New Semester(6)
教員室から少し離れた廊下で腕を放される。
「それで何のようだ?」
「これから護衛するにあたって必要なこと色々あるでしょ?」
「別に今日じゃなくてもいいだろうに……」
「そういう訳には行かないわ。だからちょっと付き合いなさいよ」
「それは他の奴がいるところではダメなのか?」
俺の問いの少し悩むようなしぐさを見せる。
「ダメじゃないけど、そんなに時間はかからないわ」
「ならさっさと済ませてくれ」
「わかったわ、じゃあ屋上にでも行きましょう」
学園の中をよくわかっているようで一度も迷わずに屋上まで上がる。ちなみに俺はまだ学園のことをあまり知らない。
東條の話だと屋上は春から秋の雪が積もらない時期は生徒へ開放しており、昼休みには昼食を食べる生徒で賑わうとか。落下防止に少二メートルくらいだろうか、高めの金網が設置されている。この時期にここへ来るものは居ないだろうし、それに加えてこの時間だ。
柵の向こうから下校中の生徒を見下ろす。その中にアイリスたちもいるのだろうか、などと少しだけ探すも見つからない。
「それじゃあ改めてこれから護衛していく上でのミーティングをしましょうか?」
東條は屋上の扉から少し離れたところまで行き、こちらを振り返るとなぜか少し不機嫌な顔になる。
「どうした東條?」
俺を見ているのかと思ったがそうでは無かった。視線は俺の頭上より少し高い位置にあり、俺も後ろを少しだけ振り返ると釣られるようにイリスも振り返る。
俺たちのいる場所とは屋上の勝手口とは反対側の飲料水用の給水タンクの上に一人の少女が佇んでいる。その少女はどこか見たことのある金髪ロングヘアー、前髪で左目が半分以上隠れており、赤いマフラーをしている。
「あなた誰かしら?」
東條は不機嫌な態度を崩さず強めの口調でそう言い放つ。不機嫌なのはおそらく人がいるということに気づかずに話しを始めてしまったためだろう。
「人の名を尋ねる時は自分から名乗るものでしょ?」
少し虚ろな瞳で俺たちの方を振り向き、静かにそう言った。そして急に立ち上がり数十メートル級の特大ジャンプで俺たちの前までやって来る。その勢いに圧倒され俺たちは一歩引く。そして着地して起き上がるタイミングでイリスの方を一瞬見たような気がする。それも少しだけ口元を緩めていたような……。間近で見るやはり小さい。髪のボリュームとマフラーで体積を増やしているがイリスとは小さな定規一本と違わない身長だ。
「私は東條羽珠明よ」
「私はユークリッド・フォン・シュトラーセ」
「ユークリッド……、もしかしてあなたが守護科の最後の一人?」
「最後かは知らないのだけれど、確かに私は守護科よ」
そうだ彼女は春休み最後の日に旧守護科の教室で出会った少女だ。だがその時のような輝きや威圧感というのだろうか。どこにでもいる少し暗い性格の普通の少女のように見え、あの時感じた異様さは半減している。
「そう、私も今日からあなたと同じ守護科なの、これからよろしくお願いするわ」
「私はあまり授業には出ない。よって気にする必要などない」
「そう、別にそんなことはどうでもいいわ。一つ聞くけど、あなた一体何者なの?」
少しだけ険しい表情で顎に手を当てながら言う。
「何者とはどういうこと意味だ?」
「あなた気配を完全に消していたわ。私がこの距離かつ遮蔽物がない状態で気づかなかったことがないわ。だから何か特殊なのではないか思ったのよ」
「なるほど、それで東條、お前は私が『普通に人間』と答えたら納得するのか?」
「いいえ、しないわ。そんなことは絶対にあるはずがない」
東條ははっきりと言い切る。
「そうだ、お前ならそう答えるだろう。ただ今の私にはお前に提示できる答えを持っていない。……そうだな、ヒントは彼が知っている」
俺を指しながらそう言う。
「俺か?」
「そう、あなたなら私の事少しは理解しているだろ?」
「……知ってるって言っても、あんたから聞いた情報だけだぜ」
ユークリッドは二度も同じ説明をしたくないのだろうか。俺からその話をすることには何も言わないようだし……。
「それで構わない。お前は納得しないようだ」
「当たり前でしょ。あなたが喋らないなら実際に確かめてもいいのよ」
最低限の会話だけでその場を立ち去ろうとするユークリッドに対して、東條は刀に手をかけ抜刀体勢を取る。
「模擬戦なんてどうかしら?」
口調は柔らかだが顔は全然笑っていない。
ユークリッドは少しため息をついた。
「今ここで模擬戦をして何になる。戦うべき相手を間違えるな」
静かにそう言い放ち、屋上の柵方へゆっくりと歩き始め、金網の握りながら校門の方を遠目に眺める。俺たちの視線も自然とそちらに行く。
「戦うべきは他にある。今にもお前たちに降りかかろうとしている脅威があるのだ」
「脅威? それはあるでしょうけど」
「わかっているならばそれでいい。特に小宇坂、お前はここに長居は無用だろう」
「アイリスのことか?」
「わかってるじゃないか」
ユークリッドは不敵な笑みを浮かべる。
「ならば早く合流するべきだろう? さあ、ここを去りたまえ」
どんなだけここに居て欲しくないんだよと思いつつもユークリッドの言うことは紛れも無い正論だ。
「わかったわ、今日はこの辺にしておいてあげるけど、教室で会った時は模擬戦、受けて貰うからね」
「……仕方ない、その時は受けて立とう」
ユークリッドが給水タンクの方へと戻っていき、俺たちが屋上を去ろうとした時だった。
どこからともなく大きなエンジン音が響き渡る。少し目を凝らして学園の付近を見渡すと黒塗りのハマー三台が学園へと続く坂道を登ってきているのが見えた。そして校門前に並んで停車した。