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未完成の魔球

 桜京高校

 投手 成宮 捕手 安島愛 内野手 樋浦 外野手 天城 星原

 天帝高校

 投手 宍戸 捕手 江守 内野手 氷室奈 藤高 東堂 外野手 桜庭

 杉坂女子高校

 投手 黒崎

 (関西国際女子高校)

 (投手 伊良波 内野手 柏葉詩 柏葉歌 外野手 神代 日下部)


 一番 セカンド 柏葉詩

 二番 ショート 柏葉歌

 三番 レフト 天城

 四番 サード 東堂

 五番 キャッチャー 江守

 六番 ライト 日下部

 七番 センター 神代

 八番 ファースト 樋浦

 九番 ピッチャー 黒崎


「こんなところかな」

 登録メンバーとそれに加えてオーダーを想定して書きだした紙を手に一人そう呟く。

 俺に任せられたのは関東でのメンバー選出だが全体のバランスを考える必要もあるので関西国際女子のメンバーも同時に想定する。

 恐らくこの予想が大きく外れているということは無いはずだ。

 ベンチ入りも含めて全部で十八名を選出する必要がある。

 投手は順当に各校のエースを一人づつ、そして野手も中心選手を順当に選んでいく。

 捕手の人選では天帝の佳矢とうちの愛里の二人が他とは格違いで文句なしの選出だ。

 内野手で言えば三塁に天帝の東堂さんが確定、二遊間は関西国際女子の柏葉姉妹が総合的に見てベストになるだろう。

 一塁手に特に目玉となる選手がいないことを考えると、うちの樋浦さんの長打力に期待して一塁起用というのが十分に考えられる。

 外野手はうちの彩音がレフトで一番に確定、うちでは普段センターだがこのメンバーの中ならわざわざ肩の強さに弱点を抱える彩音をセンターで使う理由はない。

 関西国際女子の日下部さんがライトでは一番であろうからこれも決まりだろう。

 残りはセンターだが関西国際女子の神代さんと天帝の桜庭さんで悩むところだ。

 だが総合的に見て神代さんが上手か、守備だけなら桜庭さんが上だが神代さんは打撃でパンチ力がある上に守備も悪いわけではない。

 どちらにせよ両方選出してスタメンの調整は後々ということになるだろう。


 あとはベンチ入りの選手だが、一芸に秀でた選手を選ぶほうが役目があるはずだ。

 そういう意図でスピードスターである千隼や守備職人の天帝の藤高さんを選んだ。

 ここまでで十七人、あと一枠をどうするか……。

 五人目の投手か、もしくは三人目の捕手か、あるいは内野のユーティリティプレイヤーを選出して控えを厚くするという選択肢もある。

 理想を言えば投手だ、投手は何人いてもいい、だがしかし……。

 そこまで考えて俺は一度思考を中断した、今急いで結論を出すこともない。

 明日までにゆっくり考えればいいのだ、一気にここまで決まっただけ上出来だ。


 そう気持ちを切り替えてから改めてその紙を眺めると思わず震えが出た。

 この仮想オーダー、なんという豪華なメンツであることか。

 何と言ってもこのクリーンナップ、巧打者の最高峰である彩音が三番に入りスラッガーの最高峰である東堂さんが四番、そして東堂さんに次ぐ強打者である佳矢が五番。

 これ以上ない完璧な三人の並びだ、どんな投手が投げようがこの三人を抑えきるのは不可能ではないかとさえ思える。

 神代さんや樋浦さんが下位打線にいるのも普通ならとても考えられない、普通に主軸レベルの打力はある選手でもこのメンバーでは下位に回らざるを得ないのだ。

 是非とも実現させてほしい、どうしてもこの目でそれを見てみたい。

 それにはまず選手に参加の承諾を取らないといけない。

 まずは足元からだ、うちのメンバーにこの話をしてみようとそう決めた。


 さっそくみんなを俺の部屋へと呼び集め、事情を説明する。

 アメリカの選抜チームと試合をすることや俺が日本側のそのメンバーの選出を一部任されたことなどを順に話すとみんな興味深そうに聞いていた。

「そういうわけで、うちからもメンバーを何人か出したいと思ってね」

「それでそのメンバーっていうのは誰なの?」

 気になるのか詩織がそう俺に尋ねてくる、少なくとも詩織を外すことは天地がひっくり返ってもあり得ないのだが。

「一つ先に言っておくとこれは最終決定ではない、あくまで俺の提案に過ぎないしこれから変更される可能性は大いにあるということを念頭に置いて聞いて欲しい」

 そう前置きをした上で手にしたメンバーの名前を書いた紙切れに目を落とす。

 もちろん自分のところのメンバーぐらい暗記しているが、儀式のようなものだ。

「ピッチャーの詩織、キャッチャーの愛里、内野手として樋浦さん、あとは外野手として彩音と千隼、この計五人を俺は推薦しようと考えている」

「修平先輩、私が……ですか?」

 千隼が目を丸くしている、高校まで野球未経験でこのメンバーに選ばれたのは驚異的だしそれに動揺するのも無理はないか。

 しかし俺からすれば妥当な選択でしかない、千隼は自分の凄さを理解出来ていない。

「千隼の足は選抜メンバーの中でもトップだ、スタメン起用は難しいかもしれないがここ一番の代走と考えれば最高の選手だから選出は当然だよ。誰も異論はないだろう」

 そう言っても千隼はどこか不安そうに周囲に視線を走らせる。

「言っておくが代わりはいないからな、これは千隼にしか出来ない役割だ。いい経験になると思って前向きに参加してほしい」

「……わかりました、足を引っ張らないように頑張ります」

 後の四人からも無事了承を取り付けてうちの出場選手の承諾は全て取り終えた。

「また詳しいことが分かったらみんなに話すから、今日はそんなとこで解散にしよう」


 みんながそれぞれ自分の部屋へと戻っていく中、真由だけが俺の部屋に残っていた。

「どうした真由、戻らないのか?」

「一つ話したいことがあって、私をメンバーから外したのは実力不足だからだよね?」

「それは……」

 その通りだ、俺は五人目の投手として真由を推薦しようか迷った。

 そして最終的に保留した、事実上断念したと言ってもいいだろう。

 理由は単純で選手の質が維持できないからだ、真由の投手としての能力も実績も、贔屓目抜きで客観的に判断すると代表に推薦するには物足りないと言わざるを得ない。

 そして他の高校にも有力なピッチャーは残っていない、それが五人目の投手の選出を諦めようとした大きな理由だった。

「……そんな困った顔しないでよ、私は修平を責めてるわけじゃないんだから。むしろ現時点で私を外したのは賢明な判断だったとさえ思うぐらい」

「ああ、ハッキリ言えば真由はまだ実力不足だと思ってる」

「うん、その考えを変えてもらいたくてこうして話してるんだよ」

 どういう意味だろう、真由自身さっき俺の判断は賢明だったと言ったばかりなのに。

「話してるより見てもらった方が早いね、ちょっと待ってて」

 そう言って一度真由が俺の部屋を後にする、しばらくしてから戻ってきたその手にはボールとグラブが握られていた。

「修平もミットを持って外に行こうか、見て欲しい物があるんだ」

 その瞳は真剣で、何かすごいものを秘めているのだと予感させた。

 その正体を知りたくて慌ててミットを引きずり出して準備を終える。

「わかった、行こうか」


 寮の外へとゆっくりと二人並んで歩いて向かう。

「私もね、自分の実力不足は痛いほど理解している。そして同時にそれをただ手を拱いて受け入れるつもりもなかった」

「何か、秘策があるということか」

「そうだね、今は未完成だけど……その片鱗を見せれば修平を翻意させられるはず」

 マウンド間の距離ぐらいのスペースがある寮の裏手に出た。

 軽く二人キャッチボールをして、肩を慣らす。

 少しずつ距離を開いていき、最終的に俺が座ってボールを受ける。

 その俺に対して真由が速球を十球ほど投げ込んで準備完了だ。

「修平、いくよ」

 その声は静かな夜の闇の中でよく響いた。

 ゆっくりと真由が投球モーションに入り、それを投じた。

 ストレートより遅いそのボールは、急激に失速しながら沈み激しく変化した。

 慌ててミットを伸ばして捕球しにいったが、その変化についていくことが出来ない。

 まるでパラシュートが開くかのような失速で、想像以上の変化を見せた。

 結局ボールを後逸して俺がそれを拾ってから、真由の元へと歩み寄る。


「今のボールは、チェンジアップか?」

 ボールを真由に手渡しながらそう問いかける。

「そうだね、細かく分類するとサークルチェンジになるのかな……これが握り方だよ」

 そう言って真由がそれを見せてくれる、中指以外を全て縫い目にかけて握っている。

 腕の振りはストレートと区別がつかなかった、そこからあの変化のチェンジアップ。

「杉坂女子の黒崎さんが天帝高校の打線相手に苦戦していたのを見たのがきっかけだった、黒崎さんレベルのストレートがあっても緩急がなければ粘られるのだと知った」

 その場面は俺の記憶にも新しい、全てが速球系の黒崎さんには緩急がなかった。

「私は黒崎さんとタイプが似てる、もちろんタイプが似ているだけでスケールは全く比べ物にならないけどね。一応私も分類するなら速球派だし持ち球もスライダーとフォークで黒崎さんと全く同じ、言うならば劣化版黒崎さんってところだった」

 劣化版黒崎さんか、厳しいその自己評価に言い得て妙だなと思ってしまった。

 真由の言うとおり利き腕の左右やスケールの違いはあれど確かにタイプは似ている。

 そしてそのスケールの違いが真由が今ひとつ結果を残せていない理由であろう。

「黒崎さんのレベルでも危ういのに劣化版の私がこのままで通用するわけがない、ならば緩急を身につけるしか無いと思った。そこで挑戦したのがチェンジアップだった」

「オーソドックスな握りから独自の握りまで色々試して投げ続けて、最終的にこの握りにたどり着いたの。これが一番いいボールが投げられる握りだった」

「なるほど、このボールを武器に出来ればストレートの威力は相対的に増すことになるからな、それにフォークと違ってチェンジアップはカウント球にも使いやすいから投球の幅も大きく広がるし素晴らしいアイデアだと思うよ、しかし……」


 俺の言いたいことを予想していたのか、真由がそれを遮る。

「そう、さっき私自身言った通りこれはまだ完成していない。もう少し受けてくれる?」

 そう真由に頼まれて再び構えてボールを受ける。

 次に真由が投じたボールは緩い棒球だった、打ち頃の球が無変化でミットに収まる。

 それから合計二十球を投げたが、先ほどの強烈な変化を見せたのは六球だった。

 残りの十四球はストライクだっりボールだったりはしたものの全てが失投の棒球。

 俺は真由がこのボールを未完成だと言った理由をようやく理解した。

「三球に一球投げられればいい方っていうのが、今の完成度ってわけか」

「そうなの、まだまだ確実性が足りない。このままじゃ安心して試合では使えない」

「それなら、親善試合に出ずにゆっくりこの球を磨いた方がいいんじゃないか? それにそこでその球を披露するって事は天帝やその他のメンバーに見られるって事だ」

 そう口にしながらそんな当たり前の事に真由が気付いていないはずがないと思った。

「分かってる、本当に次の大会のことを考えるならこのボールは秘密兵器にするべきだって。でも、それでも……私はこのボールがアメリカの選手に通用するか試したい」

「もしもそれで通用したら私の失われた投手としての自信が取り戻せる、投手としてまた一つ上のステージに上ることが出来る、そんな気がするの」

 真由は投手として復帰してから輝かしい実績というものを手にしたとは言い難い。

 無失点でスッと抑えた場面などすぐには思いつかないし、いつもどこか苦しいピッチングをしているような印象のほうが遥かに強い。

 そんな内容を繰り返すうちに投手として一番大切な自信を喪失していったのだろう。

 そしてこれだけの素晴らしいボールだ、最高の打者を相手にそれを試してみたいという気持ちはよく分かるが現実として今のままでは難しいだろう。


「これじゃ試合で使えないだろ、三球に一球じゃ上手く失投が全部ボールになっても四球が関の山だ。最低でも二球に一球ぐらいは投げられるようにならないと」

「それも分かってる、それにその親善試合も明日明後日の話じゃないんでしょ? だからそれまでに少しでも精度を磨いて……」

「間に合うかどうかは分からないな」

 反論できず真由が黙りこむ、確実にその時までに精度を高める証明なんて不可能だ。

「だけど……今のボールには無限の可能性を感じたのもまた事実だ」

 その言葉を聞いて真由が顔を上げた、視線がぶつかり合う中俺はハッキリと告げる。

「推薦しようじゃないか、メンバーに選ばれるという保証は出来ないが少なくとも俺の意見としては前面に押し出してそれが実現するように尽力すると約束しよう」

「ありがとう、修平!」

 そう言って真由が俺の胸に飛び込む、それに照れ臭さを覚え軽くあやしやり過ごす。

「……なんか私への対応がおざなりだよ」

「気のせいだ、それに礼には及ばないさ。俺もあのボールがどこまで通用するのか見てみたくなってしまったんだから」

 初見だったとはいえ、俺がミットにボールを当てることすら出来ずにを後逸したのなんて初めての経験だった。

 こんな衝撃はあの時初めて詩織のスクリューを目にした時以来だった。

 しばらくはあのボールの残像が脳裏から消えそうにない、そんな予感がしていた。

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