不安な大勝
今日は関西国際女子の二回戦の試合当日。
当然、俺たちも全員揃って観戦に出向いた、スタンドの一席に腰掛ける。
対戦相手はどちらかと言えば弱小に当たる高校であり、実力的には差がある。
関西国際女子が優勢だろうと俺はそう予想していた。
先攻は関西国際女子、一番打者の神代さんが右打席に入る。
相手ピッチャーの投じた初球をいきなり振り抜いた。
打球は快音を残してバックスクリーンへと飛び、あっさりとフェンスを超えた。
先頭打者ホームラン、神代さんは表情一つ変えずにゆっくりベースを一周した。
ホームランを打ったのにも関わらず、その様子から喜びは感じられない。
むしろ稚拙なおもちゃを目前にした子供のような冷めた雰囲気を漂わせていた。
相手ピッチャーのレベルは想像よりも数段低かった。
続く二番三番の柏葉姉妹の連打の後に四番の日下部さんが長打を放ち二者生還。
その後も攻撃は続き初回から五点の大量得点を手にした。
相変わらず打線は素晴らしい出来栄えだ、問題は投手陣ということだろう。
背番号一番を背負った関西国際女子のエースがマウンドに上がる。
五点差という大量援護を貰ったのだから、普通に投げれば問題ないはずだ。
それにも関わらず、いきなり先頭打者に四球を与えてしまう。
「……このフォアボールはホームランを打たれるよりも悪い結果だね」
「そうだな、この場面で四球だけはあり得ない」
呆れたようにため息をつく愛里に同意する、これは擁護できない内容だ。
この場面ならランナーを溜めてからの大量失点だけを警戒すべきところ。
それを考えれば四球は最悪、ストライクを投げて打たれたほうが遥かにマシだ。
結局その後もヒットや四球が絡んで最終的には三失点で二点差と迫られた。
「なぁ詩織、相手の打線は良さそうに見えるか?」
俺の問いかけに詩織は首を振った。
「ピッチャーの自滅に近い内容だからね、まともに投げれば大丈夫だと思うけど……」
「詩織の言うまともなピッチングは他のピッチャーからしたら高すぎるハードルだよ」
詩織のような精密なコントロールを持つピッチャーは少数、それと比べるのは酷だ。
とは言え、それを差し引いてもこの内容はいただけない。
この様子では乱打戦は避けられないだろうことは容易に予想がついた。
二回表、早くも二打席目を迎えた神代さんが右中間に長打を放った。
三塁までいけそうな当たりに見えたが二塁手前で大きく減速しての二塁打止まり。
確かにこの投手相手に無理な走塁をする必要はないのかもしれない。
しかし、それを考えても少し消極的なプレーだと個人的には感じる内容だった。
先ほどと同じく柏葉姉妹が続き、四番の日下部さんが今度はホームランを放った。
フェンスを楽々と超える特大のスリーランホームラン、これでこの回四点目。
ここでピッチャーが交代するも勢いは止められず更に失点を重ねていく。
二回表は六点を取りこれで十一対三、その点差は八点と大きく広がった。
「さすがに勝敗は決まっただろうな」
この様子ではどの投手が出てこようが関西国際女子の打線は抑えられないだろう。
「……このぐらいの相手に勝つのは当然、内容が求められるレベルだよ」
「確かにそうだけどな」
厳しい物言いだと感じたが、同時にそれを否定することも出来ない。
このレベルの相手を抑えきれないようでは地区大会突破は難しいだろう。
ここからピッチャーが立ち直れるかどうかは今後を占う試金石になるはずだ。
そう思って二回裏のピッチングを見守っていたが、その内容は相変わらずだった。
無駄な四球を出してから、四球を嫌ってカウントを取りに行き痛打される。
変化球もお世辞にも切れ味が良いとは言えないレベルのものしか無い。
これではどうやっても抑えることは難しいだろう。
そう思いながら見ていると、今度は痛烈な打球がセンター後方に上がる。
センターが全力で追えばギリギリ追いつけるかもしれない、そんな当たりに見えた。
しかし追いつけずに頭を超えた、ランナーが更に二人帰ってくる。
「これなら、今ひとつであることを考慮しても伊良波さんの方がマシじゃないか?」
「……私もそう思うけど、所詮はどんぐりの背比べでどっちにしてもダメだろうね」
「まぁ、そうだけどな……伊良波さんの方が遥かに素質はありそうだけど」
「……素質があるだけでは無意味、それを生かすことが出来て初めて意味がある」
「ごもっともで」
期待の裏返しなのだろうが、伊良波さんに対して愛里は本当に厳しい。
どちらにしても、この調子だと近いうちに二番手の伊良波さんも登板しそうだ。
いくら大量リードとはいえこの内容のピッチャーを引っ張っても仕方ない。
そう思って試合を見ていたけれども、なかなか継投はされなかった。
そして気づけば五回の表までが終了していた。
スコアボードに刻まれた得点は十六対七、取っては取られての繰り返しだ。
「四回七失点か、さすがにそろそろ交代かもな」
そう思っていた矢先に、背番号十番の姿が見えた。
二番手として伊良波さんがマウンドに上がる。
一回戦でもリリーフ登板したが、一回二失点という今一つの内容だと聞いている。
「実戦でいい結果を残せれば自信に繋がって復調出来るかもしれないんだけどな」
「……今の伊良波さんはそういう状態じゃない。本来の実力を考えればどうにでもなる相手だけど、現状では自分との戦いという段階だから」
「自分との戦い、か」
伊良波さんの登板内容は、愛里の予想通りの結果となった。
先頭打者に四球、そして次の打者への投球中に暴投で進塁を許す。
その後速球で一つ三振を奪うも、次打者に再び四球で一死一・二塁のピンチ。
そこからアウト二つを取るまでに更に四球を三つ記録した。
つまり押し出しが二つで二失点、いい内容とは言いがたいだろう。
「四球を連発されちゃ周りとしてはどうしようもないな」
「……伊良波さんの速球ならこの程度の打線には打たれないけど、ストライクがね」
内容の悪い先発を四回まで引っ張ったのも、伊良波さんが万全ではないからだろう。
後ろが信用できない以上悪くても先発はある程度引っ張らなくては試合にならない。
最終的に、伊良波さんは三回を投げた。
三回で四死球が九個、被安打が一で四失点という内容だった。
試合は七回が終わった時点で十九対十一で八点差。
五回で十点差はつかなかったものの、七回七点差でコールドという条件を満たした。
関西国際女子は一回戦に続き、二回戦もコールドで三回戦に駒を進めた。
コールド勝ちだが、内容としては相変わらず投手陣に大きな不安が残った。
今ひとつスッキリしない結果だったな、そう考えながら球場を後にした。
試合を終えた関西国際女子のメンバーと学校で落ち合う。
千隼はホームラン二本と大活躍した日下部さんと喜びを分かち合っている。
尊敬する先輩の活躍を見られて大喜びだ、千隼を連れてきてよかったと改めて思う。
それを尻目に俺はある選手を探した、少し話したいことがあったのだ。
その姿は他の選手に混じってもよく目立つ、サングラス姿のその子に声を掛けた。
「神代さん、初めまして」
「どちら様かしら?」
流暢な日本語だった、ハーフで日本語が喋れるとは聞いていたが想像以上で驚く。
「俺は東京にある桜京高校でマネージャーをしてる安島修平です、少し話いいかな?」
「ええ、どうぞ」
快く応じてくれてよかった、どこか気のない返事にも聞こえたが気にしない。
「まず初めに、チームの勝利と神代さんの大活躍は素晴らしかった、おめでとう」
「どうも」
素っ気なく一言で返された、照れているとかそういった様子にも見えない。
「今日の二打席目、三塁までいけそうだったけどあっさり二塁で止まったね」
「二打席目? ああ、よく覚えてないけどそんなこともあったかしらね」
本当に興味が無さそうだ、自分の打席結果すらはっきり覚えていないかもしれない。
「打線が調子がよかったから安全に二塁ストップと、そういうことかな?」
「別に……何も考えてなかったけど」
これに関しては十分理解できる面もあった。
大量リードの展開であり、無理に三塁を狙いに行く場面ではないのは確かだ。
それなりに余裕がありそうと個人的には感じたが、万に一つのリスクも犯す必要はないという判断だったのかなと考えていた。
どちらかといえば本題は次の話だ。
「二回裏のセンターの頭を超えた長打の際の守備の話だけど、あれは神代さんのレベルだったら追いつけたんじゃないかなと見ていて思ったんだけど……」
失礼な物言いだが、俺の正直な感想でもあった。
「まぁ、全力で追いかけたら追いついたんじゃないかしら?」
まるで他人事のような物言いだが、やはり追いつける打球ではあったということか。
「ハッキリ言ってしまえば、怠慢プレーだったと?」
「あいにく難しい単語は分からないの、ハーフだからね」
そう言って神代さんが薄く笑う、この反応は分かっているなとそう直感的に感じた。
「それもそうだね、変なこと言ってごめん……気に触ったかな?」
調子に乗って失礼な発言をしてしまったかもしれないと今更ながら反省する。
「全く気にしていませんからご心配なく、おっしゃることは間違ってないですしね」
その言葉を聞き安心すると同時に、不安も覚えた。
「神代さんにとって、ここで野球をすることはどんな感じなのかな?」
「そうね……例えるならメジャーリーガーが1Aで調整してる気分かしらね」
そうハッキリと口にした、日本の野球は格下だとそういうことだろう。
「手厳しいな、アメリカに比べてそんなにレベルが低いかな?」
「正直にいえばリトルリーグのピッチャーが投げてるのかと思いました」
今日の味方投手の内容は確かに褒められたものではないが小学生扱いとは過激だな。
「全力でプレーするつもりはあんまり無いのかな?」
そう尋ねると神代さんがクスクスと笑った。
「全力で調整する選手なんていませんよ、それともそれが日本式なのかしら?」
「そういうわけじゃないけどさ」
「全力でプレーするってことはケガのリスクが高まるってことです。自分の身は自分で守らないと、ケガをする選手は所詮二流ですから」
思わず言葉に詰まる、大会が真剣勝負という気持ちは微塵もないようだった。
「ま、私はチームの勝敗には興味がありませんから。煩わしいサインプレーなしに一番で自由に打たせてもらえるなら味方に文句なんて言いませんよ」
「そうか……長々と話してごめんね、少し神代さんと話してみたかったから」
「お気になさらず、それでは」
彼女の背中を見ながら俺はなんともいえない虚しい気持ちになっていた。
日本の野球が馬鹿にされていることより、彼女のような素晴らしい選手がそういう気持ちでプレーしているということの方が悲しかった。
なんとか日本の野球の良さをわかってほしいな、そうに思わずにはいられなかった。




