Sports Festival ~First Day~(7)
それから直ぐにアイリスがやって来る。
「イリスはどうしたんだ?」
「イリスちゃんなら先に少し寄り道してから戻ってるって言ってたけど……」
「……」
俺は少し考える。寄り道って言ってもどこに行くのだろうか。
イリスはお金を持っていないはずだ。自販機や購買は無いだろう……というか買えるのかも分からない。
可能性の一つとして別行動をとって俺とアイリスを二人にするためとか……。それは考え過ぎだ。イリスのそこまでの感情や考えはないはずだ。
そうなるとあれか……。
「お手洗いかな?」
「それくらいしか浮かばないが……」
ただ何かあったという可能性もゼロではない。
「お昼になっても帰って来なかったら探しに行く?」
「そうするか」
学園内であれば人目は必ずある。そこまで深刻に考える必要はないだろう。それにイリスは攻撃こそ弱いが防御だけで言えば右に出る者は少ない。
アイリスは俺の隣の席に座りSIG SAUER P220と分解用の工具類をジッと見つめた。
「これから分解するの?」
「暇なら、そうしようかと思ったが、また今度にするよ」
「?」
アイリスは首を傾げる。
せっかく二人きりなのだから何か話題を振るべきだろう。
「俺たちが学園に来てしばらく経つが何か思い出せそうなこととか、何か感じたことはあるか?」
「唐突だね」
「みんながいる時にはあまり聞けないだろ?」
「私は記憶喪失のことをそんなに卑下してないよ。……う~ん、何か思い出したかと言われれば何も思い出してないけど、最近は今の自分に少しだけ違和感を感じるようにはなった気がするんだよね」
「なるほど、定期健診には言ってるんだよな?」
「うん、月二回くらいだけど」
「結果は良好なのか?」
「特に何か言われたことはないけど」
「なら安心だな」
「私からも聞いていいかな?」
「何だ?」
「宗助くんと私はフランスで出会ったんだよね?」
「そうだ、小学校の時だな、アイリスは日本語が少し喋れたから、仲良くなれたのかもな。それにフランス語を教えてくれたのもアイリスなんだぜ」
「私が宗助くんに教えただ何て、少し不思議な気持ちだよ。いつもは教えて貰ってばかりだから……」
「おかげで俺はバイリンガルという訳だ」
「宗助くんに教えて私が今度は教えてもらうことになりそうだよ」
「それにしても不思議な話だよな。母国語を忘れたのに第二言語は覚えているとは……」
アイリスの中に根付いていたのは日本語だったということなのだろうか。人間の脳内は複雑怪奇だ。
「そのおかげでここに馴染むことが出来たんだし良かったんじゃないか?」
「でもいつかはフランスに戻ることになるだろうし……、少しずつ勉強はしていかないといけないよね。その時はよろしくお願いね」
「それくらいなら任せておけ、それにフランス語が出来るのは一人じゃない、リアもいるからな」
正直な話をすれば、俺のフランス語は日本人鈍りがキツイ、それに比べてリアのフランス語はネイティブだ。筆記で教えるなら俺のほうが良いが、発音を練習するならリアが適任だろう。後で知った話だがイリスもフランス語にも対応しているらしい。
「せっかくだからフランスに居た時のこと教えて欲しいな」
良い思い出も全てあの悪い思い出に塗りつぶされた俺の記憶から必死に探し出す。
「俺たちが住んでいた町はフランスと言ってもドイツと国境を接しているところなんだ。人口で言えば三千人居ればいい所じゃないかな、小さい田舎町だ。ただ田舎というだけはあって土地だけはあったからな、俺たちはいつも外で遊んでいたな」
「公園とか?」
「いいや森とかに入ってもっとアクティブなことをしていたよ。探検ごっことか言ってね」
小学生の時はずっとそんな感じだった。
「昔の私って結構ヤンチャだったのかな?」
「そんなこともないと思うよ。だって今のアイリスと記憶こそ無いが性格的にはあまり変わっていないような気がするし」
「昔の私もこんな性格だったんだ……」
「寧ろ今の方がヤンチャじゃないか?」
「?」
「だって昔は拳銃をぶっ放したり、抜刀したりはしてなかっただろうしね」
「確かにそうだね、じゃあ私、ヤンチャになっちゃったんだね」
「昔よりはな、ただ能力者として自己防衛は大切だ。それは能力者になった代償かもしれないな」
「宗助くんは能力者じゃないよね?」
「ああ、エクステリアだ」
「何で宗助くんは戦うことにしたの? そうじゃない選択だって私と違って有ったのに……」
俺はその質問に少し迷う。答えはただ一つ確実に胸の中に存在するが、それをアイリスに言うのは時期尚早だろう。
「アイリスもそうだと思うが、俺もあの事故に巻き込まれた。その時にいろんなものを失った。もしも自分にもっと力があればどうにかできたかも知れないことが多くあったから」
あの時の俺が今の俺だったならば彼女を落下から救うことができたかもしれないし、俺たちを殺しに来たあの女からも身を守ることができたかもしれない。
「だから鍛えることにしたんだ。自分の弱さ故にまた失うのはもう嫌だから」
具体的な表現は避けたがアイリスは少し驚いたような表情をする。
「宗助くんが剣をとったことにそんな理由があったなんて思わなかったよ。でもその決断をすることが出来たのは凄いことだと思うよ。よっぽど大切なものを失ったんだね」
「ああ、一番大事なものだ。でもそれもいつか取り戻せるときが来るって俺は信じている」
真剣な眼差しでアイリスの目を見てそう言う。少し照れくさいがそれでいい。
「頑張って、宗助くん!!」
それから直ぐにイリスが何事もなかったかのように戻って来る。
「どこ行ってたんだ、心配したんだぞ」
するとイリスはいつものように首を傾げる。
「アイリスさんにトイレに行くと伝えたつもりでしたが……」
「でも寄り道してくって言ってなかった?」
「?」
「まあ、いいじゃないか。無事戻って来たんだし」
正午過ぎ、午前の競技が全て終了しグランドが閑散としだす。
「そろそろ食堂に行くか?」
二人は頷く。かなりお腹も空いたことだし、ゆっくりと大講堂を出て、俺たち三人は食堂へと向かった。