Northern Land(3)
光明館を離れ、俺たちは初めて校舎の中へ入る。
授業は既に終了しており、残っているのは部活や委員会の仕事をしている生徒くらいであろう。
玄関のある第一校舎を抜けて第二校舎の三階に位置する生徒会室へと足早に移動した。
生徒会室は一般的な教室の二倍くらいの広さで長テーブルを長方形になるように囲ってあり、テーブルの上には書記、会長などと役職が印刷されたプラスチック製で三角形の国会でいうところの氏名標のようなものが各席においてある。
今日は平日であるが生徒会室は副会長以外欠席であるようだ。
「ようこそ、月代学園生徒会へ、僕が副会長の桐原です。会長と同じ二年強襲科です」
副会長は長身ではあるが物腰柔らかそうな印象を受ける。軽く挨拶をするとお茶を入れ始める。
「とりあえずその辺に適当に座ってね。話結構長くなると思うから」
「はい」
俺たちは会長が座った席とは反対側に四人並んで座はずだったのだが。イリスが俺の膝の上に何食わぬ顔で座りだしたのだ。
「……イリスの席あるぞ」
俺は横の席の椅子を下げるがイリスが首を横に振った。
「ダメです」
「何がダメなんだ?」
「マスターは私を置いていきました」
表情こそ変えないものの怒っているような雰囲気を醸し出す。
「……悪かったよ、もう置いていかないから避けてくれないか?」
「信用できませんので」
イリスが邪魔とかそういうことではなく、単純に恥ずかしいから避けて欲しかったのだが、俺の要求が受け入れられることはなかった。
そんなやり取りを見てニルとリアは微笑している。
「まだ作戦からそんなに日は経ってないのに随分仲がいいのね、小宇坂くんはあんまり子供に懐かれなさそうな見た目なのに」
「ほっといてください」
事実だが一言余計な会長も静かにほほ笑んだ。
副会長はお茶を入れてそれを配り終わると生徒会室から出て行ってしまった。副会長には話せない内容なのだろうかと思ったが生徒会室前を見張るために出て行ったようだ。
「それじゃあ、詳しい話に入ろうか。私は大体の事情を理事長から聞いてるから、そっちからの説明は不要よ。聞きたいことがたくさんあると思うけど、まず私の話を聞いて、それからにしてもらうわ。……まず資料を配るわね」
会長が自分のカバンの中から三部取り出し配る。
一部は会長のものなのでニルとリア、イリスと俺で一部を見る。
「まず表紙をめくってもらって――――」
イリスがのぞき込むと文字が見えないのでイリスの横に頭を出そうとするが、それに気づいたイリスが俺の胸に背中をぴったりと合わせて書類が見えるようにしてくれた。
気の利く行動だが、イリスと俺はゼロ距離となり体温が伝わってくる。イリスは子供だからかもしれないが俺より体温が高く、暖房が聞いている部屋の中で俺の体温を少しだけ上げた。
イリスは視線を上げて俺の顔を一度見た後、無表情のまま書類に視線を戻した。
「まず転入にあたって、国際科から守護科への転属となるわ。理由は簡単でいろいろと融通が利くからというのが大きな所だけど、細かく言えば、学園からの直接依頼の作戦ならばその間の授業の免除が受けれること、授業カリキュラムが少ないから自分の時間が作りやすいところ、守護科自体の人数が少ないから事情が他の生徒に知られないようにできることとかかな、後は特別補助金と言う名の月給が入ること、もう一つ理由があるとすれば、守護科は来年から本格的に募集が始まるから試験的な意味合いも含まれているわ」
守護科は月代学園に元々存在しておらず、今年になって新設されたため、まだ生徒は数人しかいない。本格的な募集が始まるのは、来年度の新入生からであるそうだ。
「ついでだけど、その守護科に軍事委員会委員長の九条もいるから、困ったときは頼りなさい。次のページめくって」
イリスがページをめくってくれる。
「次は居住面になるわ。まず住居は学園側で借り上げているアパートに住んでもらうことになるわ。場所は資料の通りだけど、住所書いてあってもわからないよね。大体でいうと学園から一キロと離れてないし学園と同じ丘の上にあるわ、それに近くにLEGEND系列の建物もあるからもしもの時はすぐに駆け付けてくれるはずよ。アパートは角谷さんとバルザックさんにはそれぞれ一部屋ずつ、小宇坂くんとイリスさんは二人で一部屋になっているわ。最初は男女同じ部屋で少し心配していたけど、この様子なら問題なさそうね」
俺は何を問題視されていたのかはなんとなくわかるが、俺はイリスの保護者である訳だし、何も問題はない。
アパートの名前はフラワーガーデン・ノワールⅠという。新築でまだ入居者が少なくないらしい。
間取りは1LDKでリビングダイニングは十二畳、寝室は六畳でキッチン・風呂・トイレ別でウォークインクローゼットがあり、二人暮らしには十分だろう。
「アパートの家賃、光熱費、水道代はすべて学園負担でだから安心してね。後は家具付きだからそこも安心ね」
それはいい、実質として食費を除けばほとんどを好きに使える。
それに加えて俺たちの部屋は連番で隣同士なようだ。これなら何をするにも困ることはないだろう。
「ページめくって。次に登校についてだけど、もう時期的にあと一週間で春休みに入るし、登校は来年度からでもいいけど、学園の雰囲気に慣れたいなら出席してもいいかもね。制服は今のままでも月代のでもどっちでもいいからね、もし月代の制服がいいなら生徒会に申請してね。次のページに申請書類は挟んでおいたから。学園のカリキュラムはその次のページ、もう一枚めくると年間行事の一覧表になってるわ。教科書は学園で配布するから筆記用具といつもの装備で十分だし、ロッカーあるから教科書はそこに一時的に置いてもいいかもね。後は校則関係かな、それは別に生徒手帳というか端末に入ってるわ」
「端末?」
質問は後からと言っていたが、思わず声が漏れる。
「そうそう、端末のことを説明するのを忘れていたわ。これが端末だよ」
そう言って会長は自分の端末を見せる。
形状は普通のスマートフォンで、色はシルバーの金属製のボディ、画面サイズは五インチくらいで少し分厚い、デザインとしては悪くないが持ち辛そうだ。
「君たちの端末はまだ容易されていないけど、二日、三日で届くと思うわ。これの機能だけど、さっき言った校則はこれで見られるわ。後――――」
機能としては校則、カリキュラム、年間行事などの観覧、学生証、インターネット、簡易無線などとして使えるようだ。また公共交通機関はこいつをかざせばいいし、電子マネーとしても使える。電話のできないスマートフォンみたいなものだ。
これで配られて資料はなくなる。
「これで話は以上だから、質問を受け付けるわ」
瞬時に周りを見たがリアとニルは特に何もなさそうな顔だ。イリスが俺の様子を窺っているだけで、質問はしない。俺だけが静かに手を挙げた。
「小宇坂くんどうぞ」
「質問は全部で三つある。まず一つ、守護科への転属についてだ。守護科は代々、特別な任務につくことが多いが、俺とイリスにもその任務が発生する可能性があるんですか?」
「そうね、その可能性がゼロとは言い切れないけど、イリスさんを保護する観点から危険度が高いミッションには投入されないと思うわ」
「なるほど」
可能性がゼロではない以上万全の態勢を整えておく必要があるようだ。
「二つ目は追手について、まだ何も聞かされていないが、巻いたってことで今はいいのか?」
「それについては何とも言えないわ。あなたたちが美咲市にいることは向こうにもバレてることだし、強硬な手段で乗り込んでくることも考えられるわ。こちらでも保安局の動きは探っているから続報を待ってもらうしかないね」
「最後だが、イリスはこの学園の生徒として入ることができるか?」
「それはもちろん、イリスちゃんも今日から立派なうちの生徒よ。気になっているのは人権の問題とか法的な話だと思うけど、美咲市は日本から独立した法制度を持っているわ。イリスちゃんのその辺の手続きは学年と理事会の方でもう進めてるから、もう保安局にも物扱いはさせないわ」
「それを聞いて安心した」
「他にはない?」
「いいえ、特には」
「それじゃあ今日は解散ね。明日以降は君たちに任せるわ」
編入前の事前説明を終えて生徒会室を出た。




