練習試合 VS 関西国際女子 試合前
関西国際女子高校からその連絡があったのはゴールデンウィークを二週間後に控えたある日のことだった。
ゴールデンウィークでの関東強化遠征で、練習試合を組んで貰えないかという申し出。
もちろん断る理由もなく快諾させてもらったのだが、まずそんな話が来たことに驚いた。
桜京高校は未だに公式戦に出場したことがなくその実績は皆無である。
そんな俺達にとって全国大会の経験もある関西国際女子は雲の上の存在だ。
近いうちに練習試合が必要だったのは間違いないので渡りに船ではあるが、まだ実戦の経験が浅い俺達がその雲の上の相手にどこまでやれるのか不安もあった。
いずれにしてもこれが貴重な経験になるであろうことは間違いない。
メンバーにそのことを伝えると練習にも一層熱が入った気がする。
二試合目の実戦、夏の大会に向けて重要な一戦となるだろう。
その夜、野々宮から電話がかかってきた。
「こんばんは、安島くん」
「野々宮か、練習試合が決まったな」
「うん、これで久しぶりに安島くんに会えるよ」
そんなことを言われると勘違いしてしまいそうで、話題を切り替えることにする。
「それにしても、そっちから練習試合を持ちかけられるとは思わなかったよ」
「次期キャプテン最有力の日下部さんがかなり積極的に提案してたからそれでじゃないかな」
なるほど、せっかく東京まで来るのだから星原さんのいる桜京高校と試合をしたいという気持ちは分かる。
「それに関西で有名だった安島くんの妹さんとかの有力な選手がいるし、実績は無くともその実力はみんなから評価されてるみたいだったよ」
「それはありがたい話だな、それに応えていい試合が出来るように準備していくよ」
俺は野々宮に一つ訪ねたいことがあった、それを口にする。
「今年の関西国際女子の新入生はどんな感じなんだ?」
試合前に少しでも情報が欲しくて、探りを入れる。
「ピッチャーに鳴り物入りで来た子がいるよ、かなり速いボールを投げてた」
「へぇ、それは楽しみだな」
以前に見た公式戦で、関西国際女子は投手力不足で敗れている。
いい投手が入部したのであればそれが改善されるかもしれない。
その投手次第では恐ろしい相手になるだろう。
そして練習試合当日、関西国際女子のメンバーがやってくる。
午前中は合同練習に当てることになった。
日下部さんが到着して真っ先に辺りを見渡し、そしてお目当ての相手を見つける。
「千隼!」
星原さんの名前を呼んで駆け寄り、抱きついた。
「わわ、日下部先輩……」
少し困ったような顔を見せながらも星原さんも嬉しそうだ。
そんな光景を見ていると二人の縁がまた繋がったことを喜ばしく感じられた。
練習が始まった、日下部さんは星原さんにベッタリで今は守備を教えている。
きっと一緒に野球が出来るこんな日が来るのを夢見ていたのだろう。
今は素直にそれが叶ったことを祝福したい気持ちだ。
それに日下部さんは強肩だけでなく守備もうまい。
そのアドバイスは星原さんにとって大きな財産になるはずだ。
周りに目をやると愛里が一人の女の子と親しげに話している。
その子の姿には見覚えがあった、声をかけることにする。
「和泉さん、久しぶり」
その声に反応して和泉さんが顔をこちらに向ける。
「修平さんだ、ご無沙汰してます」
そう言って頭を下げられる、彼女は中学で愛里と同じ野球部で何度か顔を合わせていた。
「関西国際女子に進んでたのか、知らなかったよ」
「野球が盛んなところに行きたかったのでここを選んだんですよ」
「……一華はまたキャッチャー始めるの?」
愛里が和泉さんが手にするキャッチャーミットを見ながらそう尋ねる。
「あれ、和泉さんはサードじゃなかったっけ?」
前に愛里の出ている試合を見に行った時、彼女は三塁手として試合に出ていた。
「それは愛里がいたからなんですよ、私は元々キャッチャーでそれなりに自信もあったんですけど……愛里には敵わなかったからなぁ」
「それで、コンバートしたのか」
「そういうことです、試合には出たかったですからね」
「……私より肩強いし一華のキャッチャーは十分いけるはず、ポジションを戻したのは正解だと私は思ってる」
その言葉を聞いて和泉さんが苦笑する。
「逆にいうと私がキャッチャーとして愛里に勝てるのなんて肩ぐらいだよ、正直に言えばあとは全部レベルが違う感じ」
和泉さんは素直に愛里との実力差を認めているようだった。
ポジションを争っていたライバルでありながらいい友人になれている二人。
そんな関係を微笑ましく思った。
二遊間を守る柏葉姉妹やライトの日下部さんの能力は以前に一度見ている。
野々宮から聞いた新入生の投手を中心にチェックしたいところだ。
和泉さんがプロテクターをつけてボールを受けようとしている。
その相手が噂の彼女だろうか? 投球を見ると確かにボールが速い。
その分コントロールはまとまっていない感じはあったが、その球速は十分武器になるだろう。
「……お兄ちゃん、伊良波さんのことが気になる?」
そのまましばらく投球練習を眺めていると愛里が俺にそう声を掛けてきた。
「彼女を知ってるのか?」
「……同い年で前に対戦したことがある、速球派だけど荒れ球で不安定なピッチャーだった」
「それでも、それで中学では通用したんだろうな」
この感じだとそこらの中学レベルでは歯が立たなかっただろう。
「……うん、あのスピードはそれだけの物があったのは確か」
それでも愛里はどこか不満気な様子だった。
「愛里の彼女に対する総合評価はどんな感じなんだ?」
「……正直にいうなら、あんな荒々しい内容では高校じゃ通用しないって私はそう考えてる」
そう口にしてから一度首を振って言葉を続ける。
「……ううん、もっと正確にいうならそんな形で通用してほしくない、伊良波さんの潜在能力はもっと高いはず……だからここで一度鼻を折りたい、彼女ためにも」
鼻を折る、愛里からそんな攻撃的な言葉が出てくるとは思わなかった。
「愛里は伊良波さんのことを高く評価してるんだな」
「……素材としては指折りだと思ってる、でも今のまま今日の試合で投げるなら……絶対負けられない、もし今の伊良波さんに負けるようじゃ私たちに問題があるよ」
愛里の言葉の節々から強い気持ちを感じる。
それは、今日の試合が思っていたよりももっと大切なものになるであろうことを予感させた。
投球練習を終えて伊良波さんがこちらにやってくる。
「どうも安島さん、お久しぶり」
愛里に向かってそう声を掛けた、その立ち振舞は自信に溢れている。
「……伊良波さんもお元気そうでなにより」
愛里が少し皮肉っぽくそう社交辞令を飛ばす、なかなか珍しい光景だ。
それだけ伊良波さんを意識してるということか。
「今日の試合は私が投げます、それで試合前に一言だけ……今日は打たせないから」
「……前のときは私がマルチヒットだったからね……もしかして気にしてる?」
愛里が挑発的な笑みを浮かべる。
「あんなの偶然、二度は起こらない」
あくまでも伊良波さんは強気だ。
「……それは今日の試合ではっきりする、私たちはあなたをボロボロになるまで打ち込む」
愛里がそう予告すると伊良波さんの顔が引きつった。
「随分と大きくでたね……その言葉を後悔しないように願ってるよ」
そう言い捨てて伊良波さんは立ち去った。




