地区予選 準決勝戦 VS 天帝高校②
そして一回裏、警戒すべき相手の上位打線との勝負となる。
一番の桜庭さんは通算打率四割を超える巧打者だし、二番に入る妹の奈央ちゃんも二年生でありながら三割後半の打率に加えて長打力を兼ね備えている。
そしてクリーンナップの佳矢と東堂さんは言うまでもない強打者、この二人の前にランナーを溜めれば失点は避けられないだろう。
まずは最初の二人を打ち取ることが非常に重要になる。
真由の新球チェンジアップは全日本での試合の際に使っているので、そこのメンバーからの伝聞で既に相手側も存在を認識しているはずだ。
初球はストレートを選択、外角へのボール球でワンボール。
二球目は外へのスライダーがいっぱいに決まってストライク、これで並行カウント。
真由の球速は平均以上だし、コントロールも決して悪くない。
それでも過去に今ひとつ成績が伸び悩んだのは球種が乏しく、投球の幅が非常に狭かったというのが大きい。
しかしチェンジアップを習得してその弱点は解消された、緩急をつけることが出来るようになり他のボールの威力も増すこととなった。
三球目、そのチェンジアップで完全にタイミングを外してカウントを整える。
こうして追い込んでしまえば投手が圧倒的に有利だ、最後は低めにフォークボールを投げ込むと桜庭さんのバットは空を切った。
空振り三振でワンナウト、とりあえず先頭打者は仕留めることに成功した。
チェンジアップの前に習得したフォークも決して無駄にはなっていない、ストレートとあまり球速差がないまま落ちるので相手はその対応に苦労するだろう。
チェンジアップとの緩急だけでなくストレートとフォークの違いにも気を使わないといけない、更にはそれに加えてスライダーも選択肢に入ってくる。
そしてスピードもコントロールも悪くないとなれば真由を打つのは難しいだろう。
二番の奈央ちゃんに対しては先ほどとは違う攻め方で対応する。
初球からチェンジアップでカウントを取ってから二球目に一転してストレートを投げ込む振り遅れながらバットには当てたもののファールにしかならない。
追い込んだ後に一球外で遊んでから最後に再びチェンジアップで空振り三振を奪う。
チェンジアップは非常に便利なボールだ、フォークは決め球以外ではイマイチ使いづらいがチェンジアップはカウント球にも決め球にもなる。
ここまでは満点といってもいい内容だが、次が大きな山場になる。
三番の佳矢が打席に入る、まだ二年だが間違いなく今大会トップクラスの打者だ。
打率は六割を超えここまでの本塁打五本は東堂さんと並んでの一位だ。
そして本塁打以外でも長打の割合が非常に多いパンチ力のある打者。
名実ともに東堂さんと肩を並べる存在となったと言えるだろう。
さすがに佳矢に対しては慎重に攻めざるを得ない、最初の二球は共に外へのボール球で様子を見るも全くの無反応で見逃される。
佳矢の選球眼はかなりいい部類に入る、ボール球で釣るのは難しいだろう。
三球目、アウトローのスライダーでカウントを取りに行ったところを痛打される。
強烈な打球はレフト方向に飛んでいき、ラインの外のフェンスを直撃した。
決して甘い球ではなかったのだが、もう少しずれていれば文句なしの長打だった。
それを見て愛里は組み立てを切り替えた、その後は二球ともチェンジアップ。
共に良いコースに沈み、二球目のチェンジアップを佳矢が引っ掛けてサードゴロ。
佳矢と東堂さんレベルの打者だとチェンジアップ以外は危ないボールになりそうだ。
二回裏に回ってきた東堂さんに対しても似たような組み立てで攻める。
ストレートなどの他のボールは見せ球としてチェンジアップを中心に配球。
チェンジアップでカウントを整えてから最後もチェンジアップで勝負。
膝下で沈むボールに対応しきれずにバットが空を切って空振り三振。
来るのが分かっていても打てない、真由のチェンジアップはそういうレベルだ。
少なくとも実際に打席で見るのが初めての一巡目はそれで凌ぎ切った。
実際に打席でそれを見た二巡目以降も同じ組み立てで耐えきれるかは分からない。
こちらの攻撃は四回表まで終わってランナーを出しながらも得点には至らない。
特に彩音は二打席連続でヒットを放ち宍戸さんを完全攻略したといってもいいぐらいの好結果を残している。
そして天帝高校の二巡目に入る、ここまで真由はパーフェクトピッチングだ。
四回裏の攻撃は一番の桜庭さんから、この先頭はセカンドゴロに打ち取る。
続く奈央ちゃんはインコースの速球で詰まらせてライトフライ。
そして三番の佳矢に対しては一打席目と同様にチェンジアップを中心に攻める。
初球のチェンジアップがボールとなっての二球目、少し甘く入ったチェンジアップを強振される。
痛烈な当たりだがショート真正面のライナーでアウト、スリーアウトとなる。
結果的にはヒットにならなかったものの当たりは良かった。
いくらチェンジアップが優秀なボールでも相手が優秀な場合甘く入れば危険だ。
他の打者相手なら多少甘く入っても大丈夫だが、あの二人相手の場合は慎重に攻める必要があるだろう。
そして五回表、こちらの先頭打者は今日五番に入っている広橋さん。
彼女の意外性にはこちらとしても大きな期待を持っていた。
野球経験が長い他の選手は甘いストライクゾーンを正確に打つことは出来ても、ボール球の様な悪球を打つのは難しい。
その点広橋さんは野球経験が浅いことが幸いしているのか、悪球に対してもその身体能力で強引に捉えてしまう時があるのだ。
宍戸さんのインコースのシュートはあまりの曲がりの鋭さで悪球といってもいいぐらいの厳しいコースに食い込んでくる。
インコースを得意とし悪球でもある程度対応してしまう広橋さんであれば結果を出すこともあるのではないかとそう考えていた。
そしてこの打席、広橋さんが胸元に食い込むシュートを強引に振りぬいた。
高々と打球が上がる、レフトは打球を見てからどんどん下がっていく。
そしてしばらく下がってから、フェンス一メートル手前で落下点に入り捕球した。
大きなレフトフライ、インコースの厳しいボールに詰まらされながらあそこまで運んだというのは驚異的だ。
結果としてはアウトだが、相手も広橋さんの打撃に対して恐怖心を覚えただろう。
この回は広橋さんのいい当たりこそあったものの三者凡退に終わった。
やはり基本的に右打者に宍戸さんの相手は厳しいというところはあるのは否めない。
それでも広橋さんの打撃に可能性を感じられただけ収穫はあった。
そして五回裏、東堂さんの第二打席となる。
先ほどの打席ではチェンジアップで空振り三振に仕留めている。
この打席もチェンジアップ中心で攻めることになるだろう。
その初球に愛里はいきなりチェンジアップを要求した。
まずはカウントを一つ取って楽にしようといったところか。
真由もそれに頷いてから初球を投じた、膝下へのチェンジアップ。
先ほどの打席で三振に仕留めたのと同じようなコース、いいボールだった。
そのボールを東堂さんが狙いすましたかのようにスイングで捉えた。
真芯で打ち抜いたその当たりは打った瞬間それと分かる打球となった。
フェンスなど問題にならない、打球は場外へと消えていった。
マウンドの真由は呆然と打球の行方を見送った、あのチェンジアップがこんなに完璧に捉えられるとは思ってもいなかったはずだ。
東堂さんは完全にチェンジアップ一本に絞っていた様子であったし、恐らくここまで完璧なバッティングは容易に再現出来ないぐらいのものだったかもしれない。
しかしここまで真由を支えてきたウイニングショットが打たれたという事実は変わらない、相当なショックを受けているだろう。
相手の投手のウイニングショットを打ち崩すというのは四番にとって最高の仕事だ。
東堂さんはそれを見事にやってのけた。
ゆっくりとベースを一周した東堂さんがホームイン、天帝高校が一点を先制した。
ここまではこちらが安打を積み重ね攻めており、相手は一人もランナーも出せていないという展開だった。
それがこの一発で完全にひっくり返された。
後続を断ち追加点は防いだが、重い先制点となる一点は天帝高校が手にした。




