Remember(7)
気が付けば、病室のベッドの上にいた。
貸し切りの個室、横の引き出し台には、俺の持ちものが乱雑に置かれている。
持ちものはいくつかあったが、その中のシルバーの腕輪が一際目立っていた。
その腕輪が俺に何かを語りかけてくる。
だが、あの事故の影響で今はまだ意識がはっきりしない。
俺は生きているのか死んでいるのかさえも分からない。
ただ、朦朧とした意識の中で浮かぶあの光景には、なぜか目を背けるばかりだった。
ようやく意識がはっきりした頃には、もう事故から一日半は過ぎていていたのだ。
俺の記憶からまだ彼女のことを考えるには至らない。
考えたくはないし、思い出したくもなかった。
考えたり、思い出したりしたら、自分が自分でいられなくなりそうで……。
「奇跡的ですよ」
医師はそう言って俺を励ます。
十メートル以上の高所から転落したにも関わらず、掠り傷程度で済んだのは奇跡的と言わざるを得ないと医師や看護師は口を揃えて言った。
俺は奇跡的に生き残った一人らしい。
そんなことを言われても何も嬉しくはない。
数日もすれば退院できるくらいには回復したのは体だけだ。
俺の住んでいた地域の建物の半分以上は半壊または全壊しており、勿論住んでいたアパートは廃墟と化していた。
入院中のベッドで見たニュースはどのチャンネルでも事故のことで持ち切りだ。
事故の原因は試験運転中の新型炉だったようだ。詳しい原因は公表されていないが、専門家の推測では設備の故障や人為的なミスのよるものだと言っている。
ヘリコプターの空撮映像では六機ある発電設備の内、少し離れたところにある一機だけが建物の上部が吹き飛んでおり、瓦礫となっている。
ただ、他の五機については、ほぼ外的損傷は確認できなかったらしい。
被害の状況は周辺地域にあった多くの建物を巻き込んだが、倒壊したのは俺たちが居たショッピングモールのような経年劣化が大きい建物ばかりのようで、駅周辺のビルも同じように倒壊したものもあったようだ。
このことから被害の規模は建物の耐震設計に依存しているようであったと推測されている。
この新型炉の開発にはアイリスの両親が関わっていたはずだ。それに俺の両親も同じ場所で働いていた。
両親とは連絡がつかなかったらしい。
ということはアイリスの両親もおそらくは……。
この周囲一帯は、住宅街が立ち並び、比較的近くには駅やショッピングモールがあり、人の出入りも多い。そうなれば人口も当然多くなる。俺は最初の方に救助されたため近くの病院に収容されたが、フランス国内の病院では手が回らず、国外で治療を受ける人も居たそうだ。
それほどの規模の爆発が起きたのだ。
俺が居たショッピングモールはほぼ全壊し、瓦礫の山と化していたそうだ。
詳細は現在でも調査中という扱いになっており、世間に公表されることはなかったが、爆発の規模はそれらを見れば一目瞭然というくらいのものだった。
原子力発電所の爆発事故であったにもかかわらず、周辺一帯の放射線量の上昇は一時的なもので燃料が拡散したようなチェルノブイリのような事故にはならなかったようだ、
爆発の規模で言えばまるで核爆発のようであった。
瓦礫の中からは多くの人が遺体となって発見されたそうだ。
退院しても居場所のない俺は仮設住居での生活を余儀なくされた。せめてもの救いはそれを知った親戚から資金的援助があったことだろうか。
徐々に元の生活に戻りつつある中で俺は行かなければならない場所があった。
ずっと避けていたが、それは結論の先伸ばしでしかなく。
いつか必ず知ることになる。
ある日、俺は決意し遺体の安置場所を訪れた。
しかし、意を決して言った安置場所には彼女の遺体はなかった。
それから一か月経っても彼女が見つかることはなかった。
瓦礫の山のほとんどは撤去され代わりに大きな慰霊碑が建てられたそうだ。
仮設住宅で暮らすようになってから、することもなく近くの草原で空を見るだけの日々が続いていた。
俺たちの道はどこまで、どこまでも続くと、それが当たり前なのだと、そう信じていた。いや、今でもそう信じている、信じたい。
だが、そんなものはもうどこにもない。
彼女がもういないというのに生きる意味など、……もうない。
どうすればよかったのか、何が正解で、何が間違っていたというのだろうか。
瞳を閉じれば、あの日を堂々巡りする。
記憶を辿り、何度も何度もあの日を繰り返す、だが、何も考えても結果は一つ、今のという現実だけだ。
あの時、なぜ事故が起きたのか、それになぜ巻き込まれてしまったのか。
どうして俺たちだったのか、運が悪かった、そう言い訳すればいいのだろうか。
俺は誓ったはずだった。
『必ず彼女を守る』とだが、それを成すことは敵わなかった。
それを自分以外の一体誰の所為にすればいいと言うのだろうか。
そうだ、誰でもない自分の所為なのだ。
弱い自分が憎い。
俺が強ければ、こんな結末を迎えることはなかった。
彼女を追う暗殺者からだって、発電所の事故からだって守れたかもしれない。
過去ばかり見ても仕方がないのはわかっている。
だが、俺には未来が見えない。いや、直視できない。
だって、そこには彼女はもういないことくらい知っているから、見てしまえば、それは現実になってしまうから……。
今の俺に生きている価値なんてあるのかな……。
こんな思いをするならば、いっそのこと……。
そんなことをボヤッと考えていると、急に見上げていた空が何者かに遮られる。
「……そんな辛気臭い顔をするなよ」
誰かが俺の前に立っていた。