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地区予選 準決勝戦 VS 天帝高校③

 試合は五回まで終わって天帝の一点リード、これから六回表の桜京の攻撃に移る。

 しかし八番からの打順はあまり良いとは言えない、あっという間にツーアウト。

 そして一番の千隼が二死無走者で左打席に立つ。

 ワンボールワンストライクとなってからのストレートが少し真ん中よりに入った。

 それを千隼が引っ張る、通常であればセカンドゴロであろう打球であったが内野安打を警戒して前進守備を取っていた分セカンドは追いつけずライト前に抜けた。

 二死からのランナー、そして千隼が塁に出た。

 この場面は盗塁という選択肢が十分にあり得る、それだけに相手も盗塁警戒もかなり強いものになるだろう。


 二番の愛里が左打席に入り、その一球目を投じる前に宍戸さんが素早く牽制する。

 千隼は頭から戻ってセーフとなったもののあまり余裕のないタイミングだった。

 それを受けてか千隼がリードの幅を普段より一歩狭める。

 宍戸さんの牽制はかなり上手い部類に入る、クイックの技術も超一級品だ。

 そしてキャッチャーの佳矢もトップクラスの強肩であり、盗塁を決めるのは難しい。

 少し長めのセットから再び宍戸さんが一塁に牽制、セーフになるがまたも際どい。

 鋭い牽制の繰り返しで完全に萎縮してしまったか、千隼はまたリードを一歩縮めた。

 合計で二歩リードを縮めさせて強いプレッシャーを与えた、これだけで牽制の効果としては十分すぎるぐらいだろう。


 だからこそ俺は、あえてこのタイミングで盗塁のサインを出した。

 そして宍戸さんが鋭いクイックから初球を投じるのと同時に千隼がスタートを切る。

 予想通りピッチアウトしてくることはなかった、牽制で十分にプレッシャーを与えたこのタイミングでスタートを切ってくるとは思わなかったのだろう。

 そして投げたボールは外角を突くカウントを取るシュート、決して打てないボールではないが今回は少しでも盗塁を支援するために愛里が故意に大きく空振りする。

 捕球したキャッチャーの佳矢が素早く二塁に送球、ベースカバーに入ったショートの藤高さんの腰の高さ辺りにボールが飛んでくる。

 藤高さんはそれを上手く捕球しながら完璧なタッチングを見せるが間一髪千隼の足が先にベースについた、二塁塁審がセーフの判定を告げる。

 盗塁成功で二死二塁となる、佳矢の送球は決して悪くなかったがもしももう少し低めの足元よりへの送球であれば今の盗塁は刺せただろう。

 それにしても相変わらず驚異的なスピードだ、鋭い二度の牽制によりリードを二歩縮めた上にスタートも決して良くはなかった。

 そして投手のクイックも捕手の能力も優秀であるにも関わらず、その上で完璧な送球をしないと千隼は刺せないということだ。

 天帝の東堂さんは真由のチェンジアップという武器を打ち砕いたが、千隼は相手バッテリーの高い盗塁阻止能力を上回ってみせた。

 形は違えどこれも効果的であるのは間違いないだろう。


 なんにしても得点圏にランナーを進めた、ここから三盗はさすがに難しいだろうしそもそも二死からでは殆ど意味がない。

 俊足の千隼であればワンヒットで帰れる公算は大きいし、二死から三塁に進んでも犠牲フライやスクイズという選択肢が増えるわけでもないのにリスクが大きすぎる。

 ここは普通に愛里に打たせるぐらいしか選択肢はないだろう。

 相手の外野はかなりの前進守備を敷いてきた、どうやら一点もやりたくないらしい。

 こちらの投手力を考えると二点目が取れるかは怪しいだろうし、妥当な作戦だろう。

 愛里が流し打ちを得意としていることを分かったからか、ショートの藤高さんが通常よりも三遊間を少し詰めた。

 そしてワンボールからの二球目、外角への小さなシュートでカウントを取りにくる。

 通常、ただでさえ外角からさらに外に逃げるこのボールを打つと自然と流し打ちになるケースが多い。

 いつもの愛里だったらこのボールは逆らわずに逆方向に打っていただろう。

 しかしこの打席は少し強引にセンター方向に弾き返した。

 二遊間を抜けそうなゴロ、ショートの藤高さんが追いかけるも僅かに届かずセンター前に抜けていった。

 千隼は三塁を大きく回ったところでストップした、外野が浅すぎる。

 センターの桜庭さんから正確な返球が来ていたし止めて正解だったかもしれない。


 今の愛里のセンター返しは意図的なものだろう。

 藤高さんが過去の打球傾向から判断して三遊間を詰めた、それを見て広がった二遊間を狙ってセンター返しをしたわけだ。

 そのバットコントロールに驚かされる、チームでも二番目の実力があるだろう。

 そして続いて打席に入るのはチームで一番の実力の持ち主だ。

 三番の彩音が左打席、二死一・三塁で一点差。

 打たせて貰えないだろうな、と思ったが予想通りだった。

 キャッチャーの佳矢が立ち上がって敬遠した、一塁が空いていないので形だけでも座って敬遠するかと思ったがそういう体面にはどうやらこだわらないらしい。

 次が四番とは言え、得意の右打者である樋浦さんである以上この判断は当然だろう。

 それに数字の上でも彩音の方が率は圧倒的に高いし、一点を防ぐという意味合いであれば比較的率の低い樋浦さんとの勝負を選択するほうが安全に思える。

 彩音が歩かされて二死満塁、そして打席に四番の樋浦さんが入る。

 三年になるまでの樋浦さんであれはこういった場面には全く期待が持てなかったが、今の樋浦さんは大きく変わっている。

 得点圏にランナーを置いて大きく打撃が乱れるということもなくなっているし、そのような場面で数字を落とすこともなくなっている。

 それでもこの大事な一戦でゲームを左右するこの打席でも同じ心構えでいられるのか、と考えると不安が残るのもまた確かだった。

 相手の外野は前進守備を敷いてきた、愛里はそこそこ足が早いが前進守備であればワンヒットで二点入るのは防げるはずということだろうか。


 その大事な初球、外角いっぱいのストレートでカウントを取ってきた。

 樋浦さんは内角を狙っていたのか全く反応せずに見逃す。

 二球目も再び外角だが今度は少し外れてボール、これでワンボールワンストライク。

 ここからどう攻めてくるか、宍戸さんにとって得意な内角は樋浦さんにとっても得意なコースである。

 だからといって内角を使わずに抑えるというのは難しいだろう、その配球では宍戸さんの能力の半分も発揮することは出来ない。

 どこかで必ず内角を攻めてくる、それを樋浦さんは待っているのだろうか。

 三球目も予想に反して再び外角だった、小さく曲がるスライダー。

 樋浦さんは手を出さない、恐らくカウントを取りに来たボールだったのだろう。

 しかし主審はボールの判定を下した、僅かにだが確かに外れている。

 ここでストライクが取れなかったのは相手バッテリーからすれば相当痛いはずだ。

 ツーボールワンストライクかワンボールツーストラクかでは配球が全く別物だ。

 これだけ外を続けたからこそ次は内に投げるのか、それとも樋浦さんが内角一本に絞っていると読んで外角を続けるのか。

 その四球目、バッテリーの選択は内角だった。

 大きく手元に曲がるシュート、第一打席で樋浦さんが凡退したボールと同じだ。


 それを待っていたのだろうか、この打席で初めて樋浦さんがバットを振った。

 金属音と共に打球はレフト方向に上がる、芯で捉えたとまでは言えない打球だ。

 レフトがその打球を追うも、思ったよりは打球が伸びる。

 必死に追いかけて最後は背走しながらグラブを差し伸べたがその先を打球が掠めた。

 外野が前に出ていた分、最後の最後で届かない。

 ランナー二人がホームに帰ってくる、レフトの素早い打球処理で一塁ランナーの彩音は帰ってくることが出来なかったもののこれで二対一の逆転だ。

 そしてなおも二死ながら二・三塁のチャンスが続く。


 打席に五番の広橋さんが入ったものの、相手は動揺が抜けきっていない。

 監督の指示で形だけはマウンドに集まったが、恐らくそれに効果はないだろう。

 連覇を重ねる王者はこの様な場面を迎えた経験は殆どなかったはずだ。

 それは同時に、追い込まれた場面で自分をコントロールする術を学ぶ経験を積むことが出来なかったことを意味する。

 そして相手はそのまま広橋さんと勝負という選択をとってきた。

 前の打席の内容を見ていたら広橋さんとまともに勝負すべきではないと思うのだが。

 そしてその初球、いきなり内角のボールを広橋さんが叩いてレフト前に運んだ。

 甘いボールだった、失投といっても差し支えないだろう。

 これでさらに一点を追加して三対一、なおも二死一・三塁。

 続く六番の羽倉さんは凡退して攻撃終了したものの、この回一挙三点。

 試合の展開大きく揺れ動いていた。

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