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贖罪の方法

 俺は一通り紙に選手のリストアップを終えて一息付いてから部屋を出た。

 妹である愛里に話しておきたいことがあった、そのために愛里の部屋に向かう。

「愛里、ちょっといいか?」

 軽くドアをノックして声を掛けると入室を許可する声が聞こえたのでドアを開ける。

 愛里はどこかぼんやりとした様子でベッドに腰掛けていた。

 それは今後、卒業するまでの部活動について思い悩んでいるように見えなくもない。

「……どうしたの、お兄ちゃん?」

「いや、お前に謝っておかないといけないかと思ってな」

「……謝る? お兄ちゃんが? 私に?」

 何を言ってるのか分からないと言った様子で愛里は首を傾げる。


「俺が桜京高校に誘わなければ愛里は関西国際女子に進学して優勝出来てたんじゃないかって思うんだよな。向こうでも愛里は既に一流の捕手扱いだったわけだし」

「……お兄ちゃんには言ってなかったけど、関西国際女子からも普通に推薦貰ったよ」

「それは初耳だな、どうして俺が桜京高校に誘った時にそう言わなかったんだ?」

 今になってその事実を知ることになったが、その事実自体には全く驚かない。

 贔屓目を抜きにしても愛里に勝る捕手なんていうのは天帝高校の佳矢ぐらいだ。

 その佳矢が関東の選手であることを考えれば、愛里は文句なしで関西ナンバーワン捕手として扱われてるべき存在だ。

 先ほどの愛里の口ぶりでは関西国際女子以外からも山ほど推薦を貰ったはずだ。

 最高クラスの推薦で関西でいくらでも高校を選べる立場だった愛里を、俺はスポーツ推薦すら存在しない桜京高校に引っ張ってきたことになる。

 それが果たして愛里のためだったのか、今になってそう考えるようになった。

 今更何を言ってるのだろうと自虐的な笑みを漏らしそうになる。

 一年時のチーム編成で愛里の存在をアテにしていたのは他ならぬ俺自身だったのに。

 あの時の俺はどうチームを作るかを考えるのに必死で、それが愛里にとっていいことなのかどうかということを考えることすらしなかった。


「……だって、私はとっくに桜京高校に行くって決めてたから。どこからどんな内容でいくつ推薦を貰おうがそんなことはどうでもよかった」

「……俺が、愛里に頼ってしまったからか?」

 愛里は心優しい子だ、兄である俺に必要とされればそれを断れるはずがない。

 そうして桜京高校に誘った結果、最後の一年は普通に野球部として活動することすら難しような状況に追い込んでしまったのではないか。

 残される二年生のうち、千隼と小賀坂さんについてはまだ言い訳ができる。

 千隼が三年目を棒に振るのは多大な損害だと思うが、元々彼女は入学時に野球部に入る意志がなかったのだからそれを考慮すれば仕方がないと言えなくもない。

 そして小賀坂さんの場合は樋浦さんに憧れてという理由で誘われることもなく自ら入学してきたのだから本人の判断だと言ってもいいだろう。

 しかし愛里の場合はそれらのケースとは違い、俺が直接勧誘しているのだから責任の重さがまったくもって違ってくる。

 さらに言うならば口は悪いが愛里の場合は他の二人とそもそもの素材が違うということも考慮する必要があるだろう。

 客観的に評価として、いくつもの推薦を関西で受けた愛里に比べれば他の二人が霞んでしまうのは仕方がないことだ。

 それだけの価値がある選手だっただけに、俺の勧誘には大きな責任がつきまとう。


「……お兄ちゃんは勘違いしてるよ、私の望みはお兄ちゃんと野球がしたいということだけ。例えそこが一回戦敗退の高校だろうが、試合が出来なかろうが関係ないの」

「だからあとの問題は、推薦を蹴ることによってお母さんの負担が増えることを謝らないといけないぐらいだった。こんなワガママで推薦を棒に振ってまでお母さんに甘えるのは許されるべきことではないと思うけどお母さんはそれを許してくれた」

 俺も大阪からわざわざ東京の寮に出てきたのだ、愛里と違って蹴るような推薦は当然なかったが母さんに余計な金銭負担を掛けたという意味では同じだ。

 バイトをして少しでも母さんの負担を減らそうとはしたが、俺と愛里が余計に掛けた負担のことを考えたら焼け石に水だっただろう。

 それでも母さんは俺の夢のために、東京行きを許してくれたのだ。

「母さんには、どんなに感謝してもし足りないな」

「……うん、私もそう思う。でも少なくとも私はお母さんのその心遣いのお陰で最高に幸せな時間をここで過ごすことが出来た、だからお兄ちゃんが謝ることなんてない」

 そう話す愛里の瞳には一点の曇りもなくて、本心からそう言ってくれてるのだと実感することが出来た。

「その言葉を聞けて、少し胸が軽くなったよ」

 ドアの前に移動してから、ドアノブに手をかけてそれを開く。

「愛里、色々とありがとうな。お前は俺には出来過ぎた妹だよ」

 部屋を立ち去る前にそう愛里に伝えてから、俺は自室に戻った。


 そうして部屋に戻ってからしばらくして、俺の部屋に来客があった。

 それが樋浦さんだと確認した瞬間、俺は大方の内容を予想していた。

「安島くん、少しいいですか?」 

「ああ、部屋に上がるか?」

 そういう風に進めるとおじゃましますと断りを入れてから樋浦さんが部屋に上がる。

「その椅子でも使ってくれ、それで何の用だ?」

 内容を予想はしていたものの、確認の意味も込めて樋浦さんにそう尋ねる。

「安島くんはよく分かってるはずです、今日の試合は私のせいで負けたって。みんなの前でそれを責めなかったのは安島くんの優しさだと思いますけど」

 どうやら俺の予想した内容で間違いないようだ、そして樋浦さん自身もその過ちに気づいているということも分かった。

 そうなればここは誤魔化すべきではない、それは彼女のためにもならないだろう。


「最後のバントは俺も良くないとは思ったけど、樋浦さんのせいで負けたというのは言い過ぎじゃないか?」

「戦って負けたのであればそれは仕方がないと言えるかもしれません。でも私は四番を任されながら戦うことすら放棄して勝負から逃げた、最低の人間ですよ」

 樋浦さんの言っていることは事実だ、樋浦さんがバントという選択肢を取ったことで結果的に七番に入った投手の詩織と八番の小賀坂さんで勝負されてしまった。

 結果から見れば明らかなミスである、それは擁護のしようがない。

「樋浦さんは、あの場面最初からバントも選択肢として考えてたの?」

「いえ、天城さんが敬遠されるのを見て頭が真っ白で……初球は盗塁のサインだったので見逃した後また打てないんじゃないかと不安で余計に何も考えられなくなって」

「冷静に考えたら絶対にあり得ない選択肢だったのに、気づいた時にはバントをしてました。精神的にも平常心は保てていなかったと思います」

 樋浦さんはそれまでに悪い形での凡退を繰り返しており、打てる自信が持てないまま耐え切れずにバントに逃げてしまったというのが実情のようだ。


「事情は分かった、あれは明らかに樋浦さんのミスだったというのは認めざるを得ないと思う。しかし同時にそれは俺のミスでもあったとそう考えているんだ」

「安島くんの?」

 樋浦さんはどうしてそうなるのか分からないといった感じの表情を見せている。

「樋浦さんがきちんと四番としての自信を持ってプレー出来るようなケアが出来ていなかった、それに関しては明らかに俺のミスだと言えるよ」

「そんなことはないですよ、私が弱かっただけです」

「仮にそうだとすれば弱い存在を四番に据えた俺の責任ということになる、そして俺はミスはしてもどうしようもないような弱い存在を四番に据えるほど愚かではない」

「それは……過大評価ですよ、私はどうしようもない弱い存在だったと思います」

 そう言って樋浦さんは顔を伏せてしまう、相当に責任を感じているようだ。


「俺は今でもそう思っていないよ、だから樋浦さんに提案があるんだ」

「提案?」

「そう、例の大学に樋浦さんも進んで貰ってから俺が監督を務める球団でもう一度やり直そう。必ず樋浦さんを俺のチームに入れられる保証はないが最大限の努力をする」

「急に、そんなことを言われても……」

 戸惑いの様子を隠せない樋浦さんを無視して俺は言葉を続ける。

「今回のミスを俺は無駄なものにしたくない、そしてそれを結果に結び付けたいと思ってる……まだまだ時間はある、ゆっくり考えて答えを出してくれればいいよ」

「……わかりました、失礼します」

 そう言って樋浦さんが部屋を後にする、話したいことは全て話した。

 あとは樋浦さんが今の自分の弱さと向き合う覚悟があるかどうかが鍵になるだろう。

 きっと樋浦さんは良い返事をくれるはずだと、なぜかそんな予感がしていた。

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