苦悶の話し合い
「ただいま」
寮に帰りそう声を出すと、ちょうど近くにいたのか詩織が顔を見せた。
「おかえり修平、どこいってたの?」
俺が今日試合をしてきたことは電話の際に側にいた彩音しか知らない。
「ちょっと用事があってね」
それだけ言って俺は部屋に直行した、荷物を放り出してベットに横になる。
その直後、すぐにドアがノックされた。
「どうぞー」
身体を起こすのも気怠く寝転がったままそう返事をする。
ドアが開く音、そして誰かが近づいてくる気配。
「試合が終わってお疲れモード?」
「彩音か、確かにちょっと疲れた、今は動きたくない」
そう答えた後しばらく沈黙が流れる、渡部さんの言葉が浮かんでは消える。
「試合、どうでした?」
単刀直入にそう聞いてきた、ずっとその結果を気にしてくれていたのだろうか。
「ん、まぁボチボチだったよ」
「そんな曖昧な返事じゃ分からないよ、ちゃんと聞かせて」
彩音に身体を揺すられる、おちおち寝てもいられない。
「分かった分かった、実は先方が親切にもその様子をDVDにして渡してくれたんだ」
そう説明しながらカバンを漁ってそれを取り出してみせる。
彩音は俺から受け取ったそれをジッと眺めている、何か考え込んでいる様子だ。
「ちょっとみんなを呼んでくる、この映像はみんなで見るべきだと思うから」
「そんな大げさな」
「修平くんがどんな野球をするのか、きっとみんなも興味あるはずだよ」
そう言い残すと彩音は部屋を出て行った。
その後しばらくして数人を連れて戻ってきた、彩音が俺の隣に座る。
「全員に声は掛けてきたからあとは揃うのを待つだけだよ」
「修平が試合してるなんて知らなかったなー、仲良しの天城さんには教えてたみたいだけど」
真由が彩音とは反対側の俺の隣に座ったかと思うと少し不満気な様子でそう口にする。
「ちょうど一緒にいた時に誘いの電話を受けたからだって、それに隠してたわけじゃない」
「天城さんとはよく一緒にいるもんね、必然的にそうなりますって感じですか?」
「彩音は偏食だったり柔軟嫌いだったりで色々手がかかるんだよ、なぁ彩音?」
本人に救いを求めると、彩音がいたずらをする子供のような笑みを浮かべた。
「そんな相手にするの面倒くさいみたいな言い方されたら傷つくなぁ、修平くんだってマッサージと称して私の身体で楽しんでる癖にー」
「……修平? 今の話は本当かしら?」
真由がそう問いかけてくる、穏やかな表情で優しい口調なのにどこか威圧感がある。
「んなわけねーだろ! 大体彩音にそんな色気なんてないしな、事務作業みたいなもんだよ」
もちろん強がりだ、彩音の柔らかい身体に触れていて平常心を保つのは至難の業だった。
生殺しのような状態でいつもマッサージをしていて、一番きついのは俺ではないか。
「ひどい……私は修平くんにされるなら仕方ないと思ってどんなことも黙って受け入れてきたのに……」
そう言って泣きまねまでする彩音、これでは完全に俺が悪者じゃないか。
「そんな手出しをした覚えはない。でも彩音の相手が面倒くさいとか思ったことは一度もないぞ、むしろ彩音みたいなすごい選手に少しでも貢献出来るのが嬉しいんだ」
「……私だって、修平くんに色々して貰えてすごく感謝してるよ」
まっすぐ俺を見つめながら素直にそう口にする彩音、その殊勝な態度に胸を打たれる。
「……私は二人がイチャつくための当て馬じゃないんですけどねー」
真由は何か納得いかないようでソッポを向いてしまう。
「いつもと様子が違うけど、何か気になることでもあるのか?」
それを尻目に俺は彩音の耳元でそう問いかけた。
普段の彩音はああいう冗談を言うようなタイプではない、どこか無理に明るく振舞っているようなそんな雰囲気を俺は感じ取っていた。
「別に……なんでもないよ」
「そうか、ならいいんだけど」
俺の考え過ぎなんだろうか、それならそれに越したことはないのだけれども。
そうこうしている間に全員が俺の部屋へと集合した、手狭な部屋だがなんとか全員がそれぞれの位置取りを見つける。
「それじゃ、早速見てみようか」
彩音がDVDのケースを開け、取り出したそれをプレイヤーに滑りこませる。
第一打席の映像が流れる、この打席は一度もバットを振っていない。
松尾くんの投げるボールを見てみんなの中からどよめきが上がった。
映像越しでも彼の実力は十分に伝わったようだ。
第二打席は空振りの三振、スライダーにバットが空を切る。
「あのストレートにこのスライダー、このピッチャーは間違いなく一流だね」
彩音はこの二打席の映像で松尾くんの実力を理解したようだ。
「まだ二年生でプロのスカウトも注目する逸材らしい」
「二年でこれならプロ注目っていうのを聞いても驚かないな」
三打席目、チャンスで迎えた打席で強烈な当たりがレフト後方に飛ぶ。
ビデオを見ていたみんなから歓声が上がったものの打球はレフトのグラブに収まった。
「今のは打ち損じだね」
みんなが反応していた中、打った瞬間に凡打を確信したのか彩音は全く反応しなかった。
やはり彩音の目はスバ抜けているのだと再確認させられる。
そして最終の第四打席、スライダーを捉えてのライト線へのスリーベース。
松尾くんから打った貴重なタイムリー、みんなが口々にそれを称賛してくれる。
結局、このビデオ鑑賞会はなかなかに盛り上がった。
彩音がみんなを誘ったのもそれが目的だったのだろうか。
何にしてもみんなが満足してくれたのであれば俺から言うことはない。
一人になった俺は横になり、久しぶりの試合で疲れ果てた身体を休めた。
みんなが私の部屋に揃ったのを確認してから、私はみんなの方に向き直る。
さっき修平くんの部屋を出た後、私はある話をしたくてみんなに集合をかけていた。
「こうしてみんなにまた集まってもらったのは、大事な話があるからなの」
そう切り出した私に視線が集まる。
「天城さん、その大事な話っていうのは?」
「まずさ、みんなはこの試合にどうして修平くんが呼ばれたと思う?」
いきなり質問を投げかける、その理由を想像できる人はいるだろうか。
なかなか声は上がらない、私は結論を口にすることにした。
「これは修平くんへのテストだったと私は思ってる、そして修平くんは恐らくそれに合格した」
「テスト?」
疑問の声が私に投げかけられる、何のテストなのかピンと来ないのだろう。
「この高校が修平くんを選手として欲しがっているってことだよ、それに相応しい実力があるのか確認するために呼んだんだと考えたら辻褄が合う」
「そして修平くんはブランク明けの身体であのピッチャーから大事な場面でタイムリーを打った、これは合格扱いされてしかるべき内容だと思う」
理由はそれだけではない、今日の修平くんは何か考え込んでる様子だった。
あれはきっと転入の誘いを受けたからに違いない、そんな確信があった。
「ちょっと待ってよ! それって修平が転校するってこと?」
氷室さんがそう声を上げる。
「修平くんがそう決断すれば、そうなるだろうね」
ざわめきが広がっていく、どうやらみんなも事情が飲み込めてきたようだ。
「天城さんはずいぶんと冷静だけどそうなっても構わないってこと!? 修平に色々手をかけてもらってるのは天城さんなのに!」
氷室さんは動揺しているのか随分熱くなっているように見える、それだけ修平くんに入れ込んでるってことなのか、そう考えると何故か胸が痛む。
「もちろん私としても修平くんには残って貰いたい、けれどもあのビデオを見てしまったら軽々しくそんなことは口に出来ない」
「みんなはあれを見て何も感じなかった? 私はブランクがありながら修平くんがあのレベルのピッチャーを打ったことに感服した、すごい選手なんだって遅ればせながら理解した」
「それは……」
みんなだってあのビデオを見て少なからず修平くんの能力を理解したはずだ。
「修平くんはここで私たちのマネージャーをやるだけで終わっていいような選手じゃない、それが私なりに考えた結論」
今、私はどんな表情をしているだろう。
溢れ出しそうな物を必死に押し留めて大人の回答を出そうと努力はしている。
しかし上手く表情まで作れているかは自信がなかった。
「みんなにも考えて欲しい、私たちはどうするべきなのか、そしてどうするのが修平くんにとって一番いいことなのか」
もうこれ以上私が口にすべきことはない、あとはみんながどんな結論を出すのかだ。
特に話の終わりを宣言したわけでもないのだけれども、みんなが終わりを察したのか次々と私の部屋を後にしていく。
急に人が減ってガランとしたその部屋は、まるで今の私の心情を表しているかのようだった。




