四人だけの野球部員
桜京高校はそれなりに格式の高い高校である。
それだけに入試の難易度も高く受験前には非常に苦労させられた。
だが真っ先に見に行ったグラウンドの広さと綺麗さにそれだけの価値はあったのだと思わされる。
まだ遠くから見た限りだが寮も大きい上に真新しい雰囲気を醸し出している。
それらは全て想像以上でこれからの生活に期待を持たせてくれる物だった。
「いい設備してるじゃないか」
「そうでしょ、私なりに色々調べて桜京高校を選んだんだよ」
桜京高校を見つけてきて俺を誘ったのは詩織の側だった。
しかし、裏で色々と手間暇かけていたというのは知らなかった。
「そうだよな、共学で野球部がなきゃどこでもいいってわけでもないよな」
「一から設備の確保、なんていうのはさすがに厳しすぎるからね、その点桜京高校は設備の割にスポーツがあんまり盛んじゃないから新しく部を作ってもきっとそれなりに余裕があるはずだよ」
詩織が想像以上に色々なことを考えていたことに驚かされる。
本気で自分の作った野球部で全国制覇をするのだという気合が伝わってくるようだ。
ひと通り学校を見て回ったあと寮に向かう、寮の入り口の前に一人の女の子が立っていた。
「詩織ちゃん!」
「紗希、わざわざ出迎えに来てくれたの?」
「うん、そろそろ来る頃かなって思って……こちらが安島さん?」
「俺のこと知ってるの?」
「ええ、お噂はかねがね……安島修平さんですよね、詩織ちゃんとリトルの試合でバッテリーを組んだ」
「正解……なんか怖いな、詩織が変なこと話してない?」
「ふふ、安島さんのことはいっぱい聞いてますよ」
「ちょっと紗希、変なこと言わないでよね」
なぜか詩織が顔を赤くしている。
何か誤解を招くようなことを吹きこまれていなければいいのだが。
「あっと申し遅れました、私は中学校で詩織ちゃんと同じ野球部だった羽倉紗希です、ポジションはレフトです、よろしくお願いします」
「よろしく、羽倉さん、改めまして俺は安島修平、野球部のマネージャーをやらせてもらうつもりだ」
右手を差し出されたので握り返す。
女の子の小さい手は俺の手の中にすっぽりと収まってしまう。
「紗希は中学時代うちの四番だったの、期待していいからね」
「へぇ、それはすごいな」
「ちょっと詩織ちゃんプレッシャーかけないでよ、四番って言っても繋ぎの四番って感じだったんですよ」
羽倉さんがそう謙遜する。
それでも選手として一定以上の活躍が期待が出来る存在がいるのはありがたいことだった。
「それじゃあ中に入ろっか」
羽倉さんに連れられて寮の中に入る。
羊頭狗肉ということもなく外観と同じレベルで内面も十分過ぎる環境が整っていた。
「安島さんのお部屋は一番端っこみたいですね」
部屋割りを確認した羽倉さんがそう教えてくれた。
一応、唯一の男子は一番端っこで隔離しておこうといったところか。
「それにしてもこういうとこって、もっとこう男子と女子のスペースがきっちり分かれてるもんじゃないのか」
少なくとも俺の中ではそういうイメージがあった。
しかし辺りを見渡す限り特に大きく男女を分断するようなものはなかった。
「そりゃあ最後に男子がここに入ったのは五十八年前ですからね、先生も含めて五十八年間男子がいなかったわけですからそういう区切りなんてなくなっちゃうのが普通ですよ」
羽倉さんがそう答える、なるほど言われてみればもっともだ。
「それどころか、五年前の改修工事で男子用のお風呂やトイレは全部女子向けに改装されちゃったのよ」
横から女性がそう会話に入り込んでくる。
生徒には見えない、二十代前半のお姉さんと言ったところか。
「私は小倉貴子、この桜京寮の寮長よ」
「……それって男子の俺は生活出来るんですか?」
疑問をぶつける、その改装の話を聞く限り今となっては男子の俺はこの寮に場違いのような気がしてきていた。
「大丈夫大丈夫、個室にトイレはあるしお風呂は大浴場でちゃんと順番を守って入ればね……ま、安島くんが偶然を装って着替えやお風呂を覗きでもしない限りは問題ないでしょ」
そう言って貴子さんがクスクスと笑う。
「そんなことしませんよ……」
「どーだかねー、男の子はオオカミさんだからね、あなた達も気をつけないと食べられちゃうわよ」
「ふえっ!?」
詩織の顔が真っ赤になった、どうやらこういう話には全く耐性がないらしい。
「冗談よしてくださいよ、そんなことしませんって、それより野球部の他の二人……えーと」
「樋浦さんと氷室さん、のことだよね」
落ち着きを取り戻した詩織がそう教えてくれる。
「そうそう、その二人に挨拶させて貰いたいんだ」
「ん、そうだね、えっと……」
詩織が二人の部屋の場所を確認してから歩き出す。
その二人の部屋は俺の部屋と反対側に並んで二つあった。
「樋浦さん、いますか?」
詩織がノックすると数秒後にドアが開いた。
「ああ、成宮さんこんにちは」
「こんにちは、ちょっと紹介したい人がいて……今大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ、真由もこっちに来なさい」
部屋の中に呼びかける、どうやら氷室さんは樋浦さんと一緒に部屋にいたらしい。
「樋浦朱音です、ポジションはサード、中学時代に対戦した成宮さんにお誘いいただいてここ桜京高校にきました」
「……氷室真由、ポジションはショート」
樋浦さんは丁寧に、氷室さんはぶっきらぼうに自己紹介をしてくれる。
「初めまして、詩織の幼馴染の安島修平です、マネージャーをやらせてもらおうと思って入学しました」
「マネージャー? この男が?」
氷室さんが顔をしかめる、なにか悪いことをしただろうか。
「部として活動していく以上マネージャーの存在は必要よ」
「男である必要はないでしょ! なんでこんな……」
どうやら氷室さんは俺がマネージャーになることに対して否定的な立場らしい。
拒否されたときのことを考えていなかったと思わず頭を抱える。
「修平は悪い人じゃないから、ゆっくりでいいから信じてほしいな」
詩織がそうフォローしてくれる、
それを聞いて氷室さんが渋々といった様子ながら口を噤んだ。
とりあえずは納得してくれたのだと思うことにしよう。
「それじゃあとりあえず挨拶しに来ただけだから、今日はこれで失礼するよ」
樋浦さんはともかく氷室さんの方が初対面の印象としてはあまり良くなかったが、とりあえず今日は顔合わせだけに留めておく。
詩織と二人並んで元きた廊下を引き返していく。
「あの二人の野球の実力はどんな感じなんだ?」
気になったのでそう尋ねると待ってましたとばかりに詩織が反応した。
「そうそう、私が中学時代に三回戦で敗退したときの相手があの二人だったんだけど、二人で三番四番を打ってたよ」
「へぇ、そりゃあすごい」
詳しく話を聞くと二人はその年地区大会の準優勝まで成し遂げたらしい。
それが中学野球でのキャリアハイだったようだ。
「特にすごいのが樋浦さんの方で、天帝高校から野球推薦の話が来てたみたいなの」
「あの天帝高校から?」
驚いた、全国大会に出たわけでもなく今女子高校野球のトップである天帝高校から推薦を受けるとは相当個人としての資質が高かったのだろう。
「いや、でも今ここにいるってことは……」
「うん、その推薦を断って私と一緒に桜京高校に入学してくれたの」
どうして断ったのだろうか。
天帝高校でプレー出来るなんてほんの一握りの選ばれた選手だけだろうに。
ある程度打ち解けたらその理由について聞いてみたいと思った。
「今日会った三人ともかなりの実力者みたいだね」
「そうだね、あの三人のいるポジションに関しては安心だよ、後は空いてるポジションのメンバー探しね」
「明日から早速始めよう、夏の全国大会までにどうしても九人は揃えたい」
試合に出ることすら出来ない、なんていう結末だけはどうしても避けたかった。
「いよいよ始まるんだね、私たちの高校野球が」
詩織が俺を含んで私たち、と言ってくれたことが素直に嬉しかった。
「ああ、俺も精一杯頑張らせてもらうよ」
詩織に別れを告げて自分の部屋に戻る、これからの野球部の活動を想像して胸は弾んでいた