親善試合 日本代表 VS アメリカ代表 第一戦①
そしていよいよ試合当日、アメリカから日本への長時間の移動による負担も考え、少しでも長く調整できるようにという配慮で試合開始は午後からとなっている。
アメリカの選抜メンバーは昨日の夜に到着したそうだ、試合が行われる予定の球場は午前中も借りておりそこで練習を行うらしい。
こちらのメンバーは関西国際女子のグラウンドでギリギリまで調整を行うことになった、相手の視察もしたいところだが圧倒的に不足している練習を補うほうが重要だ。
そこでマネージャーの俺と野々宮、それとアメリカの選抜を少しとはいえ実際に知っている関西国際女子の神代さんの三人で先行して視察することになった。
到着した時にはちょうどウォーミングアップが始まったぐらいのタイミングだった。
遠巻きながら一通りのメンバーを神代さんに確認してもらう。
「昨日話してた二人はいるか?」
「どっちもいますね、背番号一番がショートのヴィクトリア・キャンベルで背番号二十一番が投手のアシュレイ・アダムスです」
「あっちは背番号がバラバラなんだな」
日本の高校野球では背番号とポジションが連動していることが多く、背番号を見ればある程度ポジションを推察することが出来る。
しかしアメリカ選抜チームの背番号を見ているとそういった様子は見られない。
そもそもメンバーが十八人なのに二十一番をつけている選手がいる時点で既に番号を人数で順番に使いきろうという考えではないのはすぐに分かることであった。
文化の違いということだろうが、高校野球において選手のポジションを知るために背番号を真っ先に見る習慣が付いている日本人の視点からすると不便である。
「アメリカではあまり背番号に拘りを持つ選手は多くないし、番号の決め方に一定の規則性も無いですからね。でも私の見た限りキャンベルはずっと一番をつけてます」
「偉大なる父親の番号を、っていうわけじゃないんだな」
彼女の父親のサミュエル・キャンベルは確か二十五番をつけていたはずだ。
「私も細かい事情を知るわけではないですが、きっと何か思い入れがあるんでしょう」
「そうだろうな、と話してる間にどうやら本格的に練習が始まるようだ」
練習を見ようにも知らない選手が圧倒的に多いのだ、全体をぼんやりと眺めていては何もわからないまま終わってしまう可能性が高い。
そこで俺は神代さんが上げた二人の選手を重点的に見ることにした。
ヴィクトリア・キャンベルは欠点のないファイブツールプレイヤーだと聞いていたが、その評判に違わぬ動きを見せた。
打撃では確実にヒット性の当たりを飛ばす正確性を持ちながら、長打も数多く放つ。
守備では広い守備範囲をカバーする機敏さを持ちながら、正確な捕球技術を見せる。
何より一番スケールの違いを感じたのはその強肩だ。
大きく崩れた体勢からでも鋭い送球を繰り出すし、スローイングも素早い。
足の速さは直接確認出来なかったが、そこも恐らく大きく劣ることはないだろう。
一方で投手で注目されるアシュレイ・アダムスはノースローで調整していた。
のんびりランニングをしている程度で、ボールに触る気配すら見せない。
彼女がエース格であるなら初戦は彼女が投げるのではと思っていたが、どうやらこの様子では違うらしい。
結局彼女のボールは一球も見ることが出来ないまま練習は終わりを告げた。
例の二人を見ながら余裕のあるタイミングで周囲の他の選手も見てみたが、当然ながらいずれもレベルが高い。
細かい特徴が分かるような状態ではなかったが、それでも大まかな能力ぐらいはなんとなく感じ取る事ができた。
現実的に考えれば、やはり身体能力という点ではどうしても勝つのは難しいだろう。
細かい技術、丁寧なプレー、そういったものが問われるのかもしれない。
アメリカ選抜の練習を終えた頃に、日本の選抜メンバーと監督が球場に到着する。
昼食を兼ねた休憩を挟み、試合開始まであと一時間程度となっている。
昨日決めたキャプテンである天帝の東堂さんが代表して監督ともに挨拶に向かう。
意思疎通のために高いレベルで英語を話すことが出来る神代さんも同行している。
どうやら向こうのキャプテンは注目選手のヴィクトリア・キャンベルのようだ。
監督、キャプテン同士が握手を交わす。
アメリカでも女子野球の監督は女性が務めるのが一般的なのか女性の監督である。
その後監督の間でメンバー表を交換する、受け取ったアメリカ側のメンバー表を見せてもらうとキャプテンのヴィクトリア・キャンベルが三番ショートとなっている。
そしてエースになるであろうアシュレイ・アダムスの名前はやはりオーダーになかった、リリーフということもないだろうし第一戦は登板回避するようだ。
神代さんが通訳をしながら監督間の会話をフォローして交流している。
一方で東堂さんは神代さんを介さず自力で英語を使って自己紹介をしたようだ。
英語が不得意というわけではないのか、なかなか流暢に話していた。
きちんと通じて相手も自己紹介を返してくれたようなので成功といえるだろう。
そんな中一つ質問としてアシュレイ・アダムスは投げないのかと聞いてもらった。
神代さんが英語で相手監督に話しかけ、その返事を訳してくれる。
「体調不良で初戦は登板回避だそうです、残りの試合で投げる予定だとも言ってます」
時差ボケによる調整不足での体調不良だろうか、何にせよこれで初戦は落とせない。
わざわざ答えてくれた相手監督に稚拙な英語でありながら口頭で感謝の意を述べる。
残念ながら俺の頭のレベルは高くないし、英語の能力もそれ相当に低い。
しかし最低限の単純な言葉であっても直接相手に感謝の気持ちを伝えたかった。
それが礼儀であり、気持ちが伝わるのであれば稚拙な言葉でもいいと思った。
それを聞いた相手の監督は笑顔を見せて軽く俺の背中を叩いた。
「ノープロブレム」
ほんの一言だったが、相手が俺の稚拙な英語を気遣ってくれたのは分かった。
そして試合開始予定時間がやってきた。
全日本のスタメンは以下の通りで、以前俺が想定したメンバーと全く同じだ。
一番 セカンド 柏葉詩
二番 ショート 柏葉歌
三番 レフト 天城
四番 サード 東堂
五番 キャッチャー 江守
六番 ライト 日下部
七番 センター 神代
八番 ファースト 樋浦
九番 ピッチャー 黒崎
先攻はアメリカ選抜、日本での試合ということでこちらが初戦と第三戦の二試合後攻を貰うことになっている。
マウンドには背番号一番の黒崎さんが先発として上がった。
投球練習はいつも通りで、特に気負いは感じられない。
打者を打席に迎えて一度帽子を取って礼をしてから、試合が始まった。
その初球、ストレートがストライクゾーンへと投げ込まれて打者が見送った。
コースとしては厳しいところではない、元々黒崎さんは力で抑えこむタイプである。
そしてスピードはMAXの八割ほどだろうか、それでも十分に速い部類だ。
そして二球目、今度は九割程の力で速球に打者が振り遅れた。
空振りでツーストライクと追い込む、追い込めば黒崎さんには決め球がある。
三球目、ストレートほどではないものの十分なスピードを持ったボールがストライクゾーンへ、打者がスイングすると同時に視界から消えてワンバウンドした。
相変わらず凄まじい落差のフォークボールである、空振り三振。
打者もその落差に衝撃を受けたのか、少し立ちすくんでからベンチへと戻った。
事前に黒崎さんと少し話したのだが、アメリカではフォークは珍しいボールだ。
小さく落ちるスプリットはそれなりに使われるが、負担が大きく故障の可能性が高いとされるフォークボールは嫌われる傾向がある。
これも日米での文化の違いの一つだが、相手が不慣れであるということは対応されずらい強力な武器になるということだ。
これを積極的に上手く使えば抑えられる可能性が大きく上がるかもしれない。
次の打者に対してはフォーク、ストレート、ストレートで追い込んでから最後にもう一度フォークボールで空振りの三振にとった。
黒崎さんのフォークはスピードがあり、見極めが難しいはずだ。
二者連続三振でツーアウト、そして問題の打者を打席に迎える。
三番のヴィクトリア・キャンベルが右打席に立つ、そのフォームはスタンダードだ。
基本に忠実であることこそが最も多くのボールに対応出来るということだろうか。
日本では四番が最高の打者と言われるが、アメリカでは三番こそが最強打者だ。
そしてショートも最も重要視されるポジションであることも考えると三番ショートという組み合わせは選手として最高の評価を貰っていると言って差し支えないだろう。
初球、力が入ったのかストレートが外れてボールとなる。
スピードは最速に限りなく近い、黒崎さんは全力で抑えにいっているようだ。
続いて再びストレートを投げてファールで一つストライクを取る。
その後この試合初めてスライダーを投げるも痛打、三塁線ギリギリに打球が飛ぶ。
サードの東堂さんがグラブを伸ばす先を抜ける、がラインの外でファール。
黒崎さんのスライダーはレベルの高い方ではないが、それでも反応打ちでそれを引っ張ったのは驚異的である。
キャンベルの能力の片鱗を見せられたが、とにかく追い込んだ。
カウントワンボールツーストライク、ここから胸元に直球を投げる。
この見せ球を布石にして最後にフォークを選択、真ん中低めに投じられる。
キャンベルがスイング、鋭く落ちたその軌道に対応しようとする。
しかしボールはキャッチャーの佳矢のミットへと収まった、三振だ。
三者三振という最高のスタートを切ったにも関わらず、ベンチに戻る黒崎さんの表情には暗さがあり、そしてその理由を俺は予想していた。
「当たってたか?」
ベンチからだと絶対にそうだとは言えなかったが、かすったように見えていた。
「ファールチップだよ。打席で初めて投げたフォークに当てられるなんて……」
打席の外からはフォークを見ていたが、打席に立ってそれを見るのは初めて。
外から見るのと実際に打席で見るのでは全く違うというのは俺にも分かる。
そして不慣れで対応が難しいだろうと予想されたフォークを初球でバットに当てた。
黒崎さんとしてもそれが相当衝撃的だったようだ。
スコアの上では最高の形、しかし内容としては少しの波乱を含みながら試合はゆっくりと始まりを告げた。




