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祭典の始まり

 桜京高校は次の大会に向けて秋に三試合の練習試合をこなした。

 対戦相手は中堅どころを中心に選択したが、初戦は全く勝負にならなかった。

 投げる方では詩織と真由の二人の投手を両方使ったのだが詩織が相手を圧倒して真由が二失点といった内容。

 一方で打線が力の差を見せつけた、三番の彩音を中心にヒットを量産しての滅多打ちで八点を奪い八対二の圧勝であった。

 そこで二戦目からは課題の消化も兼ねてある制限を設けることにした。

 それは全ての野手のポジションをシャッフルして試合に臨むというものだった。

 具体的には以下のように変更した。


 ピッチャー 成宮(氷室・天城)

 キャッチャー 羽倉

 ファースト 樋浦

 セカンド 安島愛里

 サード 広橋

 ショート 天城

 レフト 初瀬(成宮・天城)

 センター 星原

 ライト 小賀坂(氷室)


 特に注目すべきはキャッチャーの羽倉さんとピッチャーの彩音の二人だろう。

 長い大会を戦い抜くことを考えれば第三の投手を控えさせるのは悪くない選択であるし、この前のように正捕手の愛里が再び負傷離脱することが無いとは言い切れない。 結果的にこの制限を設けたことで当然のように失点は増えた。

 慣れないポジションを守らされているので仕方ないのだが守備のミスが連発される。

 大半はかなり無理をしてプレーしており物になるのに時間がかかりそうな感じだ。


 しかしその中でも光るものを見せた選手もいた。

 セカンドの愛里、ショートの彩音、センターの千隼の三人は悪くなかった。

 愛里は元々強くない肩をカバーするためのコンバートを考えられていたが、その考えが突拍子でないものであることを証明するかのように二塁守備をこなしてみせた。

 本来センターの彩音の遊撃守備も悪くない、肩の強さに不満が残るが他は十分平均かそれ以上の能力を保っており非常事態の備えとしては十分である。

 千隼は元々規格外の俊足であることを考えてのセンター挑戦で、イマイチである打球反応をその俊足で補い十分な守備力を見せていた。

 ある程度の守備技術が身についたら間違いなくセンターにすべき選手である。

 だがしかし、それらはあくまでオマケの副産物でしか無い。

 そして肝心であるメインの備えはというと不安の残る結果になってしまった。


 羽倉さんのキャッチング技術は当初の急造に比べればマシにはなった。

 しかし試合で捕手を務められるレベルには達しておらず、大きな変化球は捕れない。

 結局、詩織の配球が制限されたまま試合を行うことになってしまった。

 それでも詩織はそれなりの結果を残した、天帝高校戦で大崩れしたのは敵の打線がトップクラスだったからでそこら辺の中堅校なら配球を制限されても何とかなる。

 だが全国レベルの高校であれば多くの失点は避けられないだろう。

 つまり現実としては羽倉さんは使えない、無理に使えば甚大な被害が出るだろう。


 そしてピッチャーを務めた彩音だ、前にも確認したことだが彼女には投手として一定の素質があると見ていた。

 結果としては二試合は変則守備をバックに置いて三試合合計で十回を投げて四失点。

 防御率に直すと三点台後半となる、なんとも言えない微妙な数字だ。

 変則守備でありその分余計なランナーを出たことを考えればもう少し高く評価してもいいかもしれないが、相手が中堅校であることを考えれば物足りないのも事実。

 地区大会の序盤の点差が付いた場面で、詩織と真由の肩を休ませるための存在。

 その程度の評価が妥当だろうか、少なくとも緊迫した場面では起用出来ない。

 それでもその存在は有難いのは確かで、少しでも二人の負担を減らして欲しい。


 そしてもう一つ不安を挙げるとすれば真由の投球内容だろうか。

 詩織が圧倒的な安定感を見せる一方真由は安定感に掛ける場面が目立ち失点が多い。

 この綻びがそのうち致命傷になるかもしれないと危惧していた。

 詩織は一試合を通して投げるスタミナが無く、確実に真由との継投が必要になる。

 そこで真由が崩れれば詩織が完璧なピッチングを見せても敗れる可能性は十分ある。

 そこは一つ大きな課題になるだろう。


 最終的に三試合の練習試合は全てで白星を挙げた。

 八対二の初戦の後守備をシャッフルした二戦で七対五、九対六といった結果だ。

 この結果からうちの総合的な打力は十分全国レベルに到達したと言えそうだ。

 少なくとも地区大会止まりの高校とは比べ物にならないぐらいの力はある。

 そういう意味で手応えのある試合相手がいないのも確かである。

 そこで守備をシャッフルしてハンデをつけたのだが、この位でちょうどよさそうだ。

 こういう制限を加えても確実に白星を積み重ねたという事実は自信になるはずだ。


 確実な手応えを得つつ、秋が終わり冬が過ぎて春を迎えて俺は三年生となった。

 過去二年と同じように新入部員を募集してみたが、結局一人も来ることはなかった。

 去年が初めての大会出場であり、内容はともあれ一回戦負けに終わった。

 この時点で野球をやる生徒が積極的にうちに来る理由もないので不思議ではない。

 それにそれなり入試のハードルが高くスポーツ推薦もないことを考えると、ふと思い立った程度で入学できるものでもないだろう。

 元々新入生を戦力として期待してわけではないが、少し残念だった。


 そして学年が一つ上がってしばらくした時のことだった。

 自室にいる時に俺の携帯に一つの着信が入る、未登録の番号からだ。

「もしもし、安島ですが」

「初めまして、でいいかな安島くん。私は関西国際女子野球部監督の古谷です。突然の電話で済まないね、マネージャーの野々宮から番号は聞かせてもらったよ」

 女性の声だった、何度か姿は見たことはあるがこうして声を交わすのは初めてだ。

 そして一つの負い目が俺の口を重くさせる。

「古谷さん、あの……伊良波さんの件、僕が勝手にフォームの改造を提案したんです」

 俺は関西国際女子の監督に何一つ断りもなく伊良波さんのフォームを改造した。

 結果的には吉と出たようだが、だからといってその罪が消えるわけではない。

「まったく驚いたよ、気づいたらいきなり伊良波がサイドから投げてるんだからね」

「あれは僕からの提案でしたし、勝手な言い草ですが伊良波さんを責めないで下さい」

「事情は全部聞いてるよ、伊良波の同意の下ではあったようだし結果的にそれがいい方向に転んだのも事実だ。今後はこういうことはしないで欲しいけどこの件は不問だ」

 寛大なお言葉だ、本来なら怒鳴りつけられても仕方がない。


「今回のお電話はその件ですか?」

「いや、違うよ。実は今度アメリカの高校生と親善試合をやることになってね」

「親善試合、ですか」

「そう、私の知り合いのツテなんだがあっちは各校から選手を集めてくれるらしい」

「それは脅威になりそうですね」

 アメリカの女子野球のレベルは高いと聞いている。

 日本のプロ野球とメジャーリーグの力関係に近い状態だろうか。

「そこで、だ。関東圏の選手のリストアップを安島くんにお願いしようかと思ってね」

「僕がですか!? そんな大役荷が重いですよ、全校に顔が利くわけでもないですし」

「無理に多くの学校から選手を集める必要はない、けどどうしても外せない所もある」

 それがどこのことを意味するのかはすぐに分かった。

「天帝高校、ですね」

「そうだ、全国大会五連覇のここから選手を出さずして全日本の編成は不可能、そしてその天帝高校に安島くんは顔が利く。それだけで十分適任なんだよ」 

「……なるほど」

「桜京にもいい選手がいるし、基本的に天帝、桜京、そしてウチの三校で編成する」

「他にもいい選手がいたらそれを推薦してもいいんですよね?」

 黒崎さんを思い浮かべながらそう口にする、彼女を外す選択肢はあり得ない。

「それはもちろんだ、安島くんの裁量に任せるよ。とりあえず人数は気にせず有望な選手はどんどんリストに乗せてくれれば後で絞り込むことも出来る」

「分かりました、明日にもリストアップして候補をお伝えします」

「ありがとう、助かるよ。私はそちらの選手の知識が薄いからね、私が選ぶよりは安島くんの目を信じたほうがいいだろう」

「ご期待に添えるように頑張ります」

「何しろ過去に例のない初めての試みだからね、私も上手くいくよう全力を尽くすよ」


 通話を終えて、ベットに寝転ぶ。

 どうやら、最後の大会を前に一つ大きなお祭りが開催されるようだ。

 そして俺個人としてそれに非常に強い興味が湧いていた。

 現時点で最高のメンバーを編成して、アメリカの選手とどのような試合が出来るか。

 純粋にそれを見てみたいと思った、きっと心躍る試合になるはずだ。

 そうと決まれば、早速メンバーを考えないといけないな。

 ノートを一枚ちぎり、そこに次々とメンバーの名前を書き始めた。

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