スピードスター強化計画
そうして星原さんを鍛えあげていたある日、うちの野球部を客人が訪れる。
天帝高校野球部のメンバーが三名、事前に約束をしていた真由がそれを出迎える。
真由の妹の奈央ちゃんと親友である桜庭さん、それに加えて次期エースが確実であろうピッチャーの宍戸さんも一緒だった。
「お久しぶりです、修平さん」
奈央ちゃんが俺に声をかけてくる、少し見ないうちにまた大人びた感じだ。
「奈央ちゃんは無事に天帝高校に進学したんだね、おめでとう」
「ありがとうございます、でも入ってからが大切ですけどね」
「今日はうちの練習を見に来たのか?」
「偵察って奴ですよ、桜京高校はライバルになるって私はそう考えてますから」
「そう意識して貰えるなんて光栄だな、練習試合に参加してもらった借りもあるし気の済むまでゆっくりしていってくれ」
「はい、そうさせてもらいますね」
俺との会話を終えて姉である真由の元へと向かう奈央ちゃん。
そこに桜庭さんも加わって三人で仲良くやっているようだ。
「あの、君が安島くんだよね?」
その微笑ましい様子を眺めていると、宍戸さんにそう話しかけられる。
俺は一方的に大会でその姿を見ていたが、宍戸さん側は俺のことを知らないはずだ。
「そうだよ、初めまして宍戸さん、全国の決勝では凄いピッチングだったね」
「いえいえ、私は一年の時は殆ど投げてないし偉大な先輩達に乗っかった感じだよ」
そう言ってから俺をジッと眺める、観察されているようでくすぐったい。
「そんなに見られると緊張するな」
「ごめんごめん、ちょっとある相手から安島くんのことは色々聞いてて興味があったんだ」
「ある相手?」
「それは私からはちょっと言えないけど……うん、なるほど分かる気がするな」
どこか一人で納得した様子の宍戸さん、どう思われているのか気になってしまう。
「ね、安島くん、今度うちの野球部で紅白戦があるんだけど見に来ないかな?」
「紅白戦?」
「うん、新入生のテストを兼ねて毎年やってるんだ、きっと面白いものを見せられると思うよ」
名門である天帝高校の紅白戦、見せてもらえるならば必ず収穫はあるだろう。
「ありがたいお誘いだな、喜んで行かせてもらうよ」
「そっかそっか、楽しみにしてるね」
それから宍戸さんと連絡先を交換して練習に戻る。
今日は星原さんの打撃と守備の改善に取り組む。
まずは打撃だ、コントロールの良い詩織に打撃投手を務めてもらう。
星原さんが前にアドバイスした通りのバスター打法の構えを取り打席に入る。
打ち頃のスピードとコースに直球を散らしてもらうが尽くバットに当たらない。
仮入部で練習に参加したときもそうだったが、どこか打ちにくそうにしている。
「バットに当てるのが難しいか?」
「成宮先輩のフォームというか、球の出どころが見づらくてちょっと……」
ここまでコントロールがいいという理由だけで詩織を打撃投手に据えていた。
しかしサウスポーである詩織のボールは左打者には打ちづらいことをすっかり忘れていた。
そこで一度マウンドに行き、今度は俺が自らマウンドに立ってみる。
俺に投手経験はない、さらに利き腕ではない左手での投球。
上手くいくか心配ではあったが苦心しつつも何とか半分程度はストライクを入れる。
星原さんはその殆どを空振りした。
サイドスローという変則フォームの詩織はともかく、俺のフォームはスタンダードだ。
その俺が左手で投げているだけの棒球すら打てないということはほぼ間違いないだろう。
確信めいたそれをさらに証明すべく右投手である真由を呼んで打撃投手を交代してもらう。
すると状況は一変した、先ほどまで空振りを連発していたのが嘘のようにバットに当たる。
ヒット性の当たりばかりではないし、真由が打ちやすいボールを投げていることもある。
しかしそれでもまずバットに当たるようになったこと、この変化が重要だ。
「なるほど、星原さんは左投手が苦手みたいだね」
「氷室先輩にピッチャーが代わってから大分打ちやすくなりましたから、そうみたいですね」
これからどうすべきか少し悩んだが、結局まずは右投手を打てるようにという結論に達した。
右投手に比べて左投手は少ないし、右投手にさえ対応できれば最低限なんとかなるのではないかというそういう考えだった。
真由に打撃投手を続けてもらいながら、転がすことを意識した打撃に取り組んでもらう。
そのスピードを活かすためにはとにかくまずはゴロを転がすことだ、フライを打ち上げてしまっては話にならない。
その点では星原さんは割りと転がすのが上手く、あまり打球を打ち上げない。
実戦的な投球になるとまた違うだろうが、まず練習で転がせているのは悪いことではない。
最後にバントの練習もしてみたが、こちらは期待できそうにない感じだった。
まずバットに当てるのが難しく、珍しく当たってもファールになるばかり。
正確に転がせるようになるにはかなりの時間がかかりそうに見えた。
そこでバントは完全に諦めて通常の打撃に専念することにする。
最終的にはそれなりにいい内容で打撃練習を終える。
これからはバットを数多く振り込むのが重要になってくるだろう。
続いて守備練習、星原さんのポジションはレフトに入ってもらうことに決めた。
その俊足を生かした広い守備範囲を期待できることを考え、さらにその中では一番守備負担の少ないレフトが妥当だという考えだ。
センターに入れることも考えたが、星原さんはあまり肩の強くない天城さんと比べてもさらに弱肩でセンターを務めるのは厳しいだろうと判断した。
外野の打球処理はフライが中心となる、ノッカーとして高いフライを打ち上げていく。
星原さんの守備の課題はすぐに分かった。
自分より前のフライに対しては割りと安定して落下点に入ることが出来ている。
問題は頭上を飛ぶフライ、これを処理するのはとても難しい。
ライトの広橋さんの時もそうだったが、初心者は打球から目を切ることが出来ない。
それにより自分の後方に飛ぶフライの処理が極端に難しくなる。
こればかりはすぐにどうにかなるものでではない、そこで応急処置で凌ぐことにした。
その方法は定位置より常に深めに守ること、だった。
星原さんの俊足であれば多少深く守っても浅い打球に対応することは出来る。
そして深く守ることで相対的に頭上を越す打球を減らすという方法だ。
しかしこれをやるとランナーに無駄な進塁を許す可能性が高くなる。
ましてや星原さんの肩の強さを考えれば尚更である。
これはあくまでも応急処置にすぎない、できるだけ早く大きめのフライも捌けるようになるのが理想だ。
それでも星原さんの俊足を生かした守備はそれなりに見るものがあり、期待が持てそうだ。
これから経験を積み打球反応が良くなれば驚異的な守備範囲を持つ外野手に成長するかもしれない、そんな可能性すら感じさせる。
課題も多く見えたが、打撃や守備もとりあえず形になっているように感じられる。
あとは残りの時間でどれだけその精度を上げていけるかだ。
今日の練習を終えて天帝高校の三人が帰っていく。
俺は校門までそれを見送りに行くことにした。
「あの足が早い子、あれが期待の新入生ってことかな?」
宍戸さんにそう見ぬかれてしまう、秘密兵器にしておきたい気持ちもあったが仕方ない。
「バレちゃったか、彼女は星原さんっていうんだ」
「あれだけ安島くんが熱心に指導してたら期待してるのはよく分かるよ、野球経験者なの?」
「いや、星原さんはまだ野球を始めたばかりだよ」
そう伝えると宍戸さんが驚いた表情を見せた。
「それであの感じかぁ、末恐ろしい子だね」
宍戸さんからもそういう評価を貰えると、指導してる側の俺も嬉しくなってしまう。
「本当はもっと良くなってからお披露目したかったんだけどね」
「あはは、覗いちゃってごめんね、お返しに紅白戦でうちの新入生も見せるから」
そう話す宍戸さんの表情は自信で溢れている。
「その様子だと相当すごい存在みたいだね」
「うん、彼女より凄いキャッチャーはいないよ」
はっきりと断言する、信頼の強さが伝わってくる。
「随分と大きく出たな、ナンバーワンのキャッチャーってことか」
「そうだよ、少なくとも私はそう確信してる」
宍戸さんをしてそう言わしめる存在、想像するだけでワクワクしてしまう。
俺の妹である愛里だって贔屓目を抜きにしても相当にいいキャッチャーだ。
果たしてそれを超えてくるのだろうか、紅白戦の日が待ち遠しくなっていた。




