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栄冠に向けて

 桜京高校は順当に勝ち進み準々決勝へと駒を進めた。

 ここから先は一戦ごとに再抽選で対戦相手が決定されることとなる。

 この全国大会で一番怖い相手であろう関西国際女子もここまで勝ち残っている。

 いつ彼女たちと対戦することになってもおかしくない。

 そういう緊迫した抽選だったが、準々決勝では別の相手が選ばれた。

 どこが相手に来ようが関西国際女子以外ならまだ楽な相手だ。


 この大会での関西国際女子の強さは想像を遥かに上回っている。

 まずは先発の伊良波さん、サイドスローに転向してから一年が過ぎ自分にあったフォームを見つけ出すことに成功したのだろう。

 右のサイドから繰り出されるボールは右打者にとって打ち辛いし、速球と高速スライダーの組み合わせで高い奪三振率を記録している。

 そして新たにシンカーを投げるようになっている、どうやらサイドに転向してから習得したようだがこれも大きな武器となっている。

 かなりのスピードがあることから高速シンカーといっていいだろう、変化量もそこそこ大きく三振も十分に狙うことが出来る。

 これで緩急の一つでも覚えたら更に化けるのだろうが、現時点ではストレート、高速スライダー、高速シンカーの三球種で一級品といっていい成績を残している。

 スタミナ面に不安があったがそれも多少は解消されたようだ、地方から全国まで調べてみたがそこそこ長いイニングを投げているし完投した試合もある。

 控え投手が登板した試合も少なくないがそちらの成績はあまり良くない。

 二人の控え投手が投げているがどちらも防御率に直して五点以上といった内容。

 安定感がなく登板機会も大差がついた試合に限られている。


 しかしその大差がついた試合というのが非常に多いのだ。

 元々打線は強力だったのだが、今大会では特にそれが顕著に結果に現れている。

 二遊間を守る柏葉姉妹が一番二番で高い出塁率をマークすれば、三番に入ったセンターの神代さんと四番ライトでキャプテンの日下部さんが長打でそれを返す。

 続く五番に入ったキャッチャーの和泉さんも今大会打撃好調だ、一番から五番まで全く気の抜けない相手が続く。

 もちろん六番以下も十分に実力をもった選手が続く、打線の破壊力だけでいったら天帝高校とくらべても引けをとらないのは間違いないだろう。

 しかしそれでも穴が無いわけではない、今後の組み合わせがこちらに有利に決まってくれれば勝算はかなりあるかもしれない。

 とりあえず関西国際女子の戦いぶりをその目で確かめるべきだ、これまでの試合も見ているが勝ち進んだ今になって変化が現れてくるかもしれない。


 そうして観戦した関西国際女子の準々決勝の試合は一方的な試合となった。

 相手チームはどちらかと言えば投手力で抑えて勝ち進んできたタイプのチームだったが、そのエースが序盤から崩れた。

 決して悪く無い投手ではあったがこれまでは組み合わせに助けられてきたところもあって結果を残してきたが、関西国際女子の打線には通用しなかった形だ。

 結局代わりがいないという理由からかかなり無理をして引っ張ったが六回で八失点という無残な結果に終わった。

 それからは控え投手が出てくるものの当然レベルは落ちる、そうなればさらに失点を重ねていくのは避けられない結末だっただろう。

 八回裏の関西国際女子の攻撃、点差は十四対二と十二点差まで開いている。

 この全国大会では点差を理由としたコールドゲームの規定がない、何点差開こうが最後まで試合は行われる。


 そしてこの回の下位に回る打順で関西国際女子は次々と代打を送った。

 二死無走者となってから代打に送られたのは背番号十八番を付けた浅野さんだった。

 今になって思えば俺は浅野さんのポジションすらまともに知らない、そのポジションを決めるにも値しないぐらいの補欠だったということなのかもしれないが。

 相手投手は四番手の一年生、投げるボールの質で言えば全国大会では下のほうだ。

 それでも浅野さんにとっては荷の重い相手だったかもしれない。

 結局バットには一球もかすらないまま空振り三振に終わった。

 この代打は所謂思い出代打という奴だろう、高校野球では珍しいものではない。

 この先の試合は緊迫したものになるかもしれない、それならば今のうちに試合に出しておいてあげようという監督の親心の表れかもしれない。

 いずれにせよ浅野さんにとって試合に出られたというのは嬉しいものだろう。

 九回表の守備、浅野さんはレフトの守備についたが打球は飛んでこなかった。

 伊良波さんはとっくにマウンドを降りていたが、控え投手が三つのアウトをとった。

 十四対二という圧倒的大差での関西国際女子の大勝で準々決勝は終わった。

 結果だけ見れば関西国際女子の強さを再確認しただけだと思ったかもしれない。

 しかしこの試合を見て俺はこのチームの大きな綻びを見つけた。

 きっとその綻びは次の準決勝では更に大きくなることだろう。

 願わくば俺たちが彼女たちと戦うのはその綻びが最も大きくなる決勝戦であって欲しいものだ、そうなればこちらの勝つ確率も高まるのだから。


 桜京高校の準々決勝戦は五対〇で勝利を収めた。

 ウチの打線も悪くないがやはり大きいのは詩織と真由のダブルエースの存在だ。

 一級品の投手が二人いることでの安定感は計り知れない。

 決して得点も少ないわけではないがこのダブルエースで守って勝つというのが今の桜京高校の基本的な戦い方だと言えるだろう。

 そして準決勝の組み合わせを決める抽選、ここで関西国際女子とは当たらなかった。

 理想的な展開だった、あとはこの準決勝を勝ち抜くだけだ。

 桜京の試合が先に行われたが、こちらは四対〇で勝利を収めた。

 詩織と真由で継投しての完封リレーで快勝、これで決勝進出が決定した。


 一方の関西国際女子の試合は荒れた展開となった。

 相手チームは優勝候補に挙げられる有力校、一筋縄ではいかないとは思っていた。

 その予想通り、伊良波さんが初回から二点を失った。

 球のキレが明らかに悪くなっている、好投を続けていた大会序盤の伊良波さんとはまるで別人のようなボールだった。

 コントロールを乱す場面も目立ち、四球で傷口を広げ失点を重ねる。

 しかし強力打線が伊良波さんを援護する、初回に失った二点は二回で取り返した。

 その後も伊良波さんが失点するたびに取り返して食らいついていく。

 試合は七回まで終わって六対四と関西国際女子が二点のリードを保っていた。

 八回に伊良波さんが更に一点を失うが打線がその一点を取り返す。

 九回を残してスコアは七対五で関西国際女子がリードをしていた。


 そして九回裏の守備、マウンドにはまだ伊良波さんの姿があった。

 ここまでの球数は百三十球を超えている、とうに限界は過ぎているはずだ。

 それでも続投せざるを得ない、替えのピッチャーはいないのだから。

 この僅差でこの強豪校を相手に控え投手を出せば間違いなく打たれるだろう。

 だからどんなに苦しくても伊良波さんが続投するしかないのだ。

 しかし伊良波さんのボールに相手を抑える力は残っていなかった。

 先頭打者にヒットを浴び、続く打者には制球難から四球を与えてしまう。

 これで無死一・二塁、アウトをひとつも取れずに二人のランナーを出してしまう。

 ここで相手のベンチが取った作戦は送りバント、しっかりとバントを決める。

 一死二・三塁、ここで一点差だったら間違いなく敬遠での満塁策だ。

 二塁ランナーが帰った時点で逆転サヨナラという場面であれば一塁にランナーが増えようが大した意味を持たない、それならば満塁策で守りやすくするだろう。

 しかし二点差であることを考えるとここで敬遠すれば逆転サヨナラのランナーを自ら差し出すことになる、それを考えればこのまま勝負という選択肢もあり得る。


 関西国際女子ベンチの決断は敬遠だった、満塁策を選択する。

 俺がその立場でも恐らく敬遠を選んだだろう、ワンプレーで二つアウトが取れる可能性が高くなるのは魅力的だ。

 多少リスクを背負ってでも今の伊良波さんの状態を考えたら満塁にして守りやすくすることでワンプレーで終われるようにするべきだろう。

 結果的にはその狙いがピッタリ嵌った。

 伊良波さんは続く打者に強烈なセンター返しを打たれた。

 足元を抜けた打球は普通ならセンター前に抜けただろうが、関西国際女子の二遊間は柏葉姉妹だ。

 ファインプレーで打球をつかみとると素早く二塁にトスして併殺を完成させる。

 最後まで苦しんだがなんとか逃げ切った、七対五で関西国際女子の勝利。

 これで決勝戦は桜京高校と関西国際女子高校で行われることが決定された。

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