Car Chase on the Highway(1)
アパート襲撃事件からしばらく経ち4月も末、部屋の修繕はもう既に終わっており、それまでの間は同じアパートの空き部屋で過ごした。今回の一件で建物の強度不足や周辺のセキュリティーの甘さを理事長から直々に指摘されたことから、修繕だけではなく、さらなる改装工事が行なわれた。見た目でわかるくらいには頑丈な作りに補強されている。また近くに風紀省の常駐所することになった。警察で言う所の交番のようなものだ。
それでも東條とは相変わらず寝食を共にしている。これだけ聞くと勘違いを生みそうだが、先日に一件でその必要性が増してしまい東條を隣の部屋へと追い出す計画は頓挫した。
そして、それはある日の授業終わりだった。
「これで本日の授業は終了します。お疲れ様でした」
千手院先生は相変わらず無表情のまま丁寧な口調で言う。
守護科だから専門的なことばかりをやるのかと思っていたのだが存外普通の授業ばかりで安心する。俺自身そんなに学力に自信は無かったのだがこれならばついて行けそうだ。
ただ一つ不安なことがあるとすれば、今まで単位やお金になるようなミッションをかなりこなしていたので体力が有り余っている。
授業中は半分寝ていたニルが素早く立ち上がる。
「私もう行くから、おつ!!」
俺が何か言う暇を与えない勢いで帰って行く。
「あいつ何急いでんだ?」
「たぶん車の整備をするんじゃない? 何かまだ調整が上手くいっていないとか言ってたし」
俺の後ろからリアが話かけて来る。
「小宇坂くん、今日の予定はどうなっているのかしら?」
東條とのこのやり取りも日常となって来た。
「今日は特に何にもないが、そろそろ何かミッションを受けたいんだけど?」
「馬鹿な事を言うんじゃないわよ。あなたたちは護衛されてる身なんだから」
「それは分かってるんだが……」
館山作戦では俺たちの出動が許可された話をしても今とは状況が違うと言われ突っぱねられる。
「だったら明日当たりにでも体育館の使用申請出して見る?」
「また模擬戦か?」
「私だけまだやってなかったから……。でもそろそろ体育際もあるしそっちに力入れてもいいかもね」
その理由なら申請も通り易いかも知れない。
「体育祭ねぇ……」
リアがため息をつく。
その気持ち俺もわかるぞ。
「……確かにあれは体育祭と言うにはあまりに過激だよね」
体育祭とは無縁のような種目がたくさんあるのがLEGEND系列の学園の特徴なのかもしれない。他の学校にもあるような種目で言えばサッカー、野球、バスケットボール、バレーボール、リレーマラソンの5種目だろう。それに加えてクレー射撃、剣道、500m狙撃なんかがあったのを覚えている。
「去年は攻城戦が盛り上がったなぁ」
「あれは楽しかったね、何かサバゲーやってる気分だったよ」
攻城戦は所謂ペイント弾とゴムナイフを使用したフラッグ戦のような種目だ。ルールは簡単でフィールド内で敵を全滅させるか敵陣にあるフラッグを奪った方の勝ちというものだ。あの時はリアの狙撃支援を受けつつ俺が前線で攻めまくるという無双ゲーだった。
「知ってる、知ってる。去年は見学だったけど観客も楽しめる良い競技だったよね」
どうやらこっちでもやっていたようでアイリスがぴょんぴょん跳ねる。
「そうか、あの種目最低七人居ないと出場できなかったけ」
「そうなんだよ、だから去年は見るだけだったんだけどね」
「でも今年も見学かも知れないぞ?」
俺、イリス、アイリス、リア、ニル、東條と数えるだけで6人、まだ一人足りない。ユークリッドは絶対参加しないだろうし、どうしても参加したいなら別に一人連れてくる必要がある。
「そうだよね。一人足りないもんね。……でも一人くらいなら何とかなるかも」
「それでアイリスは去年、何の種目に出場したんだ?」
「剣道だけかな」
そりゃそうだ。去年は一人しかいないのだから団体種目には出られない。
「それは体育祭と呼べるのか微妙な所だな」
少しは配慮して他の学科に混ぜるなり何かしてやればいいのに……と思いつつもあの教師陣を見ればこうなったのも頷ける。
「でも今年は楽しみだよ。こんなにたくさん居るんだから、色々な種目に出れるね」
「ああ、そうだな。なら少しくらいは練習するのも悪くないか」
普段の俺とは真逆の行動に自分でも驚いているが、これがアイリス効果なのかもしれない。
帰り道校庭を覗くとサッカーなり野球なりを練習している生徒で賑わっている。
「もうみんな練習してるんだな」
「もう直ぐ5月だからね」
「リアは今年も狙撃とクレー射撃か?」
「去年この子で参加しようとしたら先生に全力で止められたわ」
机に立てかけてあるダネルをポンポン叩く。
「だろうな」
アイリスと東條も思わず苦笑いだ。
あんなので狙撃したらターゲットを支えている支柱ごと吹き飛ぶ威力だろうな。きっとどこにヒットしたかもわからないくらいに……。
校門に近くまで来ると近くの駐車場の出入り口付近でエンジンを吹かしているアホな奴が居る。赤のTOYOTA86と言えばもうお分かりだろう。
ただいつものTOYOTA86ではなく新しくやって来た方だ。
こっちに気づいている様子がなかったのでとりあえずスルーする。
「あいつこの短い距離を車で通学してるのか?」
「私も乗っけて貰ってるけどね」
リアがテヘッという顔をする。
「相変わらず仲がいいだな」
「そりゃそうよ、マブダチ? だからね」
何で疑問系は置いておくとする。
校門を抜けた時、今度は別の方角から下品なエンジン音が近づいて来る。ニルかと思ったがニルは右斜め後ろを振り返ればそこに居る。
「今日はヤンキーと走り屋ばかりに遭遇するなあ」
「春だからね」
エンジン音が次第に大きくなり盛大に吹かしながらやって来る。ありゃあ態とだろう。
どこで何をしようとそいつ自由だ。
「こっちにやって来るわね。真っ赤だし86?」
「色で判断できる訳ねぇだろ」
段々と大きく見えて来る姿に少し驚いた。
それはエンブレムだけで誰でも知っている車だったのだ。