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全国大会 決勝戦 VS 関西国際女子①

 先発の予想を外した、その事実がこちらのメンバーに大きな動揺を生み出していた。

 地区からここまで全ての試合で先発は伊良波さんだった。

 だからこそいくら伊良波さんが本調子でないとしても控え投手を代わりに先発として起用してくるとは思っていなかった。

 しかしその予想はあっさりを裏切られて、伊良波さんは先発を外れた。

 そして代わりに先発を務めるのが最後の一人の補欠でしかなかったはずの浅野さん。

 ここまでの関西国際女子の試合は全てチェックしているが、浅野さんが投手として登板した試合は一つもなかった。

 準々決勝の大差の場面で代打として出たあとレフトの守備についていたから俺は浅野さんが外野手なのだとそう思っていた。

 こちらが組んだオーダーは以下の通りだ。


 一番 レフト 星原

 二番 キャッチャー 安島愛里

 三番 センター 天城

 四番 サード 樋浦

 五番 ライト 広橋

 六番 ピッチャー 氷室

 七番 ショート 羽倉 

 八番 ファースト 小賀坂

 九番 セカンド 初瀬


 伊良波さんを相手にすることを想定して組まれたオーダーとなっている。

 その伊良波さんが比較的速球派であることから速球に強い選手を前の打順に上げたオーダーとなっているが、これが浅野さんに対しても最適かどうかは分からない。

 もっとも、仮に浅野さんが先発だと知っていたとしてもそれによって適切なオーダーが組めたとは思えない。

 浅野さんがどんな投手かというデータが一切無いのだから当然の話だ。

 相手がどんな投手か分からなければどんなオーダーを組んでいいのかも分からない。

 どちらにせよ既にオーダーの交換は終わっている。

 今から打順や出場選手が変えられるわけではないのだから腹を括るしかないだろう。


「みんな聞いてくれ、俺は関西国際女子のこの大会の全試合をチェックしていた。だけど今日先発の浅野さんはここまで一度も登板していない、完全に未知の相手だ」

「だから序盤は出来るだけ球数を稼いでどういう投手か見極める時間を作って欲しい」

 みんなからそれを了承する声が返ってくる。

 ありきたりでなんの捻りもない様子見という作戦だったが、なんの情報もない相手に初回から振り回すよりはいい結果を生むはずだ。

 何れにしても俺たちは後攻だから、まずは初回に相手の攻撃を防がないといけない。


 真由がマウンドに上がり、左打席に立つ一番打者の柏葉詩帆さんとの対戦に臨む。

 詩帆さんは打撃で好調を保ち打率はここまで四割台と高い打率を残している。

 彼女が出塁すれば足も警戒する必要が出てくるし、失点に結びつく可能性も高い。

 いい打者であることは間違いないが、彼女には一つの傾向があった。

 それは初球はほぼ確実に見逃すということだ。

 以前ウチと練習した試合では全ての打席で初球に手を出すことはなかったし、この大会の全ての打席で考えても初球は様子見というのが九割五分以上を占めている。

 ウチで最高の打者である彩音も慎重な打撃スタイルであるからそこは似ている。

 しかし彩音は初球を捨てているわけではない、きちんと山を張ったりしてそれが当たった場合は初球から積極的にバットを振る場面もある。

 そしてそういう場面では必ずと言っていいほど良い結果を生み出していた。


 その点詩帆さんは少し消極的すぎるというのが俺の感想だった、素晴らしい打者であるのは間違いないが最高の打者である彩音と比べるとさすがに劣る部分がある。

 この傾向についてはバッテリーに話してある、初球はストライクを取りに行くはず。

 そう考えながら見守っていた初球はアウトコースへのストレート。

 そこそこのコースに決まってワンストライクとなる、やはり詩帆さんは見送った。

 このワンストライクは非常に大きい、これで有利に勝負ができる。

 二球目にボール球を使ってから三球目に得意球のチェンジアップで追い込む。

 ワンボールツーストライクから再び一球遊んでツーボールツーストライク。

 最後は再びチェンジアップ、これが膝下の絶妙なコースに決まった。

 少しでも甘ければ詩帆さんも対応出来ただろうが、このボールはどうしようもない。

 バットが空を切って空振り三振、まずワンナウト。


 そして二番の歌帆さんが右打席に立つ、彼女は詩帆さんとは逆のタイプだ。

 率を残すよりも長打力が持ち味で、慎重スイングする詩帆さんに対して歌帆さんは積極的に手を出してくるケースが多い。

 過去のデータを見てもそれは明らかで、以前のウチとの練習試合では全ての打席でファーストストライクを振ってきている。

 そして先ほどと同じくこの大会での全ての打席に当てはめても同じことが言える。

 ファーストストライクをスイングした打席は約七割、そして三球目までその範囲を広げると八割五分ほどの割合で打ってきている。

 明らかな早打ちだ、積み重ねたデータがそれを物語っている。

 詩帆さんとはどこまでいっても正反対だ、双子の姉妹なのにここまで鏡合わせのように逆のタイプだという事実から芸術性すら感じられるぐらいだ。

 打席の左右が違えば打席での傾向も積極的なスタンスと消極的なスタントであり、その傾向は打撃だけに留まらず守備への姿勢にも表れている。

 これはきっと二人の意図したものではないだろうかと俺はそう感じ始めていた。


 姉妹揃って同じタイプの選手に成長してしまってはきっとダメなのだろう。

 同じタイプに成長して同じタイプを得意とし、そして同じタイプを苦手にする。

 そうなれば二人にとって苦手なタイプの相手を迎えたときに膝を屈するしかない。

 しかし二人が真逆のタイプに育ったのであればそんな事態は避けられる。

 片方が苦手する相手でも逆の特性を持つもう一人がそれを捉えることが出来る、お互いがお互いの欠点を補完しあって一分の隙もない一番二番の並びを完成させたのだ。

 そしてそういうタイプという要素以外でも、彼女たちは素晴らしい選手に成長した。

 二人共方向性こそ違うものの打撃も守備も安定した高水準の能力を持っている。

 そして何よりも心強いのが双子の姉妹ならではの驚異的な精度の連携プレーだ。

 アイコンタクト一つで、いや視線すら交わさずとも彼女たちはお互いが何を求めどういったプレーをすればいいのかが分かるのだろう。

 その証拠に他の二遊間では完成させられないであろうスーパープレーをいくつもいくつも積み重ねてきた。

 その二遊間の堅牢さで言えば、右に出る存在はあり得ないだろうすら思える。


 そんな素晴らしい選手だが、それでもやはり穴は存在するのだ。

 積極的に打ってくる打者なら徹底的に散らしてやるのが効果的だ。

 詩帆さんに比べると率が低いと言っても打率は三割半ば、当然要警戒のバッターだ。

 その初球、愛里のが要求したのはインコースへのストレート。

 歌帆さんがそれを見送る、際どいコースだがボール一つほど外れている。

 積極的に打ってくるとは言っても決して選球眼が悪いというわけではないのだ。

 続いてのボールも再びインコースに投じられた。

 またしてもストレート、今度は先ほどよりも大きく外れた打者の体に近いボール。

 ぶつかるほどではないが明らかなボール球でボールが二つ先行した。

 ここからどう配球するか、おそらく愛里の腹はもう決まっているだろう。

 三球目、今度は一転してアウトコースにボールを投じた。

 外のストライクゾーンに収まっているそのボールに対して歌帆さんがスイングする。

 しかしそのボールは手元で曲がってボールゾーンへと逃げていく。

 芯を外れた弱いゴロがセカンドの正面に転がった。

 セカンドの初瀬さんが難なく捌いてツーアウトとなる。


 これは愛里の狙っていた結果だと言えるだろう。

 ツーボールノーストライクとこちらはカウントを不利にした。

 逆に言えば打者有利のカウントであり、歌帆さんとしては打ちたい場面である。

 そしてそれまでの二球が内角のボール球であったのが布石だった。

 元々歌帆さんはインコースをアウトコースより得意にしている。

 そのことはよく分かっているし、ある程度彼女を研究しているチームは外を中心に配球するのが当然となる。

 だからこそストライクを取りに来るのは外角だと歌帆さんもそう思ったはずだ。

 内角に二球ボール球を投げたのもそれを考えれば効果的な攻めとなる。

 そしてこのボール先行のカウントであれば外角でストライクを取りに来る。

 そう読むのが当然の発想だ、ここでボールを出せばスリーボールノーストライク。

 どう考えても絶望的であり、誰だってストライクが欲しい場面だ。

 だからこそ歌帆さんは外角を狙っていたのだと思う、それは間違っていない。

 しかし愛里はそれを完全に読みきって逆手に取った。

 ストライクが来ると思って外角を狙っている打者に対して、その外角に投じたのがストライクからボールとなる変化球だったとしたらどうなるか。

 当然打ち損じる、そんなボールは全く想定していないのだから対応できない。

 それによりボール先行の不利なカウントから歌帆さんをセカンドゴロに打ちとった。


 厄介な双子を塁に出さずにツーアウトまでこぎつけたが、まだ大きな山がある。

 三番の神代さん、相変わらずサングラスをかけておりそれが極端に目を引く。

 高校野球でも最近では一部のタイプにおいてサングラスが許可されるようになったのだが、実際にそれを着用する選手はほとんどいない。

 日本人の感性には合わないのかもしれない、そんなものをつけて無駄に目立ちたくないという意図があるのかと勝手に想像している。

 しかし神代さんはお構いなしだ、彼女の場合は目が日光に弱いという理由もあるのだと俺は知っているから妙な偏見を持つことはない。

 だかそれを知らない人から見るとやはり変な先入観を持つこともあるかもしれない。

 しかし神代さんはそんなことにはお構いなしだ、やはりその辺りでハーフの神代さんにはアメリカ人に近い考え方が根付いているのかもしれない。


 神代さんが右打席に立つ、彼女の打撃成績は今大会頭ひとつ抜けている。

 打率四割後半というのもすごいがそれに加えて四本塁打を記録している。

 これは大会でもトップの成績だ、率と長打を兼ね備えた恐ろしいバッターである。

 それに対してどう攻めるか、愛里は初球外のスライダーを選択した。

 ストライクからボールへと逃げるそれを神代さんはあっさり見逃した。

 ワンボール、慎重にボールから入る攻めを選択したようだ。

 そして二球目にカウント球としてチェンジアップを投げる。

 神代さんがそれを見送ってストライク、目論見通りカウントを稼いだ。

 これでワンボールワンストライクとなる、平行カウントから何を投げさせるのか。


 三球目、愛里の選択はインコースだった。

 球種はストレート、神代さんがそれを思い切り引っ叩いた。

 強烈なライナーがサードの樋浦さんのグラブに収まる。

 捕球しにいったというよりは飛んできた打球に対して反射的に顔面を庇ったグラブにボールが飛び込んだように見えた。

 何にせよアウトはアウトだ、これでスリーアウトとなり三者凡退で退ける。

 しかし今の神代さんの打球はすごかった。

 インコースのストレートだったがコースはボールだった。

 ボール球を強引に叩いてあれだけの打球を飛ばしてくるのは驚異的である。

 濃密な上位打線をなんとか抑えたものの、やはり関西国際女子の打線は凄い。

 それを改めて肌で感じていた。

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