あと二人
「これでよし」
俺は夕食のカレーを作っていた、あとは煮込めば完成だ。
桜京高校には学食のような制度がない。
自炊が推奨されており基本的には自分で食べる分は自分で調理しないといけない。
それでも抜け道はあるもので、どうしても自炊の苦手な生徒は外でインスタントの食べ物を買ってきたり、外食したりをしていた。
そこで野球部員のみんなはどんな食生活をしているのかマネージャーとして確認を取ったところ、天城さんの食生活が酷いものだった。
三食インスタントで栄養バランスなど欠片も考えていない。
このままではいけないということで俺が天城さんのために料理をすることにした。
「天城さん、もうすぐ完成するからね」
「もう、食事なんてお腹が膨らめば何でもいいのに」
「そういうわけにいくか、マネージャーとしてそんなことは許さん」
野菜をたっぷりと入れたカレーを天城さんに差し出すと顔をしかめられた。
「私、野菜嫌い」
「好き嫌いは体に良くないぞ、栄養バランス考えて作ってるんだしカレーなら比較的無理せず野菜も食えるだろう」
そう諭すと天城さんはしぶしぶスプーンを口に運んだ。
「ん、おいしい……これで野菜がなかったらもっといいのに」
「我慢して食べなさい」
小さい子供あやしてるような気分になりながら天城さんと一緒にカレーを食べる。
しばらくするとドアをノックする音が響いた。
「はい……広橋か、どうした」
そこに立っていたのはクラスメイトの広橋音羽。
運動神経が良く数少ない運動部の助っ人に飛び回っている存在で、前に一度野球部に勧誘したのだけれど助っ人で忙しいからと断られてしまった相手だった。
「いやー修平くんのお部屋からいい匂いがしてきたものだからつい……」
「広橋も食うか? たっぷりあるから遠慮しなくていいぞ」
そう声をかけると広橋が目を輝かせた、俺の両手をガッシリ握ってくる。
「さすが修平くんは話が分かる! ということでおじゃましまーす」
本当に遠慮なく上がり込んでくると俺の差し出したカレーをガツガツと貪る広橋。
「んーおいしー! 修平くんって料理上手なんだねぇ」
「よしよし、いっぱい食えよ」
何度もおかわりを繰り返す、素晴らしい食べっぷりに作った俺も嬉しくなる。
「ごちそうさまでした、いやーこれは何か修平くんにお礼をしなくちゃいけないね」
「普段は何を食べてるんだ?」
手料理とは言ってもたかがカレーだし、少しオーバーな反応の気がしたのでそう聞いてみる。
「私は食べるの専門で作るのはからっきしだからねー、たまーに外食するけど基本はインスタントとかだよ」
広橋も天城さんと同じくあまりいい食生活を送っているとは言えないようだった。
「……よし、それじゃ二人共毎食俺のところに食べに来るんだ、昼には弁当も作ってやる」
「ホント!?」
「そんな、悪いよ」
喜ぶ広橋と遠慮してみせる高城、だが遠慮されても俺に譲るつもりはなかった。
「天城さんは大事な野球部員だからな、ちゃんとした飯を食って貰うぞ、インスタントはもちろん禁止だ」
「むむむ、よし決めた! 私も野球部に入る!」
広橋さんがそう宣言する、突然のことに思わず耳を疑った。
「前に助っ人が忙しいからって断ったじゃないか、無理しなくてもいいんだよ」
「いえいえ、これだけ美味しいご飯をたくさん食べさせてもらうのに私からは何もしないなんてそんなのは納得出来ないよ、これからは野球部員として活動させてもらいます!」
「そうか、そう言って貰えると助かるよ」
思わぬところで部員が一人増えた、自分の料理の腕が思わぬところで生きたことになんとなく嬉しくなる。
「それじゃ明日からさっそく練習だね、いっぱい運動して修平くんのおいしいご飯を食べるぞー」
そう気合を入れながら自室に戻っていく広橋、その姿を見送ってから食器の片付けを始める。
「よしよし、野菜も残さず食べたな、偉いぞ」
「……あんまり子供扱いしないでください、嫌いなだけで食べようと思えば食べられます」
「それなら、ちゃんとバランス良く食べないと大きくならないぞ」
「……セクハラですか?」
「ちげーよ! 身長だ身長!」
確かに天城さんはスタイルも控えめだが、わざわざそこに触れたりはしない。
「背が伸びたらストライクゾーンが広くなって不利になりますからね、わざとバランスを崩した食事をしてるんです」
「バカなことを言ってないで自分の体を大切にしなさい」
食器を片づけてから洗い始める。
「洗うの、手伝おうか?」
「いや、大丈夫だよ、二人でやるには狭すぎるし、俺は片付けも結構嫌いじゃないんだ」
「そう……それにしてもだいぶ部員が増えて来たね」
「ああ、そうだな」
相づちを打ちながら現在のメンバーを頭の中で整理する。
これで部員は七人となりあと二人で試合をすることが出来る。
だがしかし、試合をするには残り二人という人数以上の高い壁があった。
肝心のキャッチャーがいないのだ。
他のポジションならまだしもキャッチャーは専門性の高いポジションであるし、そう簡単にこなせる人材が見つかるものではない。
来年になればあるアテがあったものの今年中にキャッチャーを見つけ出すというのは難しいかもしれない。
「焦っちゃダメだよ、時間はまだまだあるんだから」
考えこんでしまった俺に天城さんがそう声を掛けてくれる。
気を使わせてしまったなと反省する。
「ああ、そうだなありがとう」
「今いるメンバーも豪華だからね、エースの成宮さんに加えてスラッガーの樋浦さんも居てチームの軸は結構しっかりしてると思うよ」
天城さんの言う通りだ、それだからこそ早くメンバーを集めて試合に、そして大会に参加させてあげたかった。
けれどもそれも難しいかもしれない。
一年生もこの時期になれば大抵部活に入ってしまっているし、勧誘していない相手はもう殆ど残っていなかった。
それならばせめて……とあるアイデアが俺の中にあった。
少なくともそれを成し遂げられるようにきちんと俺に出来ることをしないといけないと思った。
「よし、それじゃあいつものするぞ」
「……はいはい、わかりましたよ」
嫌々といった様子で天城さんが応じる、ペタリと床に座り込みその後ろに俺が構える。
ゆっくりと背中を押して天城さんの背中を伸ばしていく。
いつもの、というのはストレッチのことだった。
野球部の練習の時に気がついたことだったが、天城さんはとにかく体が硬い。
野球部員の中で圧倒的な差を持ってして一番硬かった。
聞けば中学時代にケガをしたことがあるとのことだったので、丁寧に体をケアする必要があるだろうということで俺からこのストレッチを義務付けていた。
「いたたたた、もうちょっと優しく……」
「相変わらずの硬さだな、よくこれであんな柔らかいバッティングが出来るもんだ」
ある意味感心してしまう、それでも体の可動域は広いに越したことはない。
ゆっくりと時間を掛けて天城さんの体をケアしていく。
「よし、終わり、最後にお楽しみの時間だ」
「やった」
天城さんが飛び乗るようにして俺のベットに横たわる、その背中をゆっくりと指圧していく。
大した腕前では無いもののマッサージについても少し勉強していた。
そこで疲れを取る意味も込めて天城さんに一度してやったところえらく気に入ったようで何度もせがまれている。
「あー気持ちいいよー」
快楽に緩みきった表情を見せる天城さん、それがあまりにも扇情的で意識せずにはいられなかった。
なんとかそれを意識の外に押し出そうとマッサージに専念する。
「んっ、んぅ……もっと強くしてぇ」
「はいはい……」
言われるがままに、天城さんの体のあちこちを刺激していく。
あの美しい打撃を生み出す体をこの手の中に収めていると思うと感慨深いものがあった。
芸術品を扱うかのような慎重なマッサージを終える。
「はーすっきりした、ありがとう安島くん」
「どういたしまして」
お礼をいって天城さんは自分の部屋に帰っていった。
こうしていると天城さんのトレーナーになったような気分で、あの天城さんの一部を俺が支えていると思うと誇らしい気持ちだった。
あと二人、なんとか集めたいな。
ベッドに横になりながらそう考える、先ほどまでここに横になっていた天城さんの匂いに包まれてそのまま心地よい眠りに落ちていった。




