地区予選 準決勝戦 VS 天帝高校①
そして天帝高校との準決勝当日、相手のオーダーは大きく予想と違わなかった。
先発は宍戸さんなのが当然だが、三番が佳矢で四番が東堂さんとなっている。
去年の大会では四番の東堂さんへの敬遠対策として五番に佳矢を置いていた。
しかし今年は一回戦からずっと三番佳矢、四番東堂さんの組み合わせできている。
その理由は佳矢の成長具合が想像以上であるということが大きいだろう。
ここまでの打撃成績は東堂さんと比較しても全く引けをとらない好成績であり、二人の間にはもはや大きな実力差は無いといってもいいぐらいだ。
だからこそ二人の前後関係には拘らなくなったのだろう、そうであればより打順が多く回る三番四番に配置したというのは自然な発想だ。
こちらの先発を真由にしたのはこの並びもひとつの大きな理由だった。
佳矢は右打者であり、さらに左投手を比較的得意にしているのが特徴だ。
詩織にとってもあまり相性のいい相手とは言えないだろう。
それに対して左の東堂さんなら詩織は有利に勝負を進めることが出来るはずだ。
つまり詩織への継投のタイミングを佳矢の打席が終わり、東堂さんを迎える時にすれば効率よく投手のスイッチが出来るというわけだ。
相手は上位打線にいい選手を固めている、一番センターの桜庭さんが入り二番セカンドに真由の妹である奈央ちゃんが入りクリーンナップへとつないでいく。
もちろん下位でも気は抜けないが、上位をいかにして抑えるかが重要だろう。
先攻は桜京高校で試合が開始される。
一番の千隼が左のバッターボックスに入る、彼女が何回塁に出られるかというのはゲームの展開を大きく左右することになるだろう。
シュートピッチャーに対処しやすい左打者とはいえ、元々の打撃力が高いとは言えないだけに宍戸さんのように穴の少ない好投手に対応するのは難しい。
彼女の足の速さは既に知れ渡っているため、相手の内野はかなりの前進守備だ。
確かに前に出てくれば内野安打は防ぎやすくなるが、その分通常のヒットゾーンは大きく広がることになる。
初球は外角に外れるストレート、千隼はあっさりとそれを見送った。
選球眼というのは比較的天性の才能が必要とされる能力だが、千隼の選球眼には光るものがあるように感じる。
まず塁に出なくてはいけないのだから四球を選べるというのは大きいし、宍戸さんのように四球が少ない投手が相手でも好球必打に繋がるのだから無駄にはならない。
二球目も再びアウトコースにストレート、千隼がそれを綺麗に流し打った。
強いな当たりが広がったショートのヒットゾーンを襲う、通常のシフトならともかくこの前進守備を相手にするなら間違い無くヒットになるべき打球。
しかしショートの藤高さんが横っ飛びでそれをグラブに収めてアウトにしてしまう。
大ファインプレーと言ってもいいようなものだったが当の本人は涼しい顔でボール回しをしている、彼女の守備レベルからすれば当然の内容ということか。
去年も彼女の守備には苦しめられたが、その守りは相変わらず鉄壁のようだ。
そしてあの時と同じように右打者には内角、左打者には外角を攻めて三遊間方向に打球を集める作戦を相手は取ってきそうだ。
ショートの藤高さんは言うまでもないが、サードの東堂さんの守備も平均以上であることを考えると三遊間はかなり硬い。
だからといってそれを避けるために外角を強引に引っ張るのも難しい。
そんな中二番の愛里がワンボールワンストライクから外のシュートを叩いた。
右打者が引っ張ったかのような痛烈な流し打ちが三遊間に飛ぶ。
打球に勢いがあるだけでなく飛んだコースもよく、さすがの藤高さんでも今の打球に追いつくことは出来ずに打球が抜けていった。
レフト前ヒット、愛里が得意な流し打ちで硬い守備を打ち崩した。
いくら鉄壁の三遊間と言ってもヒットゾーンの真ん中に打ち返せばどうしたって打球は抜ける、流し打ちに自信があるのであれば逆らわずにそこに打つのも悪くない。
これで一死一塁となり、左打席に三番の彩音が入る。
二番の愛里は外角を流し打つのが非常に上手いが、三番の彩音も似たタイプだ。
どのコースも打てる技術はあるが特に外角を内角より得意としている。
相手が左打者に対しては外角を中心とした配球する以上、この二人の並びが得点の起点になる可能性は非常に高いだろう。
彩音に対しての初球、内角にボール球のストレートを見せながら外角で小さく曲がるシュートでカウントを取りに行ったところを痛打、打球はレフト前に飛んだ。
二者連続ヒットで一死一・二塁と初回からチャンスを作る。
そしてここで左打者が途切れる、四番の樋浦さんは右打者だ。
二年の途中まで不調だったが、三年になったころには大きく調子を上げてきている。
元々天帝高校から推薦の話が出るぐらいなのだから当然地力はある、それがここにきて少しずつ見えてきたといったところか。
ここまで打率は四割弱で本塁打も四本でチームトップ、二回戦の杉坂女子戦では黒崎さんから同点の一点を奪い取る口火となるランナーをヒットで出している。
しかし宍戸さんからすれば待ちに待った得意な右打者が相手、当然インコースを厳しく攻められることになる。
宍戸さんの右打者に対する被打率は一割台前半という驚異的な数字を叩き出している、格下の相手との対戦だというのを鑑みてもこれは素晴らしい内容だ。
それだけ右打者に対して絶対的な強みがあるということだ、詩織が左キラーならば宍戸さんは右キラーと言える。
初球は胸元厳しい速球でボール、ぶつからないギリギリにコントロールされている。
二球目は小さく曲がるシュートで胸元を付いてストライクを取ってきた。
そして三球目は一転して外に小さく曲がるスライダー、内を強く意識させられていた樋浦さんは対応できずに見逃してワンボールツーストライクと追い込まれる。
四球目は再びインコース、勝負球の大きく曲がるシュートが内角を深く抉る。
ベースの縁を舐めるようなコースで見逃せばストライク、しかしそのシュートは体に当たってもおかしくないぐらいの大きな変化で食い込んでくる。
内角に絞っていたのか樋浦さんは左足を大きく斜めに踏み出して強引にそれを叩く。
元々内角を得意としている樋浦さんだがここまで厳しいコースをなると例外だ。
詰まった当たりがショートの藤高さんの前に転がっていく。
それに対して藤高さんは素早く反応して飛び出し、素手でそれを拾いながら反転しつつ二塁へと送球。
後ろに目が付いているのかと思わせるような正確な送球で二塁を封殺、そのままセカンドの奈央ちゃんが一塁に転送して併殺が完成した。
これでスリーアウト、宍戸さんお得意の内角攻めからの併殺打でピンチを凌いた。
またしても藤高さんに凌がれた、あの当たりは普通なら併殺に出来ない。
並のショートであれば二塁か一塁のどちらかをアウトにするのが関の山だろう、それを詰まったとはいえ決して弱くない当たりを強引に素手で掴みとるというプレーで併殺に持っていかれた。
しかし得点にはつながらなかったものの、ランナーを二人を出したのは悪くない。
決して手も足も出なかったわけではない、元々宍戸さんがピンチから粘り強いというのも分かっているが全く打てなかった杉坂女子戦に比べたらまだ気が楽だ。
ランナーさえ出せるのであればどこかで点が取れる可能性は十分にある。
問題はそれまでに失点を防げるかどうかだ、相手のクリーンナップの破壊力を考えると失点を防ぐのは相当に難しい。
真由が新球チェンジアップを生かしてどこまで食い下がれるか、まずは初回のピッチングを注視しようとそう心に決めた。




