苦戦の予感
そして大会が開幕して、一回戦を迎える。
初戦の相手は決して強くない、その戦力は全体から見ても平均より下であろう。
どう転んでも負けることはない、そう断言出来るぐらい力に差がある。
その予想は裏切られることなく桜京高校は初戦を十四対〇の五回コールドで勝利。
それから一夜明けた今日に行われる杉坂女子の一回戦を俺たちは観戦していた。
この試合で勝った高校が桜京高校と二回戦でぶつかることになる。
杉坂女子の相手は中堅より少し上、三回戦レベルといったところだろうか。
事前の予想としては杉坂女子が有利だと考えている。
エースの黒崎さんが去年の大会で天帝高校の強力打線を相手に一失点の好投を見せたことを考慮すれば、このレベルの相手なら無失点で凌げる可能性は高い。
それでも失点するとしたら、守備のミスによるものになるだろう。
少なくとも去年の時点では守備のレベルは決して高いとは言えず、実際にミスも頻発していたのだから十分考えられる。
そして打撃力も黒崎さんが頭一つ抜けている他には、四番の堀越さんがそこそこ実力があるといった程度で全体で見れば低い部類に入るはずだ。
点がなかなか取れずに競っている中で、守備の乱れから失点してそのまま敗れる。
考えられる敗戦パターンとしてはそういったものになるだろう、去年の天帝高校との試合がまさにそんな感じだった。
試合開始、杉坂女子は後攻となっているので黒崎さんが先にマウンドに上がる。
まず先頭打者を三振に取るものの、続く二番に四球でランナーを出す。
一死一塁となり打席には三番打者が右打席に入る。
ワンボールワンストライクから直球を叩いた、振り遅れてこそしなかったものの打ち損じた打球にそれほど勢いは無い。
しかし飛んだコースがいい、結果的にはかなり処理するのが難しい打球になった。
それに対してショートが上手く回りこんで捕球してから二塁に送球。
そこから一塁に転送されて併殺が完成した、スリーアウトチェンジ。
たったワンプレーだが、俺は今年の杉坂女子が去年とは違うのを感じ取っていた。
まずあの打球を正確に処理出来たということが素晴らしい、その一事を取っても守備のレベルが向上しているのを感じ取ることが出来る。
そしてそれ以上に堅実さというか冷静さというか、落ち着いた様子が見て取れる。
これも去年とは明らかに違う点だ、危なっかしい守備という印象が完全に消えた。
一方打撃に関しては去年とあまり変わらない印象だ。
一回裏の杉坂女子の攻撃で一番二番とあっさりと倒れたのだが、その様子からは大きな変化は見受けられない。
続く三番の黒崎さんはいい当たりを飛ばしたもののライトフライでチェンジ。
初回は得点に結びつかなかったものの、この調子なら敗戦の可能性は低いと感じる。
失点しなければとりあえず負けはない、そして守備が堅実になった今であれば黒崎さんがこの相手に点をとられる可能性は限りなくゼロに近いからだ。
その後の展開は概ね予想通りだった、黒崎さんの前に相手の打線は手も足も出ない。
試合中盤に相手投手が四球で出したランナーを犠打で送りそこから一点を先制。
その後も出したランナーを犠打で進めて追加点を挙げ二対〇とリードを広げる。
守っては黒崎さんが九回を投げて十六奪三振での完封勝利を記録した。
回が進むごとに尻上がりに調子を上げ、後半は殆どボールが前に飛ばなかった。
この勝利により、俺達の二回戦の相手は杉坂女子に決まった。
試合を見終わり、寮に戻ってミーティングを開く。
これから二回戦の杉坂女子戦に備えて対策を練ることになる。
「次の相手は杉坂女子に決まった、今日の試合から読み取れた事について話したい」
「杉坂女子は去年より手強くなったと俺はそう感じた。恐らく一年かけて徹底的に守備を磨き上げたんだろう、今の守備力は優秀だといってもいいぐらいのものがある」
「打撃力は相変わらず高いとは言えないが、バントの練習はかなりしているようだ」
これも今日の試合からの印象だ、構えに安定感があり練習の跡が見えた。
「上手くいった時に二点以上を期待するならバントをしないほうが得点期待値は高いらしいが、一点だけが必要なのであればバントは有効な戦術になる」
「黒崎さんがエースである以上必要なのは一点、バントを駆使してそれをもぎ取って固めた堅実な守備で守りぬくという作戦になるだろう」
「しかしながらこちらの投手力を考えるとその一点を取るのは容易ではないだろう。同様に黒崎さんから一点を取るのも難しいのは言うまでもない」
「最優先で考えないといけないのが失点を防ぐこと、相手の打線では三番の黒崎さんと四番の堀越さんが中心になっているからこの二人を強く警戒する必要がある」
「投手戦は避けられない、そのつもりで戦う必要があるのを忘れないで欲しい」
ここからは先発メンバーの話に移る、誰を外すかはもう決めていた。
「この試合では千隼を先発メンバーから外そうと俺は考えている。理由としては千隼が左投手を極端に苦手にしているからだ」
「ただでさえ黒崎さんはトップクラスの投手なのにその上苦手の左でもある、それを考えると例え五打席あったとしても千隼が塁に出られる可能性は限りなくゼロに近い」
「それを考えればベンチに置き、ここ一番の切り札として使う方が得策だと判断した」
そう断りを入れてからオーダーを発表する。
一番 キャッチャー 安島愛
二番 レフト 羽倉
三番 センター 天城
四番 サード 樋浦
五番 ライト 広橋
六番 ショート 氷室
七番 ファースト 小賀坂
八番 セカンド 初瀬
九番 ピッチャー 成宮
羽倉さんは比較的左投手が得意で、小技も出来る安定感があるので二番で起用。
その他には速球に強い広橋さんを五番に上げ、左打者の小賀坂さんを七番に下げた。
「明日の試合は我慢比べみたいな物になるだろう、とにかく失点を防ぎ耐え続けてチャンスを待つしかない。黒崎さん相手だからチャンスはそうは作れない」
「延長戦も視野にいれる必要があるが、そうなった場合は投手が二人いるこちらが有利だろうから試合が長引くのを恐れる必要はない。じっくり時間をかけて攻められる」
「黒崎さんは最高峰の投手だが、それでもみんななら点を取れると信じている」
その後意見交換をしたが特に真新しい意見は出て来なかった。
延長も視野にいれて球数を投げさせる、というのを基本方針として定めて解散した。
全体の戦力で言えばこちらが圧倒的に高い、杉坂女子は黒崎さんが突出しているのを除けば決していい選手が多いとは言えない。
それを考えればこちらが有利であるはずなのだが、苦戦の予感が消えなかった。
確かに杉坂女子の野手は小粒だが、守備とバントに絞って練習を積み重ねたはずだ。
黒崎さんが中心だと認め、彼女で勝つための必要な能力だけを徹底的に鍛え上げた。
実際に黒崎さんに圧倒的な実力があっても、これはなかなか出来ないことだと思う。
なまじ選択肢があるから人間は迷う、それで実力を発揮し切れないこともある。
目標を絞り、それに真っ直ぐに突き進むこの形の方が望ましいのかもしれない。
女王を守るために愚直に戦い続ける兵士達、そんなイメージが浮かんだ。
少なくとも、黒崎さんが一人で戦おうとしていた去年とは全く様変わりしている。
その形こそが今の杉坂女子にとってベストの選択だと、俺はそう感じていた。
決して戦力に恵まれたとは言えない、そんな中で最高のチーム作りをしたであろう杉坂女子に俺は恐怖を感じている。
この大会最初の山場はこの試合だ、そう俺は確信した。




