関西国際女子
時は流れ、夏休みが始まっていた。
俺は大阪の母さんから顔を見せるように言われたため、新幹線で帰省の途に就いたところだ。
そして隣には詩織の姿、幼い頃に母さんと面識があったこともあり今回の帰省に同行することになった。
「私もついてきちゃって良かったのかな?」
どこか詩織は遠慮がちな様子だ。
「何いってんだよ、母さんも久しぶりに詩織に会いたがってたし一緒に来てくれて嬉しいよ」
母さんやまだ大阪に住んでいる愛里と会うのも大切だが、俺にはもう一人久しぶりに会いたい相手がいた。
その子とはそれなりに親しい間柄だったのだが、俺が大阪の中学を卒業してからはお互い連絡を取り合うこともなかった。
彼女の番号が入った携帯を手で弄ぶ、向こうに着いたら一番に彼女に連絡してみようとそう決心した。
母さんと愛里の出迎えを受けてから自室に戻る、ここに来るのも久しぶりだ。
ベッドに腰掛けて彼女の番号に発信した、緊張で少し手が震える。
「……安島くん、なの?」
「ああ、久しぶりだな野々宮、元気にしてたか?」
「う、うん……どうしたの急に?」
「夏休みで今こっちに戻ってきてるんだ、それで久しぶりに会いたいと思って」
「でも……安島くんはそれでいいの?」
野々宮には何か気にかかることがある様子だったが、俺にはそれが何か分からない。
「ん? 別にまずい理由なんてないけど……」
「そ、そっか、うん、なんでもないよ」
「野々宮さえよければ今からでも会いたい、ダメかな?」
「いいよ、それじゃあ……私のうちに、来る?」
中学時代何度か野々宮の家には遊びに行っている、野々宮さえ良ければ断る理由はない。
「わかった、今から行かせてもらうよ」
約束を交わし電話を切る、野々宮の家に向かうために玄関先に向かった。
「あれ、修平どこにいくの?」
それに詩織が気がついて声を掛けてきた。
「ちょっと友達に会いにいくんだ」
「ふーん、野球部の知り合い?」
「いや、中学で隣の席だった奴だよ」
そう言った途端詩織が何か考えこむ、しばらくして口を開いた。
「……私もついていっていい?」
野々宮に断りは入れてないが、大きく迷惑を掛けることもないだろう。
それにせっかくの機会に友人として詩織を紹介しておきたい気持ちもあった。
「いいよ、今から出るから行こうか」
野々宮の家は俺の自宅からそう離れていないところにある、十分ほどで到着した。
チャイムを鳴らすと、しばらくして野々宮が顔を出した。
「待ってたよ、安島くん」
野々宮の視線が俺の顔を捉えた後、後ろの詩織へと移る。
二人の間に面識はないので誰なのか戸惑っている、そんな状況だろう。
「野々宮、友達を一人連れて来ちゃったんだけどいいかな?」
「全然大丈夫だよ、二人共上がって」
二人揃って野々宮の部屋に通される、前見た時と変わらず整った部屋だ。
「ちょっと飲み物を取ってくるから待っててね」
そう言って野々宮が部屋を後にする。
「部屋にあげてもらえるなんて、随分信用されてるんだね」
「何度かここで勉強教えてもらったりしてたからな、初めてってわけでもないんだよ」
中学時代に野々宮が勉強が苦手だった俺に付き合ってくれた話を掻い摘んで話す。
「修平がそんなに女の子と仲が良かったなんて私は知らなかったな」
詩織がどこか恨みがましい目つきで俺の方を見る。
「……別に隠してたわけじゃないぞ、話す機会がなかっただけで」
そんな目で見られて俺の言葉もどこか言い訳がましい響きを持ってしまう。
「おまたせ、麦茶だけど良ければ飲んで」
そう言って野々宮が俺達の前にグラスを並べてくれる。
「ありがとう、気を使わせて悪いな」
「ううん、大したことじゃないし……ところでそちらは、もしかしてだけど成宮さん?」
知らないはずのその名前をピタリと言い当てる。
「正解だよ、驚いたな……どうして分かったんだ?」
「前に安島くんの携帯の着信で成宮さんの名前が出てたことがあったのを見ちゃったことがあって……その、ごめんなさい」
「いや全然気にしなくていいけどさ、よく覚えてたね」
一度チラッと名前を目にした程度、普通なら忘れてしまいそうなものだ。
「だって……その時に成宮さんが安島くんの彼女さんなのかなぁ、って思って」
「……え?」
思いがけない言葉に一瞬思考が停止する、隣の詩織もその言葉を意識してるような雰囲気だ。
「話してる時とか楽しそうだったし、東京に彼女さんを置いてきたのかなって……」
「いやいや、こいつは幼馴染みたいなもんだよ、な?」
「……そうですね、ただの幼馴染です」
どこか面白くなさそうにそう口にする詩織、幼馴染以外のなんだというのか。
「そっか、もしそうなら私はお邪魔になるんじゃないかなってずっと気にかかってて」
どうやら随分と気を使わせてしまっていたらしい、先ほどの電話で口ごもったのもその誤解が理由だったようだ。
「もしかして、卒業してから連絡がなかったのも?」
「うん、私が電話して彼女さんに誤解されたら大変だな……と」
「そういうことか、てっきり俺が野々宮に色々迷惑掛けたからそれでだと思ってたよ」
「まさか! 私は安島くんと一緒に勉強するの楽しかったし、全然迷惑なんかじゃなかったよ」
そう言ってもらえて安心した、野々宮のことはずっと気にかかっていたのだがこれで一つ心の重しが取れた気分だった。
それから話題はお互いの現状についてに移った。
「私は今、関西国際女子って高校で野球部のマネージャーをやってるの」
「そっか、野々宮が野球に関わってくれて俺は嬉しいよ」
「安島くんが野球してるの見て、面白そうだなって思って」
「関西国際女子……ちょっと前に全国に出てたはず、結構な強豪だよ」
詩織がそう口にする、俺は詳しく知らなかったがそういうことらしい。
「確か、今はちょうど地方大会の最中だよね?」
「成宮さんよく知ってるね、明日がちょうど準決勝の日だよ」
「それはいいタイミングだな、その試合を見に行ってもいいか?」
「もちろんだよ、私が案内させてもらうね」
明日、野々宮と一緒に球場まで移動する約束を取り付ける。
全国に出場したこともある強豪校のプレー、見ておく価値はあるだろう。
そして翌日、野々宮と待ち合わせた上で球場に向かう。
今後の参考になるだろうということで愛里も呼び、四人で歩く。
到着後、マネージャーとしてベンチ入りする野々宮と別れ、スタンドで観戦する。
昨日のうちに関西国際女子の今までの戦いぶりをチェックしてみたが、どうやら打撃型のチームらしい。
ここまでは圧倒的な破壊力で失点をカバーして勝ち進んでいるといった内容だった。
野々宮から注目すべき選手も聞いてきた、同学年である一年生でいい選手はいるかと尋ねたところ三人の名前を上げてくれた。
いずれも一年生ながらレギュラーとして試合に出ており、その能力の高さを伺わせる。
電光掲示板にスターティングメンバーが発表される。
二番セカンドの柏葉詩帆さんと三番ショートの柏葉歌帆さん、六番ライトの日下部さん、この三名がその一年生だ。
セカンドとショートの柏葉さんは双子の姉妹だそうだ。
ショートの歌帆さんが姉でセカンドの詩帆さんが妹である。
それが二人揃っていきなり上位打線でレギュラーとは期待度の高さが伝わってくる。
そうこうしてるうちに試合が始まった、先行は関西国際女子。
先頭打者は三振に倒れ一死無走者で二番の柏葉詩帆さんに打順が回り、左打席に入る。
三球使って球筋を見極める、ツーボールワンストライクのバッティングカウントから外よりのボールを綺麗にレフト前に運んで出塁した。
続く三番の柏葉歌帆さんの打席となり、妹さんとは逆の右打席に入る。
その打席の初球から動いてきた。
ランナースタート、完全にモーションを盗んでいる。
空振りで盗塁を援護しそれを成功させる、ランナーを二塁に進めた。
「早い……」
隣で詩織がそう呟く、確かに今の盗塁はスタートもスピードも素晴らしい物があった。
対戦経験が乏しいであろう投手を相手に初球からいきなりスタートを切ってくるとは、よほど盗塁に自信があるのだろう。
歌帆さん打席は続く、追い込まれてからのインコースのボールを思い切り引っ張った。
強烈な当たりが三遊間を抜けていく、その打球の早さでホームは際どいかと思われたが詩帆さんは三塁を回った。
ホームに返球されるが間に合わない、ホームインで一点先制する。
「詩織、今の見たか?」
「うん、三塁回るときに全然スピードが落ちなかった」
野球での走塁力というのは単純な足の速さだけではなく、走塁技術も重要となってくる。
ベースを回る際に大きくスピードが落ちてしまうようでは、どんなに足が早くてもそれを生かし切れない。
しかし先程の走塁はほとんどスピードを落とさずに三塁ベースを駆け抜けていた。
詩帆さんは走塁技術を兼ね備えた走塁力の持ち主ということだろう。
「……相変わらずだね、柏葉さん姉妹は」
静かに観戦していた愛里が口を開いた。
「愛里は彼女たちを知ってるのか?」
「……私が二年の時にみたことがある、ショートのお姉さんは引っ張っての長打力があるタイプでセカンドの妹さんは流し打ってのミートバッティングが上手い」
「守りではお姉さんが積極的なプレーをするのと対照的に妹さんは慎重にプレーしてたイメージ、どちらもタイプは違えど守備は一流、連携もすごいし」
自分の妹ながら贔屓目を抜きにしても愛里は関西で指折りのプレイヤーだ、その愛里が二人を高く評価しているということはその実力は間違いないだろう。
結局、この回は一点止まりで一回裏へと突入する。
関西国際女子の投手が投球練習をしているがお世辞にもいい投手とは言い難いように見えた。
なるほど、これでロースコアゲームを展開するのは難しいだろうなと思わされる。
今までの試合展開が打って勝つといったものになるのも必然と言えた。
そう考えていると案の定初回から激しい攻撃に晒され三失点、すぐさま逆転を許す。
二回表、二点ビハインドと変わってから右打席に入るのは六番の日下部さん。
その初球だった、インコースの高めに浮いた直球を捉える。
飛距離は十分、引っ張った打球はレフトポール際に飛ぶがこれが切れない。
ポールの内側ギリギリに飛び込む大きなホームランとなった。
日下部さんがそれを見届けてからゆっくりと一塁に向かって走り出す。
野々宮から長打力が一年生離れしてるとは聞いていたが、予想以上だった。
高めに浮いた球とはいえ、あれだけ飛ばすには相当なパワーが必要なはずだ。
これで二対三、序盤から激しい点の取り合いが展開されている。
この先この試合がどうなるのか想像もつかなかった。
関西国際女子のナインがガックリと肩を落とした、ゲームセット。
スコアボードには九対十一という凄まじいスコアが記録されている。
打線はよく奮闘したと思う、三人の一年生の活躍は特に見事なものだった。
二番の詩帆さんは三安打で猛打賞、三番の歌帆さんはあの後スリーランホームランを一本放っている。
六番の日下部さんも二本目のアーチを再びレフトスタンドに叩きこんでおり、非凡な長打力を見せつけた。
しかし投手陣が余りにも打たれすぎた。
二人が守る二遊間の守備は固いのだが、ポンポンと外野の頭を越されてはそれもなかなか生かせない。
そんな中でもショートの歌帆さんの守備には見るべきものが合った。
積極的に打球に向かっていき、広い守備範囲でヒット性の当たりを何本ももぎ取った。
その積極性ゆえの失策も一つあったが確かに守備のレベルは高かった。
一方でセカンドの詩帆さんは冷静に打球を捌いているように見えた。
打球判断が良く、素早くゴロの正面に回りこみ確実に送球する。
その送球はあまり鋭さは無いものの正確性は抜群でこの試合ではその全てが綺麗に胸元へと収まっていた。
そしてもう一つ注目すべきはこの試合二つの補殺を記録した日下部さんの強肩だった。
ランナー三塁でのライトへの犠牲フライを阻止したのが一つ、ランナー二塁からライト前に抜けるヒットでホームを狙ったランナーを刺したのがもう一つだ。
どちらもかなりアウトをとるのは厳しいように見えたが、文句のつけようのない素晴らしい送球でランナーを刺して見せた。
その強肩は全国でも指折りのレベルであろうことは疑いようもなかった。
レベルの高い一年生野手が三人もチームにいるというのは非常に大きい。
あとは投手さえしっかりしていればこの試合も落とすことはなかったはずだ。
これからいい投手が入ってくればチームとして化ける可能性は十分にあるだろう。
関西国際女子、全国で当たることになるかもしれないな。
しっかりとそのデータを頭に刻み込んだ。




