が竜族の炎で鍛えた剣、てこの国の本には書いてありましたね。」

「その通りでございます。実際に我々の前に現れたのは竜の化身だったと言い伝えられております。そしてその4本の剣のひと振りが。」


 リーゼナイセの言葉につられて全員の視線がアルカイアの腰にある剣に集まる。だが、それでもアルカイアはこちら側に戻ってこなかった。


「ベリグレート、か。」

「その野球監督の褒め言葉みたいな覚え違いはやめてくださいね。」


 実はアンチ金満球団の静であった。


「何となくわかった。結局それはウィズリードの次に大事な正統派の証明なわけだ。」

「まあそうなりますね。ましてやブリングレードは四龍剣の中でも唯一現存する本物ですからね。躍起になって探しに来るでしょうよ。扱いは罪人、いや、重犯罪人ですね。」

「なるほどねぇ。」


 事情をよく知らない竜也は静の説明に素直に肯く。だが、他の者はそうでもないらしい。静の言葉の意味を反芻しなんとか理性で理解しようとしていた。だが、感情がそれを妨げ納得できないのである。


「今、なんて言った?」

「お、兄ちゃん精神世界から帰ってきたね。おかえりー。」


 未だ焦点の定まらぬ目で映像の中の馬鹿王子を見つめているアルカイアだが、意識そのものは戻ってきたらしい。だが竜也の声も耳には入ってはなさそうで、視線は静に固定されている。画面の向こうでは馬鹿王子がスジオパークに八つ当たりをしながら酒をかっくらっていたりする。


「あなたが重犯罪人だ、と。」


 その言葉でアルカイアの落ちていた肩がまた一段と下がる。


「そうではなくて!」

「その前?えーっと、」


 静は何気なく語ってしまった自分の台詞を思い出し視線を宙に泳がせる。別に間違ったことは言っていないはずなのだが、何か引っ掛かる。ふと目が逢った涼が呆れ顔で目を閉じた。


「おお、ブリグレ以外偽物って話ですね。あ、ブリグレっていいカンジですね。」

「俺はブリグリって言っちゃうよ、多分。」



「な、なにぃーーーーー!!」



「な、なんだなんだ?ブリグリこっちじゃブレイク中?」

「いやそうじゃなくて。」


 静は竜也のボケに苦笑しながらも己の迂闊さを呪っていた。つい勢いで、誰も知らないはずのことまで喋ってしまったのである。後ろから両肩に星を付けたお兄さんが手招きしているのを感じずにはいられない。


「えーっとですね……」

「知っているのか、雷電!?」

「竜也君、いらぬキャラ立てはしないように。」


 アルカイアだけではなくその場にいる全ての人間の視線を感じ静は開き直るしかなかった。


「城にいる間、書庫でこの国の歴史を読み漁っていたんですよ。その中の公式編纂史に当たるものの中からの抜粋です。」

「待ちなさい。国史書は国王及び宰相以外閲覧は禁じられているはずですよ。」


 リーゼナイセの言葉に慌てたのは静よりもルークであろう。城にいる間、静がいつの間にか消えていることがしばしばあった。その理由がやっとわかったのだ。それは監督不行き届きととられても仕方がない。だが、リーゼナイセもルークにそこまで期待はしていないらしく、これと言って咎める気もないようである。


「ま、それはそれ。今は置いておいて。僕がさらっと読んだところではですね。」



 黒龍の剣グレイヴォード。これは魔王アモルファシスとの戦闘で砕け散った。しかし、後に国を興すとき、レインドルに次ぐ英雄の剣がありませんでは格好がつかないので『再生した』ことにしたのある。

 それはまだいいのだが、残る二本。

 白龍の剣コアキフィス。250年前、時の白龍騎が借金に困り売り飛ばしたことがその死後に発覚。当然八方手を尽くしたものの見つからず、国王、宰相、そしてタイクーン教の教皇とコアキフィスを受け継ぐ白龍騎のみの最重要機密事項とされる。

 紅龍の剣ウェライユ。これは300年前、時の紅龍騎がいきなり部下の一人と失踪。駆け落ちしたとの線が濃厚。もちろんこれも機密とされ、代々の紅龍騎にのみ伝わることとなる。

 つまり、青龍騎を除く騎士長は、


・自分の剣だけが確実に紛い物である。

・他の二人ははっきりしない。偽物かもしれない。

・青の騎士だけは本物を世襲で継承している。


 という認識を持っているのである。何も知らないのは蚊帳の外の青龍騎のみとなる。それゆえ何かと疎まれ、また誰もフォローしてくれない。ブリングレードは戦闘でならともかく、宮廷内闘争ではマイナスにしか働いていないのだろう。

 もちろんそれを自覚しうまく立ち回った場合、ブリングレードは何よりも強力な武器となる。だが悲しいかなリヒトフォーン家の人間にその手の才覚を持った当主は現れなかった。



「何分推測混じりですからね。事の真相もついでに話してくれるかと思い繋ぎっぱなしにしてましたけど、駄目みたいですね。あーあ、昼間っからぐでんぐでんになっちゃって。見苦しいから消しますか。」


 急に告げられた事実に呆然となっている一同を尻目に、静達の目はプロジェクター映像に向いていた。その中ではジギムートが盃にワインを手酌で注いでいる。静と同じ事をスジオパークも感じているのだろう。何を口走るかわからない以上侍女達も呼べないのである。その事がなおさらジギムートの機嫌を悪くしていた。


「ゼナも知らなかったの?」

「はい。恥ずかしながら。」


 だがそれも無理はない。騎士団の中でも横の繋がりにもらさない事実。それを、魔術師達に教えるはずもない。やはりというかなんというか、騎士と魔術師は余り仲がよくないようである。


「き、機密事項……」


 ルークの顔色は気の毒なくらい悪くなっていた。


「ああ、そうですね。知ってはいけない国家の秘密を知ってしまった君達はやはり犯罪者ですかねぇ。」

「旦那、そりゃサギの手口ですよ。」


 盗賊ギルドの人間にそう言われているようではおしまいであろう。ニヤッと笑った静はどう見ても悪人面であった。


「ね。秘密を守るって大変でしょう?国史すら閲覧禁止にして、きっと当事者はかなり始末されて、挙句の果てに唯一の宝剣継承貴族を取り潰しちゃったり。これだけやってようやくうやむやに出来るんです。」

「それでもこうして何かの拍子にばれてしまうわけだな。」


 かつて竜也と静が力説したことを思い出し、涼はあきれたように肩をすくめた。ばらす人間のスキルが飛びぬけて高いことにはこの際目を瞑る。


「しかしそういうことならさっさと街を離れたほうがいいでしょうな。」

「そゆこと。旅支度頼むね。8人分。」

「やれやれ。馬だけじゃなく馬車も手配しますか。」

「そうしてくれると有難いな。」


 ぼやくルドルセンに静は申し分けなさそうに笑いかけた。手間をかけさせているのはすでに承知の上である。


「ちょ、ちょっと待て。8人て誰のことだよ。」

「誰って。」


 静と竜也はきょとんとして目を合わせた。そして指折り数えながらそこにいる人間を指差していく。まず竜也、静、涼の3人。そしてフィル、リーゼナイセ、アルカイアときて最後にミリィとルーク。8人である。


「待て待て待て待て!お前なぁ!」

「しっ!」


 騒ぎだそうとするルークの口を静の手がふさぐ。その目は映像の中のジギムートに向けられていた。パチン、と静が指を鳴らすと、今まで下がっていた音量がもとに戻り声が流れ出す。



「ヒック。だがあのクソガキどもも一ついいことをしてくれたわ。これであの汚らわしいガキを公然と始末できるというものだ。」



 竜也の顔が一瞬険しくなる。静の表情には変化はない。ただ、少し目を動かし視界の隅のフィルを確認した。何も変わらないように見えて、しかしリーゼナイセのローブをきつく握りしめている。



「殿下、もうそろそろ、」

「えーい、五月蝿い!」


 酒瓶を取り上げようとする手を払いさらに盃を満たす。


「スジオパーク、聞いたことがあるか?あの親父がなんであのガキを作ったか。なんのことはない。下賎の女がどんなものか味見したくなっただけだとよ。ついでに、生まれたガキに王位継承権を与えて右往左往する俺等の顔が見てみたかったんだとよ。全くいい趣味してるぜ。」

「はぁ、さようで。」


 スジオパークは半ば諦めたように相づちを打つ。その話はスジオパークも国王本人から聞いていた。その酔狂ぶりにひたすら呆れた覚えがある。しかし振り回される王子王女、そして貴族達に同情はしたが、フィル本人にはさして感慨を抱かなかったのもまた事実である。


「おお、そうだ。ガキと言えばあの女だ。」

「はぁ?」


 言っていることに脈絡がなく、実際にはさらに呂律が回らなくなりだしているのでスジオパークも何の事だかわからなかった。


「一緒に逃げたあの女だ。」

「あ、宮廷魔術師長殿でございますか。」

「クビだクビ。使えない上に抱けなくなった女なんぞ要らんわ。ギルドに代わりをよこすよう伝えておけ。次はもっとマシな女をよこせとな。」

「いや、しかし、」


 毎度毎度お前の夜伽の相手を宮廷魔術師長の座におさめてたら国は潰れるわ!と思わず言いかけたが、考えてみればこの程度の事は日常茶飯事であり特に支障はない、

 そもそもスジオパークもリーゼナイセは苦手としていた。何を考えているのかさっぱりわからない。頭は切れるようだが人を見下したような目で見る。ということで仕事以外では無意識の内に避けている存在であった。


「よろしいので?彼女の能力はギルドの中でも屈指と言われております。今この時期手放すの得策とは思えませんが。」


 苦手としているが、それだけに能力の高さも思い知らされている。それを敵に回すことの恐ろしさも。


「だから言ったであろう。使い物にならないとな。」

「は?」

「魔王との一件であの女の身体はぼろぼろなのだ。先の召喚の儀式でほぼ底が尽きた。いても役に立たないらしいぞ。だから切り捨てる。英断であろう?もともと何の反応も返さぬ人形のような女だ。見てくれしか能が無いなら代わりはいくらでも」



 ガシャン!!


 甲高い音と共に水晶球が砕け散る。


「この番組面白くないよ。もういいよね。」


 ウィズリードを鞘におさめながら竜也はそう言って笑った。


「生憎1チューナーなもんで裏番組は用意されてませんからね。もういいでしょう。」


 静も肩をすくめ術を解いた。ついでに暗い部屋に明かりをともす。それで場の雰囲気が変わるとは思えないが、明かりを落としたままの地下牢にいると気分も沈んでくる。内緒話を出来る場所、というリクエストに確かに応えてくれているが、ここはあまり長居したい場所ではない。


「でもまあ、これでわかったでしょう。今更戻ったところで君達揃って晒し首ですよ、晒し首。それが嫌なら一緒に行くしかないと思いますよ。」

「さ、晒し首!?」


 ルークはぞっとする光景を思い浮かべてしまい、思わず首に手を当てた。その手に冷たい汗がどっとまとわりつく。


 いったいどこで人生の歯車が狂ってしまったのか。ルークは思い浮かべてみたが、これという起点が思いつかない。原因は間違いなく目の前でへらへら笑っている優男である。だが、どんな因果でこの荷物を背負わねばならなかったのか見当もつかない。確かに優秀とは言いがたいが、平均以上の成績はとっていたはず。なにが悪かったのか。ルークはひたすらそれだけを自問自答していた。

 ただ、ルークの堂々巡りに陥った思考に対し、原因の3人はその解答をあっさりと答えられるであろう。要するに、「貧乏くじ」「運が悪かった」といった類のものである。それはルークが無意識のうちに避けている答えでもあるのだろう。何しろ運が悪いのであれば呪う先は信仰する神しかないのだから。


 そんなルークとは対称的に、フィルの表情は意外なほどさっぱりとしていた。


「王子……」


 感情を表に出さず声をかけるリーゼナイセに、フィルは屈託のない笑顔を向けた。それはやせ我慢ではなく心からのものである。後ろから忍び寄り頬をつねろうとしていた竜也も、それを見て予定を変更し頭をクシャクシャと撫でる。


「僕ね、一度王都の外に出てみたかったんだ。」


 そう言って逆にリーゼナイセの顔を心配そうに覗きこむ。


「ゼナは、大丈夫?兄様が魔法が使えないって言ってたけど。」

「はい。問題はありません。魔力は元々しばらくすれば回復するものですから。」

「よかった。じゃあ皆一緒だね。」

「だね。」


 フィルは嬉しそうにパン、と竜也と手を打ち合わせる。


「えっ、あ、いけません。王子は城に、」

「戻った途端にさらし首。」


 ずいっと首を突っ込んだ静が、キュっとフィルの首を締める真似をした。リーゼナイセの目がすっと険しくなる。


「おっと。」


 静はフィルを背中から抱くようにしてリーゼナイセとの間においた。


「フィル、君は剣は使えるんだね?」


 上からのぞき込むようにして尋ねると、フィルも顔を上げて静を上目遣いに見上げる。


「え?あ、はい。お爺様や神官戦士の先生に教わっています。実戦に出たことはありませんが。」

「そっか。」


 静はフィルの頭を撫でると、前に回りしゃがみ込んで目線の高さを合わせた。フィルのグレイの瞳が遠い記憶を呼び覚ます。


「君がこのまま城に戻り、たとえ無実になったとしても、そこにあるのは何ら変わらぬ毎日だよ。君は、強くならなくてはいけない。それこそあの馬鹿兄貴に何も言わせぬくらい強く。君にその気があるのなら、その為の手伝いは僕と涼が幾らでもしてあげるよ。」

「うわ、静がなんかマジモードに入ってる。」

「ま、たまにはね。で、どうする?」


 静はいつの間にか手にしていたナイフを差し出した。鞘入りのコンバットナイフである。フィルは何の迷いもなくそれを手にとった。


「やります!」

「だ、そうです。君は、どうしますか?」


 振向いたフィルと静に見つめられ、リーゼナイセは根負けしたように肩の力をぬいた。


「わかりました。お供します。」

「決まりだね。」


 竜也とフィルは嬉しそうに笑いあった。何となくピクニック気分が抜けていないようにもみえるが、それはそれでかまわないと静は思っている。強くなれ、とは言ったが、今日明日すぐにという問題ではない。人生を楽しむのは静の基本でもあるのだから。



「で、ルーク君は問題なし。」


 問題がないのではなく思考能力が停止してしまっているだけだろう。


「ミリィもオッケー。」


 ルドルセンの指示に従いくるくると動き回り旅支度をしている。ルークより遥かに順応性はあるようである。涼がそのミリィの後ろについて手伝っている。妹の買い物を手伝っているお兄さんのようで見ていて微笑ましい。


「あとは。」


 かなりいっちゃった目で砕けた水晶を見つめブツブツと呟いているアルカイア。


「あなたは、どうしますか?」


 ヒュン。

 屈みこんだ静の頭髪が数本宙に舞う。


「貴様等のせいだ。貴様等のせいでリヒトフォーン家は……」

「そんな言いがかりを言われても、ねぇ。」

「いや、言いがかりじゃないと思うよ。静が悪いよね。」

「え、えーっと、」


 身も蓋もない突っ込みにフィルはフォローしきれないでいる。端から見ると竜也達三人はさぞ仲が悪く見えるだろう。実際三人とも、燃えるように暑苦しい友情というものには縁がないと思っている。だから周りに不仲ととられても気にはしないのだ。

 で、諸悪の根元と烙印を押された静はアルカイアの無茶苦茶な罵声を浴びながら必死になって剣戟を避けていた。もともとこの国でも有数の騎士であり、さらには周りの連中に被害を与えないように避け続けるのは困難を極める。アルカイアが正気を半ば失っていなかったら今頃静はなます切りにされていたかもしれない。


「貴様が、貴様らのせいでぇぇぇぇぇ!!!」


 ガシャン!

 金属音が響き静の身体が牢の鉄格子に押しつけられた。その首にはブリングレードが押し当てられ、端正な顔に狂気の様相を浮かべたアルカイアは空いた手で静の胸ぐらを掴んだ。突然のアルカイアの奇声に、その場にいた全員の注目が集まり、はからずも沈黙が訪れる。


「貴様らさえ、貴様らさえ来なければ!」

「なーに。僕らが来なくても遅かれ早かれこうなってましたよ、きっと。」


 静のあっけらかんとした声はその場のただでさえ張りつめた空気を一気に凍らせてしまった。子供達は狼狽し、大人達は静の言葉の正しさを認めつつもそれを口にするタイミングの悪さに顔をしかめる。ただし、2人の少年達は毎度のことなのであまり気にしていない。そしていわれた当人は青ざめた顔からさらに血の気を引かせていた。


「あの王子様の口ぶりからすればあなたが疎まれているのは一目瞭然。それを庇おうともしない同僚。あなたに敬意を払わない騎士達。これらが意味するところは一つ。」

「黙れ。」


 ブリングレードがかすかに動き静の首からわずかに血が滲む。


「青の騎士は国の誰からも嫌われていた。そしてあなたには剣の技量はそれなりにあっても、宮廷内における勢力争いという権力闘争の才能が欠けていた。おそらく派閥らしきものもなく、今は無き部下達にも馬鹿にされていたんじゃないですか?」

「黙れ、黙れと言っているだろう!!」


 アルカイアは押し当てていた剣を振り上げ、一気に静の頭上に振り下ろした。その先にある惨劇を想像したルークとミリィが目を閉じる。


 ギン!ガシャン!


 しかし2人の耳に悲鳴は聞こえては来なかった。派手な金属音が聞こえ、続いて再び人の身体が鉄格子に押しつけられた音がする。恐る恐る目を開けると、何が起こったのか、今度は立場を逆にしアルカイアが押さえつけられていた。


「正面打ちの小手返しか。相手が逆上してるとはいえ、私も実践するのは初めて見たな。ま、及第点だ。」

「あんなにぶん回しても剣で斬られないんだね。」


 胸ぐらを掴んだ手は剣を振り下ろすときに離れている。振り下ろす剣の外に入り、鉄格子にあたって止まった剣を握る小手を上から抑え、まるでダンスでもするようにアルカイアを振り向かせる。その際剣を持った手はピンと伸ばされたまま大外を回り、振り向いた瞬間にくるっと返されて固定される。一連の動作は一つ一つを順番に行われるのではなくすべてが並行して行われ、しかも速いので何を行っているかは知っている人間にしかわからないだろう。


「あれで及第ってキビシー。俺なんか逆立ちしたって無理だよ。」

「逆立ちしたら私にだって出来んだろうな。」

「いや、まあ、そうなんだけどさ。」


 冗談を言いながらも、涼は竜也が今の静の動きをしっかりとらえていたことに感心していた。しかしよく考えれば、その静の動きを及第点と評す涼の動きをずっと前から間近に見ているのだ。別に目が鍛えられていても不思議ではない。

 一方、一瞬で立場が逆になってしまったアルカイアは何が起こったのかわからないまま手首を決められ動けなくなっていた。彼が現状を把握するよりも早く静の顔が詰め寄る。そのせいでさらに手首が決まり、痛みで顔をしかめる。


 カラン……


 アルカイアの手からブリングレードが落ちる。静はそれを足で蹴っ飛ばした。ルーク達の顔が今までとは別の意味で青ざめるが、あいにく静はあの剣に対する敬意など欠片も持ち合わせていない。これが涼の雪月花だったら話は違ってくるだろうが、その場合も敬意というよりは畏怖に近い。後が怖い、というやつである。


「さ、もう一度落ち着いて話しましょう。」


 邪気の塊のような笑顔で迫り、静はゆっくりと話し始めた。


「あなたの現状をしっかりと把握してくださいね。あなたはもう犯罪者だ。事実はどうであれそのレッテルは変わらない。仮に今僕の首と竜也を連れて城に戻ったところであなたの立場は好転すると思いますか?答えはNO。あなたを待っているのは、検事と裁判官が兼任っていう笑っちゃうような裁判です。きっと今頃あなたの同僚はこれ幸いとあなたに押しつける冤罪を用意しているでしょうね。それはあなたにも想像つくんじゃないですか?」

「ぐっ……」


 確かに静のいうとおりであった。アルカイアも、あの王子が今更自分の言葉を素直に耳に入れると思えるほど我を失ってはいない。そして、自分に冤罪を押しつけようとする他の貴族、騎士達の姿も容易に思い浮かべることが出来た。冤罪どころか自分の不正もドサクサ紛れにアルカイアに押し付ける奴もいるだろう。今から城に戻ったとして、着く頃には彼の罪状は両の手足では数え切れないほどになっているに違いない。


「ぐっ……もう、終わりだ。殺せ。あの豚どもに吊されるくらいならここで死んだ方が遙かにましだ。」


 勘弁してくれ、というのがここの主人であるルドルセンの心情である。こんなところで勝手に死なれてもその後始末をするのは彼なのだ。


「まだ終わりじゃありませんよ。現状を把握する、と言ったでしょう。」


 言葉を失い項垂れるアルカイアに、なおも静は語りかける。


「今帰れないなら、帰れるようにすればいいではありませんか?」

「どういう、ことだ?」


 少しだけ、話に乗ってきたアルカイアを見て静は口の端をわずかに上げた。


「向こうにあるのは伝統と格式。それは大きいが、ただそれだけです。こちらには、ウィズリードとブリングレード。多かれ少なかれ王家の血。そして役立たずながらも一応英雄の転生体。」

「おい。」

「何が、言いたい?」


 竜也のつっこみはあっさり流されてしまった。


「別に大したことじゃありませんよ。僕らは帰るために最終的には魔王を倒します。この国の成り立ちを考えればその時その場にいた者が全てを握ることが出来ると言っても過言ではないと思いますがね?」

「……俺に、手を貸せと言うのか?」

「旅は道連れ世は情け、というのが僕の国にあります。」


 アルカイアは砕け散った水晶と、無言でこちらを見つめているフィルの顔を見比べた。


「く、国の乗っ取り……」


 静の言葉に一瞬正気に戻ったルークはさらに白目をむき泡を吹き出している。その横でフィルはきょとんとして二人を見返している。


「あいつらの思惑通りに動くことになるな。」

「せっかくのご指名ですからね。」

「それにしては、担ぐ御輿が心許ない。」

「そうですか?素直でいい子じゃありませんか。」

「それとこれとは話が別だ!」

「なんなら、あなたが魔王を倒してしまってもいいんですよ?」

「そんな器じゃない。」

「そうですかね?ははは。」


 静は笑ってアルカイアの肩を叩いた。いつの間にか手首は解放されている。アルカイアもそれはとっくに気づいていたが、反撃しようとは考えていなかった。


「時間は、たっぷりあるとは言えませんが、とりあえず少しお一人で考えてみてくださいな。死ぬのは、それからでも遅くはないでしょう。」


 静の身体が離れると、アルカイアは鉄格子に寄りかかりずるずると腰を落として座り込んだ。静はそれ以上は何も言わずに背を向けた。


「わざわざ説得までして引き入れる必要があるとも思えんがな。」


 戻ってきた静に涼が尋ねる。物好きなことを、と呆れ気味の声であった。言外に、何をたくらんでいる?と聞いている。静が全くの善意でやっているとは考えられないのだ。静は軽く舌を出して笑った。


「なーに。貴族のお坊っちゃんを市井の生活に引きずりおろすとネタになるかなってね。」


 それを聞いた竜也がサムズアップしてとてもいい笑顔を浮かべている。涼は今更の事ながら溜息をついていた。アルカイアには悪いが、これからしばらくは静と竜也のおもちゃになってもらうしかないようであった。



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