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練習試合 VS 杉坂女子 試合後

「おつかれ、今日はいい活躍だったな」

 試合後、ベンチに座る天城さんに声を掛ける。

「うん……ありがとう」

 天城さんはどこかぼんやりとした様子だ。

「堀越さんのこと……いいのか?」

 天城さんが彼女のことを気にしてるのは明らかで、そう問いかけずにはいられなかった。


「今更、どんな顔して会えばいいのかわからないよ……私は茜のことを裏切っちゃったんだから」

 俯きながらそう絞りだす天城さん、声が震えている。

「聞くことしか出来ないかもしれないけど、俺に話してみないか?」

 少しでも天城さんの負担を取り除くことが出来るのならば、そんな風に考えてしまう。


「分かった……私と茜は中学の野球部で一緒だったの」

 天城さんと堀越さんはセンターのポジションを争うライバルのような関係だったそうだ。

 二人で切磋琢磨しながら練習して過ごす毎日、それは充実した日々だっただろう。

 そんな二人の関係に転機が訪れたのは中学三年の最後の大会前のことだった。

 最後の大会のメンバー発表、スタメンに選ばれたのは天城さんだった。

 実力的に言っても天城さんの方が上手で順当な結果ではあった。


「茜は笑顔でそれを祝福してくれた、でも……」

 不自然にその場を立ち去った堀越さんが気になり後を追いかけたところ、グラウンドの隅で咽び泣く堀越さんの姿を見てしまったそうだ。

「茜がすごく頑張っていたのは私が一番良く知ってたつもりで、だからその悔しさも痛いぐらい分かってしまって……」

 それを見た時に天城さんは堀越さんにレギュラーを譲ることを決心したそうだ。


 翌日、天城さんは大会の出場を辞退する旨を監督に伝えた。

 理由としては中学二年の際に痛めたアキレス腱の古傷が悪化したためと虚偽の説明をした。

 その結果、堀越さんがレギュラーとして登録されることとなった。

 主治医の女医の先生とも口裏を合わせてなんとか堀越さんにそれがバレないように心がけた。


 しかし、急なその話に堀越さんも違和感を覚えていたのだろう。

 天城さんが練習を立ちながら眺めている時、不意に堀越さんがそちらを向いた。

「彩音!」

 名前を呼びながら突然頭上に鋭い送球を投げる、反射的に天城さんが飛び上がってそれを掴んでしまった……足を怪我しているはずなのに、だ。

 気づいた時にはもう遅かった、自分の失策を戒めるようにボールを握り締める。

 それを見た堀越さんに驚きの表情はなかった、なんとなく分かっていたのかもしれない。


「やっぱり、ケガは嘘だったんだね」

「違うの……これは……」

 咄嗟に言い訳しようとするも言葉が出てこない、もはやごまかせる状況ではなかった。

「彩音に実力では勝てないって私だって本当はわかってた、それでも対等な立場で勝負出来る関係だって思ってたのに……」

 みるみるうちに涙が溢れる、全てが終わってしまったようなそんな絶望感が胸を包む。

「こんな形でレギュラーを譲られたって嬉しくないよ! 彩音の裏切り者!」

 そう叫び、堀越さんが走り去ってしまう。

 それから天城さんは一度も野球部の活動に顔を出さないまま引退。

 堀越さんとは一つの会話もすることもなく卒業してしまったそうだ。


「許されないことだって自分でもそう思う、だからもう野球をやめようって……それがせめてもの償いになるってそう考えてたのに……」

 野球部のない桜京高校に進学したのに、野球部が出来てしまって。

「気づいたら野球部に足を運んでた、そこで成宮さんのピッチングを見て勝負してみたいっていう気持ちがどうしようもなく膨れ上がってた」

 そして詩織との一打席勝負、最後に詩織が投げた打ち頃でしかない真ん中の棒球に天城さんのバットは動かなかった。


「成宮さんと勝負してすごくワクワクしてる自分がいて、やっぱり私は野球が大好きなんだって改めて気付かされたの」

「俺は、天城さんが勇気を持って野球部に来てくれたことを嬉しく思ってるよ」

 嘘偽りない気持ちを口にする、それと同時に伝えたいことがあった。

「堀越さんと仲直りするには、今がチャンスじゃないか?」

 ちょうど、杉坂女子のみんなが着替えを終えて校門に向かっていくところだった。

「でも……」

 不安そうな目でこちらを見る天城さん、その頭を軽く撫でる。

「大丈夫だ、きっと堀越さんも分かってくれるはずだよ」

「……そうだよね、ちゃんと話してこなくちゃ」


 覚悟を決めたのか天城さんが駆け出す、堀越さんの姿を見つけて声を掛けた。

 堀越さんが他のメンバーを先に帰らせ、天城さんと堀越さんの二人きりになる。

 どうやら話はして貰えるようで一つ安心した、二人の会話を陰から見守る。

「久しぶりだね、彩音」

「茜が元気そうでよかった、四番なんてすごいね」

「今日は練習試合だし大したことないよ」

 そう謙遜する堀越さん、会話が少し途切れる。

 天城さんが大きく深呼吸して話を繋いだ。


「あのことを茜に謝ろうと思って、本当に酷いことをしたって思ってる、ごめんなさい」

 天城さんが頭を下げる、その肩に堀越さんが手を置いて体を起こした。

「確かにあれはショックだったよ、でもあの後時間をかけてなんであんなにショックだったのかもう一度考えてみたんだ」

「私は最後の大会で彩音が活躍する姿を見たかったんだって気づいたの……友人としてね」

「茜……」

 そんな声が掛けられるとは想定していなかったのか天城さんが目を見開いた。

「あれは昔のことだよ、彩音に悪意があったわけではないって分かってるし、今日久しぶりに野球をしてる彩音を見たらそんなことはどうでもよくなっちゃった」

 そう言って堀越さんが笑って見せる、その笑顔には一点の曇りもなかった。

「あのケガが嘘で本当に良かった、彩音は楽しそうに野球をしてる姿が一番かっこいいよ」

「あんなことした私がのうのうと野球を続けてて、怒ってない?」

 その言葉に堀越さんが少し驚いた様子を見せる。

「彩音はいつまでも私の目標だよ、野球を辞めるなんて言ったらそれこそ怒ってた」

「……本当に、私には勿体無いぐらいの言葉だよ」

 目尻に浮かんだ涙を天城さんが拭った。

 堀越さんが差し出した手を握る、二人硬く握手を交わした。


「足の古傷には気をつけてね、痛めやすい場所だから」

「うん、今の私には支えてくれる人がいるから……大丈夫だよ」

「それはそこで覗いてるマネージャーさんのことかな?」

 思わず体が跳ねる、気づかれていたのか。

「盗み聞きするような形になってごめん、二人のことが心配で」

「いえ良いんですよ……安島さんでしたっけ? 聞いての通り彩音は前に一度大きなケガをしてるんです、それなのにストレッチとかが嫌いでどうにも」

 堀越さんは天城さんのことをとても心配してるようだ。


「大丈夫、今ではしっかりストレッチさせてるし食事もバランスよく取ってるよ」

 そう言うと堀越さんはホッとした表情を見せた。

「そうですか……ケガは野球選手の天敵ですからね、彩音のことをケアしてくれる人がいてくれると安心です」

「俺も天城さんのプレーが大好きだからね、全力で天城さんを支えることを約束するよ」

「不思議ですね、会ったばっかりなのに安島さんはなんとなく信用出来そうな気がします」

「そう言って貰えると光栄だよ」

 堀越さんが荷物を持ち上げ、校門の方に向き直る。

「彩音、次に一緒に試合が出来る時を楽しみにしてるよ」

「私も同じ気持ちだよ、次はもっと活躍してみせるから」

 ポジションを競い合った二人の絆はまだ壊れていなかった。

 その事に第三者ながら俺は安堵していた。


 野球部のメンバー全員が集まった、今日の試合についてのミーティングを開く。

「今日は試合お疲れ様、惜しくも敗れたけどみんなよく健闘してくれたと思う」

 みんなが神妙な面持ちで俺の言葉に聞き入っている。

「まず良かった点としては投手力という点では十分相手に通用したと思う、特に詩織のピッチングは文句のつけようがない素晴らしい内容だった」

「攻撃に関しては初回の犠牲フライの一点と二回の内野ゴロの間の一点、初回はノーヒットで一点を取ったわけであの攻撃は見事の一言だ」

「得点は二点に終わったわけだけど、黒崎さんの能力を考えれば二点という点数は決して少なくないと思う、問題は守りの方だ」


 触れにくい話題ではあるが、きちんとみんなが認識しなくてはいけないことだ。

 初瀬さんが居づらそうにしているが、それでも意を決して口を開く。

「こちらの失点はセカンドゴロ悪送球の間の一点とライトへのスリーベースヒットでの一点、それとファーストゴロエラーでの一点の三失点だ」

「二つはエラー絡み、スリーベースヒットも捕球できそうな当たりだったから実質全てが守備の乱れからの失点と言っていいと思う」


「ごめんなさい……私の悪送球がなければ……」

 消え入りそうな声でそう呟く初瀬さん、かなりの責任を感じているようだ。

「初瀬さん、終わったことを気にしたってしょーがないよ、次取り返すしかないじゃん」

 広橋さんの明るい声が響く、彼女もミスをした本人なのだが完全に立ち直っているようだ。

「その通りだ、初瀬さんと広橋さんは野球を初めてまだ間もない、詩織はファーストを守るのは初めてだったしこのミスは必然のものだったと言えると思う」

「大会に出るのは来年、それまでじっくり時間を掛けて守備の確実性を上げることが重要だ」

「そうすれば杉坂女子は十分に勝てる相手だ、例え好投手の黒崎さんを擁していようともね」


 もう一つ、大きな課題がチームにあると俺は感じていたがそれは口に出さなかった。

 これはチームというよりは個人の問題だと思ったからだ。

 その後はそれぞれが思いの丈を発言し、三十分ほどでミーティングは終わりを告げた。


「樋浦さん、ちょっと」

 解散しそれぞれが部屋に戻ろうとする中、俺は樋浦さんに声を掛けた。

「今日の私のことですよね?」

 樋浦さんは俺がどういった用件で個別に彼女を呼び出したのか分かっているようだった。

「ああ……樋浦さんは、チャンスで気負ってしまうタイプなのか?」

 単刀直入にそう尋ねる、今日の試合、樋浦さんは見事なヒットを一本放っている。

 その打席の時は綺麗なスイングでボールを捉えている、そういった印象を持たせた。

 黒崎さんの速球にも力負けしない力強い打撃は主砲として大いに期待させる内容だった。

 しかしその次の二つの打席はスイングが乱れ、悪い内容のままサードフライと三振に倒れていた。

 そしてそれらはどちらもチャンスでの打席だった。


「……中学の時からそういう傾向はあったんです、ランナー無しの場面ではいくらでも打てるのにチャンスになると上手く体が動かなくて」

「それでも中学レベルの投手なら何とか誤魔化しながら打ってきたんですけど、黒崎さんが相手では厳しかったですね」

 そう言って樋浦さんが自嘲気味に笑う。

 相手のチームもそれを察していたのだろうか、最終打席では好調の天城さんとの勝負を避けて樋浦さんとの対決を選んだ。

 四番にここ一番で頼ることが出来ない、これはチームにとってかなり致命的な欠陥になってしまいそうだと感じていた。

「……私を四番から外した方がいいんじゃないですか? 自分でも四番を打つような器じゃないってそう思ってます」

「……考えておくよ」

 軽々に返事が出来るような内容ではないのでその場ではそう言うに留めた。

 しかしチームの主軸に関わる問題、真剣に取り組む必要があるだろう。

 多くの課題が見つかったこの練習試合。

 来年の大会に向けて課題を改善していこう、時間はたっぷりある。

 チームの今後について思いを馳せた。

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