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新たなる武器

 そして迎えた次の練習日、さっそく真由のフォーク習得を手伝わないといけない。

 ケガをしやすい体質である彩音のストレッチにじっくり付き合ってから真由の元へ。

 その途中に星原さんに声を掛けられた。

「安島先輩、今日も私に色々教えて下さい」

 最近は星原さんにつきっきりだったし、今日も俺がそれに付き合うのは自然な話だ。

 しかし先日の試合で多くの課題が見えた真由と活躍した星原さんでは真由を優先したい。


「あーごめんな星原さん、今日からしばらくは真由の練習に付きあわせて欲しいんだ」

 そう伝えると星原さんが残念そうな顔をする。

「そうですか……本当は安島先輩にお付き合いして欲しいんですけど……」

「前の試合ではいい動きしてたし、俺の指導なんか無くても星原さんはもっとよくなるよ」

 それでもどこかすっきりしない表情の星原さん。

 初試合でいきなり活躍して、もっと上手くなりたいと燃え上がっている状態なのだろう。

 その高いモチベーションはとても喜ばしいことであるし、その充実したいいタイミングで練習に付き合ってやれないことがとても申し訳なく思えた。


「そうだ、彩音! ちょっといいか?」

 せめてもの代案のため、少し離れたところにいた彩音を呼んでこっちに来てもらう。

「なに、修平くん?」

「星原さんに色々教えてやってくれないか? 技術だけでいえば現時点では走攻守全ての面で彩音の方が上だろうし、なにより打撃に関しては彩音の技術は最高峰だ」

 ヒットを打つためのバッティングセンスだけで言えば間違い無く一番は彩音だ。

 もちろんそれが指導者として優秀であるという保証にはならないが、もしも上手くその技術を教えることが出来れば星原さんにとっても貴重な経験になるはずだ。


「別にいいけど……修平くんはどうするの」

「星原さんにはさっきも言ったけど、俺は新変化球のためにしばらく真由に付き合う」

「ふーん、また氷室さんね……仲がよろしくて結構ですね」

「大会で勝ち進むためには詩織一人じゃ無理だ、真由をもっと鍛えないといけない」

「はいはい、ご正論おっしゃるとおりでございます」

 そう言って彩音は面白くなさそうにソッポを向いてしまう。

 そのような態度になる理由がよく分からない、何か納得いかない事情があるのだろうか。

「俺は彩音の打撃技術は超一流だと確信してるよ、だからこそ彩音にお願いしてるんだ」

 彩音に対する俺の評価をきちんと言葉にして伝える。

 一瞬、彩音の口元に笑みが浮かんだように見えたのは俺の願望がそうさせたか。

 次の瞬間には俺に向かって小さく舌を突き出してくる。

「……ご心配なく、そんなおべっか使わなくてもちゃんとやるわよ」

「本気でそう思ってるんだけどな、とにかく星原さんのことをよろしく頼むよ」

 なんとか彩音も納得してくれたようで、これでひとまずの解決を見た。


「そういうわけで星原さんは彩音に色々教えてもらうといい、絶対ためになるから」

「……前からずっと思ってたんですけど、後輩の私に対してその星原さんっていうのよそよそしくないですか?」

 いつも通りの呼び方だったのでいきなりそんなことを言われるとは思っていなかった。

 今まで特に気にしたことはなかったが、どうやら星原さんはそう感じていたらしい。

「じゃあ……星原、か?」

 そう呼び直すも返事は帰ってこない、それは違う答えを期待しているように感じられた。

「千隼……これでいいか?」

「はい、私は修平先輩って呼ばせてもらいますね」

「ああ、別に構わないよ」

 そこでようやく千隼が笑顔を見せてくれてホッとする。

「氷室先輩のお相手が終わったら、また私に教えて下さいね」

「彩音に教えてもらえるなら、そっちの方が参考になりそうだけどなぁ」

 俺に教えて貰いたいと言ってもらえるのはとても嬉しいが、彩音だって素晴らしい技術の持ち主であることは間違いない。

「……そういう問題じゃないんですよ、修平先輩」

 そう言い残して千隼は練習に向かった。

 その言葉の真意はよく分からないままだった。


 話もまとまったところで真由との練習を始める。

 まずはある程度肩を温めて準備をして、それからフォークの習得にとりかかる。

 握りはシンプル、人差し指と中指で挟む誰でも知っている握り方だ。

 あとはそこから抜くようにリリースすれば回転が抑えられたボールはストンと落ちる。

 口で言うのは簡単だが、実際に習得するのはそう簡単ではない。


 コントロールが上手く定まらず、スッポ抜けてしまうことも多々あった。

 こういう時に直接話を聞ける相手がいると良いのだが、同じくピッチャーの詩織はサイドスローであることもありフォークを全く投げない。

 それを繰り返すうちに負担がかかりすぎたのか、上手くフォークの握りが出来なくなり中止。

 結局、今日一日では形にならないまま練習を終えることとなった。


「なかなか上手くいかないね……」

 そう言って真由が顔を曇らせる、成果が得られなかったことにショックを受けたか。

「そうすぐに上手くいくもんではないさ、しかし俺もフォークに関して詳しくないってのは少し問題かもしれないな」

 基本的な投げ方程度は一般常識で知っているが、実戦的な知識とはとても言い難い。

 真由に教える立場になるためにはあまりにも力不足だ。


 そう考えているうちに一つのアイデアが脳裏に浮かんだ。

「……修平?」

 考え込んでいた俺に真由が声をかけてくる。

 そのアイデアはまだまだ形になっているとは言い難かったのでその場では伝えない。

「なんでもないよ、今日の練習はここまでにしよう」

 断られる可能性も大いにあったが、とりあえずその方向で動いてみようとそう決めた。

 その日の夜のうちに連絡して約束を取り付ける。

 あとは上手くいくように願うだけだ。


 その翌日、俺は真由を連れてある場所に向かっていた。

「いきなり外出って、どこに行くの?」

「今はまだ秘密だ、悪いようにはしないから俺を信じてくれ」

 しばらく歩いてその場所にたどり着く、電話を手に到着の一報を入れる。

「杉坂女子?」

 校門の文字でここがどこか真由も気づいたようだ。

「そうだ、ここまで来ればなんとなく分かるだろ」

 電話をして少しするとすぐにその相手はやってきた、キャッチャーの森岡さんだ。


「安島くんと氷室さん、お待たせしました」

「全然待ってないよ、わざわざ迎えに来てもらって悪いね」

「いえいえ、それじゃ中に入りましょうか」

 俺が杉坂女子を訪れるのはこれで二度目だが、真由は初めてとなる。

 興味深そうに周囲を見回しながら歩を進めていく。

「怜ちゃん、ちょっと」

 グラウンドの奥まった場所まで来て、森岡さんが黒崎さんを呼んでくれた。


「なに?」

「黒崎さん俺から一つお願いがあるんだ……こいつにフォークの投げ方を教えてやってくれないか?」

 そう言って頭を下げる、無理なお願いであることは百も承知だ。

 同じ地区の他校の野球部員といえばライバルの関係に当たる。

 その相手に野球を教えろとは非常識な行動と取られてしまっても仕方ないだろう。

「なんで、私に?」

「……黒崎さんのフォークがナンバーワンだからだよ、あれだけすごいフォークは見たことがなかった、その黒崎さんに教えてもらえればとても参考になるはずだと思って」

「そう……」

 黒崎さんは利き手の左手でボールを弄びながらしばらく沈黙する。

「……私は別に構わない」

 断られるのではないかと考えていただけに、その返事は予想していなかったものだった。

「本当か!?」

「少し教えた程度で盗まれる程度の変化球だとは思っていないから、教えたところで私が追い抜かれることはあり得ない」

 なるほど、確かに黒崎さんレベルのフォークを身につけることは難しいだろう。

 それでもわざわざ手間をかけて教える義理だって無いわけで、寛容な対応をしてもらったことを感謝しなくてはいけない。


「だけど代わりに一つ条件がある」

「俺に出来る事ならなんでもする」

 これだけの無理を聞いてもらったのだ、それなりのお返しが必要になるだろう。

「安島にうちのメンバーの打撃をコーチして貰いたい」

「俺に?」

 思わず尋ね返すと、黒崎さんはコクリと頷く。


「うちの打撃レベルは高くない、私が氷室さんにフォークを教える代わりに打撃レベルの向上のために付き合って欲しい」 

「分かった、そんなことでいいなら断る理由はないよ」

「……それじゃあ時間が勿体無いからさっそく始める」

 話がまとまったところで練習に移る、黒崎さんは真由に対してマンツーマン。

 俺は練習開始前に軽く事情を説明し挨拶をする、黄色い声が上がった。

 女子校の中に男が紛れ込んでるわけだから、物珍しさからくる反応だろう。

「あれが森岡さんの彼氏かぁ……」

 そんな声が漏れ聞こえてきて思わず硬直する。

「違います! ……すみません安島さん手伝って頂いてるのにこんな失礼な」

 顔を真っ赤にしてあたふたと取り乱す森岡さん、逆に怪しく思われてしまいそうだ。

「大丈夫、俺は気にしてないから」

 そう平静を装ったものの、本当は少し鼓動が高なっていた。


 それぞれの打撃をチェックして問題点を洗い出すことにする。

 なるほど、黒崎さんの言う通りなかなか問題点が多い選手が散見される。

 目立って光るものがあるのは彩音の友人である堀越さんぐらいだろうか。

 次々と指導を求める声を掛けられるなか、一人ずつ問題点を指摘して修正に努める。

 それなりに多い選手の数に対して俺が一人で対応しているので、とても慌ただしい時間を過ごすことになった。


 充実した時間はあっという間に終わりを告げようとしていた。

 二人の元へと移動して声をかける。

「二人共お疲れ様、どうだった真由?」

「うん、かなり良くなった手応えがあるよ……クタクタだからいますぐは投げられないけどね」

 その表情からは疲れも感じられるが充実感に溢れていた。


「それはよかった、ありがとう黒崎さん」

「お返しとして安島にコーチして貰ってるんだからお礼を言う必要はない」

「いやいや、それでも黒崎さんに教えて貰えてこっちはすごく助かってるからな、礼ぐらいは言わせてくれ」

「安島くんのコーチ評判よかったよー、私も教えてもらえてよかったと思ってる」

 森岡さんからそう言って貰えて安心した。

「それなら良かった、ちゃんとみんなの役に立てたか不安だったんだ」

「そこは心配いらないよ、みんなすごく喜んでたし」

「こんなことで良ければいつでも力になるよ……そろそろ時間だからお暇させてもらおうかな」

 森岡さんに校門まで見送ってもらい、そこで別れた。


「真由にとって得るものの多い練習になったみたいでよかったよ」

「……修平にとっては女の子に囲まれて、大満足の一日だったでしょうね」

「おいおい、練習教えてただけで下心なんてないぞ」

「教えながらすごいヘラヘラしてたけどね……ちょっとキャーキャー言われただけでみっともないことこの上ないよ」

「誤解だって」

 真由はどこか不機嫌そうで、それを宥めながら帰路につく。

 何はともあれ真由のフォーク習得が大きく前進したことを喜ばしく感じていた。

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