表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/119

悪夢の抽選日

 今日は地方大会の抽選日、キャプテンである樋浦さんと俺で抽選会の会場に出向いた。

 初めての大会、その組み合わせを決める抽選会は言うまでもなく重要だ。

 しかし正直に言うと俺は多少それを楽観視している節があった。

 うちの戦力は当初の予想以上に整っている、余程悪い組み合わせを引いてしまわない限り苦戦することなく勝ち進めるはずだ。

 それでも一つ不安をあげるとすればチームとしての実戦経験の少なさだろうか。

 それを考えると、戦いやすい相手を序盤に迎えて経験を積むという形がベストか。

 何にせよ樋浦さんが出来る限りいいクジを引いてくれることを願うだけだ。


 予備抽選で桜京の抽選順は最後から二番目と決まった。 

「こうなると殆ど残り物ですね、福があればいいですけど」

 樋浦さんが緊張しているのがよく伝わってくる。

「くじ引きなんて気合入れてどうにかなるものでもなし、気楽に引いてくればいいよ」

 この時の俺はまだのんきに構えていた、なんだかんだで無難なところを引いてくるだろうとそう思っていたのかもしれない。

 目の前で次々と組み合わせが決まっていく、それが残り五つほどになったタイミングでようやく俺はそれに気づいた。


 一番引きたくないクジが、まだ残っている。

 まさかそんなこと、そう自分に言い聞かせるが最悪の予感が頭にこびりついて離れない。

 次々とそれとは違うクジが引かれてついに樋浦さんがクジを引く番が回ってくる。

 残るクジはわずかに二つ、一番引きたくないクジが一つともう一つは最悪のクジの正反対に位置している。

 つまりいい方を引ければ理想の組み合わせになる、しかしハズレを引けば最悪だ。

 クジに手を伸ばす樋浦さんを見守る、心なしかその手が震えているように見える。

 樋浦さんがクジを引きそれに目を落とす、それと同時に僅かに肩を落としたのが見えた。

 どうやら、最悪の方を引いてしまったようだ。

 樋浦さんも相当のショックを受けたはずだが、それでも平静を装いながらマイクの前に移動して会場に向けて番号を発表する。


「桜京高校、十五番です」

 その番号を聞いて会場から同情の声が上がった、最後にクジを引く高校のキャプテンが安堵する様子が見て取れる。

 女子硬式野球大会ではシード制を採用していない。

 その為このような事態が起こりえることは分かっていた、けれどもそれは紙のように薄い確率だったはずだ。

 しかし、どんなに低い確率でもどこか一校は必ずそれに選ばれてしまうのだ。

 それを認識出来ずに、自分だけは大丈夫だろうという楽観的な考えを持っていた。

 その心構えが最悪の結果を呼び寄せたのではないか、そんなはずがないと分かっていながらもそんな考えさえ脳裏に浮かぶ。

 桜京高校の名前の書かれた札が壁にかけられる、そのすぐ隣にはその名前がある。

 一回戦の相手は、天帝高校に決まった。


 樋浦さんと共に学校に戻った俺はみんなに抽選結果を報告した。

 初戦の相手は天帝高校、誰もがそれを予想していなかったのか呆然としている。

「天帝高校が他と試合をして敗れるとは考えづらい、そうであれば全国に向かうまでにいずれにしろ当たる相手なんだ。いつかは戦わないといけないのが初戦に来てしまっただけだ」

 理屈の上では正しい言葉、しかし中身は伴っていない空虚な言葉だ。

 当然、みんなの不安を払拭するには至らない。

 初めての公式戦、その相手が全国大会四連覇中の天帝高校。

 どうしたって恐れる気持ちが出るのは仕方がない、それが自然な反応だ。

 全員がそれに向き合えるような、具体的な方針を示す必要がある。


「幸い、俺は天帝高校の試合を何度か見ている。そして勝つための策も考えている」

 その言葉を受けて、視線が俺に集まる。

「天帝高校のピッチャーは間違いなくエースの宍戸さんで来るはずだ、右投げでストレートがそこそこ速くコントロールもいい。そして最大の武器がシュートボールだ」

「大きく変化するシュートとそれより変化は小さいもののスピードがある高速シュートの種類を使い分けてくる。あとはスライダーとカーブを投げるけれどもシュートに比べれば問題にならないレベルの変化球だ」

 一通り宍戸さんの特徴を説明してから言葉を切り、周りを見渡す。

「このピッチャーを攻略するためにはどうすればいいと思う?」

 その俺の問いに対して真っ先に彩音が口を開く。

「シュートピッチャーは内野ゴロを打たせるのが武器、ランナーを出しても上手くゴロを打たされれば併殺に打ち取られてしまう可能性が高い」

「彩音の言う通りだ、それを防ぐためには?」

 おそらく彩音はその答えが分かっているはずだ。

「無死または一死でランナーを一塁に出したらバント、これを基本とするべきだと思う。併殺のある場面で彼女と戦ったら恐らくそのプレッシャーに押し負けてしまう」

「もちろん状況次第でそれを曲げないといけない場面はあるだろうけれど、基本的にはそれがいいと俺も考えている。そういうわけでみんなにはある程度バント練習に力を入れて欲しい」


「しかしこれもまずランナーが出なければ話にならない、宍戸さんから出塁するためには?」

 これに対しても彩音が答えを導き出してくれる。

「鍵になるのは左打者だ、修平くんはきっとこう考えてる」

 打てば響くというのはこういうことをいうのだろう、やはり彩音は頼りになる。

「その通りだ、シュートが手元に食い込んでくる右打者はどうしても打ちづらい。その点左打者は比較的対応しやすいはずだ」

「うちの左は千隼、愛里、小賀坂さん、詩織、それに加えて両打ちの彩音を入れて五人」

「詩織の打撃には期待出来ないから実質は四人、この四人を出来る限り上位に寄せてチャンスを作りたい」

 他にもシュートへの対策などもあるがそれは追々話していけばいいだろう。

「そして守りの方に話は移るけど、宍戸さんの実力を考えたらどんなに取れても三点が精一杯だろう。いずれにしてもロースコアゲームになることは避けられないと思う」

 うちのピッチャーはこ詩織と真由の二人だけだ、起用法の選択肢はそう多くない。


「過去の練習試合では真由を先発にしてきたが、今度の試合では詩織に先発してもらう」

「そしてなんとか六回は抑えきって欲しいと、そう考えている」

 六回で目標を区切ったのには理由がある。

 詩織の数少ない弱点、それはスタミナ不足。

 長いイニングを投げきるのは難しい、どうしても後半になれば球威もコントロールも落ちる。

 ましてや相手は天帝高校の打線、普通の打線を相手にするよりも負担がかかるはずだ。

 それを考えれば六回を無事に抑えきって欲しいという頼みさえ相当な無理を言っている。

 しかしなんとかそれをやってくれなければゲームが作れないのもまた事実だった。

「残りの三回を真由に投げてもらうつもりだ、今までの真由だったら恐らく天帝高校には通用しなかっただろう。だけど今はフォークという新しい武器を手にしている、打者一回りなら、きっと抑えられるはずだ」


 穴だらけのプランだが、投手起用に関してはこの形が今の最善だろう。

 一番いい投手である詩織を先発させて、引っ張れるだけ引っ張る。

 そして残りをなんとか真由で凌ぎ切って逃げ切りを図る。

 なんの真新しさもない起用法だが、これ以上のアイデアは考えつかなかった。

 そして天帝高校の四番には東堂さんがいる、彼女をどうやって抑えるか。

 場合によっては勝負を避けるという選択肢も必要になるかもしれない。

 まだ試合の日までは時間がある、それまで作戦を練り続けよう。

 現時点ではさすがに天帝高校の方が上と言わざるを得ない。

 だからこそ少しでもその差を埋められるように必死で策を考えなくてはいけない。

 俺たちは初戦からとんでもなく高い壁を越えなくてはいけなくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ