練習試合 VS 関西国際女子 試合後
試合が終わり、関西国際女子のメンバーが帰路につき始める。
「……伊良波さん」
そんな中愛里に声を掛けられて、伊良波さんがその足を止める。
「……私を嘲笑しにきたのかしら?」
伊良波さんは視線を合わせようともしない、登板前とはまるで別人のようだ。
今回の伊良波さんと愛里の対決は全打席出塁かつ猛打賞を記録した愛里の圧勝だった。
ここまでの差を付けられるとは伊良波さんも思っていなかったはのではないか。
「……伊良波さんの実力はこんなもんじゃないって私は信じてる」
「これはこれはご丁寧にどうも、勝者の余裕ですか?」
「……そうかもね、今のままの伊良波さんなら怖くないよ」
「たかが一試合でそんなこと……」
思わず反応した伊良波さんに対して首を振る。
「……球が速くても球筋もフォームも素直で、コントロールは常に不安定な上に緩急もない」
「……中学ではそれでもやっていけたかもしれないけど、高校じゃ通用しない」
愛里が辛辣な言葉を飛ばす、伊良波さんもそれに反論できない。
認めたくない事実だろうが、実際にマウンドに立ってそれが分かってしまったのだろう。
結局、伊良波さんの強気な態度は影を潜めたまま彼女は立ち去った。
投手にとって欠かせない自信が打ち砕かれていた。
「愛里があんなにハッキリ物を言うとは思わなかったな」
伊良波さんと入れ替わりに俺が愛里の横に立つ。
「……それが伊良波さんのためだと私は思ってるから」
「愛里は、伊良波さんが復活出来ると思うか?」
「……それは彼女次第だから分からない、でも」
「でも?」
「……伊良波さんは中学ではずっと活躍し続けてきた、この試合が多分初めての挫折」
「……初めて経験するその挫折から立ち直れるかどうかが、不安」
確かに、エリートコースを歩んできた人間ほど打たれ弱く脆いというのはよくある話だ。
伊良波さんにとっては大きな壁となるかもしれないが、なんとか乗り越えてほしい。
愛里も高く評価しているその素質は確かなものだと俺も感じていたし、そして関西国際女子には彼女の力が間違い無く必要だった。
ここまで見た感じだと他の投手では駄目だろう、可能性が感じられない。
伊良波さんが関西国際女子が躍進するための鍵になる。
敵の立場ながら彼女のことが気になっていた。
試合後のミーティング、全員が揃ったのを確認してから俺は口を開いた。
「最後までリードされる展開の中、見事な逆転勝ちだった」
「最終的に九点を奪った打撃陣はとてもよかった、だけどそのうち五点は二番手から奪ったものであって伊良波さんから奪ったのは四点止まりだったことを忘れてはいけない」
好守に阻まれたケースも多かったとはいえ、あれだけ大量に四球でのランナーを貰いながら序盤の得点は少なかった。
贅沢かもしれないが改善点を求めるとしたらここだろう。
「さて、今日特に活躍したのは詩織、愛里、彩音の三人だと俺は考えている」
「詩織は五回を投げて被安打一の自責点ゼロ、愛里と彩音は全打席で出塁して得点に貢献した」
「初の実戦で三盗塁した星原さん、練習してきたバントでスクイズを含む二犠打の初瀬さん、この二人もよく結果を出してくれたと思う」
入部前は野球未経験だったことを鑑みればこの結果は出来過ぎなぐらいだ。
「あとは羽倉さんも四球での出塁に加えてタイムリーを含む二打点で十分仕事をした、コンバートで不安視されたショートの守備も無難にこなしてくれたしね」
「それに対して問題点が散見されたメンバーもいる、まずは先発した真由だ」
名指しされて真由が背筋を伸ばす、厳しい言葉かもしれないがきちんと話さなくては。
「関西国際女子の主軸に対して追い込みながらも決め球がなく仕留め切れない、そんな場面が数多く見られた」
「全体的に力負けといった印象が強く抜本的な改善が必要になるかと思う、あとは野手としても二打席でノーヒット一併殺と精彩を欠いたことが少し気がかりだ」
真由は真剣な顔で俺を見つめてくる、顔を伏せていないのは期待できる。
「悪い点の指摘ばかりになってしまったが自滅せず大崩れしなかった点については一定の評価が出来ると思う、試合を壊さない能力というのも大切なものだ」
真由に対しての論評はここまでにして、別のメンバーへと移る。
「続いては小賀坂さん、打撃は一定以上の物を見せて貰えたけれどもあの連続失策はいただけない、守備のレベルアップが必要だ」
「広橋さんは当初に比べるとかなり良くなったが、変化球が全く打てないという弱点が克服出来ないとそれも頭打ちになってしまうかと思う、変化球に対して要対策だ」
それぞれの課題が見えたことは収穫となったはずだ、大会までに出来る限り改善したい。
「あと四番の樋浦さんに一発が出たのは喜ばしいことだ、これをきっかけにして大きく復調して貰いたい」
樋浦さんに対してはそう述べるに留めた。
「安島くん、少しいいかな?」
ミーティングの後、樋浦さんに声を掛けられる。
「なにかな?」
「真由とか他の人に対しては色々とコメントしてたのに私に関しては薄いんだなと思って、もしかして安島くんに見限られちゃったかなぁ?」
少しわざとらしい態度で、でも確実にそれを気にしている風に樋浦さんがそう口にする。
「今日は一本出たんだし、樋浦さんを信頼してるから俺は口を出してないだけだよ」
「……あんな試合が決まった後の一発なんて四番の仕事じゃないよ、そこまで散々ランナーを置いて凡退してきたことが問題」
ミーティングであえて触れなかったが、本人もそれについてはよく分かっているようだ。
二番の愛里と三番の彩音があれだけ塁に出ながらなかなか得点が入らなかったのは四番である樋浦さんの不調によるところが大きい。
「そうだな、でもこればかりは一朝一夕で解決できる問題じゃない」
「……最後まで、ダメなままかもしれないね」
そう樋浦さんが弱音を口にする、ここまでの実戦で結果が残せていないこともあり相当参っているようだ。
「俺はそうなるとは思っていない……前に四番を外して欲しいって言われたけどやっぱり無理だよ、うちの四番は樋浦さんしかいないから」
「そう、かな」
視線を泳がせる樋浦さん、その肩に手を置く。
「いくら時間がかかってもいい、ダメな時は心中するぐらいの覚悟は出来ている」
その言葉が逆にプレッシャーになってしまうかもしれないが、そう伝えずにはいられなかった。
樋浦さんに対する信頼はそんな簡単に揺らぐものではないと知っておいて欲しかった。
俺としても何か手を打たないといけないのだろうが、その方法はまだ思いつかなかった。
「……わかったよ、それじゃ」
樋浦さんが部屋へと戻っていくのを見送った。
問題はいくつかあるがその中でも樋浦さんの問題は特に大きい。
そのことに関してはしばらく頭を悩ませる事になりそうだ。
いつもの彩音の相手を終えて、部屋でぼんやりとしているとノックの音が来客を告げた。
ドアを開けると真由の顔が覗く。
「こんばんは修平、おじゃましてもいい?」
「もちろんだ、入ってくれ」
真由を部屋に通す、ベットに並んで腰掛けた。
「今日は悪かったな、キツいこと言って」
「……正直ちょっとヘコんだけど、全部その通りだから受け止めないとね」
そう言って作り笑いを浮かべるがどこか元気がない。
「それで、どうしてここに?」
「……一人になったらね、これからどうすればいいのか不安になっちゃって修平と話がしたくなったの、これからどうするのか考えてからじゃないと私、眠れないよ」
今の真由は打ち込まれて自信を喪失し、精神的に弱っている状態だ。
こういう時こそ俺が支えてやらないといけないのに、真由の方から俺を訪ねて来るまでそんなことにすら気が回らなかった。
「そうか、そうだよな……気づかなくてごめんな」
「こんなの、私が修平に甘えてるだけだよ」
真由の視線が俺を捉える、その縋るような視線に庇護欲が掻き立てられる。
「それで少しでも真由が楽になるならどんどんそうして欲しいと俺は思ってるよ」
「ん、ありがと……」
真由が少し座る距離を詰めてきた、先ほどまで開いていた隙間は殆どなく体が触れ合う。
「真由、手を見せてくれるか?」
頷いたのを確認してから真由の手をとった、すべすべとして柔らかい感触が伝わってくる。
スラリと伸びた指は美しいフォルムを演出していて、それが芸術的にすら感じられた。
「真由の手って指が長くて綺麗だな」
優しくそれを撫でる、爪も丁寧に整えられていてまさにピッチャーの手といった感じだ。
「そう言ってくれると嬉しいな」
顔を赤らめて真由がはにかむ、その姿に何とも言えない感情を覚える。
「今の真由には投球の幅を広げるための新しい変化球が必要だと俺は思っているんだが、どう思う?」
「決め球になるボールが欲しいっていうのは投げてて自分でもすごく思ってる」
「今のスライダーじゃなかなか決め切れないからな、それでこれだけ綺麗で長い指をしてるなら覚える球種はフォークがいいんじゃないか? 三振の取れるボールだし決め球には有効だ」
「分かった……私に異存はないよ」
しばらく触っていた真由の手を離す、すると恨みがましい目でこちらを見られる。
「なんだ、真由?」
それには言葉で答えず、今度は真由の方から俺の手を触ってきた。
「もう少し、このままでいて」
「真由がそう言うなら」
重ねられた手を握り返すと真由はどこか安堵した様子だった。
それからしばらく、二人で手をつないで過ごした。




