End of Silent Night(6)
それは学園前駅で降りて直ぐの事だった。
「小宇坂くん、私も所要があるから学園に寄ってから帰るわ」
東條が一瞬後ろを振り返った後にそう言ったので俺は首を傾げる。
「そうか、遅くなるのか?」
「夕食前には戻るわ。何かあったら直ぐに連絡頂戴」
「ああ」
学園前で東條を別れ遂に三人になる。
「何の用事だろうね?」
「さあな、あいつ護衛するからには何とか色々言ってた癖に簡単に離れるんだな」
「二十四時間ずっと護衛し続けるのは一人では流石に無理だと思うし、仕方ないかもね」
「俺だってそんなことは理解しているつもり何だかな」
俺が言いたいのはそういうことではない。そんな中途半端な事をするんだったら最初から言うなということだ。
学園からアパートはまではそう距離はない。
「それじゃあ宗助くん、イリスちゃん、また明日ね」
「また明日」
アイリスが部屋に入っていく姿を見送った時だった。
「兄さん、東條羽珠明の様子が少し変だと感じませんでしたか?」
「少しはな。用事が出来たって言ってたけど、何か今作ったような感じだったしな」
「兄さんもそう思いますか?」
「イリスもなのか?」
「はい、彼女の仕草を統合すると心理学的見解に基づきそう感じました」
「突然用事が出来たとすると……」
思い当たるものは無いが学園の前を通った時に忘れ物を思い出したとかそんなことしか思いつかない。
「私の個人的な見解に過ぎませんが、不審者を発見したので確認に行ったという可能性も考えられます」
「なるほど」
「ただ付けられている様子は無かったし大丈夫だろう」
夕暮れで少し気温が下がったことを肌で感じる。
玄関の前で仮定の話をしていても仕方が無いので中に入ることにした。
夕食には帰ると言っていたのだが一向に帰ってくる気配がないので俺たちだけで適当に済ませる。
それからしばらくして何やら煩い低音が近づいて来てアパートの前で止まる。
最初ニルのTOYOTA 86かと思ったが水平対向エンジンはあんな下品な音は立てないし改造したマフラーの音でも無さそうだった。
何事かと窓からアパートの前を覗き見る外は雨が降っていた。
アパート前の駐車場にはTOYOTA 86がもう一台駐車されており、二台のTOYOTA 86が並んでいる。どちらもピュアレッドのカラーリングでGT”Limited”仕様であろうが、リアスポイラーとかエアロパーツに若干の違いがあるように見える。
「どうせニルだろう」
カーテンを閉めてソファーに座る。
俺の予想に過ぎないがこちらへ転入するタイミングで手切れ金が支払われており、それはニルもどうようだ。俺で一千万近く入っていることだし、ニルも新車を買えるくらいは貰っているだろう。
「無駄遣いしやがって」
「二台同じ車を買う意味があるのでしょうか?」
更に「同じカラーで」と付け足す。
「さあな、あいつの考えることはよくわからねぇ」
何か意味があるんだろうけど、見ただけじゃ素人の俺にはわからん。
「兄さんは着替えないのですか?」
既にパジャマでベッドに転がっているイリスが眠たげに言う。
「俺は東條が戻ってきてから着替えるよ」
それから二十時になっても帰って来なかったので流石に不審に思い電話をかけるが繋がらない。
電話をかけた直後玄関から鍵を開ける音が聞こえる。
俺が玄関へと足を運ぶとそこには返り血を浴びた東條がゆっくりと入って来るのが見える。一瞬で狭い玄関に鉄の臭いが充満する。
「何があった?」
「まずは風呂を貸してもらえないかしら?」
その姿とは裏腹に強めの口調でそう言った。
「わかった」
「助かるわ」
何を思ったのか東條は靴を脱ぐ前にその場で服を脱ぎ始めたのだ。
「おい、何しているんだ?」
「こんな姿では床が汚れてしまうわ」
「だからって俺が目の前にいるんだぞ」
「……そ、そう思うのなら出て行ってもらえるかしら?」
状況が状況なだけにそこまで気が回らなかったのだろう。急に恥ずかしくなったのか頬を少し赤くしながら真っ赤に染まったスカートとは対照的な純白のパンティーを制服の裾をひっぱり隠そうとした。
「わかった、勝手に使ってくれ」
俺はそっとリビングへと退避する。
玄関入って直ぐの所に脱衣所があるがリビングからは必ず見えてしまうので見ないように心がけた。
それからシャワーの音が聞こえ始めた事を確認してクローゼットから予備の制服と下着を脱衣所の洗濯機の上に置いておく。それから五分、十分で直ぐに上がってくる。かなり急いでいる様子だ。
「待たせたわね」
「それで何があったんだ?」
「その前に制服出してくれてありがとう。でも下着まで出してもらった私の気持ちは複雑だわ」
「俺が持ってかなかったら俺の目の前を布切れ一枚で往復するつもりだったのか?」
「だから複雑な気持ちって言ったの。それを言っちゃうと護衛目的とは言え一人暮らしの男性の部屋に自分の着替えをしかも下着までも鍵すらかけてない押入れに何枚も入れている時点で、既に私の女としての何かを失ったような気がするわ」
それは俺も思っていたことだが任務の重要性を考えれば半住み込みも当然の事でもあるのであまり気にしない方が良いだろう。
「一応言っておくが俺はそういうことはしないから安心してくれ」
「あなたの性格は何となく分かってきたからそんな心配はしていないわ。それにイリスさんも居るものね」
「それで一体何があったんだ?」
俺が問いかけると、さっきまでの恥ずかしそうな表情とは打って変わって真剣な表情になる。
「……何から話すべきかしら」
東條は少し考えるような仕草をした。