全国大会 三回戦 VS 港南女子高校
一番 レフト 星原
二番 キャッチャー 安島愛里
三番 センター 天城
四番 サード 樋浦
五番 ライト 広橋
六番 ショート 氷室
七番 ファースト 小賀坂
八番 セカンド 初瀬
九番 ピッチャー 成宮
三回戦である港南女子戦のオーダーは前日にミーティングで決めた以上の形とした。
野手陣に関して言えば特別なオーダーではない、通常のベストオーダーと同じだ。
強いて違いを挙げるならばショートのスタメンに比較的軟投派を得意とする羽倉さんよりも速球派を得意とする真由を起用したことぐらいか。
相手先発のエースである牧原さんの直球は黒崎さんに次ぐぐらいの威力があり、変化球に関してはドロップが素晴らしいものの後は手元で動くカットボールだけ。
牧原さんが速球派か軟投派のどちらかと言われれば前者に該当するだろう。
そして大切なのは相手のオーダーだが、左打者は五人と半分以上を占めている。
予想通りだ、今までのスタメンから数人控えに入れ替えているがこれが限度だろう。
元々宍戸さん対策で重点的に左打者を鍛え上げてきたのだ、右打者にまで手が回らなくても全く不思議ではない。
それでも厚い選手層によって控えにはそこそこの右打者が数人いるのだろうが、他の試合でも左打者が殆どのオーダーを組んでいた以上実力は決して高くないはずだ。
高校野球においてレギュラーに左打者が固まっても困ることはあまりない。
プロ野球ほど左右に厳しく対応するケースはあまりないし、それによっていわゆる左キラーのような存在も殆どいない。
だからこそ港南女子も腹を括って思い切った左打者偏重のチーム編成が出来たのだろうが今回は完全にそれが裏目に出た形だ。
それを見越してこちらの先発は詩織にしてある、左打者には滅法強い。
右打者も混ぜてきたが所詮は他の試合でもスタメンを張れなかった選手だからさしたる問題にはならないだろう、右でさえあれば詩織が攻略出来るわけではない。
港南女子の打撃は一人のスターが引っぱるというよりは全体的に優秀な打者が集まって平均的に能力が高いといったタイプ。
しかしそれでも中心になる選手はいる、それが四番を打つ会田さんだ。
ポジションはキャッチャーで守備面においてもチームの要になる存在だ。
打撃は率も残せる中距離打者で守備にも大きな綻びはない。
よく言えば欠点のない、悪く言えば器用貧乏なタイプだが高校レベルであればどの能力も高水準である以上優秀な選手であるのは間違いない。
うちの愛里や天帝の佳矢、この二人のような上澄みの存在に比べるとさすがに劣るが、その次ぐらいには位置するだろう。
万能タイプでありながらその打力には眼を見張るものがある。
しかし彼女もご多分に漏れず左打者であることを考えると、詩織相手に結果を残せる可能性は決して高くはないだろう。
さらに言えば彼女が四番を打つということは他の左打者にいたっては詩織に手も足も出ないということも十分に考えられる。
詩織が無失点で乗り切ってくれるだろうという期待は決して高すぎるものではないはずだ、あとは引っ張れるところまで詩織を引っ張っていけばいい。
試合は五回まで終わって〇対〇と動きはない、両チーム合わせてヒットは二本。
お互いにヒット一本ずつでそれもクリーンヒットとは言えない当たりだった。
今はこれでいい、勝負は終盤でここまでは仕込みの時期だ。
牧原さんは五回を投げ終えて球数が六十八球、悪くないペースだ。
過去の登板での牧原さんは九十球程度でマウンドを降りているケースが多い。
このペースでいけば七回終了時点で九十五球ほど、もしも過去と同じ対応であるならば交代ということになるはずだ。
しかしそれにしても牧原さんのピッチングには素晴らしい物がある。
ストレートとドロップが投球のほぼ全てを占めているのだが、その二つだけで十分に相手打線と渡り合うことができている。
これは力のある投手の証拠であるといって間違いないだろう。
そしてドロップは狙っても打てないから直球を狙うと今度はカットボールで芯を外して打ち取られる、そうなると球数も抑えられることになる。
ここまで奪三振を七個記録していたが、スタミナ面で不安を抱える今の彼女にとっては三振よりも一球で凡打に打ちとれる方が遥かにありがたいだろう。
ここまでで一番貢献してくれたのはこちらの三番である彩音だ、彼女のバットコントロールが素晴らしいものであるのは疑いようがない。
それを活かしてカットで球数を稼いでもらった、第一打席は十一球を投げさせた。
最後はセカンドゴロに倒れたもののこの打席で得たものは大きかった。
もっとも相手もこれではマズイと思ったのか二打席目以降は四球で勝負を避けるようになったが、それはそれで球数を増やす形になる。
ヒットが殆どない割には球数を投げさせられたのは彩音のおかげだ。
そして七回表の港南女子の攻撃、先頭の二番打者がシングルヒットを放つ。
彼女は唯一スタメンで出続けている右打者であるからこれは仕方ない。
これで無死一塁となって、続く三番の左打者が送りバントをしてきた。
一塁でアウトをとって一死二塁、一点が欲しいのは分かるがそれではダメだ。
続く四番の会田さん、左打者とはいえチームの中心であり一番打力はある。
そして次の五番も左打者、それを考えれば無理に勝負する理由はどこにもない。
敬遠で歩かせて塁を埋めてから五番打者と改めて勝負する。
一死一・二塁というチャンスの場面だったが、詩織が投じた高速スクリューで内野ゴロを打たされてあっさりとゲッツーに終わりチャンスは潰えた。
無死からの走者、詩織相手にこの回以上にいい形をつくるのは難しいだろう。
その大きなチャンスを逃した今港南女子に得点の可能性はほとんど残されてない。
七回裏のこちらの攻撃は無得点、この回が終わった時点で牧原さんの球数は九十二球に達した。
一方でこちらの詩織は七回を投げて七十一球とかなりの省エネピッチだ。
事前に可能な限り球数を抑えて長く投げて欲しいと伝えていたが想像以上の成果だ。
ピンチになれば球数を使ってじっくり抑えないといけないが、平時は早いカウントで追い込んでそのまま仕留めに行く。
そういう力配分がここまでは非常に上手くいっている。
そして八回裏のマウンドに牧原さんの姿はなかった。
背番号十番の控え投手が出てきて、牧原さんはレフトに入る。
こちらは六番の真由からの攻撃だったが、そこから二者連続ヒット。
無死一・二塁のチャンス、ここまで全国での二試合で失点してるという内容で安定感のない控え投手だが今日は特に酷いように見える。
ここでタイムがかけられて牧原さんが再びマウンドに戻された。
控え投手で抑えられるところまで抑えてピンチを迎えたら牧原さんをマウンドに戻す算段だったのだろうが、結局アウトカウントは増えずランナーだけを背負った形だ。
ここで打席には八番の初瀬さん、ヒッティングは苦手でバントは得意。
それを考えればここは送りバントしかない、バントのサインを送る。
ランナー一・二塁でのバントは難しいのだが、初瀬さんはあっさりと決めた。
一死二・三塁で打席に九番の詩織、ここで選択肢が生まれる。
詩織の打力は低くまともに点を取りに行くならスクイズぐらいしかない。
しかしベンチに残ってる羽倉さんを代打に出せば何でも出来る。
外野フライもありえるしスクイズをするにしても詩織よりバントが上手い。
点を取るという目的だけで言えばここは代打策も十分にありえる場面だった。
少し悩んだが、結局俺は詩織をそのまま打席に送ることにした。
控え投手の質は良くないし、牧原さんだってスタミナに不安があるからこそマウンドを降りたのは間違いない。
そんな中で勝負を焦って詩織をベンチに下げてその結果無得点、その後真由が打たれて失点というパターンも十分に考えられる。
詩織はまだ球数にも余裕があるし、内容的にもほぼ完璧に相手を抑えている。
失点さえしなければ延長だってあるのだ、ゆっくりと時間を掛けて点を取ればいい。
詩織に対してはスクイズのサインを送った物の、牧原さんの球威あるボールでバントした打球が上がってしまいスクイズ失敗。
三塁ランナーこそ生き残ったものの、続く一番の千隼は空振り三振に終わった。
この回は点を取ることが出来なかったが、特に不安は無かった。
未だにこちらが優勢なのは変わらない、勝負焦る必要はないと思っていた。
そして九回表の守りは詩織がきっちり投げ切った、高校に入って最長のマウンドだ。
九回を投げて球数は九十三球と百球以下で抑えてくれた。
そして九回の裏、再び控え投手がマウンドに戻るも先頭の愛里があっさりヒット。
無死一塁となった時点で結局レフトの牧原さんと入れ替えが行われることとなった。
先ほどは得点圏に進むまで耐えたが、今回は中軸に繋がることもあり判断を前倒ししたのだろう。
打席には三番の彩音、疲れの溜まった牧原さんでは抑えきれないだろう。
その予想通り彩音は右中間に長打を放った、一塁ランナーの愛里は三塁ストップ。
これで無死二・三塁、九回裏で一点取られたら負けという場面であることを考えるとその後の定石は満塁策。
その定石通りに四番の樋浦さんを歩かせて無死満塁となる。
そして打席には五番の広橋さん、ワンボールワンストライクとしてからの三球目。
直球を叩くと打球は強烈な当たりで二遊間に飛ぶ。
守備範囲だったショートが打球を止めたものの、打球が強い上に前進守備だったため完全に捕球出来ずに横にこぼしてしまった。
慌てて拾い直してからホームに投げるも間に合わない、これでサヨナラだ。
一対〇で勝利、詩織は高校に入って初の完投を完封勝利で記録した。




