全国大会 二年目
天帝高校はその後危なげなく全国大会進出を決めた。
結局、今年の予選においては杉坂女子との試合が一番の接戦となった。
それ以外の試合では全てが大差での大勝でありその実力の高さを存分に見せた。
四連覇しているのは確かな実力に基づいたものだということだろう、もっとも運や偶然だけで四連覇が出来ると思っている人間は一人もいないだろうが。
全ての地区で全国大会に出場する高校が決定し、あとは全国大会の開幕を待つだけ。
そんな状況で去年から継続的に議論された問題について今日大きな動きが起こる。
いや、遥か昔から議論は交わされていたが去年にそれが顕著になったというべきか。
敬遠、この作戦の是非についてである。
去年の全国大会、当時一年生でありながら天帝高校の四番を担い豪打を見せていた東堂さんには周囲からも相当な期待が掛けられていた。
東堂さんの打撃が見たいという理由で球場に足を運んだ人も多かっただろう。
そして結果を残すにつれて、相手が東堂さんとの勝負を避ける場面が増えてきた。
立ち上がっての明確な敬遠もあれば座ったままではあったが明らかな故意四球もあり、様々な形で毎試合のように四球が出された。
それでも、ある程度はそれも仕方がないことだと許容されていた面があった。
終盤の僅差で主軸と勝負するのはリスクが高すぎるし、基本的に敬遠というのは作戦として認められてきたものだ。
しかし決勝戦での東堂さんに対する対応は、それまでとはレベルの違うものだった。
第一打席は二死一塁で四球、第二打席は二死無走者で四球、第三打席では二死一塁で四球と三打席連続で四球という結果。
その間ストライクは一球も無く、これらが故意四球であることに議論の余地は無い。
第四打席は満塁で迎えたことで一般的に考えれば敬遠が出来る状況ではなかったが、それでもボールが二球先行してから最終的にボール球を強引に叩いて二塁打となった。
結局この一打により天帝高校が逆転し、敬遠否定派はある程度溜飲を下げた。
しかしながらこの試合で東堂さんに投じられた十五球が全てボール球だったというのは異常な事態だとして大会終了後にも議論が重ねられた。
特に第二打席の無走者での敬遠はやり過ぎだという声が多かった、ピンチでの敬遠ならともかく無走者で敬遠するのは納得出来ないという意見であった。
故意四球を規制すべきだと、そういう意見も出された。
しかしそれが現実的な案だとは言い難い、明確に立ち上がっての敬遠ならともかく座っての四球において故意四球とそうでないものを区別するのは事実上不可能だ。
そしてこの問題に対する答えは出ないまま一年が過ぎ、今年の全国大会を迎えようとしている。
そんな中、当事者である東堂さんに対するインタビューが行われることになった。
選手自身がこの問題に言及するのは珍しいことで、その言動が注目される。
「議論が白熱する敬遠問題、今日は実際に多くの敬遠を経験した天帝高校二年の東堂桐華さんにお話を伺ってみたいと思います。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
一対一ではなく、一人のコメンテーターを呼んでのインタビューとなるようだ。
それでも東堂さんから緊張の色は感じられない、さすがに一年から名門校で四番を打つような選手は器が違うのだろう。
「まず始めに、東堂さんは自らが敬遠されることについてどうお考えですか?」
メインとなる女性インタビュアーが最初にそう口火を切った。
「相手のチームが私のことを強打者と認めてくださっている証だと考えています、そういう風に扱っていただけるのは打者として非常に光栄なことですね」
「しかし、得点圏にランナーを置いたピンチでもなく、ましてや無走者の場面であったり通常では敬遠が考えられない場面での四球が去年の決勝戦では目立ちましたが」
「その作戦の是非に関して私は判断する立場にありませんから」
コメンテーターが口を開く、元女子ソフトボールの選手でメダリストである。
「東堂さんの様な強打者がバットを一度も振れぬまま試合を終えていた可能性だって多分にあるんですよ、あなただって打つ機会もないまま敗退したくはないでしょう?」
「私が打ちたいと思っている、その様な理由で相手のチームの作戦の選択に制限を加えるというのは著しく正当性に欠けるとそう思いますが」
「勝つためならどんな作戦でも許されるわけではないでしょう、行き過ぎた勝利至上主義はスポーツマンシップに反するものではないですか?」
「勝利を追い求めることはそんなに非難されるべきものなのでしょうか? 私も他の選手も懸命に練習を重ねて大会に臨んでいます。その上での真剣勝負なのに、スポーツマンシップなんていう曖昧な理由で敬遠を否定するのは間違っていませんか?」
間に入るような形で再びメインのインタビュアーが口を開く。
「あの試合で東堂さんに投じられた十五球は全てボール球でした、そのことに対して議論が巻き起こりましたが」
「逆に皆さんに一つお尋ねしたいのですが、全国大会は一番のチームを決める場所。一人の打者が勝負を避けられたことで敗れるチームは一番に相応しいでしょうか?」
「それは……」
コメンテーターが言葉に詰まる。
「敬遠というのは万能な作戦ではありません、無条件で相手にランナーを差し出すというリスクもあります。それを承知で敬遠を選択するのは正当な権利だと思います」
「本当に私たちが栄冠を手にするに値するチームであるならば、仮に私が全打席敬遠されたとしても勝利することが出来るでしょう。私はそう信じています」
「ですから、去年のように敬遠をする側の選手にブーイングを浴びせたりすることはしないで頂きたいのです。それも勝利のために全力で勝負に挑んだ結果なのですから」
そう口にする東堂さんからは王者の風格が感じられた。
どのような作戦を相手が取ろうが、それを受け入れて全てをねじ伏せるような強さ。
それこそが王者の実力なのかもしれない。
このインタビューは方向性として敬遠を否定する流れを作りたかったのだろう。
敬遠の「被害者」である東堂さんがそれに肯定的な発言をするはずがないと見込んでいたはずだ。
しかし現実は違っていた、東堂さんはそれを受け入れ否定派の過激な言動を戒めた。
その一連の発言は見ている人の考え方さえも変えたのではないかと俺はそう思った。
「そうだ、それでいいんだ東堂さん」
無意識のうちに思わずそう呟いていた、彼女の変化が嬉しかった。
以前のように強引に勝負を決めに行き墓穴を掘るようなことはもう無いだろう。
そしてその発言の裏には一年生捕手の佳矢が絶好調であることも理由にあるはずだ。
当初三番だった佳矢だが、四番を打つ東堂さんの敬遠対策ということで地区大会の準決勝から東堂さんの一つ後ろである五番に回された。
佳矢の勝負強さは圧倒的で、ランナーを置いての打率は六割を超える。
長打力もあり、佳矢の前にランナーを溜めるというのは自殺行為であると言えた。
東堂さんと佳矢が並ぶクリーンナップ、これに対抗出来るところは無いだろう。
そんな誰にでも出来そうな容易な想像はあっさりと現実のものになった。
去年と同じく現地である神宮球場で全国大会をみんなで観戦する。
全国大会が開幕して一回戦や二回戦では東堂さんが歩かされる場面が目についた。
特に二回戦では三打席連続で四球となったのだが、スタンドは静かだった。
東堂さんのあの言葉は確実に届いている、そう思うと俺まで嬉しかった。
敬遠しても後続の佳矢があっさりと打球をスタンドに叩きこみ、作戦は裏目に出る。
そんな展開がその二戦で共に繰り返され、天帝高校は大差をつけて勝利した。
大会が進むにつれて、東堂さんとの勝負を避けていては佳矢にやられるという認識が広まり東堂さんと勝負するチームが増えた。
しかしそれで東堂さんが抑えられるわけでもなく、次々と失点を重ねていく。
その二人両方に四球を与えるチームもあったが、無条件で走者二人を塁上に出して無傷でいられるはずもなく失点を重ねることとなった。
そして決勝戦では東堂さんと佳矢のアベックホームランで相手の息の根を止めた。
試合は終盤を待たず大量点差となり、決勝戦らしからぬ展開が繰り広げられた。
今年の天帝高校は東堂さん一人の打線ではなかったというのが非常に大きい。
佳矢という強打者が加わり、天帝高校の強さがより磐石になったのは明らかだった。
「江守さんって本当に修平とそっくりだよね」
一緒に決勝戦を観戦していた詩織がそう漏らした。
「佳矢のフォームは確かに俺と瓜二つだよな、俺も初めて見た時は驚いたよ」
「それだけじゃないよ、あの長打力と勝負強さに強肩、修平の生き写しみたいだよ」
「俺はあんなにすごい選手にはなれなかったと思うよ、東堂さんの後を継いで最強打者の看板を背負うのは佳矢かもしれないな」
野球を教えたあの時が嘘のようだ、こんな超一流の選手になるとは思わなかった。
今年の大会は佳矢が四本で最多本塁打、敬遠で打数が少ない東堂さんが三本で続く。
その東堂さんと佳矢が並ぶ打線を来年は相手にしないといけないのか。
普通に考えれば絶望的である、そのぐらい天帝高校の打線の破壊力は圧倒的だ。
今年の全国大会も天帝高校が制した、これで大会五連覇を成し遂げたことになる。
絶対的王者といってもいい、彼女達を止めるのは至難の業であろう。
それでも、詩織なら抑えきれるかもしれない。
やはりカギになるのは東堂さんだ、左キラーの詩織が東堂さんを封じることが出来れば天帝打線攻略の糸口がつかめるはずだ。
グラウンドを見つめる詩織の横顔を眺めながら、俺は最後の大会を思い描いていた。




