グラディーレ
野球部の活動がそれなりに軌道に乗ってきたこともあり、俺は自分のアルバイト先を探すことにした。
俺が大阪から一人こちらに出てきたこともあり、女手一つで俺たちを育ててくれた母さんに余計な負担を掛けてしまっていることは明らかで、近いうちにとは考えていた。
母さんは気にしなくていいと言ってくれていたがそんなわけにもいかない。
少しでもそれを軽減するために俺に出来る事をしないといけない。
桜京高校はどちらかというとアルバイトを推奨してるぐらいであったし、それならばやらない理由がなかった。
俺は野球選手を総合的に陰から支えるのであれば将来的に役に立つだろうということで、栄養学を伴う料理を少し勉強していた。
そこで、それを役立てることが出来そうな仕事場所を探したいと思い、該当しそうな場所を当たってみる。
そして見つけたのは小奇麗な喫茶店だ。
桜京高校の生徒が良く利用しているらしく会話からここの名前が漏れ聞こえてきていた。
表の壁にはスタッフ募集の壁紙が貼ってある。
グラディーレという店名がかかれた扉を開けて中に入った。
「いらっしゃいませー、って、わわっ」
同い年ぐらいの女の子が俺を出迎えてくれた、がどこか様子がおかしい。
「うわー男の子だ……オーナーオーナー!」
店の奥に向かって呼びかけている、今度は二十代前半ぐらいの女の人が出てきた。
「どうしたの真弓ちゃん、あら、もしかして……安島くん?」
「えっ? そ、そうですけど……」
驚いた、初対面だというのにどうして俺の名前を知っているのだろう。
「やっぱり! 桜京高校に五十八年ぶりに男子生徒が入ったってここら一体では噂になってるよ、特にこの辺には女子校しかないから」
どうやら自分が思ってる以上に今の俺は有名人らしい。
小恥ずかしいようなくすぐったいような不思議な気分になる。
「あっ、お席はこちらです」
思い出したかのように真弓ちゃんと呼ばれていた女の子が俺を席に案内しようとする。
「いや、違うんです、表のスタッフ募集の壁紙を見てそれで……」
そう俺が言うと二人が顔を見合わせる。
「そういうことだったら、とりあえず奥にどうぞ」
店の奥に案内される。
こぢんまりとしたバックヤードに通され椅子を勧められるままに腰掛ける。
履歴書をオーナーに手渡し、面接が開始される。
「私はここのオーナーをやってる野宮小百合です、それで安島くんはどうしてうちに?」
「私は料理には少し自信があるので、それに関連する場所で働きたいと思いまして」
俺がそう答えるとオーナーは興味深そうな反応を見せた。
「その腕を見せてもらってもいいかな?」
「いいですよ、何を作ればいいですか?」
「それじゃあ……ナポリタンで」
「分かりました」
良かった、以前に作ったことのあるメニューだから問題はないだろう。
手を洗い、準備をして調理に取り掛かる。
少し緊張するが多少のプレッシャーは野球で慣れっこだ、淀みなく調理を進めていく。
その間オーナーはじっと俺の手元を見つめている。
手を止めずにスピード感のある調理を心がける。
「出来ました」
オーナーに盛りつけたナポリタンを差し出す。
「いただきます」
丁寧にそう言ってからオーナーが一口ナポリタンを口に運ぶ。
「うん、これなら問題ないかな、調理もなかなか手馴れている感じだったし……他にも色々作れるの?」
「ええ、それなりには、お菓子なんかも多少は作れますよ」
なにせ肩を壊してからは料理が趣味と言ってもいいような状況だったから、それなりにレパートリーも豊富だ。
「そっかそっか、じゃあ合格で」
「もうですか?」
想像以上にあっさりと決まってしまって拍子抜けする。
「悪い子には見えないし、料理の腕はよく分かったし、それに……」
「それに?」
「安島くんがいたらお客さん増えそうだからね」
そう言うとオーナーがニッコリ笑った、なるほどよく考えていらっしゃる。
「俺は物珍しさからくる客寄せパンダってとこですか」
「怒っちゃった?」
いたずらっぽい表情を浮かべ、上目遣いでこちらの様子を伺ってくるオーナー。
年不相応の幼さがあって可愛らしい印象が強くなる。
「まさか、本当にそうなれるなら光栄です、精一杯頑張らせてもらいます」
「オーナー、安島さんはどうでした?」
ちょうど客足が途切れたのか先ほどの女の子が姿を見せた。
「合格よ、料理の腕も想像以上だったし」
「わ、良かったですね安島さん、改めまして私は杉坂女子一年生の永原真弓です」
その名前は前に学校探しをしてる時に聞いたことがある。
杉坂女子はこの近辺にある女子校で確か野球部もあったはずだ。
「桜京高校一年の安島修平です、色々ご迷惑かけるかもしれませんがよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げると永原さんに軽く肩を叩かれる。
「やだなぁ、安島さん硬いですよ、リラックスリラックス」
「いやいや、永原さんは敬うべき先輩だからね」
冗談っぽくそう返す、永原さんとは上手くやっていけそうな予感がして一つ安心した。
「このナポリタンを安島さんが?」
「ああ、そうだよ」
永原さんがオーナーに許可を貰ってからそれを口に運ぶ。
「うん、おいしいです、安島さん男の子なのにお料理上手なんですねぇ」
「いやいや、大したことないよ」
面と向かって褒められると面映い、思わず視線を逸らしてしまう。
「ここに来るお客さんは近辺の学校の生徒が多いの?」
この店について知りたいと思い永原さんに訪ねてみる。
「ほとんどはそうですね、桜京高校と杉坂女子とあと天帝高校の生徒がよくここを利用してます、あとは近所の女性の方が少しで男の人は見たことないですね」
なるほど、確かにどちらかと言えば女性向きの雰囲気が漂う店ではあったが想像以上に極端に客層は偏っているようだ。
「天帝高校の生徒も来るんだね、文武両道のお硬い学校ってイメージがあったけど」
「うーん、確かにすごい学校ですけど中身の生徒さんはここで見る限りみんな普通の女の子ですよ、そういうのって先入観にすぎないんじゃないですかね」
永原さんの言う通りかもしれないなとそんな風に思った。
最大の天敵である天帝高校のことを俺はまだ良く知らなかった。
近いうちに天帝高校のことを詳しく知るための機会が必要だと認識させられる。
「ま、何はともあれ安島さんはすごくレアな存在ってことですよ、安島さんのファンのお客さんが増えるかもしれませんねー」
ニヤニヤしながらオーナーと同じような事を言う永原さん。
そっちがそう来るなら俺にも考えがある。
「それじゃ永原さんに俺のファン一号になってもらおうかな?」
グイと顔を近づけてそうからかってみる。
すると永原さんは顔を真っ赤にして飛び退いた。
「うぅ、顔近いですよ……私だって男の子とお話するのなんて初めてなんだから意地悪しないでくださいよ」
「ごめんごめん、冗談だよ」
ここ一帯の生徒は女子小学校から女子中学校を経て一貫で女子高へと進学している生徒ばかりで、男に対する耐性が低いのも当たり前だ。
それを無理して俺に対して明るく接してくれていたのだろう。
そう考えると永原さんには感謝しないといけない。
「あらあら、二人共もうそんなに仲良くなっちゃって……将来は二人にうちを継いでもらおうかしら?」
「オ、オーナー! 何言ってるんですか!」
取り乱す永原さんを見て和やかな気持ちになる。
どうやら俺たちよりオーナーのほうが一枚上手のようだった。