地区予選 準決勝戦 VS 天帝高校 試合後
この敗戦を持って天帝高校の夏は終わり、大会連覇は五でストップした。
その敗退は大番狂わせとしてスタンドを大いにどよめかせていた。
「成宮さん」
着替えを済ませて球場の外に出ると東堂さんが詩織に声をかけてきた。
「決勝進出おめでとう、私の完敗だったわ」
そう言いながら握手を求めて手を差し出す。
「ありがとう東堂さん、あの勝負は紙一重だったと思うよ」
差し出された手を詩織がしっかりと握る。
「紙一重なんかじゃないわ。最後の外角のスライダー、あれ一本に絞って読み打ちしたのに外野フライに倒れてしまったんだから」
「結果だけみたらそうかもしれないけれど、あの最後のボールは私の生涯でも指折りのボールだった。それをフェンス際まで運ばれたのはやっぱりすごいことだよ」
確かに詩織の投じた最後あのボールは素晴らしい物だった。
限りなく完璧に近いボールを投げながら、あそこまで運ばれたという事実はやはり詩織からすると非常に大きなものだったのだろう。
「特に東堂さんは左打者だからね、左相手にあんなに飛ばされるとは思わなかった」
「成宮さんのフォームは左打者からすると本当に打ちにくいからね」
その一方で真由は妹の奈央ちゃんや親友の桜庭さんと話している。
「お姉ちゃん、あのチェンジアップはやっぱり反則だよ」
奈央ちゃんが拗ねたような態度でそんなことを言ってみせる。
「私は話ですごいボールだと聞いてただけど、あそこまでとは思わなかったよ。中学のときはストレート以外はちょっとしたスライダーしか投げられなかったのにね」
桜庭さんはどこか遠い目で昔を思い出しているようだった。
「変化球で大きな武器がないと戦えないから頑張って習得したんだ」
「一時期は投手をやめてたのに、今ではこんな凄いボールを投げられるようになったってことはやっぱり真由はピッチャーとしての素質があったんだろうね」
「うん、打撃が高校レベルではついていけなくなりつつあったから助かったよ」
そんな冗談を口にしながら真由が笑みを浮かべる。
天帝高校の打線とも対等に渡り合えたのだ、アメリカとの親善試合での結果も併せて投手としての自信は完全に復活しただろう。
「修平さん、愛里ちゃん」
周囲の様子を伺っていると佳矢が俺と愛里に声をかけてきた。
「ついに負けちゃいました、このまま私が卒業するまで勝ち続けて七連覇と行きたかったんですけどね」
「九回に佳矢のホームランが出たときはどうなることかと思ったよ」
ベンチで見ている俺も気が気ではなかったぐらいだ。
「打っても勝てなくちゃ無意味ですから、ランナーがいた打席であれを打ててれば違ったんでしょうけどね」
そう言って佳矢が残念そうに笑う。
「……やっぱり佳矢ちゃんはすごいと私は思ったけどね、キャッチャーとしても高い能力を持ちながらあれだけの長打力があるのには驚くばかりだよ」
「ありがとう、でもキャッチャーとしてだけ考えるなら愛里ちゃんの方がすごいかもしれないね。私は今日の試合でいい当たりしてた広橋さんと無理に勝負しちゃったし」
俺が試合中に違和感を覚えた場面だ、結局広橋さんと勝負した結果三点目を失うタイムリーヒットを打たれそれが決勝点となった。
「あそこは敬遠でもよかったかもしれないな、結果論にすぎないけれど」
「その辺りの捕手としてのインサイドワークがまだまだ私は未熟です、愛里ちゃんは失投ではないボールを二発打たれての二失点でリードは良かったように思えるから」
そう言って佳矢が肩を落とす、キャッチャーがチームに与える影響は大きいということもあり責任を感じているようだ。
「佳矢は素晴らしいキャッチャーだよ、俺が保証する」
そう言いながら軽く佳矢の頭を撫でてやる、それに反応して佳矢がこちらを軽く睨んできた、と言ってもその目からは強い力が感じられない。
「子供扱いしないでください、それに修平さんに保証されたからって意味ないですし」
そう言いながらも俺の手を振り払おうとはしないし、その声を聞く限り不愉快に感じているということはなさそうだった。
佳矢の反応が悪くないのでそのまま撫で続けていると、隣にいる愛里が俺の体にしがみついてきた。
「……いつまで佳矢ちゃんに触ってるの? 迷惑だろうし早く辞めてあげて」
個人的には反応は悪くないと思っていたが、俺の早とちりだったかもしれない。
「そうか、悪かったな佳矢」
「別に謝ってもらう必要はないですけど……」
何か小声で呟いている佳矢を尻目に横目で宍戸さんの様子も伺ってみる。
一人でぼんやりと立ちすくんでいるようだ、やはり最後になるかもしれない試合が終わってしまったことにショックを受けているようだ。
気軽に声を掛けることは出来ないまま、時間だけが過ぎていく。
「なんとか宍戸さんのお父さんを説得してみせるから」
その一言を別れ際に告げるのが精一杯だった。
「負けてしまいましたね」
私の隣に座る東堂真郷さんが久しぶりにそう声を発した。
「そうですね」
返事をしないわけにもいかず、私はそう相槌を打つ。
試合中は終始二人共無言だった、ただ静かにグラウンドを見つめていた。
それでも私は心の中で叫んでいた、真紘に勝って欲しかった。
この湧き上がる気持ちがなんなのか、自分でもよく分からなかった。
「私も宍戸さんも中々時間の取れる立場ではありません、こうして会えた貴重な機会にいくつかお話を聞かせてもらってもいいですか?」
「私に答えられることならば、構いませんよ」
「ありがとうございます、先日の電話でお話した際に安島くんが宍戸さんのお家までやってきたそうですがその事情を聞かせていただいてもよろしいですか?」
やはりその話か、どうやら東堂さんはこのことが相当気になっているようだ。
「私の方針で真紘は高校で野球を辞めると約束していたんですよ、それに安島くんが反対しているようで」
「ほう、安島くんがですか。真紘さんの意志は確認していないのですか?」
「真紘も野球は続けたいと思ってるはずです、それで安島くんに相談でもしたんでしょう。元々私は学業を優先すべきという意見で野球部入りに反対していたのですがそれに対して真紘がお願いしてまで入部した経緯がありますし間違いないと思います」
「小耳に挟んだのですが真紘さんは成績優秀者らしいじゃないですか、それなら大学で野球を続けさせてあげても良いのではないですか?」
あの安島という少年と全く同じことを東堂さんにも指摘されてしまう。
「同じことを安島くんにも言われましたよ。私自身大学で野球を続けていましたがそれもプロという目標があったからですしね、今の女子野球にプロがない以上どんなに結果を残しても近いうちに野球は辞めないといけないんですから」
こうして口にしながら改めて自分の主張を再確認してみるが、間違っているとは思えなかった。
娘の将来を心配する父親の発言としては決しておかしくないはずだ。
「なるほど、宍戸さんのご意見はよく分かりました。その上で真紘さんが野球を続ける理由が出来る提案が一つあるのですが」
東堂さんがこれから何を話そうとしているのか検討もつかなかった。
「とりあえずお話は聞きますが」
「それはですね……」
とりあえず話だけは聞いてみたものの、その内容は想像以上のものだった。
「……荒唐無稽な話にしか聞こえませんな」
「そうでしょうか? 宍戸さんのご協力があれば実現可能だと思うのですが」
「少なくともこの場で即答出来るような話ではないです、持ち帰り改めて検討させてもらいます」
結局私は返事を保留した、荒唐無稽と口では言いながらその場で拒否しなかったのは内心ではその提案にどこか魅力を感じていたのかもしれない。
「それはそうでしょうね、それではまた改めてお話しましょう」
試合は終わったのだ、私も東堂さんも会社に戻らないといけない。
球場の周りに駐車場はないようだったので、移動にはタクシーを使っている。
その車内で私は東堂さんから受けた提案について考え続けていた。




