親善試合 日本代表 VS アメリカ代表 第三戦①
試合後のミーティングでの議題はひとつ、三番のキャンベル対策についてだ。
スコアラーを兼任していた俺が確認を兼ねて彼女の成績について話をする。
ここまで二試合のスコアは七対一、三対五と一勝一敗。
そしてアメリカの合計六得点は全てキャンベルのバットから叩きだされている。
八打数五安打三本塁打六打点、凡退した三打席のうち二打席はヒット性の当たりを守備に阻まれた形だったことも考えるとその恐ろしさが更に良く分かる。
「キャンベルのデータはここまで二試合の動きから読み取るしかない、結果を出した五打席全てについて詳細に振り返る必要があると思う」
「まず一本目はシングルヒット、投手は黒崎さんでツーボールツーストライクからの低めのボール気味であるフォークを上手く拾って外野の前に落とした」
この一打からしても精密なバットコントロールが身に付いている証拠である。
「そして二本目はソロホームラン、黒崎さんのインコースの直球を振りぬいてライナーでレフトスタンド中段に運んだ」
「三本目、ここからは今日の試合だ。宍戸さんが投げた膝下へのシュートを掬い上げてレフトスタンド最前列に落としたツーランホームラン」
「四本目、再び宍戸さんの内角へのシュートを叩いて三塁線を破るタイムリーツーベース。この時の投球はボール一個程度コースを外れたものだった」
「五本目、投手が伊良波さんに交代して外角中心の配球に変更。ワンボールワンストライクから真ん中外寄りの高速スライダーを逆方向に打たれたツーランホームラン」
「結果だけ見ても圧倒的な活躍だが、何よりも恐ろしいのはここまで登板したこちらの投手のウイニングショットが全て打たれているということだと俺は思う」
黒崎さんのストレートとフォーク、宍戸さんのシュート、伊良波さんの高速スライダー、どれをとっても一級品であり最高の武器になるボールである。
それらが全て攻略された、どれ一つとして彼女を抑える事はできなかった。
さらに言えばフォークとシュートはアメリカにおいて割りとマイナーな部類に入る変化球であり、それに即時対応されたというのも彼女の能力の高さの証明になる。
「しかし泣き言を言っていても始まらない、打たれた中でもいくつか傾向がある」
「まず一つ、内で勝負するのは絶対にダメだ。彼女の内角打ちの技術は驚異的すぎる」
「宍戸さんの内角攻めの威力はナンバーワンであり、右に出るものはいない。その宍戸さんですら内角で抑えられなかった以上、他の投手でどうこうするのは不可能だ」
事実、宍戸さんの内攻めは完璧とも言っていい内容だった。
本塁打を打たれた打席の膝下へのシュートはギリギリにコントロールされていたし、次の打席もコースを僅かに外れるぐらい厳しいボールであった。
それでいて打たれた、内角に関しては一分の隙もないということだろう。
「でも、私は外の高速スライダーを打たれましたよ」
伊良波さんがそう声を上げる。
「確かにそうだ、これは外を攻めれば磐石とかそういった話ではない。比較的内角よりは外角が安全というだけであり外でも内容次第では打たれるだろう」
特定のコースを攻めれば安全、なんていう話ならそもそも一流の打者ではない。
そして彼女は超一流の打者なのだ、それは誰の目にも明らかだろう。
「伊良波さんのボールはそこまで悪くはなかった、が逆に言えばそれは及第点のボールでしかないということだ。あの化け物を及第点のボールで抑えられるはずがない」
その点で言えば及第点のボールなら外だろうが内だろうが関係なく打たれる、完璧に近いボールを投げるのが前提でありその上で内角で勝負するのは難しいという話だ。
「そう考えると、次の試合で彼女を抑える見込みは結構あるんじゃないかとそういう風にも思えるんだ。なにせ次の先発は抜群の制球力を持つ詩織なんだから」
外角の完璧なコースを攻め続ける、かなり難しいことだが詩織の制球力を持ってすればそれも可能かもしれないと思える。
「ついでにもう一ついうならスピードがあるというのはあまり武器にならなさそうだということだ、ここまでの投手のウイニングショットはいずれも速球系だからな」
「逆にいうと緩急を使った組み立てというのはまだ試していない、あのレベルの打者が緩急で崩壊するというのも考えづらいが比較的弱点の可能性もあるかもしれない」
「打者対策、というかキャンベル対策はこんなところになるかと思う」
目が粗い作戦だが、今考えられる対策としては精一杯でもある。
あとは向こうのエースであるアダムスから何点が取れるかだ。
アダムスよりも評価が低かった二戦目先発のレイエス相手から九回で三点をとった。
それを考えるとアダムス相手には九回で二点か、あるいは一点か。
レイエスとアダムスにそれほど実力差がない左右の看板だとしても三点が限度か。
一発勝負である以上こればかりは蓋を開けてみないと分からないが、どうやらロースコアゲームは避けられそうにない。
明日の試合で、すべてが決まる。
そしてついに迎えた第三戦、最後の試合である。
相手の先発は満を持してアダムスが務めることになる、予想されたとおりだ。
第三戦はこちらが後攻となる、つまり一回表にキャンベルとの最初の対戦がある。
そのキャンベルの第一打席、俺は詩織にある一つの作戦を提案していた。
しかしまずはその前に先頭の一番打者との対戦だ、相手は左打者である。
先日と同じように相手のオーダーは半分以上が左打者、この事実は追い風だ。
詩織は左に大して絶対的な強さがあるのだから、左が多いのはありがたい話。
当然のようにこの一番も抑える、外一杯のストレートとスライダーの組み立て。
それだけでバットは面白いように空を切って空振り三振で終わった。
外中心で切り札はスライダー、この組立ては対左打者のテンプレートだが有効だ。
それだけ左のサイドスローが左打者に投じる外角へのスライダーの威力は高い。
二番の右打者、ここがひとつ鍵になるところ。
キャンベルの前にランナーを出したくないというのは当然重要であるからだ。
内に切れ込むスライダーで腰を引かせてから外角の遠いストレートでストライク。
カーブでカウントを稼いでから最後は膝下のスライダーにどん詰まりの当たり。
サード東堂さんが軽くさばいてアウト、平凡なサードゴロに終わる。
二死無走者で三番キャンベル、とりあえず理想的な状況だ。
この状況であれば配球の幅も少し広がる、そういう話は既にしてある。
初球、まずは外角一杯のストレートを見送ってワンストライク。
二球目は内角低めのスライダー、得意の内角に来たボールをキャンベルが叩く。
上手く腰を回転させて打ち抜いた、芸術的な内角打ち。
打球は痛烈なライナー、低い弾道だがフェンスよりは高い。
彼女らしいラインドライブの打球がレフトポールの僅か外側に突き刺さった。
ファールになったが紙一重だった、あと少し内側だったら終わっていた。
しかしこれでツーストライク、ここから最後のボールは決まっている。
外角低めのスクリュー、キャンベルのバットはそれに対してあっさりと空を切った。
空振り三振でスリーアウトチェンジ、なんとかキャンベルの第一打席は凌いだ。
結果的には凌いだが、俺は自分の浅はかさに呆れ返っていた。
あれだけすごい選手だと口では認めながら、心のどこかでまだ彼女を軽く見ていた。
「詩織に助けられたよ、俺の考えは間違っていた」
ベンチに戻ってきた詩織に声を掛ける、そう認めざるを得ない。
「彼女の内角に投げるのが怖くて余計に外しただけだけど、それで命拾いをしたね」
俺達は大本の作戦として第一打席の攻め方を決めていた。
キャンベルの打順までウイニングショットであるスクリューを封印し決め球に使う。
ここでいう封印とは打者相手はもちろん投球練習でも見せないということである。
シンプルだがこの上なく効果的な作戦だ、黒崎さんのフォークが第一打席でバットに掠められたがあれは前の打者二人にフォークを見せその存在を知られていたから。
詩織に対するデータは向こうも持っていないはずだし、スクリューを投じない限りその存在は知り得ないのだ。
全く知らない状態から詩織のスクリューを投げられて反応だけで打てるはずがない。
だからこそ第一打席の決め球として使うことが出来れば高確率で勝てるという理屈。
そして外角で攻めようという話だったのになぜバッテリーが内角のスライダーを選択したのか。
それには俺の発言が大きく影響しているのは明らかだった。
彼女が内角に強いのは確か、しかしそこに穴がある。
得意コースなのだから多少外れていても打ちに来る、事実として宍戸さんが二塁打を打たれた打席は際どいながらボール球を打たれたものだった。
しかしランナーがいないのであれば柵さえ越えなければ大きな問題ではない。
無走者の場面で迎えたのであれば後々の布石になることも考えて、ヒット覚悟で内角に際どいボール球を見せておくべきだと俺はそう提案したのだ。
要するに際どかろうとボール球であればいくら得意な内角とはいえど柵越えはない、そうキャンベルの打撃を評価したのだ。
結果それは大甘、あわやスタンドに叩き込まれるところだった。
詩織が俺の提案通りボール一つ外す程度の内角を攻めていたら恐らく終わっていた。
だが詩織は慎重にゾーンから更にボール一つ内側に外した、その分生き残った形だ。
内角を攻めて後半への布石を置きつつ、もしも内角のボール球を打っての二死無走者からのシングル、あるいは長打程度で満足してくれるならそれはそれでよし。
後続を断てればそのランナーが点につながることはないし、四番は詩織が得意とする左打者であることを考えればその可能性は高い。
そしてボール球を打つなら凡退する可能性も十分にある、それは最高の結果である。
いずれにしても上手くスクリューを封印したままで一打席目を乗り切れれば二打席目にそれを使うことが出来る可能性がある、という考え。
一見すると理想的な折衷案に見えるが、根本的に勘違いしている。
要するにこの考えを突き詰めれば、キャンベルは後々のことを考えて力をセーブしてもなんとかなる相手だという考えのもとで思考していることになる。
それは彼女のことを軽んじていることに他ならない、そういうレベルの相手ではないと嫌というほど理解していたはずなのに。
常に全力でぶつかってそれでも勝てるか怪しい、そういった相手に今後のことを考えて切り札を温存出来れば等という色気を出した結果死にかけたのだ。
認識を改めないといけない、もう一分たりとも緩めたりしない。
キャンベルの恐ろしさを再確認しながらも、なんとか初回は凌いだ。
しかしまだ一打席目が終わったのみだ、先は長い。
ランナーを背負ったピンチのような場面で彼女を迎えるようなことがないことを願うばかりだった。




