妹様の逆襲
夕食の準備にとりかかる、今日はケガをした愛里の分を含めた四人分を作る。
材料の兼ね合いなどもあり、献立はハンバーグにすることにした。
彩音と愛里と広橋さんが話しているのを尻目に作業を進めていく。
どうやら彩音から打撃に関する話を二人が聞いているようだ。
彩音のような打者の打撃理論を聞けるのはとても参考になるだろう。
「そうだ彩音、愛里の着替えを手伝ってやってくれないか?」
料理をしながら思い立ち、彩音にそうお願いする。
「私が?」
「ああ、どうせ寝間着に着替えないといけないんだし愛里一人じゃ大変だから」
「分かった、私が愛里ちゃんの着替え取ってくるよ」
「別にここで着替えなくても……」
「ダメだよ、ケガしてる時は少しでも安静にしてなくちゃ」
自分もケガの経験があるからか、彩音は随分と愛里に気を使ってくれているようだ。
愛里から寝間着の場所を聞いてから部屋を出て、彩音が着替えを手に戻ってくる。
「修平くんの後ろでこれから愛里ちゃんが着替えるけど、覗いちゃダメだからね」
「調理中だしそんな余裕はない、大体妹の着替えなんかに興味があるわけないだろう」
「どうだかね、愛里ちゃんは修平くんと兄妹とは思えないぐらい可愛いからね」
「酷い言い草だな」
俺からしても事実だとは思うが、こうはっきり言われてしまうと苦笑するしかない。
しばらくして調理を終えた後手早く盛り付けて、みんなの前に並べる。
「いただきます!」
広橋さんが待ちきれないという様子でがっつき、彩音も手を伸ばした。
俺は、右手の動きが制限されて食べにくそうにしている愛里の横に座った。
「愛里、ケガしたばかりなんだから無理するなって」
そう言って、適当に箸で切り分けてから口元に運んで食べさせる。
「……ん、おいしい」
「そうか、よかった」
こうやって愛里に料理を食べて貰うのも久しぶりだったので、少し緊張していた。
愛里が幼いころはよく食事を作っていたが、だんだんとそんな機会も減っていった。
「……なんか二人とも思った以上に仲良しだね」
それを見ながら彩音がそう呟いた、それを聞いて愛里が俺に擦り寄ってくる。
「……もぐ、お兄ちゃんは私のこと大好きだもんね」
そう言ってニヤリと笑う愛里、昔は俺をからかう余裕など無かったのだが。
愛里も年を取り大分変わってきたようだ、どこか大胆な性格になった気がする。
「兄妹だからだし、これはケガの介抱をしているだけだ。前も風邪の看病でやったよ」
あっさりとそう切り捨てると愛里が不満そうな表情を見せる。
「……兄妹って言いながらさっきは私の下着姿を見、んぐっ」
「ほら愛里、ちゃんと食べないとダメだぞー」
都合の悪い事実を公表されそうになり、反射的に食べ物を愛里の口に突っ込む。
「……愛里ちゃんの下着姿?」
「なんでもないよ、彩音……愛里、そのことについては勘弁してくれ」
彩音を誤魔化してから、目を白黒させながら咀嚼している愛里の耳元でそう頼む。
「……んっ、んぐ、そんなに私でエッチなこと考えたのを知られたら困る?」
「当たり前だろ、変態じゃないか……いや、そもそも考えてないけど」
今更白々しいかとも思ったが、一応否定しておく。
「……私は別にそんなお兄ちゃんでも構わないけどなー」
「そんな風に見られたら俺が困るんだよ」
「……兄が妹のことを好きなのは当然だよ」
「好きの意味が違う、家族としてはもちろんそうだけどな」
そうはぐらかすと、意に沿わない返事だったのか愛里は不服そうだった。
「……お兄ちゃん、身体がベタベタするから拭いて欲しい」
愛里からそうお願いされたのは、彩音と広橋さんを部屋に帰した後のことだった。
食事を終えて後かたづけをしながら、確かに必要なことだったなと思い当たる。
さっき気づいていれば彩音に着替えのついでに頼めたが、今更言っても仕方ない。
今の愛里は右肩にギブスをつけていることもあり、通常の入浴は難しい。
とりあえず蒸しタオルで身体を拭く程度が日頃から手軽にできる範囲内だろう。
そういうことで早速蒸しタオルを作る、電子レンジで簡単に出来るのがありがたい。
「それじゃあ誰か適当に呼んでくるから」
「……なんで? お兄ちゃんが拭いてくれればそれでいいのに」
それが当然といった態度で愛里が平然とそう口にする。
「いや、それは……俺も男だしよくないだろう」
別に俺がやらずとも、詩織や真由に頼めば快く引き受けてくれるはずだ。
「……私みたいなお子様体形には興味ないって言ってたし、断る理由は無いはずだよ」
確かにそう言ったけど、それは強がりでしかないんだ。
今更そう言うことも出来ず、結局は俺が自ら愛里の身体を拭くことになる。
ベッドに腰掛ける愛里の背中側から服を脱がせる。
今の愛里は脱がしやすい寝間着姿で、あっさりとその白い肌が顕になる。
「……下着も脱がせて」
「それは、そのままでもいいんじゃ……」
「……全部脱がないとちゃんと拭けない、手抜きしないで」
そう言われて覚悟を決めた、右肩に負担を書けないように慎重に下着を脱がせる。
綺麗な背中、その曲線美に目を奪われそうになるが平常心を取り戻す。
これはただの介抱だ、変に意識することなんて何もない。
蒸しタオルを広げて、ゆっくりと丁寧に愛里の背中を拭いていく。
たっぷり時間を掛けてようやく背中の隅々まで拭き終わる。
「終わったぞ」
「……まだ前が残ってる」
そう言ってこちらに身体の向きを変えようとした愛里を手で抑える。
そのまま振り向いたら大変なことになるだろうに、愛里は平然としている。
俺だけ動揺しているのがなんとなく悔しい、愛里にやられっぱなしだ。
脱いだ寝間着から携帯を取り出してそれを弄りはじめた、リラックスしすぎだ。
「身体を動かすなよ、俺が後ろから拭くから」
手を回して、見えないまま手探りで身体を拭いていく。
一部で特別柔らかい感触が伝わってきたが深く考えない、心を無にして拭き続けた。
ようやくその作業が終わり、一息ついた時にふと気がつく。
「左手一本でも、前ぐらいは自分で拭けただろ」
「……お兄ちゃんに拭かせてあげたほうが喜ぶかと思って、サービスだよ」
しれっとした顔でそう言い放つ愛里、頭が痛くなる。
「とにかく、これで終わり……」
「……まだ、だよ」
そう言って愛里が左手一本で器用にズボンを下ろす。
それを見て思わず目を覆った、さすがにそれはやりすぎではないか。
「愛里、さすがにそれは……」
「……兄妹なんだから普通だよ、それにお兄ちゃんは私のこと意識してないんだし」
ベットが軋む音が伝わってきた、どうやら愛里が横になったようだ。
薄目で様子を伺うと、愛里がベッドでうつ伏せになっているのが見えた。
「……分かった、手早く終わらせるからな」
腹を括って太ももから足に掛けてを拭いていく。
出来るだけ愛里の姿を視界に収めないように努力しつつの作業となった。
それもようやく終わりに近づいて来たそのタイミングでのことだった。
ドアをノックする音が響く、冷や汗が流れた。
「愛里ちゃん? 今すぐ修平の部屋に来て欲しいなんてどうした……の」
ドアを開いたのは真由、そしてその眼前には半裸でうつ伏せの妹とその兄がいる。
真由も咄嗟には状況が把握できない様子、ここで説明すれば理解して貰えるはずだ。
そんな風に考えている内に愛里が身体を起こした。
脱いだ寝間着を掻き抱きながら真由の胸元に飛びつく。
「ちょ、ちょっと愛里ちゃん何があったの?」
「……私が他の女の人に身体を拭いてもらおうと頼もうとしたら、お兄ちゃんが自分がやるからって強引に服を脱がしてきたの」
「えっ……」
あまりの内容に絶句する真由、全くのデタラメだが状況と合致してしまっている。
「ちょっと待て、それは事実と正反対だろ!」
そう主張するが、この状況では信じて貰えないだろう。
「……私すごく恥ずかしかった、次々と服を脱がされていく中でもお兄ちゃんには抵抗できなくて、どうすればいいのか分からなかった」
「……それでもなんとかしなきゃって思って、携帯で氷室先輩に助けを求めたんです」
そう言って真由の胸の中ですすり泣く愛里、もちろん泣き真似だ。
終わった、この状況では何を言っても無駄だと観念した。
数秒後、真由は激怒しその騒ぎに乗じて他の部員も集まってきた。
後から来た部員にも、どんどん俺の行動が捻じ曲げられて伝わっていく。
変態だの最低だのそういう言葉が漏れ聞こえてくる。
針のむしろに座るような状況が十数分続いた、地獄のような時間だった。
最終的には愛里が真実を話してくれたのでなんとか助かった。
もしそうでなかったらと思うと身震いしてしまう、人生が終わる所だった。
「……ちょっとやり過ぎちゃったかな? ごめんねお兄ちゃん」
「いろんな意味で死ぬかと思った……いたずらがすぎるぞ愛里」
「……でもお兄ちゃんが私に興味ないとかいうから悪いんだよ、私傷ついたんだから」
何気ないあの発言をここまで気にしていたとは思わなかった。
年頃の女の子特有の複雑な乙女心というものだろうか。
「悪かった、愛里も魅力的なのは認めるよ……少し意識してしまったのも事実だ」
「……ん、素直にそう言ってくれれば良かったのに」
「俺はお前の兄だぞ、普通に考えて言えるわけがない」
「……だから私は気にしないってば、お兄ちゃんが変態でも私は受け入れられるよ」
「周りが気にするんだよ、俺の評判が一気に地に落ちるぞ」
「……みんな離れていっても私だけはお兄ちゃんを見捨てないからね」
どこまでが冗談か分からない会話を終えて、愛里は満足気に自室に戻った。
愛里を怒らせると怖いというのを身にしみて感じた一日となった。




