Military Academy(9)
その少女は背が低く小学生くらいだろうか。暗いせいではっきりとは見えないがピンクの髪を持っている。少女は微動だにせず、まるで人形のように眠っている。
側面にあるスイッチ系統は電源から切り離されていることで機能しておらず、もしかすると酸素が供給されていないかもしれない。
ガラスは分厚いが、横でスライドさせることで、簡単に開閉できるようだった。
ガラス越しにも思っていたことだが、非常に整った顔立ちで美しいの一言に尽きる。肌は純白の白で、北欧っぽい感じだ。
顔の前に手を翳すと少女から吐息が伝わり安否を確認することができた。
早速だが、少女を両手で抱えあげて、ここから退散しようとした。
その時だった、崩れた階段からたくさんの足音がし、あの瓦礫を下って、屋上から警察の部隊が突入してきた。
反射的に階段から離れて、大通りとは逆側の窓側に立っている。
それから直ぐに横のビルから飛び移って来た部隊が侵入し、僅かな時間の間にフロアが二部隊十二人の包囲される形となった。
下からも音がすることから、どこもかしこも警察に占領されたことだけはわかる。
警察の武装は小型リボルバー銃であるニューナンブM60で警察は一般的に使っている銃で、それに加え防弾シールドを持っている。
「そこを動くな!!」
距離は五、六メートルすぐに詰め寄られる距離だ。
「君はこんな所で何をしている?」
テンプレートな台詞を吐きやがって、
「ミッション中だが?作戦コードは4B-0887EA」
だが、上に確認を取るように動きは見せない。
後ろから明らかに他とは違う奴が出て来る。
黒の防弾チョッキを着て、さらに全身が黒い服で覆われている。まるで特殊部隊であるかのような奴だ。歳は三十代前半くらいか? 武装も他とは異なり、サブマシンガンH&K MP5を肩にかけている。
「君が小宇坂君だね?」
「そうだが、これは何のマネだ?」
「私は戸村、保安局の者だ。ここへは任務の引き継ぎに来た」
「こっちは聞いてない。証明できる物を見せろ」
俺は誰にでも同じ口調で喋る癖がある。よって相手がどんなお偉いさんでも敬語を使うことは滅多にない。
保安局とは警察の裏側に存在している諜報機関であるが、表向きには警察と同義ということになっているが詳細はわかっていない。
噂だけを上げるなら、良い噂は聞かない。諜報機関であるなら当然であろう。
よく見れば、平の警察官だと思っていたが、構えているのはリボルバーだが、背中にH&K MP5を装備している。
つまりはここにいる全員が保安局から派遣された者たちということだ。
「いいだろう」
彼は胸ポケットから折りたたんだ紙を投げつける。
俺は抱えた少女を片手に持ちかえて受け取る。
内容は現行のミッションを警察に引き継ぐもので、金の方は支払われると書かれている。文章形式も原版とそっくりに作られている。そう作られているのだ。しっかり印鑑まで押してある。コイツは偽物かどうかなんて一目も見る必要なくわかる。
こんな大事な紙を折りたたむ奴はそもそもいない。
作戦行動中に変更はまずない。あったとすれば連絡が先に行く。連絡が行くのは、俺ではなく依頼を受けた大元である学園側だ。直接届ける奴はいない。
これらを考慮すれば、誰でもわかることだが、警察であるということと、文章の精巧さから、勘違いする奴も少なくはない。正しいのではないかという錯覚に陥るのだ。
「随分の手の込んだものを作ってきたな、そんなに暇だったのかい?」
受け取った紙を丸めて脇に投げ捨てた。
「何のことだ? それが偽物だとでも言いたいようだな」
「いや、偽物ですらない。そんな紙は公式には存在しない」
少女は起きないので、肩に米でも抱えるように持ち直す。
「予想通り、ただものではないようだな銀幕の双剣小宇坂宗助……」
「あんなもの冷静な奴なら誰でも見抜ける。それより目的はなんだ? 十二億で取引が成立してるようだが、密売人に金を流すのが趣味なのかい?」
「なぜそこまで知ってる?」
俺はとある手帳をポケットから投げつける。
それは金髪内ポケットに入れていたものだ。
開いたのは取引相手と金額が明示されているページだ。
「ほう、情報取集能力もあるわけか」
「それだけじゃねぇよ、参るぜ、こういうのは」
「……?」
何のことか理解してないようだ。
「まず、学園に依頼し、俺たちに取引先へ出向かせ、戦力差や情報収集、あわよくば共倒れしてくれれば良いと思っていたはずだ。あの戦力差なら壊滅は免れなかっただろう。だが、予想外のことが起きた。どっから情報を入手したかは知らないが、依頼した人数だけで任務が完了する可能性が出てきた。俺たちに取引情報を見つけられては困ると思ったあんたらがここに来たというわけだ」
俺の推理は九十九パーセント的中しているだろう。
「それでお目当ての品は見つかったのかい? さっさと持って消えてほしいところなんだが」
「ああ、見つけたとも、君が持っているその被験体だよ」
俺が抱えている彼女を指し、そう言った。
やはり何かの被験体であったのは間違いではなかったようだ。
「こちらとしてもそれさえ手に入れば速やかに撤退しよう」
まるで悪党のようだ。確かにミッション内容には入っていないことだ。そのまま放しても何の問題もない。いつもなら金さえ積めばやっていた。だが今の俺はそんな薄情な人間になれなかったのだ。それがなぜかはわからない。だが確実に俺はその要求を拒否した。俺にもまだ良心は存在していたようだ。
「もし、嫌だと言ったら?」
「力づくで奪い取るまでだ」
一斉に銃を構えると同時に窓の向こうから四気筒のエンジン音が聞こえて来る。
そしてその直後に物凄いブレーキ音が鳴り響く。
「そうかい、それじゃあこちらから消え去ることとしよう」
「何をする!!」
窓に寄りかかりそのまま後ろに頭から落ちる。
落下の瞬間に双剣の鞘の外側に付いている六百カラットの長いひし形サファイアのシルバーの台座ごと発射される。
これは鞘に内蔵されているワイヤーアンカーで、発射と同時に爪が展開される。
発射方法は空気圧縮式で、ワイヤーは制服と同じカーボンナノチューブが使用されており高強度だ。
窓の桟に左右両方と引っかかり、そのままワイヤーと発射機の摩擦で比較的緩やかに降下するが、ワイヤーが十メートル三十二センチ、窓の桟からは十一メートル、微妙に届かないので鞘に付いているレバー引き、着地寸前で爪を畳み一メートルほど自由落下して着地する。ワイヤーはさらにレバーを倒すことで掃除機の電源コードのように戻って行く。
窓から十人以上がH&K MP5を構えているが撃っては来ないようだ。
万が一にも少女に当たれば十二億円が吹っ飛ぶので手出しができないのだろう。
後ろのビルの合間を抜けて大通りに出るとライトニングレッドのスポーツカーが路地脇にハザードを付けて止まっている。
ニルの愛車であるTOYOTA 86だ。
窓を開けて手を振っている。
「すまない。待たせた」
「大丈夫、私も今来たところだから」
何だかここだけ聞くと恋人同士の会話にも聞こえる。
「早速だがこの子をお願いできるか? リアのところまで運んでほしい」
助手席の座席を倒し、後部座席にそっと寝かせた。
「それはわかったけど、あんたはどうするの?」
「バイクがある、それに追手はこっちでなんとかするから安全運転で頼む」
「そこは任せて、でもあんたも気を付けなさいよ」
「ああ」
「武運を祈るよ!!」
宣言通りいきなりアクセル全開ではなく、ゆっくりとその場から去って行く赤いボディーはすぐに他の車で見えなくなった。
「さて、そろそろ、御片付けの時間だ」




