再会
東京に向かう新幹線の車内で四年前のことを思い出していた。
俺の手にはその試合で打ったホームランボールが握られている。
こうして生活拠点を大阪から東京に戻すのも四年ぶりだ。
あの時も大阪への引越しも望んではいなかったが、母さんの仕事の都合では仕方のない事だった。
鞄にボールをしまい、入れ違いにこれから入学する桜京高校のパンフレットを取り出す。
俺はそこの寮で生活することになっていた。
そのパンフレットの趣旨を要約すれば全寮制で規律正しい生活を送ろう、と言ったところだろうか。
家族から離れて暮らすことになる俺としては寮制なのはありがたいことだったが、一つ不安があった。
桜京高校は共学ではあったが現時点での男子生徒はゼロ。
男子の新入生も五十八年ぶりといった状態らしい。
ここまでの人生はずっと野球漬けで、まともに女の子と接したのなんて詩織と一緒にプレーしたあの時ぐらいだった。
女の子に囲まれて上手くやっていけるのか分からないというのが正直なところだった。
東京駅につく、はやる気持ちを抑え込みながら歩を進める。
不合格になったら……ということで詩織とは入学試験の日には最後まで顔を合わせることはなかった、これが正真正銘四年ぶりの再会ということになる。
電話やメールではよく連絡を取り合う仲ではあったが、写真のやりとりはしておらず、今の詩織がどうなっているのか楽しみだった。
「修平!」
改札を出た途端に名前を呼ばれる、女の子が俺に駆け寄ってくる。
「詩織、か?」
四年前とは全く違うであろうということぐらいは分かっていた。
それでもその変化は想像を遥かに超えていて。
ショートカットだった髪が肩にかかるぐらいまで伸びていてそれがまた似合っていた。
顔つきも体つきも女の子らしくなっていて意識せずにはいられない。
「うん、久しぶりだね……もうあの試合から四年も経つんだ」
そう話す詩織の手にはボールが握られている。
それがあの試合のウイニングボールだってことは一目で分かった。
鞄から俺のボールも取り出し、詩織のボールとくっつける。
あの日のことが思い出されるようで、思わず口元が緩んだ。
「おかえり修平、ずっとずっと待ってたよ」
「ただいま詩織、でも……」
今の俺は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
東京に戻ってくるという約束は守れた、けれどももう一つの約束は……。
「いいよ、何も言わなくて……私は今こうして修平とまた会えただけで幸せだから」
そう言って詩織が笑う、けれどもその笑顔はどこか無理をしているようで俺に気を使っているのがよく分かってしまった。
「詩織……無理すんなよ、俺たちはバッテリーなんだから隠し事はなしだ」
もう二度とそれが成されないことだとしても、俺はずっと詩織にとって特別な存在で居たいとそう願っていた。
「……ううっ、修平ぃ」
堪え切れなかったのか詩織の作り笑いが崩れた、顔を伏せ俺の胸に飛び込んでくる。
「私、本当は修平と……」
もうその先は言葉にならない。
俺の右肩を慈しむように撫でながら俺の胸に顔を埋めて涙を流している。
「ごめんね、本当は修平が一番辛いのに私がこんな……」
「俺がバカやったせいで、約束守れなくてごめんな」
それだけ言うと、せめてもの贖罪として詩織の頭に手を伸ばして何度も撫でた。
柔らかい髪の感触に心が安らいでいく。
久しぶりの再会は別れの時と同じく涙に彩られていた。
落ち着きを取り戻した詩織に案内をしてもらいながら桜京高校の寮に向かう。
「なぁ詩織、本当にこれでよかったのかよ」
その移動中、どうしても聞きたかったことを問いかける。
「ん? 何が?」
「詩織の実力なら、野球部の無い桜京高校じゃなくてもっと女子野球の盛んなところにいけたんじゃないか?」
詩織と再会するまでずっとそれ気がかりだった。
詩織の野球人生の足を俺が引っ張っているんじゃないかと思うと息苦しさを覚える。
「そんなの買いかぶり過ぎだよ、私は中学時代にそんなに目立つ実績を残したわけじゃないんだし」
確かに話に聞いたところでは詩織は中学野球であまりいい結果を残せていなかった。
三年間で三回戦敗退が最高というのは野球で推薦を貰うには物足りない。
しかしそれは詩織の所属する学校がごく普通の野球の盛んでない学校で全体のレベルが詩織に追いつかなかったからだとそう俺は考えていた。
詩織の実力ならば自ら入部試験を受けたりすればきっと合格出来たはずだ。
「やっぱり俺がマネージャーになるって言ったから?」
「うん、それはそうだよ、だって私は修平に側にいて欲しかったから、当然だよ」
はっきりとそう答える詩織、現在女子野球部が存在する学校は全てが女子校である。
つまり既存の女子野球部のマネージャーを男の俺が務めるのは不可能ということだ。
だから、俺がマネージャーが出来るようわざわざ女子野球部のない共学である桜京高校への入学を決めたのだろう。
「それにね……私には夢があるんだ」
「夢? それは初耳だな」
今までの電話やメールのやり取りでそう言った話が出てきたことはなかった。
「うん、初めて言うからね……これは面と向かって修平に伝えたかったから」
「それは、なんだ?」
「私が作った野球部で、修平にマネージャーをしてもらいながら、全国大会で優勝すること、だよ」
「それはまた……」
「だから、どこかの高校じゃダメだったの、修平がマネージャーを出来る共学のところじゃないと」
随分と大それた夢だった。
今野球部でメンバーの目処が立っているのは詩織を含めて四人だけだ。
まだスタメンの半分すら埋まっていないことになる。
下手をすれば一年目の大会に出場することが出来ないことすら十分考えられる状況。
ここから全国制覇だなんて、傍目から見れば夢物語だと思われても仕方ない。
「修平は、全国制覇なんて無理だと思う?」
不敵な笑みを浮かべながら詩織が俺の顔を見た。
それに対する答えはもう四年前から決まっている。
「出来るさ……俺と詩織が一緒ならなんだって出来る」
そう断言してみせた、だってあの時もそうだったから。
絶対に勝てないと言われていた城ヶ崎リトル相手の試合。
その俺と詩織の二人で勝ち切って見せたから。
俺の返事を聞いて詩織は満足そうに笑った。
やはり詩織には笑顔が似合う、そんなことを改めて考える。
「でも、同じ地区に天帝高校があるんだよね」
「おいおい、全国制覇を目指すならいずれ倒さないといけない相手なんだし同じ事だろ?」
それでも詩織が天帝高校のことを気にするのは無理もない。
天帝高校はここまで三年連続で全国大会を制している名門校だ。
三連覇ということは三年が経ち一度完全に選手が入れ替わったことになる。
それでも全国から優秀な選手を集めていることもあり、その強さが圧倒的であることは間違いなかった。
「ふふ、ちょっと言ってみただけだよ」
どうやらからかわれたらしい、詩織の気持ちは前向きのままだったことにホッとする。
「それにね、一緒に野球をしてくれるって決めた三人はすごく頼りになるんだから、きっと大丈夫だよ」
「それは楽しみだな」
他の野球部のメンバーについては詳しいことは聞いていなかった。
どんなメンバーが待っているのかワクワクする。
「ところで詩織、これは重要な話なんだが……」
「ん、なぁに?」
「可愛い子はいるのか?」
含み笑いをしながらそう詩織をからかうとデコピンが飛んできた。
「修平? ナンパしにいくんじゃないんだからね?」
「イテテ、冗談だって」
そんな風に詩織とじゃれあいながら寮に到着するまでの時間を過ごした。