小谷高校 紅白戦②
五回裏の攻撃は四番の岡本くんから始まるがあっさりツーアウトとなる。
松尾くんはここまでパーフェクトの快投を続けている。
そんな中、俺の第二打席は先ほどと同じく二死無走者の場面で回ってきた。
松尾くんの投球内容はストレートとスライダーがほぼ全てを占めている。
稀にカーブを投げることもあったが、お世辞にもキレがいいとは言えないレベルだ。
メインの武器としているのはストレートとスライダーの二球種だ。
そして俺はとりあえずストレートに狙いを定めることに決めた。
松尾くんのスライダーの切れ味は驚異的で、そう簡単に打ち返せそうにはない。
初球にそのストレートが投じられる、俺はこの試合初めてバットを振った。
打球は後方に飛ぶファール、確かに早いが全く手も足も出ないスピードというほどではない。
次のボールは外角に大きく外れてから続く三球目、アウトローにストレート。
どちらとも取れそうな際どいコースだったが、判定はストライクで追い込まれてしまった。
追い込まれるとスライダーの可能性も高くなってくる、七対三ぐらいの割合でスライダーに意識を集中させる。
四球目はアウトコース、少しだけ反応してしまったがすぐにバットを止めた。
その投球は鋭く変化してボールゾーンへと逸れていった、外にスライダーが外れボール。
五球目も再びアウトコース、先ほどより際どいコースにコントロールされている。
ストライクを取られてもおかしくないコース、バットを差し出しボールをカットしに行く。
しかしボールはバットを避けていった、またしてもスライダーだ。
第二打席は空振りの三振、これで二打席連続の三振に終わった。
「改めて松尾くんを相手にした感想はどや、安島くん?」
六回裏の攻撃へとゲームが進んだ後、岡本くんにそう声を掛けられる。
その顔は身の程知らずにも松尾くんからヒットを打つと宣言した俺を冷笑していた。
「ストレートは早いけど何とかなりそうだ、問題はスライダーかな」
「スライダーの方が怖いと安島くんは考えているんやな?」
俺は頷いた、ここまでの投球内容を見ていてもその傾向が伺えた。
ストレートはカウント球で決め球はスライダーというのが基本的な組立になっている。
「最速百四十五キロ右腕という評価が先行しているけど、俺は松尾くんのことを純粋な速球派ではなくスライダーを切り札とする変化球投手だと考えてる」
「……なかなかええ目の付け所やな、俺も同感や」
「もちろんあのストレートがあってこそスライダーが生きるというのは当然あるけれど、スライダー攻略なくして松尾くんは打ち崩せないだろうな」
「ごもっともなご意見やけどそこまでじゃまだ半分しか解決せんやろ。実際にそのスライダーをどう攻略するかが重要や」
「右の俺に対してスライダーを投げるならどうしても外が中心になる、それに対して思い切り踏み込んで逆方向に流し打ちする感覚で打てば……」
その言葉に岡本くんが首を振る、恐らくすぐにこの作戦の欠点に気がついたのだろう。
「それやと内には全く対応できんやろ、ハイリスクな賭けやな」
「一流の投手を相手にする時は多少の読み打ちは必要不可欠だよ、来た球を打つスタイルには限界がある」
「それはそうやけど……」
「配球を読むのはそれなりに得意なつもりだ、必ず捉えてみせる」
大口を叩くことで自分を鼓舞する、出来ると信じなければ出来る事も出来なくなる。
「次がラストチャンスかもしれへんな」
「ああ、そうだな」
確かにこのペースでいけば第四打席が回ってこない可能性は十分に考えられる。
この回の攻撃では四球で一つ、エラーでもう一つランナーを出してチャンスを作るも最後はスライダーで三振に倒れて攻撃終了。
完全試合こそ途絶えたもののノーヒットノーランは継続中だ。
そして七回表、二死二塁のピンチを迎える。
ここまで白組の先発はランナーを出しながらもよく粘って無失点で抑えてきた。
この場面もなんとか追い込むことに成功した。
バッテリーは最後の一球にフォークボールを選択した。
ここまで幾度と無くピンチを凌ぎ三振を奪い取ってきた決め球。
そのボールが投じられるが変化しない、バッターが叩いた打球は痛烈にレフト前に抜けた。
中継を挟んでバックホームするものの送球が逸れた、ホームインでついに先制を許す。
痛恨の失投で、致命的な一点を失った。
変わったピッチャーが後続を抑えたものの、白組ベンチには重苦しい空気が流れていた。
ここまでノーヒットに抑えられている中で先に失点する展開だ、無理もない。
七回裏の攻撃は三番から始まる、先頭バッターはショートゴロでワンナウト。
ここで打席には四番の岡本くんが左打席に入る。
ワンボールからアウトコースに投じられた二球目のストレートを叩いた。
綺麗なセンター返しでチーム初ヒットを放つ、ノーヒットノーランが途絶えた。
それに動揺したのか続く五番打者にはフォアボールを与えて一死一・二塁となる。
第三打席はそんな展開で回ってきた、千載一遇の大チャンス。
俺はこの打席、先ほど岡本くんに対して口にしたのとは別の作戦を実行する。
初球のストレート、二球目のカーブと共にゾーンを外れてツーボールとボールが先行する。
そのタイミングで俺は一度打席を外した、次のボールが運命の分かれ道だ。
たっぷりと時間をかけて足慣らしをして、大きく深呼吸をしてから構える。
松尾くんもロージンを手にやり間合いを取り、一度牽制を挟んでから投げた。
高めのストレート、もしかしたら少し外れているかもしれないぐらいの高さだ。
しかしこれは見逃せない、思い切り振りぬく。
快音と確かな手応えを残して打球は左中間へと飛んだ。
定位置を守っていたレフトが打球を追って全力で背走する。
そしてフェンスの少し手前まで走り、こちらに背中を向けたまま捕球した。
二塁ランナーの岡本くんがタッチアップして三塁に進んで二死一・三塁と場面が変わった。
思わず天を仰いだ、カウントを整えにきたストレートを打つという狙いは当たった。
スピードに押し負けたのか、あるいは僅かに高く外れたボール球を強引に叩いたせいか。
いずれにしてもミスショットだ、今のはヒットにしなくてはいけないボールだった。
「くそっ!」
思わず自分に悪態を付いた、このミスはあまりにも致命的だ。
続く七番打者も凡退して俺達はこの大きなチャンスを逃した。
「スライダーが打てないならカウントを取りに来るストレートを積極的に打てばええ、俺がヒットを打った今の打席と同じ理屈やな」
ベンチに戻ってきた岡本くんがバットケースにバットを放り込みながらそう口にする。
岡本くんの言う通りだ、俺は追い込まれるまでどこかで来るであろうカウント球のストレート一本に絞って待っていた。
「ああ、ずっとそれを狙ってた……けど捉えきれなかった」
「狙いは悪くなかったで、よう気づいたと褒めてあげたいぐらいや」
慰めてくれているのだろうか、それでも俺は顔を上げられない。
「……さっきの打席は結果を出さないといけない打席だったんだ、過程に意味は無い」
「確かに、あのぐらいは打たんといかん球やったな」
あっさりと岡本くんがそれを認めた、客観的に見てもそうだったのだろう。
過ぎたことを悔やんでも仕方がない、まだ試合は終わっていないのだ。
八回表はなんとか味方が無失点に抑えた、ゲームは最少得点差の〇対一となっている。
八回裏の攻撃はフォアボール二つでチャンスを貰いながらも最後は三振に倒れた。
ここ数イニングはランナーを複数出していたが、松尾くんがピンチを凌ぎ切っている。
九回表も無失点で投手陣は九回一失点の成績を確定させた。
文句の付けようのない内容、これを見殺しにするわけにはいかない。
九回裏、最後の攻撃が始まろうとしていた。




