全国大会 決勝戦 VS 関西国際女子④
彩音による初ヒットこそ生まれたものの、それでもまだまだ得点への道のりは遠い。
他の打者はまだまだ浅野さんのアンダースローに対応出来てないのが実情だ。
ストレートだけでも捉えられていないのに、そこにスライダーとシンカーという二つの変化球が加わってくるのだからこれは相当に厳しい。
その三つの球種のどれもがアンダースローから繰り出されることで今までに経験したことがない全く新しい軌道を描いているのだからその脅威は想像に難くない。
さらに言えばその上で浅野さんはコントロールが非常に良く、甘いコースにボールが来ることは殆どあり得ないというのも打ちにくさに拍車をかけている。
それは同時に四球での出塁が期待できないということでもあり、浅野さんが自滅するタイプの投手ではないことを示している。
一方の真由も浅野さんの内容には及ばないながらも無失点で抑え続けている。
先ほどピンチを背負ったりしたがランナーを何人出そうが本塁を踏ませなければ全く関係のないことだ。
どちらの内容がいいかと言われればここまでは浅野さんに軍配が上がるだろうが、それがこの勝負の行く末を決定づけるものにはならない。
ワンチャンスで点を取れればそのまま勝てる可能性は十分にあるのだから。
六回表のこちらの守り、この回の関西国際女子の攻撃は打順よく一番から始まる。
つまり三番の神代さんに回ることになる、この回の攻撃は要注意だろう。
こちらの打線のキーマンが彩音ならば向こうの打線のキーマンは神代さんだと俺はそう感じ始めていた。
第一打席はアウトにこそなったものの強烈なサードライナー、そして第二打席では現時点でこのゲーム唯一となる長打を放っている。
彼女の打撃が好調であろうことには疑いようがない、だからこそ一番から始まるこの回は今まで以上にしっかりランナーを防いでいかないといけないことになる。
まず先頭の詩帆さんに対して厳しいコースを攻めてセカンドゴロに打ち取る。
これでワンナウト、あとは二番の歌帆さんをアウトにとれれば理想的だ。
神代さんを打席に迎えた際にランナーがいるかいないかというのはとても大きい。
そんな状況で打席に迎えた歌帆さんの打球は二遊間に向かって飛んだ。
これはセカンドの初瀬さんの守備範囲だ、しかし球足が早く難しい打球となる。
しかも打球のコースが二遊間方向なので逆シングルで取りに行かなくてはいけない。
初瀬さんは正面の堅実な守備は確実にこなせるようになっていたが、そういった体勢を崩されての守備は未だに苦手としていた。
そしてこの場面でも打球の捕球に失敗した、グラブで弾いたボールが二塁ベース後方を転々としていく。
初瀬さんがそれを拾い直したものの当然一塁は間に合わない、エラーが記録される。
帽子を取ってマウンドの真由に向かって謝罪の意を示す初瀬さんに対して、真由が軽くグラブを嵌めた左手を上げて応える。
これで一死一塁、そして三番の神代さんが打席に立つことになる。
これがもし一死二塁だったら迷わず敬遠の場面、しかし一塁であるならば話は別だ。
わざわざ敬遠で得点圏にランナーを送って失点のリスクを高めるのは不合理だ。
もしも後続の打者が極端に劣るというのであればそれも選択肢になり得るかもしれないが、神代さんの次は四番の日下部さんで彼女もまた優秀なバッターである。
それを考えると敬遠はしにくい、総合的に判断して勝負するほうがいいだろう。
しかし長打が出れば一気に一塁ランナーの歌帆さんがホームに帰ってくることもあり得る、彼女の足は平均よりかなり速いのだからその可能性は決して低くない。
そのためこの打席での神代さんとの勝負では外野を少し定位置より後ろに下げる。
そして神代さんとの勝負、初球が外れてワンボールとなってからの二球目だった。
膝下に沈むチェンジアップを上手く拾った、打球はサードの頭を越えてレフト前に。
レフト方向であれば三塁が近い、一塁ランナーの歌帆さんも二塁でストップした。
一死一・二塁と場面が変わる、結果的には敬遠したのと同じ形になった。
ピンチを背負いここから日下部さん、そして和泉さんと打線は続いていく。
先ほどと逆に今度は外野を前に寄せる、ワンヒットで一点はどうしても防ぎたい。
日下部さんが得意とするのはインコースだ、それを踏まえて攻める必要がある。
その初球は外角へのスライダー、右打者の日下部さんから見れば外に逃げる球だ。
これがコース一杯に決まってワンストライク、貴重なカウントを稼いだ。
その次は胸元のボール球の速球で一度身体を起こさせてから今度は一転してアウトローにチェンジアップを投じて二つ目のストライクを奪う。
ワンボールツーストライクと追い込んだ、ボールカウントにはまだ余裕がある。
そんな場面での愛里の要求はアウトローへのチェンジアップだった。
しっかりと低めに落ちるそのチェンジアップを日下部さんは捉える事が出来ない。
バットが空を切り、空振り三振に倒れた。
真由のチェンジアップの質は非常に高い、連続で投げても捉えるのは困難だろう。
そして続く和泉さんに対してもチェンジアップでカウントを整えていく。
カウントはツーボールツーストライクとなる、出来れば次で仕留めてしまいたい。
最後のボールはチェンジアップより速いスピードで打者に向かっていく。
ストレートだ、チェンジアップを想定していたであろう和泉さんからはそんな風に見えたに違いない。
しかし現実にはそうではない、真由がここで投じたのはフォークボールだ。
チェンジアップを習得したことで投げる頻度は極端に低くなったが、それでもこのフォークボールが十分通用する武器であることには変わりない。
チェンジアップを待っていたところに来たストレートに対応しようとしたバッティング、それでフォークが打てるわけもなく当然バットは空を切ることになる。
二者連続の空振り三振、最高の結果で真由がこのピンチを凌いで見せた。
「ナイスピッチングだったな、ここで抑えたのは大きいぞ」
「ありがと修平、行けるとこまでなんとか抑え続けるよ。とりあえず私が失点しなければ負けはないからね」
ここまで無失点、二度得点圏にランナーこそ置いたものの真由の内容は良い。
この先の好投を期待してもいいだろう、まだしばらくはマウンドを任せられそうだ。
そして試合は進み七回の裏のこちらの攻撃、打順は二番の愛里から始まる。
この時点で打線が二巡していたがヒットに至ったのは彩音一人、そして浅野さんの奪った三振の数は十四個と圧巻の投球が続いていた。
そしてこの回先頭の愛里も良いコースに落ちるシンカーで空振り三振に倒れる。
これで十五個目の三振を奪い、ワンナウトを取る。
そして打席には三番の彩音、ランナーを出しておきたかったがそれは叶わなかった。
第一打席は凡退、第二打席はシングルヒットを放っている。
いずれの打席も狙いはストレートだった、この打席も同じなのだろうか。
しかし先の打席ではストレート狙いが恐らく看破されていた、俺でも簡単に推測できたこの事実に彩音が気づいていないとは考えづらい。
そうなると狙いは別のボールになってくるかもしれないな、そんな風に思う。
その注目の初球はインコースに食い込んでくるスライダーだった。
彩音はそれを見送る、ボールゾーンに外れてワンボール。
体に近いボールだったが体を動かして避ける必要はないぐらいの際どいコース。
そして二球目、膝下にボールが投じられる。
二球連続となるスライダーだ、それに対して彩音がバットを振りぬいた。
快音を残して打球は右中間へと飛んだ、大きく打球が伸びていく。
ライトの日下部さん、センターの神代さんが共に全力で追うがこれは届かない。
打球はフェンスを叩き跳ね返った、長打コースの当たり。
その打球を処理したのはライトの日下部さんだった、持ち前の強肩を活かして返球。
彩音は二塁を大きく回ったところでストップし、二塁ベースへと戻った。
ツーベースヒットで一死二塁のチャンス、初めて得点圏にランナーを進めた。
そして打順は四番の樋浦さんへと回る、最初にして最大になるかもしれないチャンスを迎えていた。
