継承者
「聞いてくれないかな。重大な話があるんだ。」
5月も半ばを過ぎ春の陽気が心地好い風を運んでくる。なにやら教師が出払う都合で早上がりになった金曜日の昼。帰宅部である3人の高校生が暖かい日差しの中、公園のベンチで昼食をとっていた。それぞれの手にはMのマークが入った紙袋。懐寂しい高校生の心の友であったのだが、最近はそうでもないらしい。
「実は、僕、魔法使いなんだ。」
右端に座っていた少年が意を決したようにそう言った。
彼の名は紅華静。科学万能の現代、冗談無しの大真面目な顔でこの台詞を吐いた少年。中肉中背のいたって平凡な高校生に見える。適度に色の抜かれた髪は今となってはこの日本で一番目立たない色であろう。きりっと真面目に言ったつもりなのだろうが、どうしても軽く見えてしまうのはゆるい口元のせいだろう。
「春だねぇ。」
少年が周りを見渡す。周囲に今の発言を聞かれたら恥ずかしくないのかな?と思ったのだ。だが、ママ友が集まるような公園でもなく、比較的人の少ない森林公園である。一番近いベンチでハトに餌をやるサラリーマンとはだいぶ離れている。
「まったく。この陽気で脳をやられたか?」
真ん中の少年がコーラを飲み干し空を見上げると、左の少年もそれに倣う。氷で薄まったウーロン茶の味に閉口しているようにも見える。
両脇の二人が少年以上青年未満という雰囲気なのに対し、真ん中にいるのは紛れもない『少年』であった。草薙竜也。17才。小柄で華奢な体つきに加え中学生で十分通る童顔。さすがに女の子に間違われる事はないが、一目で脇の二人と同い年とわかるものはそういないだろう。年相応に見られたいとは言うものの、無邪気にセットのおまけの玩具をいじっている姿はそれ以下の精神年齢なのでは、と思わせてしまう。
「ペテン師の間違いじゃないのか?」
「詐欺師なら納得するよねぇ。」
「あー、君達・・・。」
「セイ、いくら暖かいからって、寝言は家で布団に入ってからにしようよ。それとも本気で脳味噌膿んじゃった?あ、実は17才じゃなく30才になったんだ、ってオチ!?」
少年は一見罪のなさそうな笑顔を浮かべて隣の少年に視線を向けた。セイと呼ばれた少年は文句を言おうとしてそれを引っ込めた。その代わり苦い笑いが浮かんでくる。自分でもさすがに現実離れしたことを言っていると思ったのだ。
「静、お前の台詞は脈絡も信憑性も整合性も皆無だ。らしくないな。もう少し順を追って話せ。」
真面目くさった顔でそう言った少年。この中で最も背が高い。腰まで届きそうな長髪はカラスの濡れ羽のように黒々としている。鋭い目つきもあり大学生でも通りそうな雰囲気であった。引き締まった体躯と鋭い目つきから侍を思わせる。
紅華涼。名前からわかる通り静の親戚で、父方の従兄弟に当たる。紅華流古武術という怪しげな道場の一人息子で、3人いる師範代の一人でもある。脇に立てかけてあるのは常に肌身離さず持ち歩いている愛刀『雪月花』。もちろん抜けば人も斬ることが出来る。
「まあそう睨みなさんなって。うーんどこから話したらいいものか。とりあえず30才説は違うと言っておこう。」
真面目タイムは終了、とばかりにその口調は普段のゆるいものに変わる。
「ざっとでいいよ、ざっとで。」
「君、信じてないね。まあいいや。僕も全部思い出したわけじゃないから昔話か御伽話程度に思ってくれていいよ。」
昔々、あるところに一人の魔法使いがいました。彼は失われた太古の秘術、転生の魔法を会得し、転生しながら300年以上生きていました。
あるとき、彼はひょんなことから一つの国を相手に戦争を起こし負けてしまいます。そして彼も戦場でその命を散らします。でも心配することはありませんでした。彼はすでに転生の秘術を用意していたのです。彼の魂は肉体を離れ次の身体を探し始めるのでした。
しかしそうは問屋が卸さないと敵の総大将。彼の魂が肉体を離れた瞬間、禁断の魔法、次元追放の術を発動させたのです。魔法使いの魂は空間に穿たれた次元の狭間へと吸い込まれていってしましました。
「こうして悪い魔法使いは滅び、王国には平和が訪れたのです。めでたしめでたし。」
「ううっ、いい話やぁ。ねえ、りょーちゃん。」
「って悪人なのか?異論はないが。」
わけのわからないのりで涙を流す竜也を尻目に涼は冷静に突っ込む。それを聞いて竜也もはっとして静を見た。
「そうだよ。静が静じゃなくなっちゃうの?そんなの嫌だよ、俺。」
「それ以前に信じたのか、お前。」
「うーん、タツ坊は素直でいいわぁ。どっかの鉄仮面とは大違いだね。だから好きだよ。よしよし。」
捨てられた小犬のような目をした竜也の頭を静は思わずグリグリと撫でる。あまつさえ頬擦りしそうな勢いにみえた。竜也はその手を少しむっとして払う。二人に比べ背が低いこともあり、子供扱いされると怒ることが多いのだ。
「なんだよ、嘘なのかよ。」
「うんにゃ。本当。」
食って掛かりそうな竜也を抑え、涼は静に目で続きを促した。
「僕は僕さ。紅華静。それ以外の何者でもない。今までも、そしてこれからもね。」
今度はもう少し優しい目で見ながら竜也の髪をかきあげる。
「矛盾してないか?」
「それがこの魔術師の変なところでね。って僕自身のことでもあるんだけど。」
2回目の覚醒の時。彼は前回と同じ様に仮初めの家族を捨て元の名に戻った。だがそこで気付く。新たな肉体を得たにもかかわらず、彼の心は老人のそれと変わらないことに。無感動な自分。心が朽ち果てていく。魂が腐り果てていく。そして、生きることに疲れ飽きていく。死の衝動。
あれほど望んでいた永遠の生とはこんなものだったのか。これが輪廻の枠から外れた代償なのか。
そんなことを考えながら一人侘しく魔導の研究に明け暮れる。だが研究は遅々として進まない。そしてもう一つ気付く。心の老化は身体をも朽ち果てさせる、と。40を越えた頃にはその姿は70近い老人のものとなっていた。
そして死。闇の魔導師という名が歴史から消える。
次の覚醒。4度目の命。その時に決めたこと。記憶は受け継ぐ。力も使う。だが、生き方はその時の流れに身を任せてみよう。目覚めるまでの10年ほどの延長に自分の行く末を定める。それが魔導の真理への遠回りとは思うまい。全ての経験は必ず知識の糧となる。たとえならなくとも、寄り道もまた悪くないものだから。
「そして、”闇の魔導師”は消え、”継承者”が誕生したんだ。僕は最初の3代を一括りにすると8代目に当たる。延べ10代で400年ほどだから結構代替わり激しかったみたいだね。」
まるで他人事のように淡々と語る静に、二人はいまいち納得しきれていないようである。話が突拍子もないので信じていいのかどうかも怪しいところなのだろう。
「同じ人間なのに違う人間、ということか。」
「まあ、そうなるね。根本的なところはそれ程変わらないけどね。性格とか思考の傾向とか。でもそこら辺も親や環境が違えばまた変わってくものでしょう。」
「ふむ。どこぞの宗教のトップのようなものか?」
「どうだろうね。本当に転生しているかどうかは会ったことないからわからない。けどあれは一人の人生を継続しているでしょう。こうなると会ってみたい人の一人だよね。で、僕はもっと無責任。」
「お前が無責任なのを認めるのは吝かではないが。」
涼はまだすっきりしないらしい。しかし次の竜也の一言で何となくではあるが理解できてしまった。
「セイ。」
「ん?」
「それってあれだ。続編RPGを最初からLVMAXで始めてストーリーだけ楽しむみたいなもんか。」
静はそれを聞いて目をぱちくりとさせ竜也を見た。涼の方も少し驚いたが肯いてしまう。涼自身はそれ程ゲームをやるわけではないが、RPGがどんなゲームだかくらいは当然知っている。
ゲームが1、2、3と続編が出て、主人公はその都度代替わりする。しかし前作で育てたパラメータを引き継げば、レベリングの手間は無くなる。それはそれでつまらない、と思う者も少なくないが、物の例えとしてはわかりやすい。
「なるほど。それならわかる。実に貴様らしい考え方だ。」
「あ、あはははははははは。」
「な、なんだよ。俺変な事言ったかよ。」
しかし静はその後たっぷり3分間笑いつづけていた。憮然とする涼の肩をばんばんと叩き、やっと笑いを収めた頃には目に涙が溜まっていた。
「泣くほど笑うことないだろう。」
「ゴメンゴメン。いやね、ダークウィザード8代400年の歴史も竜也に掛かるとセーブデータの引継ぎにしかならないんだなぁって。しかもそれに全く反論出来ないもんだから余計おかしくって。」
謝りつつもまだ笑いが収まらないらしい。言葉のそこかしこで調子がおかしくなっている。
「むぅ。褒めてんの?」
「くっくっく。もちろんだよ。そっか。僕は俺TUEEEEEプレイをしてたのか。巧いこと言ったもんだね。」
ゲーマーとしての静はどちらかといえばレベル上げも楽しむ派である。寄り道しすぎてレベルを上げ過ぎ、ボス戦で拍子抜けすることのほうが多い。
「しかしまあ、自分で言っておいてなんだけど、君らあっさり信じるね。」
おそらく信じて貰えるだろうとは思っていたが、そのあっけなさに拍子抜けするほどであった。
「もともとウィザードなどと自称はしていただろう。」
「いや、まあそりゃそうだけど方向違うし名乗ってたというかなんというか。」
それは魔法使いという意味ではなく、あまり大声では言えない特技ゆえのお話であり、おいそれと公言しているわけではない。
「それにさ、前世持ちなんて隣のクラスにもいるじゃん。」
「……それは漫研の小鳥遊?いや、アレと一緒にされるのはちょっと、」
「しかしあやつも自分でダークウィザードと名乗っていたぞ。」
「う、そういえば……」
真性の罹患者である小太りの少年は二つ名どころかその10倍くらいは称号を持っていたはずで、その中に確かにダークウィザードもあった。静は二度とその二つ名は名乗らないことを心に誓った。
「やばいな。正体バレするとアレと同類項に見られちゃうのか。こりゃ絶対秘密にしないとなぁ。」
「同類項どころか、向こうから寄ってくるよ、きっと。」
「ふ、貴様も私と同じ苦労をすればいいのだ。」
常に模造刀(と言い張ってる)を持ち歩く涼は、常に一部の人間から熱い視線を集めている。件の小鳥遊君も、ちょくちょく話しかけたそうな視線を送ってくるのだ。あまりにうざったくなり睨み付けると、「やれやれ」と苦笑を浮かべて肩をすくめるフリをする。彼の中では、
「(正体がばれるだろう!近づくな!)」
「(やれやれ。君は心配性だなぁ。はいはい、わかりましたよ。)」
というアイコンタクトが成立したことになっている、らしい。何度そのまま雪月花で両断してやろうと思ったことか。それを半ば楽しんで見ていた静が逆襲されたように引きつった笑いを浮かべているのはとても爽快であった。
「時に静。」
「なーに?」
「お前の正体が魔法使いと言ったな。ではあれもお前の仕業か?」
「えっ!?」
涼が指差した先。彼らの目の前5メートル。高さ1メートルの空間に、握り拳ほどの光の珠が浮かんでいた。それは徐々に大きさを増しながらこちらに近づいてくる。それを見た静の表情が驚愕に歪んだ。
「げっ、召喚術!?涼、雪月花!」
涼は脇に立てかけてあった雪月花を取ると、袋から取り出し静に渡す。静は雪月花のセーフティーを外し本身を抜くと、おもむろに自分の左腕に刃を立てた。それを見た竜也は痛そうに顔をしかめ、涼は血糊に汚れた愛刀に憮然とした表情になる。
雪月花の鞘には特殊な加工がしてある。二重構造になっており、セーフティーをした状態では内側の鞘ごと引き抜かれる。それは鞘と言うよりカバーと言ってもいい。その状態では雪月花は刃のない模造刀にしか見えなのである。常々真剣を持ち歩く為の小細工であった。
先代の形見として受け継いだとき、知り合いの刀鍛治が暴走し拵えたのであって、決して涼の趣味ではない。さらに静と竜也が暴走にガソリンを注いだ結果、内鞘のバリエーションに傘、花束、逆刃刀なども存在する。意気揚々と涼にそれを見せた三人は、かなり本気で涼に殴られたものである。
「解除は、無理だね。」
静は光球に向かい左腕を振り下ろした。傷から流れる血が飛び散る。その血は光球の回りに留まり地面に落ちることはない。そして空中で複雑な幾何学模様を形成していく。
「おー、すげー。かっくいー。魔法みてーだ。いかん、カメラカメラ。」
「だから魔法だって。」
鞄からデジカメを取り出す竜也に苦笑しながら右手で印を描いていく。静の口から聞き覚えのない言葉が紡がれ、血飛沫がそれに呼応すかのように光を放つ。
「ふぅ。これで、いいかな。」
「え?爆発はしないの?」
想像していたのと違う地味な結末に竜也は残念そうに肩を落としていた。
「しませんって。」
静は溜め息をつくと右手で傷を抑えた。結構深く切り込んだように見えたが、手を離すと傷口はすでに塞がっていた。
その間涼は周囲を見渡し、こちらを見ているものがいないか注意を払っている。程よく木が生い茂っているので、十分視線をさえぎってくれている。ハトに餌をやっていたサラリーマンはもういなくなっていた。
光球は血の魔法陣により膨張を止め、空中で音もなく漂っていた。
「どういうことだ?」
静から雪月花を受け取った涼は不機嫌そうな顔で刀身に付いた血を拭っている。いきなりのことではあったが、静の話が夢ではない証拠が出来てしまっていた。
「どうやら追放しただけじゃ気がすまないみたいだね。呼び出して息の根でも止めるつもりかな。これは召喚魔法の発動現象さ。たぶん、だけどね。」
「キャンセルしたの?」
「いや。一時的に止めただけ。この調子だとあと30分くらいかな。儀式魔法を何の準備もなく消去なんて出来ない。ましてや今の僕じゃね。」
静の顔は出血の為か若干青ざめている。しかしその顔に浮かぶ苦笑はそのせいではあるまい。
「30分か。あまりゆっくりとは出来んな。」
腕時計に目を走らせた涼は荷物をかき集めて立ち上がった。写真を十分撮ったのか、竜也もカメラをカバンにしまう。
「どうするの?」
「この手の話で時間に猶予のあるのも珍しい。時間的に大した事は出来んが餞別くらいは用意してやろう。」
「そだね。じゃあ余裕見て20分後に集合だね。セイ、ちょっと待っててね。」
「え?ちょ、ちょっと、君達?」
唖然とする静を置き去りにして二人は何事もなかったかのように駆け出していった。さすがにこの展開は静にも予想外であった。何をしていいのか思いつかないので仕方なくベンチに座る。
「前の世界、か。」
静は目の前にある光を通して過去の記憶に想いを馳せた。それは確かに自分の記憶であったが、何故か想像以上に現実感に乏しいものであった。こんなことは今までの覚醒時には有り得ないことである。おそらく次元を越えた後遺症であろう。
「捨てたはずの過去が、時を越え、さらには次元をも越えて追いかけてくる。継承者などしょせん僕一人の戯言なのかな。」
このまま二人を待たずに消えるという手もある。今までも正体を知り離れていった『友人』は数多い。そそくさと去っていった二人もそれと同様に見えなくもない。だが、何故かそうではないと思う静であった。
「まあ、こうしてても仕方ないしな。僕も少しは準備するか。あ、トイレットペーパー買い込んでおかないと。」
静は荷物をまとめて、自分も近くのコンビニに行くのであった。




