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マネージャー不信任!?

 そして野球部二回目の練習が始まる。

 授業を終えた俺はユニフォームに着替えるために更衣室の扉を開けた。

「えっ?」

 声が二つ重なった。

 そこには着替え中の氷室さんの姿。

 可愛らしいピンク色の下着が冷たいイメージと相反しているのが印象的だ。

 数秒後、悲鳴が上がる、そこでようやく事態を把握した俺は更衣室から飛び出した。


「なになに、どうしたの!?」

 先にグラウンドに行っていたらしい詩織達が騒ぎを聞きつけてやってくる。

「この変態が私の着替えを覗いたの! 信じられない!」

 氷室さんは怒り狂っている、だが俺の方にも言い分があった。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、着替える時は表に着替え中の札を掛けておくようにって昨日みんなで話したばっかりだろ?」

 そうだ、俺は扉を開ける前に確認をしたが確かに札は掛かっていなかった。

「要するに真由が札をかけ忘れたせいで、安島くんが扉を開けてしまったというわけね」

 どこか呆れたように樋浦さんが言う、分かってもらえたようで何よりだ。

「真由ちゃんは可愛い下着を安島さんに見て欲しくてわざと札を掛けなかったんじゃないですかー?」

「そんなわけないでしょ!」

 羽倉さんにからかわれて氷室さんの怒りがヒートアップしている気がする。

 ここは俺が折れて謝らないといけない。

「見てしまったのは事実だ、俺が悪かったよ、ごめん」

「ふん、謝ったって許さないんだから……これだから男のマネージャーなんて嫌だったのよ」

 頭を下げるものの氷室さんの怒りは収まらない、どうしたらいいだろう。


「真由、いい加減にしなさいよ、安島くんだってわざとやったんじゃないんだから」

「いや、それでも俺が氷室さんに不愉快な思いをさせたのは間違いないことだから」

 そう言って樋浦さんを制す。

 いずれははっきりさせないといけないことだったが、今がその時だ。

「氷室さん、確かに俺がマネージャーをしてなかったらこんなことは起こらなかったし君の気持ちも分かる、だけど一週間だけチャンスをくれないか?」

「一週間?」

 氷室さんが何を言ってるのか分からないと言った様子でそう繰り返す。

「そうだ、この先一週間俺はマネージャーとして今まで以上に必死にやらせてもらう、その姿を見て俺がマネージャーにふさわしいか氷室さんに判断して欲しいんだ」

「もしも私が気に入らなかったら?」

「そのときはマネージャーを辞めるよ、もう二度と野球部には関わらないって約束する」

「修平、何言ってるの!?」

 詩織が慌てて割り込んでくる。

 当然だ、俺はまた約束を破ろうとしているのかもしれないのだから。

「詩織、これは必要なことなんだ、分かってくれ」

 それでもここは譲れない。

 この野球部で活動していくのであればこれは避けて通ることは出来ない道だ。

「分かったわ、あと一週間せいぜい頑張って」

 そう言い残して氷室さんはグラウンドに行ってしまった。


 残された俺たちの間に気まずい雰囲気がながれる。

「ねぇ安島くん、なにもそこまでしなくたって……」

 どこか困惑した様子の樋浦さん、それに対して俺は首を振った。

「氷室さんは詩織を信じて桜京高校に来てくれた大切な仲間の一人なんだ、その仲間に嫌な思いをさせてまで俺がマネージャーとして残る意味なんてない」

「修平……」

 詩織が不安そうな顔で俺を見ている。

 また詩織に負担をかけてしまっている自分の情けなさが嫌になる。

「大丈夫、俺はこの一週間ベストを尽くして氷室さんを翻意させて見せる」

 いい方法が思いついたわけではない、それでも俺はそう約束する。

 これからの一週間、悔いのないように過ごそうとそう決めた。


 学校や部活前、部活中に何度か氷室さんに声をかけたものの全て無視されてしまった。

 つい昨日あんなことがあったばかりだから仕方ないがやはり寂しい。

 時間を見つけてはボールの補修やグラウンドの整備などをしていたが、この程度で氷室さんが翻意してくれるとは思えかった。

 みんなが練習する様子を眺める。

 その中でも氷室さんは何かに追い立てられるかのように練習しているように見える。

 それが何なのかは分からなかったけど、なんだか不安にさせられる光景だった。


 それから日時は流れ、氷室さんとの約束の期限は明日に迫っていた。

 しかし、未だに進展はなく、俺と氷室さんの仲は相変わらず冷え切ったままだ。

 ボール磨きをしながらみんなが練習するのを眺める。

 氷室さんが打球をとってボールを投げた、と同時に少し肘を気にする仕草を見せた。

 その瞬間、俺の顔からスッと血の気が引く、気づいた時には体が動いていた。

「氷室さん!」

 全力で駆け寄る、みんなが驚いた表情で俺を見てるがそんなものに構ってはいられない。

「今すぐ練習を中止して、アイシングをするんだ」

 顔を近づけ、真剣な声色でそう話しかける、氷室さんが視線を逸らした。

「な、何よ急に……こんなの別に大したことないんだから放っておいてよ」

 大したことない、何か小さな違和感が氷室さんの肘を襲ったことを否定しなかった。

「キャッ!?」

 そう認識した途端、氷室さんを俗にいうお姫様だっこの形で強引に抱き上げていた。

 保健室に向かって走る。

「ちょ、ちょっと何するのよ! 降ろしなさいってば!」

「絶対に降ろさない」

 軽く胸を叩いて抵抗されるものの、そんなことを気にしている場合ではない。

 そのまま有無をいわさず保健室へと連行する。


「ほら、保健室についたぞ、そこに座れよ」

 保険の先生はいなかったもののアイシング程度なら俺にも出来る。

 氷室さんは諦めたのかおとなしく椅子に座っている。

 肘を保護するように氷を巻き付けていく、その作業中に氷室さんが口を開いた。

「ちょっと肘が軽く痛んだ程度で、こんなの大げさよ」

「そんなことない……万が一ってことだってある、もうあんな思いを身近な人がするのは絶対に嫌だから」

「安島は……どこをケガしたの?」

「気づいてたのか?」

 俺の過去について詳しいことを知っているのは詩織ぐらいだった。

 他の部員に詳しいことは説明していない。

「右投げの内野手用グラブを持ってるのに左でキャッチボールしてたし、そうなのかなとは思ってた」

「そうか……俺は右の肩をやっちまったんだ、中学のときリトルシニアで痛みを堪えて試合に出た時にな」

 その時のことを思い出す。

 どうしても掴みとったスタメンの座を譲りたくなかった俺は肩の痛みを隠して試合に出続けた、最悪の結末が待っているとも知らず。

「それが、マネージャーになろうとしたきっかけ?」

「そうだな、自分で野球が出来ないなら……せめて昔バッテリーを組んだ詩織が勝ち進むのを一番近くで眺めていたかったんだ」

「勝ち進むって、同じ地区には天帝高校があるのに?」

 そんなことは無理だ、氷室さんの表情はそう言いたげに見えた。

「ああ、天帝高校だって倒せる、詩織や氷室さん達にはそれだけの力がある」

「そんなの、無理よ」

「無理じゃない、みんななら出来る」

 そう繰り返してからアイシングの処置を終える、これでとりあえず一安心だ。

「詩織をよろしく頼むよ、あいつが居ればきっとみんなは勝ち進めるって俺は信じてるから」

 そう言い残すと保健室を後にする、あとはみんなの健闘を祈ることぐらいしか俺には出来そうもなかった。


 約束の期日を迎えた、俺は授業を終えるとグラウンドには向かわず寮の自室に戻った。

 氷室さんの答えを聞くまでもないとそう思ったからだ。

 胸に穴が空いたような空虚な気持ちを抱えながら自室でぼんやりしているとドアが激しく殴打された。

「はい! もうちょっと静かに叩いて……氷室さん?」

「こんなとこで何してんのよ、さっさと来なさい」

 強引に手を引かれて部屋を連れ出される、行き先はグラウンドだった。

「なんだよ、俺にもう用なんて……」

 そう言いかけるもそれを遮るように氷室さんが声を発する。

「あれだけ大口叩いておいて逃げるなんて許さないんだから、ちゃんと責任とって最後までいなさいよ」

「それって……」

「マネージャーの一人ぐらいいた方が便利ってことに気づいただけよ! さっさと練習の準備をしてよね」

 氷室さんがこっちを見ないでそう一気にまくし立てる。

「……ああ、分かったよ」

「それと……アイシング、ありがとう」

 氷室さんがそう呟いてからグラウンドに走っていく。

 その小さな声は確かに俺の耳に届いていて思わず口元が緩んだ。

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