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大きな挑戦

 関西国際女子二年の浅野佳澄の夏は地区大会三回戦で終わりを告げた。

 その大会でも私はベンチ外だった、全国まで勝ち進めればメンバーは選び直されるが仮にそうなったとしても自分が選ばれる可能性が無いことぐらい分かっていた。

 そしてスタンドから声援を飛ばしていただけの自分でも負けるのは悔しかった。

 一年、二年の二度の大会を終えた今となっても私は未だにベンチ入りの経験がない。

 当然の話だ、関西国際女子の野球部に入部するのはエリートばかりなのだから。

 元々こちらの地方では名のしれた強豪校であるし、ここ最近は選手集めに今まで以上に力を入れていることもありその選手層は非常に厚い。

 選ばれた推薦組はもちろん、一般入部組だって中学時代に実績を残した優秀な選手が大多数を占めている。


 そんな中私は一般入部組の中でも最低の実績だった、弱小校に当たる所属していた中学の野球部ですら最後まで補欠で最後までスタメン入りすることが出来なかった。

 もしも入部試験があれば間違いなく弾かれていただろうけど、今のところそういったものは設けられておらず私のような人間でも入部は許された。

 そして厳しい練習とチーム内でのレベル差に耐えかねて一年の退部者が相次いだ。

 これは毎年のように起こることで、さすがに推薦組での脱落者はいなかったものの一般入部組ではそこそこの実力の持ち主が退部するケースも珍しくなかった。

 ましてや実力の無い選手はすぐに退部するのが普通だ、実力差を目の当たりにすれば自分はこの野球部でやっていくことは出来ないということにはすぐに気がつく。

 私も本来ならばその例に漏れず退部するような人間だったはずだ。

 それでも私は退部しなかった、雑用をこなしながらしっかりと練習を積み重ねて自分を鍛え上げようと自分に出来る最大限の努力を積み重ねてきた。

 努力は必ず報われるはずだと、そんな甘い考えを持っていたのかもしれない。


 しかし二度目の大会でもベンチ入りメンバーの選出に掠りすらしなかった、その時になってようやく私は現実を受け入れざるを得なくなった。

 凡人がどんなに努力を重ねようと、才能のある人間には勝てないのだ。

 そう気づいてしまったけれども、それでも退部は考えていなかった。

 野球の実力など全く無いような私に対しても他のみんなはとても優しかった。

 少し神代さんとトラブルになったりしたけど、それも安島さんの力添えもあって無事に解決することが出来た。

 そんなみなさんに少しでも恩返しがしたい、その一心で私は雑用や打撃投手などチームを支える裏方として三年間を過ごすつもりだった。

 例え一度もベンチ入り出来なくてもいい、この野球部の力になりたかった。

 そう覚悟を決めたはずなのに、安島さんのアドバイスで伊良波さんがその実力を発揮し始めたときは心中穏やかでは居られなかった。

 チームメイトに良い事があって嬉しいという気持ちの裏側で、一年後輩の伊良波さんがこれから大活躍するであろうことにどこか鬱々とした気分を感じていた。

 私は、伊良波さんの才能に嫉妬してるんだとその時に気がついた。

 練習量では伊良波さん以上に積み上げてきた自信があった、それでも伊良波さんの不調の時の実力の足元にすら及ばなかった。

 私は自分が選手として活躍することを諦めたつもりだったけど、どうやら自分の中ではそれを整理することが出来ていなかったようだ。


 安島さんが私にその言葉を掛けてくれたのはそんな時のことだった。

 今までの努力は確実に血となり肉となっている、あとはきっかけ一つかもしれない。

 その言葉と目の前の伊良波さんのサイドスロー転向の成功、それらが組み合わさって私の中に一つのアイディアを生み出した。

 私もフォームを変更すれば投手としてやっていけるかもしれない。

 小柄の上に右投げの私が通常のフォームで投手として成功するのはまず無理だろう。

 左投げの投手ならともかく右投げで小柄な投手が成功する例自体が非常に稀なのだ。

 それでもフォームを変更すれば投手として通用する可能性が生まれるのではないか。

 そしてその発想を突き詰めるたことで私は一つの結論に行き着いた。

 私の武器は走り込みで鍛え上げた強靭な下半身の強さ、小柄であるという欠点を補いつつその武器を活かすことが出来るフォームが存在する。


 アンダースローだ、下半身が安定していないとこのフォームで投げることは難しいということは一般的によく言われている。

 このフォームの投手は非常に少なく、その希少性が打ちにくさに拍車をかけている。

 アンダースローから投じられるボールは特有の軌道を描くため、通常の投手に慣れている選手からすると非常に打ちづらい。

 だから攻略のためにはある程度対戦経験を積みで軌道に慣れておく必要があるのだが、アンダースローの投手は少ないため練習する機会を作ることすら困難である。

 ピッチングマシンでも再現不可能であることを考えるとまさに幻のボールだ。

 もしも私がこのフォームをマスターすることが出来れば、それなりの価値が生まれるのではないかとそういう強い期待感があった。


 早速翌日から実際にアンダースローの形で投球を行ってみる、具体的に指導できる人間がいるわけでもないので集めた資料を参考にしての手探りでの練習となる。

 初めて投げたそのボールは予想よりも遥かに好感触だった。

 すんなりと投げることが出来たし、狙ったところにしっかり制球出来ている。

 フォームを微調整しながら投げ込みを続けて、少しずつ形を固めていく。

 元々打撃投手として投げているときもコントロールには自信があったけれど、アンダースローにしてもそれは衰えるどころかさらに制球しやすくなった気がする。

 これならいけるかもしれない、そんな手応えを感じていた。

 今まではどんなに練習を重ねても砂漠に水滴を垂らすようなものだったのが、今はハッキリとその効果を実感することが出来る。

 そのことが嬉しくて、楽しくて仕方がなかった。


 監督にフォームの変更を相談すると快く応援してくれた。

 現在試合に出ているメンバーがフォームを変更するというならともかく、私のようなベンチ外の選手がフォームを変更するというのを止める理由はないだろう。

 元々使いものにならないのだからフォーム変更が失敗しようが損失はない、そしてもしもうまく行って使い物になれば儲けもの。

 ハッキリと口に出してそう言われたわけではないが、監督の損得勘定としてはそんなところだっただろう。

 もちろんそれを責めるつもりはない、監督としてはそう考えて当然だと思う。

 監督の許可も貰い、通常の練習メニューとしてアンダースローの練習をする。

 そうなると他のチームメイトも私のアンダースロー転向を知ることになる、みんなそれを応援してくれるようだった。

 一年後輩でありながらキャッチャーとしてレギュラーを勝ち取った和泉さんも協力してくれた、空いた時間でだが私の練習を手伝うという形だった。


 最初の二週間はひたすら投げてフォームを固めた。

 地道な投げ込みは私の性に合っている、走り込みと同じで積み重ねるタイプの練習ならお手のものだ。

 そして次の二週間で変化球を練習した。

 最初に覚えたのはシンカー、オーバースローの投手では使い手が少ないものの逆にサイドスローやアンダースローの投手にとっては定番とも言える変化球だ。

 これは容易に習得することが出来た、投げやすく最初に投げた時点でそこそこの変化とコントロールを伴っていた。

 初日である程度形を作り、三日目の時点で十分な持ち球とすることが出来た。

 オーバースローで普通に変化球を習得するのに比べたら遥かに楽だった。

 続いて二つ目の変化球として選んだのはスライダー。

 こちらはシンカーに比べると少し習得が難しかった。

 しかしそれでも時間をかければ少しずつものにすることは出来た。

 これはスライダーに限らずシンカーにも言えることなのだが、アンダースローからの変化球は特に球筋が特有であり非常に打ちづらいボールになる。

 その打ちづらいボールを全く違う変化の違うシンカーとスライダーで二つ習得できたらこれ以上ない大きな武器となるはずだ。

 そして練習開始から一ヶ月ほどが過ぎた頃、私のアンダースロー転向はひと通り完了した。

 基本的なフォーム固めに二週間、二つの変化球の習得に二週間。

 今ではそれなりに形になったと自分でもそういう感触があった。

 その後も練習を続けて少しずつ自分を磨いていった。

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