Car Chase on the Highway(9)
七四式戦車と距離にして三十メートル程度であるため一発防げば、こちらのものだ。
「アブソリュート」
――――――――――――ドォォォォォ――――――――ン!!!!!!
イリスが壁を展開するのとほぼ同時に再び発射される弾頭はアブリュートの壁に阻まれ俺たちの目の前で高速回転したまま重力で地面と垂直に落下し爆発し黒煙が立ちこめるがそれに切り抜けるように走る。
だが黒煙立ち込める先に待っていたのは歩兵部隊だった。七四式戦車の後方からぞろぞろと一個小隊クラスつまり七、八人くらいが小銃を撃ちながらこちらに向かって来る。
「――――イリス!!」
「了解、アブソリュート」
横長に展開した壁を楯にして七四式戦車で射線を遮るが、俺たちの移動方向に対して七四式戦車は超信地旋回しながら車体正面を向ける。
さてここからどうするか……。
接近戦や能力者相手の戦闘を得意とし、遠、中距離、対物での戦闘を苦手とする俺にとって最悪の相手であろう。一対一に持ち込めればどんな時であっても勝算はあるが、これでは防戦一方だ。
彼女はもう居ないと思って戦うしかないのか、だが彼女の強さはこんなものではないはずだ。
ただ現状として彼女はもうどこにも……、いや……、空から何か降って来るぞ。
彼女は宙を舞いながら髪を左右に振ると髪の毛から無数の光の粒子が振りまかれ、それはやがて無数の光の針のような形に変化し七四式戦車に降り注ぎ、薄い天板を貫いていくのが見える。エンジンを破壊され動力を失ったことで砲塔の旋回が止まり、完全に置物と化す。
さらに近くにた歩兵も巻き添えに会い、突き刺さった光の針のようなものは、熱を失い黒くなる加熱された鉄鋼のように、光を失い金属の杭のようなものへと変化する。
彼女に気づいた歩兵は俺たちを無視して照準を空中に舞う彼女へ向けて発砲するが、手の平に光の束を集めて細長い針のようなものを生成し、直撃弾だけを正確に弾き飛ばしながら降下する。
そしてふわりと戦車の砲塔へと着地する。それはまるで彼女にだけ重力が作用していないかの如く。
俺もその隙を付いてフルオートで銃撃し小銃を破壊しながら接近戦に持ち込む。
歩兵が俺の接近に気づいたのは彼女が戦車の上に着地するタイミングだ。
残っているのは四人で、敵の中央に突っ込み拳銃から二刀流に切り替える。
「鳳凰流二斬二斬、計四斬」
防弾ベストの継ぎ目を狙い、一人に対して一撃で失神させる。
そして俺は彼女を見上げた。
「てっきり、死んだかと思ったぜ」
「生憎、戦車砲が直撃したくらいで死ぬほど柔な体はしていないわ」
余裕の表情の彼女は完全無傷で制服に着いた煤を軽く払う。
それにしても凄い跳躍だった。今の戦闘をどの角度から彼女を見ても人間とは思えないような物理法則に反する動きをしている。それにあの能力は一体何だったのだろうか。正直、あまりに多様性に検討もつかない。
「敵の目的は時間稼ぎだ。このままではまた逃げられるわ」
ようやく工場の敷地内へと侵入するが歩兵部隊が使用していたと見られる装甲車が一台あるのみでフェラーリは見当たらない。
「逃げられたか?」
「もう少し中を探しますか?」
「そうだな、ユークリッドはどうする?」
「私が見る限り周囲に生体反応はない。ターゲットには逃げられたようだ。ならばその辺に倒れている輩を始末するのが先だわ」
彼女は七四式戦車の上部ハッチを強引に捻じ切り、中を確認する。
「全員死んでいる。生存者はこの四人だけね」
俺に倒されたのが不幸中の幸いと言えよう。彼女の攻撃を受けていたら一撃で死んでいただろう。
「もう少しで札幌支部が応援に駆けつけるわ」
「そうか」
俺はニルに電話し回収してもらうことにした。
ニルはこの近くある公園の駐車場で待っていたようだ。
もう少しと言ったがかれこれ二十分くらい経っただろうか。日が沈み当たりは真っ暗な静寂に包まれる。
「なあ、ユークリッド」
「どうした、小宇坂宗助、随分と慣れ慣れしいな」
「それは悪かった、じゃあ、シュトラーゼとでも呼ぼうか?」
「いいや、ユークリッドで言いわ」
何だ、コイツ? 面倒くさい奴だなと思ったのは言わないで欲しい。
「それで何かしら?」
「お前は戦った敵を全員殺したが、グレーゾーンじゃないのか?」
彼女は少し嫌そうな顔する。
「そう、確かにグレーゾーンだ。ただ私が殺したとは何にしても証明はできないだろう」
彼女の言うことはその通りだ。謎の光によって攻撃しているが、それが何なのか全く検討がつかない上に、例え映像として証拠に残っていたとしても説明のしようがないし、再現性もない。
「だからと言って無闇にやって良い事じゃないだろ? お前ならば生かして捕まえることも俺よりも遥かに容易だろうに……」
「それは勘違いだ、小宇坂宗助。お前が思っている以上に私の能力の制御性は失われている。出力を上げることは出来ても抑えることは容易ではない。……それにしてもお前の口からそんな言葉が出るとは驚きだな」
口元は見えないが、彼女は笑っているのだろう。
「そんなにおかしいことか?」
「いいや、それが普通に人間の考え方だ。正しい、正論だよ。ただ私は既に人間の枠から外れた存在、もうそんな心も残ってはいないわ」
今度は少し寂しそうな声色になる。
彼女は手際良く倒れている四人を拘束する。それからも中々応援は来ず、先にニルの86が戻って来る。応援が到着したのは一時間くらい経ってからのことだった。事が公になる前に事後処理を行なうようだ。
シルバーにLEGENDのロゴの入ったランドクルーザーが五台と戦車回収用のトレーラー二台がやって来る。
「後のことは私たちにまかせて早く帰った方が良いだろう。明日も授業があるのだろう?」
「ああ、なら、そうさせてもらう」
支部の要員は手際良く隠蔽作業を開始した。ただ戦車の砲弾が開けた大穴についてはどうしようもないだろう。
俺たちに出来ることも無さそうなので、大人しくニルの86で美咲市へと戻ることにした。