Sports Festival ~First Day~(8)
~Iris Kousaka Side~
私は今嘘をついてしまった。
初めてのことに胸の鼓動が止まらない。私は壊れてしまったのだろうか。今までにそんなことをしたことは無かった。いや、そんなことを思いつきもしなかった。でも一人で行きたい場所があったのだ。その気持ちが自制心に勝ったのだろう。でも悪いのは私ではなく。彼女であろう。
屋上の扉を開けると青々と広大な空と輝く太陽の光に目を細める。
振り返り見上げた屋外給水タンクの上、彼女はいつもそこにいる。
私に気づいた彼女は給水タンクを一蹴りで数十メートル跳躍し、金色の髪と真っ赤なマフラーを風に靡かせながら私の目の前に着地しこちらを振り向いた。
「こんな所に一人でやって来て何の用かしら?」
白々しい彼女の言葉に私は少し不機嫌になる。そう不機嫌になったのだ。
「テレパシーで話かけてきたのはあなたでしょ?」
そう言い返すと真っ赤なマフラーで口は隠れているが瞳は笑っているようにも見える。
「冗談よ。あなたを怒らせてみたかっただけよ」
「趣味が悪いですね」
「そうね、でもあなたは今不機嫌になったでしょ?」
「……」
「それはあなたが人間である証拠よ」
「それで用事は何ですか?」
「用事? そんなもの無いわ」
彼女の近くのベンチに座って隣座れて急かす。
私はそれに誘われるように隣に座った。
その時なぜだか分からないが彼女から温かな何かを感じそれは肌をすり抜けて私の心の奥深くまで染み渡るようだ。彼女が出す超粒子の影響かもしれない。そう分析してみる。
「それにしてもよく来てくれたわね」
「呼んだあなたが言うんですか?」
「それもそうね。さっき用事が無いとは言ったけど、目的はあなたとお話することよ」
何を言っているのかイマイチ理解に苦しむが、今まで会った中でも最も口調が柔らかい。
「……」
「それで、体育祭、守護科は順調に勝ち進んでいるみたいね」
「東條さんが強いですからね」
「確かにそうかもしれないけど、あなたも頑張っていたんじゃない?」
「そうでしょうか?」
私はただ計算に基づいて動いているだけ、バレーで返したときもボールの弾道から腕に当たった後に加える力による跳ね返りを計算しただけのこと、特に頑張ったなどと言われるようなことはしていない。
「いいえ、頑張ったわ」
彼女はそっと私の頭を撫でるのだ。今までの彼女と別人のようで私は何度か顔を見上げたが確かに彼女は彼女だ。その感触は兄さんにされるよりも繊細で超粒子が体と心を温める。とても変な気持ちだ。
「もういいですよ」
「遠慮はよくないわ」
「……遠慮なんかしていませんよ」
「最近何か困っていることはないかしら?」
「困っていることといえば人数が足りなくて攻城戦に出られないことでしょうか?」
私は少し意地悪なことを言ったと思った。でも兄さんが残念そうな顔をしているのを見たので言ってしまった。
「ユーが出れば七人になります」
「それはその通りなんだけど、人間離れした私が出た所で競技をつまらなくするだけ、水を差したくなかったから、自ら辞退したわ。でも代わりはちゃんと呼んでいるから安心して」
「代わりですか?」
「あなたも知っているはずよ。まあ、来てのお楽しみね」
どうやらここでは教えてくれないようです。どうせ二日後には分かることですが……。
「本当はもっと話してをしていたいけど、お腹も空いたでしょ?」
私はそんなことはないと言おうとしたのですが、その前に私のお腹が「ぐぅぅ~」と反旗を翻した。
「体は正直ね、それにあなたのマスターも待っているでしょ?」
「そうですね」
すっかり嘘をついてここに抜け出してきたことを忘れかけていたが、確かに長居をすればその分だけ兄さんに迷惑をかけてしまう。
「それじゃあ、またここで会いましょう」
私は少しだけ早足で屋上を去る。最後に一度だけ振り返ると彼女がベンチに座ったままでこちらを見つめていた。
「またここで、ですか……」
今までとは違った一面に驚きつつも、兄さんとは違った安心を感じる。……兄さんに安心を感じていたんですね私……。そのことに少しだけと惑いつつも、さっきまでとは違った理由で私の鼓動を早くした。
屋上からイリスが去った後でユークリッドは「私の思いはイリスに届いたのだろうか……」と静かに呟いた。