拉致
ドンッ
「ってぇな!気を付けて歩け!」
人ごみの中、なにが珍しいのかきょろきょろと辺りを見回しながら歩く少年に、年は同じ頃だろうが遥かに柄の悪い少年が肩をぶつける。怒声に辺りを行く人間の視線が一瞬集まるが、二人はそのまま離れていったので周囲の感心もそれで終わってしまった。
「へへ。ちょろいもんだぜ。」
柄の悪い少年は、いつの間にか路地裏に潜り込んでいた。懐から取り出した皮袋の感触に頬が緩む。貨幣ではなく宝石の類であろう。獲物は結構いい服を着てぼんやりと歩いていた。屋敷を抜け出してきたどこかの貴族の御坊っちゃんか何かか。何にせよ美味しい獲物であった。
「今日は大漁だぜ。順調すぎて罰でも当たるんじゃねえか。へへッ。」
今日、彼は今の少年だけでなく、4人の裕福そうな人間の懐に手を伸ばしていた。今までにない成果に、彼の注意力はだいぶ散漫になっていた。
「ま、これだけあれば路銀には困らないかな。」
静は懐の中の皮袋を手探りで確かめていた。石の詰まった皮袋と交換したにしては十分すぎるほどの硬貨が入っている。
スリの少年が手を出したのは言うまでもなく静であった。静は道端で拾った石を袋に詰めて腰にぶら下げていたのだ。そしてわざと落ち着きのない様で街を歩いていたのである。どう考えてもスリの少年以上に質が悪いとしか言い様がない。
もちろん、これは盗品であるため、元の持ち主がいることは間違いない。日本人的な感覚で言えば警察に届けるべきである。だがここは残念ながら日本ではなく、当然お巡りさんもいない。警備の衛兵はいるが、届けたところで1割のお礼は貰えない。それどころか持ち主に返ることなく国庫行き、もしくは衛兵のお小遣いになるのがオチである。掏られた時点で持ち主も諦めるのがこの世界の常であるし、多少良心は痛むがここは市場に還元するということで手を打たせてもらう。
「さて。4次元ポケットー。」
もちろん嘘。亜空間に確保した彼専用の収納空間に懐の金を送り込んだのである。ただ、この空間にアクセスできるのはもちろん静だけ。容量は実質的には4次元ポケットと同類であった。スペアポケットがあれば竜也や涼にも渡せたのだが、そこまで便利ではないのが残念であった。
必要最低限の銅貨を残しポケットに転送したところで誰かが肩を掴んできた。
「お兄さん、ちょっといいかな。」
振向くと、背の高さと細い目が印象的な細身の男が立っていた。
「はい、なんでしょう?」
「それは君自身がよくわかっているんじゃないかな。」
顔はにこやかに笑っているが、狭い割れ目からかすかに見える瞳は笑っていない。もちろん気配からして穏便に事が済むとも思えない。よくよく見てみれば細目男の後ろから先程の少年が怒りと羞恥で顔を真っ赤にしながら静を睨んでいた。
「(うーん、やっぱり腕が鈍っているのかなぁ。)」
おそらく少年は静の所業に気付かず、細目男に教えられて初めて自分の失態に気付いたのだろう。それだけに怒りも倍増しているのだ。
クイッと顎をしゃくり細目男は歩き出す。ついてこい、ということだろう。無造作に背を向けてはいるが、こちらの動きは把握しているに違いない。そしてぬかりなく手下が静の退路を断っている。かなり上の地位にいる人間らしい。
「これはついでにもうひと稼ぎ、かな。手駒も欲しかったしね。」
静はその顔に薄い笑みを浮かべて細目男についていった。
「なんですと!?」
聞き返したスジオパークの目の前で、食い物で頬をリスのように膨らました竜也のこめかみにどこからともなく飛んできた果物の種が当たる。
「ん、んぐ、ん、ぷはぁ。だから、街を見たいと言ったの。」
口の中のものを飲み込み言い直したはいいものの、竜也はスジオパークの奇妙な生き物を見るような目に居心地の悪さを感じていた。
今朝も朝食はだだっ広い食堂でとることになっていた。ただ、昨日と違い、涼とその二人の従者も一緒である。昨夜の不手際を盾に、同席をごり通したのだ。あるいは、もっと早くにもこうする事は出来たかもしれない。
ただし、片側に10人は座れるのではなかろうかという長いテーブル。その上座に竜也が座り、すぐ隣にフィルが座る。涼が座るのは一番下座に近い端である。本当は傍に座らせようとしたのだが、価値観の違いから来る押問答で食事が遅れるのを嫌った涼がさっさと下座に座ってしまったのであった。
ちなみに一人増えているのは、静が消えたことで御役御免となったルークである。せっかく、もとの生活に戻れる、と喜んだのも束の間、今度は言葉すら通じない異邦人の世話をさせられると聞き彼は己の運命を呪いかけてあわてて取り消した。神官戦士の端くれとして、神を恨んだり呪ったりはしない。ただ、試練の多さに愚痴をこぼすくらいなら許されるだろうか、と真剣に悩んでいた。
涼が上座に近づくのを避けた理由の一つとして、この二人がいることも確かである。本来爵位でもなければ座れないであろう席に、竜也の我が侭とはいえ座らされてしまったのである。居心地の悪さは涼や竜也の比ではないだろう。竜也も途中で気付いたのだが、押し通した我が侭を引くに引けず、仕方ないので我慢してもらうことにしていた。
「し、しかし、何故急に…」
「別に。ただ見たいんだよ。あんたらが俺に守れというこの国を。」
「あ、それなら僕も行きたいです。」
「おう。もちろんだぞ。」
スジオパークは一瞬泣きそうな目でフィルを見たが、この場は無視することに決めたらしい。
「それでしたらわざわざ御身を、」
「シャーラップ!」
「しゃ、しゃら?」
「しゃーらっぷぅ。」
スジオパークの台詞をビッとフォークを突き付け黙らせる。その瞬間、再び遥か遠方より飛来した果物の種がこめかみにスコン、と当たった。竜也はそそくさとフォークを下ろした。フィルも同じくフォークを下ろす。彼には種は飛んでこなかった。
「俺はね、自分の目で見て確かめたいの。この国がどんな国なのか。どんな人が住んでいるのか。アンタらの口から出た取り繕われた国じゃなく、今、ここにあるこの国を、この目でね!」
ビッとナイフを突き出す。普段の、春の日差しのようにのほほんとした目ではなく、それは英雄の転生であることを感じさせるのに十分な鋭さを持っていた。
ガインッ!
金属と金属がぶつかる音が食堂に響く。
「おおっ」
フィルの感嘆の声がそれに続く。今度は真似するより飛んでくる種の射出源に注目していたらしい。
「箸で人を指さないように。」
「気を付けますゥ。」
その時にはもう竜也の迫力は綺麗さっぱり消え去っていた。当然、箸ではなくナイフだよ。などとはとてもじゃないが言えたものではない。
「ごめん、ナイフ、もう一本貰えるかな?」
竜也の手には、柄だけを残して無残な姿となったナイフの残骸があった。その先は、飛んできたナイフとともに壁にめり込んでいた。
「な、なんなんだよ、あいつ。あんな真似四龍騎の方々ですら出来ないぞ、多分!」
「さあ。涼様は不思議な御方ですから。」
詰め寄るルークをミリィはさらっと受け流した。同時に、言葉が通じないのをいい事に本人を目の前にしてあいつ呼ばわりをする事について軽くたしなめておく。
「不思議って、それで済むことか?」
「はい。」
ルークは釈然としない想いを抱えて涼を見た。
「相手の強さを感じることも戦士として必要な能力だ。自分と比べ強いか弱いか。雰囲気で見て取れる目を養うことも忘れるな。」
ルーク達神官戦士見習の指導をする司祭の言葉であった。その司祭に今回の任務を伝えられたとき、ルークは彼に3人の所見を聞いていた。
「そうだな。レインドル様には失礼だが、私の見る限り、3人ともこれといって飛び抜けているとは思えない。まあレインドル様は記憶が御戻りになられていないのだから仕方ないだろう。記憶さえ戻ればおそらく私など足元にも及ばんだろうなぁ。」
ルークにとっては天上人のような司祭がそう言うのである。期待はいやがおうにも高まるというものだった。
「あの髪の茶色い少年はそこそこ魔力はあるようだ。だがそれだけだな。」
まったくもってその通りであった。
「髪の長い少年は…レインドル様の従者としてはちと頼りないな。気配からして並以下でしかない。下手をするとお前の方が強いかもしれないくらいだ。」
異国の一風変わった剣を持った少年。だが、どうやらただの変わり種でしかないらしい。その時点でルークの興味は失せていた。
「司祭様が嘘をおっしゃったとは思えないしなぁ。」
首を捻ったルークの脳裏に、司祭が思い出したように付け足した言葉が浮かぶ。
「ただ、人によってはそういった目を欺くこともある。自分の実力を隠すわけだ。見る人間が見ればそれを見破ることも可能だが、それを遥かに越えた実力差があった場合、鍛えられた眼力すら欺き通すこともあるかもしれないな。」
その時司祭は、そんな人間には会ったためしがない、と笑っていた。四龍騎の長ですら、その力を隠しきれるほどの実力差はないと言っていたのである。そもそも隠す理由というのが見当たらない。
「……まさかね。考えすぎだ。そんなこと。」
「どうかなさいました?」
物思いにふけりぶつぶつと独り言を繰り返すルークの姿は端で見ていて怖いものがあった。彼の視線の先にいる涼は相変わらず小説を読んでいた。
「よし、試すか。」
「えっ!?」
その瞬間、ルークの目は遥か彼方を見つめていた、と後にミリィは語る。
全速で間合いを詰めつつ抜刀。そして振りかぶり一気に振り下ろす。一連の動作はルークの記憶にある限り最高のものであった。
「涼様!!」
ミリィの悲鳴が部屋に響く。振り下ろされた刀がどこにあるのかはミリィからはルークの身体が邪魔で見えない。最悪の事態になっていない事を願いながら近づく。だが心配していた事態にはなっていなかった。ルークの持つ剣は涼の頭の上10センチ程の位置で止まっていた。
「よ、よかった……」
「ちっ。」
胸を撫で下ろすミリィの耳に、苛立たしげな舌打ちが聞こえた。
ぱぁん!
「いてぇ!」
頬を押さえたルークは、喉にまで出かかった文句を辛うじて飲込んだ。
「当り前です!痛いように殴ったんですから。あなたって人は、なんてことをするんですか。涼様が怪我したらどうするんですか!」
彼女の目に大粒の涙が溜まっていなかったら、手は出さないまでも2、3の反論は出ていたかもしれない。
「すまん。ただ、剣は止めるつもりだったし、まさかまったく反応出来ないとは思わなかったから……」
そう、剣が振り下ろされる瞬間、いや、今でも。涼は先程と変わらぬ姿勢で小説を読みつづけていた。
「つもりでも手違いが起きることだってあるでしょう!何考えているのよ!神官戦士ならもう少しものを考えなさいよ。大体試すだなんて失礼だと思わないの?」
バターン!!
「やっほー。涼ちゃん、準備できたよぉ、ってあれ?なんか不味いところに来た?」
間、というものをまったく無視した竜也の登場に、言い争っていた二人も動きを止めるしかなかった。涼はそんな竜也に溜め息一つつくと、愛読書にしおりを挟み立ち上がった。
「いや、いいところに来た。経緯はわかるのだが言葉が通じんので仲裁のしようがなかった。頼む。」
「んー!?どしたのかね、二人とも。」
「あ、あの、実は、」
感情が高ぶりすぎたのか、ミリィは泣き出しはしないが言葉が出ないようであった。仕方なくルークはばつが悪いながらも己の軽挙を自ら説明せねばならなかった。
「……というわけなんです。」
「はぁ。そりゃルーク君、君が悪いよ。」
「申し訳ありません。己の好奇心を抑え切れず愚かにもレインドル様のご友人に手を上げてしまいました。この上はどんな罰も、」
「いや、そうじゃなくて。」
「えっ?」
「寸止めするとわかっている剣をわざわざ避けたりしないよ。ねっ。」
ね、と言われても涼には何を言っているのかさっぱりわからない。だが、ことさらに日本語で言い直させることもしない。竜也が涼の真意を汲み取れないことなどほとんどないとわかっているのである。
ただ、今はそれ以上に自分にしがみついている少女をあやす方が優先事項であった。困ったような顔を向けると、竜也も似たり寄ったりの表情で肩をすくめるのみであった。
「ま、次やるときは中途半端に止めたりしないで斬っちゃっていいよ。俺が許可するからさ。」
「えっ、あ、いや、その、」
時が経つにつれ罪悪感が無限大に膨れ上がっていたルークには、竜也の言っていることが理解しきれなかった。
「そんな事より早く行こうよ。外でフィルも待ってるしさ。おでかけおでかけ。おやつは300円まで。バナナはおやつに含まれませーん。」
当然ルークにはなんのことやらさっぱりわからなかった。
護衛はいらない。そう主張したものの、はいそうですかと素直に首を縦に振るとは竜也も思っていなかった。案の定、なんやかんやと理由を付け10人以上の随員を押し付けてくる。一人や二人ならともかく、修学旅行の団体さんのような状況は真っ平ごめんであった。
「着いてくるのは二人まで。それ以上は却下だよ。」
竜也の激しい主張により、スジオパークもそれ以上言う事は出来なくなってしまった。仕方なく、随員二名を選出することになったのだが、そちらの方は意外とあっさりと決まった。一人は立候補。一人は状況から来る必然で。
「あ、ゼナも来るんだ。」
「はい、お供させていただきます。」
フィルがゼナと呼んだのはリーゼナイセの事である。確かに彼女なら有象無象の騎士をぞろぞろ連れて歩くより遥かに安全と言えた。フィルは嬉しそうにリーゼナイセとあれこれ話している。彼女の方も、気のせいか幾分物腰が柔らかかった。
「青龍騎士団長アルカイア・フォン・リヒトフォーンと申します。本日竜也様の護衛を務めさせていただきます。以後お見知りおきを。」
そう言って頭を下げた騎士の顔には見覚えがあった。最初にここに来たときに見た中で、一番機嫌が悪そうだった騎士である。そして今日も機嫌が悪そうであった。実際彼はここにいる事を良しとは思っていない。
竜也達は知らないことであるが、青龍騎士団は事実上彼一人のみとなっており、今は再編がすむまですることがないのである。当然団長を務めるだけあってそれなりには腕が立つ。よって彼が選ばれるのは必然と言えた。
「よろしくね。」
「……はい。」
笑いかけた竜也に対し、アルカイアは一礼して背を向けた。そして少し離れた位置に引っ込んでしまう。どうやら仕事以上には近づかないつもりらしい。ましてやその従者など視界に入れるのも汚らわしいと思っているのかもしれない。
「俺何か悪いことした?」
「うーん、違いますよ。どちらかというと嫌われてるのは僕だから。」
「王子…」
フィルはそう言って困ったような顔で笑った。涙を浮かべるわけではないが、見てて心が痛くなるような笑顔だった。竜也は初めて見るが、しかしそれがこの王宮でフィルがもっとも浮かべる表情であろうことは予想出来た。
氷のようなリーゼナイセの顔がわずかに曇る。
むにーーーーーっ!
「!?」
「ひ、ひひゃひ。ひひゃひゃひゃひゃ。」
いきなり竜也がフィルの涼の頬を掴み引っ張ったのである。突然の事にフィルも目を丸くしてどう反応していいのかわからない。リーゼナイセも同じ様に驚き、そして次の瞬間嫌なことを思い出したのか顔をしかめた。
「な、何をするんですかァ。あだっ。」
トドメはデコピンである。
「よし。」
「よしじゃないですって。いきなり意味不明なことをしないでください。」
フィルは涙目になりながら頬とおでこをさすり、恨みがましそうな目で竜也を見上げた。横目で見ていた涼は軽い溜め息の後苦笑を浮かべている。
「自分が笑いたいときにだけ笑う。泣きたいときに無理に笑うな。」
「えっ!?」
「怒っていいときに怒らないのは魂的に負けだぞ。てわけで気にしないんだよ。いいね。」
「は、はい。」
この時浮かべた笑顔は、最初に出会ったときと同じ屈託のない笑顔であった。
「よし。じゃ、そろそろいこっか。のんびりしてると日が暮れちゃうよ。」
「はい。」
「うおー、すげー。りょーちゃん、りょーちゃん、日光みてーだよ。エストラーザ=ファンタジー村!!」
「わかっているとは思うがフラッシュは焚くなよ。通行人が腰を抜かすぞ。」
「…これだけのメンツでお忍びなんて無理だぜ。なあ?」
「あはは。」
ルークが言うのももっともであった。
竜也と涼は比較的当たり障りのない普段着を着ている。もちろん竜也の希望である。だが、それはデザイン的に地味というだけで素材はシルクであった。竜也はそんなものかと思い何気なく着ているが、端から見れば『高貴な方々』というレッテルを貼って歩いているようなものである。おまけに挙動が怪しい。
「ゼナ、あれ食べたいな。」
フィルは竜也達の後ろでリーゼナイセのローブの端を握って歩いていた。
「ああ、ディップ(棒付きの飴)ですか。ですが間食は程々にとグラゼーオ様に言われておりますので…。」
この二人もまた人の目をひくことこの上ない。特にリーゼナイセの美貌は地味な魔術師のローブでは隠し切れない。テレビも写真もないこの世界では彼女を見てそうとわかる市民はいない。だが、人の心を凍り付かせるエメラルドの瞳はこの国の誰もが知るものであり、人によっては確信は持てずとも憶測を走らせるだろう。
フィルが指差したのは甘い匂いを振りまいている屋台であった。
「あ、こっちのお菓子?俺も食ってみたい。」
「ね。」
「買ってまいります。」
溜め息混じりに根負けしたリーゼナイセの後ろで、おねだりが成功した二人は笑って手を打ち合わせた。この国の筆頭魔術師にお菓子を買わせるこの二人の方がさらに強者かもしれない。
「さて、幾つ買うつもりだ?」
屋台の前に立ちオヤジに声をかけようとしたリーゼナイセのすぐ後ろには、いつの間にか近づいていた涼がいた。もちろん話しかけてきたのは日本語である。だが、涼は言葉が通じることを微塵も疑っていない。
「王子と、レインドル様。もしご所望なら貴方の分も御用意いたしますわ。従者殿。」
案の定、リーゼナイセの口からは流暢な日本語が流れてくる。彼女が知らぬ間に背後に立たれたことなどつい最近の一つを除けば随分と久しい。しかし内心では驚いたのだが、それを顔に出すような彼女ではなかった。
「いや、甘いものは苦手でな。その代わり二つばかりついでに買ってもらえると有難い。」
リーゼナイセは後方に控えてこちらを伺っているミリィとルークを見た。二人共目が合うとすぐに目をそらしてしまう。
「主従が逆ですわね。」
「別に従えているつもりはない。ただ、忠告も兼ねている。私のお人好な友人は親切な魔術師殿が5本のお菓子を持って戻ってくることを確信している。出来ればその期待を8割方裏切らないで欲しい。」
2割分は是が非でも裏切って欲しい、と言外に込めて。
「買い被りですわ。」
「私もそう思わんでもない。が、いたずらに人を疑うよりはマシだ。」
「王宮には不向きの性格ね。後ろから刺されるのが落ちです。」
「前だけを見る者は、後ろは護る者がいればそれでいい。それに、これこそ買い被りだとは思うがあいつの人を見る目は確かだと思っている。」
今度は彼女も驚きを隠しきれなかった。つい振り返って涼の顔をまじまじと見てしまう。驚愕と言うよりも珍獣でも見るような目である。その目で見た顔は冗談を言っているようには見えない。もっとも、にこやかな笑顔でお世辞や冗談を言う涼など竜也や静はもちろん、家族ですら見たことない。
「つくづく、変わった方達ですこと。」
その呟きは同意を求めるものではなかったので涼も答えなかった。ただ、至極同感であるため苦笑が浮かんでしまったが。
「いいかしら。」
「へいいらっしゃい。おいくつで?」
王子達をいつまでも待たせてはいけないのと、お菓子の屋台の前で真面目な顔で議論していることのちぐはぐさに気付き、さっさと注文してしまうことにする。
「5本お願い。」
「あいよ。姉ちゃん美人だからおまけして5シール(約500円)だ。」
涼の眉がピクリと動く。静のかけた通訳の呪文は今なお有効だったりする。通貨価値は判らないが、何本頼んだかは当然涼にも判った。
「持ち切れません。手伝っていただけますか?」
リーゼナイセは微笑だにせず当り前のように涼に3本の棒付き飴を手渡した。その甘い香りに吐き気とは言わないまでも目眩がしてくる。
「レインドル様の期待ならばそれに応えるのが私の務め。それと、好意は素直に受け取るものですわ。剣士殿。」
そう言ってリーゼナイセは笑った。彼女は涼がどう反応するか見ているようであった。もちろん涼は貰った食べ物を粗末にするような教育は誰からもされていない。だが、このままやられっぱなしで済ますほど穏便な性格もしていなかった。
「礼を言う。」
薄く笑みを浮かべた涼は、軽く頭を下げた後、踵を返してさっさと歩きだした。
「あっ!」
そう、待ちくたびれている友人の元へ。そして有無を言わさず手持ちの2本を竜也とフィルに渡してしまったのである。
「りょーちん、さーんきゅー。」
「あ、ありがとうございます。ゼナは?」
「彼女もすぐに来ますよ。」
フィルの礼儀正しさは非常に好感が持てる。出来れば竜也に見習わせたい。というより、竜也の行儀の悪さを伝染させないようにせねば。と思いつつ、恐縮して頭を下げるフィルの頭を撫でてみたりする。後は手に残った1本をどう始末つけるかが問題であった。
「あり?りょーちん甘いの大丈夫だっけ?」
「甘味は昔はなかなか貴重だった。こうして街中で普通に買えるということは、文化レベルを知る意味でも非常に興味深い。人口甘味料の問題もない。」
「いや、聞いてないし。」
一方、想像してなかった、だが予想以上に効果のある反撃を受けたリーゼナイセも困っていた。かといっていつまでもフィルを待たせるわけにはいかない。
「リ、リーゼナイセ様がこっちにいらっしゃるぞ。」
「そのようですね。」
戸惑いはこの二人が最も大きかったかもしれない。氷の魔女が子供に飴を買い与える。そんな光景を城の人間が見たら目を丸くするだろう。事実、少し離れて面白くなさそうに立っていたアルカイアは目をこれ以上ないくらいに開いて驚いている。
「とりなさい。」
自分はなぜこんなことをしているのだろう。その問いに、彼女の明晰な頭脳は答えてはくれなかった。
「あ、ありがとうございます。」
二人がおずおずと手を差し伸べながら、それでも嬉しそうな笑顔を浮かべる。ルークの方は多少顔がひきつっていたが。それはリーゼナイセの困惑を一層強めるのであった。
「お、珍しい。りょーちゃんが写メってる。」
「印刷してやれないのが残念だな。」
右手の飴が涼の性格を辛辣にしていた。
「俺はね、自分の目で見て確かめたいの。この国がどんな国なのか。どんな人が住んでいるのか。アンタらの口から出た取り繕われた国じゃなく、今、ここにあるこの国を、この目でね!」
と言ったのはどこの誰であったのだろうか。ルークは確かに目の前の人物がそう言ったのを覚えている。それは遥か昔の事ではない。つい今朝がたの事であったと記憶している。
魔王の手から我々を救ってくれるはずの英雄。その彼は今、異世界の食文化に触れることに至上の喜びを感じているように見える。ルークは自分の目が悪くなったんだと信じたかった。だが、彼自身の手にも山のようにお菓子が積まれているところを見ると、これは現実と見るしかないようである。
「俺は……何をしているんだ?」
「お菓子を食べているんでしょう?」
隣のミリィは涼のそばから離れず、しかし割りきって滅多に口にしない間食を楽しんでいる。
「そ。ルーク、そんな若いうちから眉間に皺寄せていると皺が張り付いちゃうよ。」
「てーくいっといーじー、だよね。」
「いえーっす。」
いちいち行ったり来たりが億劫になったのか、彼らの距離は自然と近くなっていた。当然リーゼナイセも傍にいる。それだけにルークもおいそれと愚痴をこぼせなくなりストレスを溜めているのだ。
涼の心配は、フィルの語彙が急速に、しかも極端な方向に増えていることである。同様の心配はリーゼナイセも感じている。どこかで止めなくては、と思うのだが、フィルの屈託のない笑顔を見ていると止めるのも忍びなくなってくるのであった。
ついでにまだ半分以上残っている飴の処理も悩みの種であった。最初の壮絶な低級頭脳戦の結果、リーゼナイセが涼の分のお菓子を買うことはなくなった。だがそれでも手にした強敵を成敗するには時間がかかりそうである。
「お、これはナニ、お兄さん。」
そうこうしているうちに竜也はフィルを引き連れ次の店へと駆け込んでいく。もう止める気のなくなったお供ご一行も、ぞろぞろとその後についていく。アルカイアだけがその様子をつまらなそうに眺めていた。
「旦那、、いいところに目を付けたね。これは『シズカ』って名前の作品でね。付けてるといいことがあるよ。」
アクセサリーを売っていた細目の売り子は、笑うと無くなってしまいそうな目をさらに細めて赤い花のブローチを取り上げた。
「涼様、どうなさったのですか?」
「い、いや、なんでもない。」
涼は口を抑えて顔を青くしていた。見ると右手の飴がごっそりと欠けている。どうやら何の拍子にか噛み砕いてしまい、口の中を飴に占領されてしまったらしい。
「へー、綺麗だね。でもなぁ、男がするもんじゃないよね。」
「だと、思います。」
「ちっちっち。甘いね、ぼっちゃん。こういうのはいざというときのために用意しておくんだよ。もちろん自分で付けるんじゃないぞ。わかるよな。」
「あはははは。いまんところ予定ないからなぁ。でもなんか気に入っちゃった。ゼナさん、駄目かな?」
上目使いで自分を見上げる竜也に、リーゼナイセは諦めともとれる溜め息を返した。
「一つ、でよろしいのですか?」
「一つしかないよね?」
「ああ。一品物だぜ。」
「んじゃ一つ。」
リーゼナイセは最早溜め息すらつく気力を無くしたようである。袖の中の皮袋から10シールコインを3枚渡す。造りや材質から考えるともう少し高くなってもおかしくないものである。
「毎度。」
竜也はその造花を手にとると、嬉しそうな笑みを浮かべた。それは悪戯が成功した子供の笑顔そのものであった。
花の裏を見ると、そこには小さな蓋がついている。それに気付いたのを見計らって売り子の青年が笑う。
「恋人と二人だけの時に開けるといいことがありますよ。」
青年はウインク、といっても両目を瞑っているようにもみえるが、して笑った。しかし、それを見返す竜也の顔は情けなさそうに歪んでいた。
「……そういうことは先に言ってよ。」
「えっ!?」
「開けちゃった。」
「げっ!」
ポトッ……。
中から出てきたのはほんのわずかなインクの塊であった。小指の先ほどのそれは、蓋を開けた瞬間に地面に落ちてしまう。
「王子!」
さすがに最初に異変に気付いたのはリーゼナイセであった。
インクはまるで意志があるかのように広がり急速に極細の線を描いていく。
「魔法陣!きゃあ!」
「どうした!?何事だ!っておわ!」
ドン!
フィルを抱えて飛び去ろうとしたリーゼナイセは、異変に気付き駆け寄ってきたアルカイアと衝突し、3人もろともに魔法陣の中に倒れこんでしまった。
「ななななな、何が起こるんだ?」
「わからない。」
ミリィが不安そうな顔で涼にしがみつく。だが、動じた様子のない涼が頭を撫でてやるとだいぶ落ち着いたようである。
「竜也、お客さんだ。」
「もう遅いでしょ。」
路地という路地、あるいは傍にいた通行人。屋根の上。竜也を取り囲むようにいたるところから人が現われる。それは一般人を装った騎士達であった。涼は早々に気付いていたらしい。竜也も、気付かないまでも十分予想はしていたらしく、沸いて出てくる人の群に驚く様子はない。ただしその数には驚くを通り越して呆れるばかりであった。
「なっ!?貴様等、何故こんな所にいる!」
むしろ一番驚いたのはアルカイアであった。現われた騎士達の顔には見覚えがある。それは忌々しい巨漢の騎士を連想させるものであり、彼にとっては不快感しか思い起こせない顔ぶれであった。騎士達も無様に倒れこむアルカイアに、あまり上等ではない類の視線を送っている。
だが、そんな彼らも竜也の言うとおり、時すでに遅しであった。魔法陣は完成し、一際強い光を放ち始めている。完成してしまった術を解除する事は出来ない。まして彼らは魔術の知識など持ち合わせていない。最早騎士達は眺めていることしか出来ないのだ。
「スジオパークの爺さんに伝えてね。今度は俺等より3割り増し責任感の強い勇者様を呼び出すことをお勧めするよ。ってね。ではさらばだ明智君。わはははははは。」
「3割じゃ足りんだろう。」
ボソッと呟いた涼の声は誰にも届かず、明智君とは誰なのか騎士達にはわからないままに竜也達の姿はかき消えてしまった。
どさどさどさ!
着地は結構乱暴なものであった。浮遊感が消失した瞬間、体勢を立て直す暇もなく地面に放り出される。カエルの潰れたような声が聞こえてきたが、それは男のものである。リーゼや子供達が下敷きになることは避けられたらしい。
陽光の元から転移した先。それは屋内、しかも薄暗く窓のない場所であった。竜也は慣れない目で辺りを見回そうとしたが、所々にあるランプの光以外は何も判らない。
「ミャ。」
かすかな猫の泣き声。
「ルイ?ああっ!!ルイのこと忘れてたァ!!」
城を出るとき、何か忘れているような気はしていたのである。それを暗闇から聞こえてきた声でやっと思い出す。
「二人とも遅かったですね。」
ぼう、っと新たにランプが一つ灯る。
パチッ。
指を鳴らす音が響き部屋の光量が増した。燃料を燃やして明かりを得るランプとは異質の、電気とも違う光。
「(牢屋!?)」
そう、竜也が明かりの中で目にしたのはドラマなどの中でしか目にしたことがない無骨な鉄格子であった。
「…・・・静?」
鉄格子の向こう側。こちらに背を向け椅子に座っているのは竜也の友人であると思われる。先程の声も記憶にあるものそのままである。猫の鳴き声はそのひざの上からだろう。
「待ってましたよ。二人が来るのをね。もうそろそろだと思っていましたよ。」
ワイングラスを片手に、静は椅子を回し…回せない。四つ足の木製の椅子にそんな芸当は出来ない。仕方なく立って振向く。ルイは器用に静の肩によじ登っていた。
「二人とも、自由とスリルの旅路へようこそ!」
「リュウヤ様、このイカレた男は何で牢屋の中にいるんですか?確かにお似合いですけど。」
「ああ、それはね、羊沈ごっこといって。」
「……あ、れ?ルーク?」
「あ、あわわわ、リョウ様、申し訳ありません!」
ミリィは涼の膝の上に座る形になっていることに気付き慌てて立ち上がろうとする。だがバランスを崩してさらに涼の上に倒れこんでしまった。
「ミリィも。4人?ではない?もっといるの?」
「王子、お怪我はございませんか?」
「ゼナ?うん。大丈夫だよ。」
「おい、ここは、どこだ?」
「どーでもいいんですが、旦那方そろそろどいてくれませんかね?」
さらに見回すと、うつぶせに寝そべっている細目の男の上に3人。フィルにリーゼナイセにアルカイア。
静は空いている手をこめかみに当てた。色々言いたいことはあるがどれから言おうか迷ってしまう。取り合えず鍵をかけていない扉から出ると、まだ起き上がれない細目男の前にしゃがみこんだ。
「二人だけ連れてきてくださいって言ったじゃないですか。なんで3倍以上に膨れ上がっているんです?」
「説明する前に仕掛けを開けちゃったんだからしょうがないじゃないですか!」
「はぁ。やっぱり。さすがというかなんというか。」
静は溜め息混じりに鉄格子をしげしげと眺めている友人に視線を送った。
「僕の計算通りに動いてくれたためしがない。」
「そういう事は先に言って下さいよ、旦那。」
「パロディは元ネタ知っている相手じゃないと意味がないんですよ。」
静は見当違いのことに怒った後、予定を遥かに上回る客人を見回して呟いた。
「さて……どうしよう?」




