Car Chase on the Highway(3)
振り返ればそこには鬼のような形相を浮かべているタキシードの男と「やるじゃん♪」と言わんばかりにウィンクしているリアだ。東條は状況をイマイチ掴めていないようだ。
イリスは驚いた表情をした後で口元を押さえた。
「F:残念ながらお前に渡すことはできなくなった」
「F:お、おま、お前、い、今アンジェに何をした!!」
「F:何って、見てりゃ誰でもわかるだろ? それとも説明をお望みかい?」
俺は人生で一番悪い顔をしているのかもしれない。正直こういうことはしたことが無かったので少し心配だったが相手言動を見るにフェイクは上手くいったようだ。後フェイクにイリスも引っかかっているように見える。
「イリスちゃん、こっちに来て!!」
「!?」
イリスはよく分からないままアイリスに引き寄せられる。
「F:お前、よくも騙したな!!」
「F:騙してなんていないさ、俺と彼女の仲はいつもこんなものだよ」
「F:嘘をつくな、高貴な血統を持つアンジェがお前のような薄汚い雑種に惹かれる訳がない。それも東洋の猿などにな!!」
怒りは頂点に達しているようだが攻撃するそぶりはない。
「F:もしもアンジェが本当にそうならば、お前がアンジェを騙しているとしか考えられない。――――アンジェ、君は騙されている!!」
アイリスに向かって叫ぶが、イリスに言っていると勘違いしているアイリスは男を睨んだ。
まるで俺が悪役のようだが、ここだけは何があっても、何をしてでも譲れないのだ。
「F:そうだ。さっきからアンジェ、アンジェと煩いが、もしかしてアンジェが彼女の名前だと思っているのか?」
「F:それはどういう意味だ!!」
俺は火に油を注げるだけ注ぐだろう。
「F:やはり知らないのか彼女の本当の名前を、婚約者ならてっきり知っていると思っただが……、もしかして知らないのか?」
最高にゲスな顔で言っていることだろう。端から見れば完全に俺の方が悪役だ。
「F:いや、でも、そんなはずはない。確かに書いてあった。間違いない」
男はポケットに手を入れたので警戒したが取り出したのは一枚の写真の付いた紙切れ一枚だ。
「F:ほら見ろ、間違いなく。彼女はアンジェ・アトランティカだ。お前の方が騙されているんだ!!」
その紙を見る限りお見合いのリストの一部を切り取ったものだろう。
アトランティカ家がそんなに名家だったとは知らなかった。その紙には確かに『アンジェ・アトランティカ』記載されている。
「F:そうだ、てめぇの言うことも間違いじゃない」
「F:――――そうだろう!!」
男は少し安堵したような表情をする。
「F:確かに『アンジェ』と言う名前は入っていた。ただしそれはミドルネームだけどな!!」
「F:ミドルネーム……だと!?」
「F:そうだ、だからお前はこれまでの間ずぅーっとミドルネームで婚約者を呼んでいたことになるなあ。そんなことよりミドルネームしか知らされていないのに婚約者をよくも気取れたものだな」
あまりの衝撃に男は膝をついて崩れる。
「F:彼女の本当の名前はアイリス、アイリス・アトランティカだ。俺とアイリスの関係はさっきので分かって貰えたと思ったんだが?」
俺は男を上から見下ろす。嘘八百だが百回言えば嘘も真実になるだろう。
「F:嘘だ、そんなはずはない。お前が無理やり、それとも……」
「F:そうか、あの時のアイリスの表情見えなかったかぁ~。非常に残念だ。でも抵抗しているように見えなかっただろう?」
「F:――――お前!!」
男大きな声を上げながら急に立ち上がる。
イリスが突撃してきそうだったので、左手で静止させる。
男は俺の襟元をきつく掴む。
「F:何だ、やるのか?」
俺は掴んできた男の左手首を渾身の力で握り無理やり離す。
「F:この野郎!!」
さらに右手で殴りかかって来たので受け止める。
「F:素人が調子に乗るなよ」
両手を掴んだまま突き飛ばす。
「F:覚えていろよ、コウサカ!!」
男は一人では勝てないと悟ったのか車の方へと走っていく。
「F:おい、待て!!」
俺も追いかけようとするがタイミング良くトラックが通りかかり、俺の目の前を通過し男の姿を一瞬見失う。
トラックが通り過ぎた刹那、トラックとは逆方向にフェラーリが急発進する。
走って追いかける間もなく車との距離が離れていく。
だがこのまま放っては置けないだろう。
アイリスに何かあってからでは俺の人生に係わる。それに加えて気になることも一つある。あの男、最後に俺の名前を呼んでいた。この場では誰も俺の名前を呼んでいなかった。元々知っていたとすれば今まで事件の何れかに関与していることも十分に考えられる。
フェラーリの後部を見送っていると似たようなエンジン音が学園から鳴り響いている。
そして来客用駐車場の出入り口からニルの86がやって来る。そして助手席の窓を開けてこう言うのだ。
「早く乗りなさい宗助、ここからはカーチェイスの時間よ!!」
ドヤ顔でニルがそう言った。