名門校の軋轢
試合翌日、俺は宍戸さんと佳矢から呼び出しを受けて天帝高校に向かっていた。
とにかく来て欲しいとのことで詳しい用件は聞かされていない。
到着した時には既に二人が校門の前に立っていた、小走りに駆け寄る。
「ごめん、待たせた」
「いやいや、こっちが急に呼んだんだから」
「真紘先輩、急がないと」
宍戸さんの隣の佳矢は時計を何度も見て随分と時間を気にしている様子だ。
「あっ、そうだったね。安島くんこっちだよ」
二人に先導されて校内に入る、どうやらグラウンドに向かうわけではないらしい。
「どこに行くんだ?」
行き先に興味を覚えて宍戸さんにそう尋ねる。
「ミーティングルームだよ、安島くんに付き合って欲しくて」
そう話してる内に到着する、扉をあけて部屋の中に入る。
広い部屋だ、ここだけで桜京の教室より広いかもしれない。
巨大なモニターが設置されていたり、かなり本格的な設備の様子だ。
「これからみんなが来てミーティングの予定、それに安島くんにも参加して欲しいの」
「部外者の俺がミーティングにいたらマズイだろう」
何人かは顔なじみの部員もいるが、知らない相手のほうが遥かに多い。
部外者の俺がミーティングに素知らぬ顔で混ざるわけにもいかない。
「だから、修平さんはそこに入ってて下さい」
そういって佳矢が部屋の片隅の掃除用具が入ったロッカーを指さした。
「この中に入るのはキツそうなんだけど」
「大丈夫です、掃除用具の中身は既に他のところに移してあるからちゃんと入れます」
「心配してるのはそこじゃないんだけど……」
事前に準備していた手際の良さにも呆れてしまう、完全に決定事項のようだ。
「修平さんは細かいことを気にしすぎですよ、若いうちは多少の無茶も大事です」
「佳矢の方が年下だけどな……」
会話しながらロッカーの中を確認する、大型でサイズ的には問題はなさそうだ。
それに思ったよりも綺麗でこのぐらいなら平気かもしれない。
「安島くん、こっちが強引にお願いしてるんだから嫌なら無理しなくてもいいんだよ」
「いや、俺は大丈夫だから」
宍戸さんの気遣いが心に染みる、そういう言葉をかけられると断りづらい。
「……私がお願いしても渋るのに、真紘先輩の言うことはすぐに聞くんですね」
そう言って佳矢が不満気な表情を見せる。
「態度が違うだろ態度が、宍戸さんみたいに頼まれたらこっちとしても……」
その言葉の途中で佳矢が俺を強引にロッカーに押しこみ戸を締めた。
突然の行動だったので驚いたがその理由はすぐに分かった。
ちょうど目線の辺りに通気口がありそこから外の様子を伺うことが出来た。
宍戸さんや佳矢と挨拶を交わすチームメイトらしき女の子の姿が見えた。
俺の姿が見られないように佳矢は慌ててロッカーに押し込んだのだろう。
それからも次々と部員が集まり、最後に東堂さんが入ってきた。
恐らく部員が全員集まったであろう状況から数分後、天帝高校の監督が入室した。
女子野球部の監督は女性であるのが常識であり、天帝高校もその例に漏れない。
アマチュア野球で活躍した実績があるらしいが詳しいことはよく分からない。
ミーティングが開始された、まずは全員で試合の映像を振り返るようだ。
試合の合間合間をカット編集してあるとはいえそれなりの長さがある。
ロッカーの背に寄りかかりながらぼんやりとそれを眺める。
ようやくそれが終わると監督が選手に意見を求めた、すぐに手が挙がる。
発言のため立ち上がったその選手には見覚えがあった、五番を打っていた娘だ。
確か名前は丸山さん、俺たちより一つ上の三年生で今年の大会が最後になるはずだ。
「東堂さんの打撃内容に問題があったと思います、ボール球を強引に打っての併殺打に倒れた次の打席にもボール球に対して強行、結果的には長打でしたが紙一重でした」
「あの場面ではまだビハインド、もしも強引にボール球を叩いてアウトになっていたら試合の流れが一気に相手側に流れてもおかしくない場面でした」
東堂さんの方を見ながら熱弁するも、当の本人はどこ吹く風と言った様子だ。
「さらに言えばその後の走塁も暴走でした、三塁にランナーとして残っていれば私にチャンスで回すことが出来たのにあの走塁によってチャンスは潰えました」
「私たちの野球は結果が良ければ許される、なんていうレベルの低いものではなかったはずです。こういうスタンドプレーを続けていけばどこかで必ずボロが出ます」
「東堂さんに深い反省を促し、チームとしての野球を意識して貰う必要があります」
完全に東堂さんに対するバッシング、しかし言っていることは間違ってはいない。
それに対して東堂さんはどう反応するのだろうか、監督が東堂さんに発言を促す。
それに対して面倒くさそうに東堂さんが立ち上がり、口を開いた。
「私が打たないで、誰が打つんですか」
たった一言、その一言で場の空気が凍りついた。
それでも最初に発言した選手は引き下がらない。
「確かに、打てないこともあるかもしれません、しかし強引ボール球を打たずに四球を選んでチャンスを作る方が得点する可能性は高いはずです」
「事実として、私がずっと歩かされた去年の全国決勝ではそれで負けそうになったじゃないですか。もしも満塁で私に回って来なかったらあの試合は負けてましたよ」
実際の過去の事例を持ちだされてしまい、最初に発言した娘は反論出来ない。
「私個人の打撃や走塁を批判する余裕があるなら、ご自分の打撃をまずは磨いて下さい。今の先輩方の打撃は信用に値しません」
東堂さんはまだ二年生だ、それにも関わらず先輩に対してこの発言。
さすがに他のメンバーもその過激な発言にざわついている。
それを意に介さず、発言を終えた東堂さんは席に座った。
騒然としたメンバーたちを監督が注意して静めてから、その口を開いた。
「両者の主張は共に理解した、丸山の言うことも一理ある……通常であればだ」
天帝高校の監督はクールでキレの良い口調、それが有能な雰囲気を演出している。
「東堂はうちの主軸であり、その打撃技術が図抜けているのもまた事実だ。彼女に関してはチームプレーを強要せずに自由に打たせるだけの価値があると私は考えている」
「まだ二年の東堂にそれだけの権限を与えることへの賛否両論はもちろんあるだろう、だがしかしうちは実力主義であり学年は関係ないはずだ」
「東堂がチームの中心であることを認識しなくてはいけない、その事実を受け入れずして我々が栄光を掴むことは出来ないだろう」
「それでも! 先ほどの東堂さんの発言は度が過ぎたものではないでしょうか?」
監督の話を遮るように丸山さんが立ち上がり声を上げた。
「私は、東堂さんを信用できません。あんなことを言われたのに同じユニフォームを着て一緒にプレーしろなんて……」
天帝高校の野球部員でレギュラーになれるのはごく一部のエリートだ。
丸山さんだってその一人だ、そんな選手にあの辛辣な言葉はあまりにも厳しすぎる。
「……確かにそれは否定出来ない、東堂に謝罪する意志はあるか?」
監督が東堂さんに謝罪を促し、それに対して東堂さんが立ち上がった。
「謝罪することなど何もありません、なぜなら全てが事実ですから。私たちは勝つためにここに集まったはずです、結果を出せない選手は厳しい批判に晒されて当然です」
その堂々とした態度からはリーダーの資質、そして独特のオーラが感じられる。
「先ほど、丸山先輩が私たちの野球は結果が良ければ許されるというレベルの低いものではないという発言をしてましたが全くの見当違いです」
「結果を出すのは前提であり、結果を出して初めてその過程が評価されるのです」
「結果が伴わない過程に意味はありません、まずは結果を出してください。結果を出せない選手の過程にはなんの価値も無いのですから」
「今の私たちに必要なのは何なのか、皆さんももう一度熟考してください」
静まり返っている、誰もが東堂さんの言葉に聞き入っていた。
その厳粛な空気の中で東堂さんが席を立ち、そのまま出口に向かう。
「東堂、まだミーティングは終わっていないぞ」
監督にそう呼び止められて東堂さんがドアに手を掛けた体勢で止まる。
「私は先に練習に行きます、こんなところに居ても何も得るものありませんから」
そう言って東堂さんは退室した、監督も諦めたのか強くは引き止めない。
その後もミーティングは続いたものの、どこか浮ついた雰囲気だった。
先ほどの東堂さんの発言をどこか引きずったまま、ミーティングは終わった。
全員が退室したあと、ようやく俺はロッカーから外に出ることが許された。
宍戸さんと佳矢しかいないことを確認してからゆっくりとドアを開ける。
「東堂さんがすごかったな、こうなることを予測してたのか?」
そう尋ねると宍戸さんが頷いた。
「うん……以前から東堂さんは浮いていたし、歯に衣着せない物言いをするからね」
小さくため息をつく、この事態を宍戸さんは快く思っていないようだ。
「それでね、安島くんに相談があるんだ」
そこで持ちかけられた相談の内容は、想像以上に重要なものだった。
「どうして俺にこんなことを?」
「うちは個人主義な面が強くて横のつながりが脆弱だし、監督も似たような考えなの」
「だから相談出来るのが安島くんぐらいしかいなかった」
「そうか……分かったよ、最大限努力させてもらう」
確実にそれを成し遂げる自信はなかったけれど、引き受けてしまった。
宍戸さんも佳矢も辛そうで、見ていられなかったから。
そうと決まれば二人と一緒に計画を立てなければいけないな。
二人に校門まで送ってもらいながらその計画を練り始めた。




