New Semester(5)
「居住環境についてですね?」
「……そうだが」
会話を先回りされるのに慣れなく少し黙ってしまう。驚きはもうない。
「俺たちがあのアパートに住んでいることを敵が把握していた場合などを想定すると、どう対策を取るべきか護衛に不安が残る」
「なるほど、小宇坂くんの懸念はわかりましたが、こちら側がその部分に関して懸念していないのにはいくつか理由があります」
一つ目としてアパートには緊急用の通報装置が備え付けられており、通報から五分以内には警備部隊が駆けつけられるということ。
二つ目はアパートの壁は手榴弾や携帯対戦車擲弾発射器(RPG-7)程度では破壊できない衝撃耐性と剛性を持ち、窓ガラスも二重のワイヤスレッド入り防弾ガラスが使われている。
三つ目として護衛役を同じアパートに常駐させていること。
この三点が理由として挙げられ、現状維持で護衛は十分に可能であると判断しているそうだ。
「理解はしたが、より安全性を考えるならばもっと学園に近いか、あるいは寮の方が効率的だと思ったが?」
「それは僕もそう思っていますが現実的ではないですよ」
もしも寮に住むことになったならば一つの寮を貸切で使う必要が出てくる。別にそんなことをする必要はないように思えるが、そうではない。学園内にも少なからず内通者は存在しているという仮定で動いているためだ。それに寮は法律で定められた強度で設計されているため一般的な建造物と強度は同じであるため、爆発や銃弾なんかには耐えられない。それに寮生の居住場所を他に確保しなければならなくなり、コストと時間の面から最善の策が取られた形であるようだった。
「よって現状はどうしようもないです」
「なるほど」
ただのアパートだと思っていたがそこまで考えられているとは思わなかった。
「納得してくれたようなので次に行きます」
「まだ何かあるのか?」
「小宇坂くんは春休み中2つの事件に巻き込まれていますよね?」
「そっちか」
忘れていた訳じゃないが、今日呼ばれたのは両方のことだったらしい。
千手院先生にまたA4の資料を一枚渡される。
文書の題名は「花咲駅前爆破事件」である。
「僕はこの件にあまり詳しくはない、なのでここに書いてあることしか知りませんが……」
そう前置きする。
まず頭のおかしい女の正体については確認中だがフランス政府直下の工作員である可能性が高いようだ。目的についても調査中ではあるが、三年前の事件の関係者が狙われたことから目撃者や当事者の口封じのために行なったと推測している。美咲市への侵入ルートは不明で何人いるのかも分かっていない。あの戦闘で確認できた以外に新たな情報はない。
「これではこっちが知っている事と大差無いな」
「まだ調査中ですから……とは言ってもこれ以上の情報が出てくるには時間がかかりそうです。もしも本当にフランス政府が関与しているならば尚のことです」
ただ何と言うかフランス政府直轄であると仮定すると、頭のおかしい女は人選ミスとしか思えない。俺たちを殺す前提であっても機密情報を漏らすような奴を使ってはいけないだろう。しかしながらかなり優秀な能力者であった事は事実である。
「現状では敵の正体を把握できていないということでいいんだな?」
「その通りです。僕の個人的な見解としてはここまで大規模に事件を起こしたなら手がかりの一つくらいは残っていてもおかしくはないと思っています」
しかし、あの頭のおかしいは隠蔽は得意なようで事件の手がかりとなりそうな証拠品が一切見つかっていないそうだ。
「僕から話せることはここまででしょうか。今日は以上となります」
千手院先生から貰った資料を片手に教員室を後にしようと扉を開けた時だった。
「話は終わったみたいね。この後、少し付き合いなさい!!」
行き成りの上から口調、壁に寄りかかりながら腕を組み。俺が出た瞬間にパープルの長髪を揺れるほどの勢いで振り向き俺たちを指差したのは東條羽珠明だった。
「……三十分以上待っていたのか?」
「当たり前でしょ。私はあなたの護衛なのだから、いつどこで何をしていても一緒なのは当然よ!!」
「確かにそれは護衛の鏡だが、そんなに気を張る必要もない気がするが?」
護衛と言っても俺がついている以上、直ぐにやられたりすることはないだろうし、呼ばれて駆けつけくれるくらいでいいんだが……。
「いいえ、それは甘いは、あのアイリスって言う臨時の護衛役くらい甘いと思うけど?」
「アイリスが何だって?」
東條の挑発的な態度に俺も口調強くなる。
「だからあのアイリスって女は甘いって言ったのよ。臨時とは言え人選ミスにも程がある。私があの場に居たのならあの変な女の一人や二人、余裕で捕まえられていたと思うわ」
「随分、自信があるようだが、まずアイリスのことを俺の前でとやかく言うな。この世界入って一年目なんだそれくらい大目に見ろ。それと東條、お前がどんな能力を持っているかは知らないが一人では無理だろうな」
あの空気の壁を越えるためには攻撃系能力によるゴリ押しでは厳しいだろう。何かトリッキーな方法あるいは純粋な超粒子(Hi-Particle)の力によるゴリ押し以外に方法はないだろう。
ただ俺が言い終えると明らかに不機嫌な顔になったのが分かる。
「私は中等部から守護科に入学することが決まっていた言わばエリートなの、そんな私が負ける訳ないでしょ!!」
「エリートだからって能力や武器の相性はあるだろうし、それに相手は近距離と遠距離の五人編成だ。一人では対処できない」
「それをどうにかするのがエリートなんだから」
話は平行線だったが教員室から千手院先生が顔出す。
「羽珠明さん喧嘩なら違う所でやってくれませんか?」
廊下を見渡すと羽珠明の怒鳴り声で「何だ何だ」と他の教員や生徒が遠巻きに見ている。
「まあいいわ。その内模擬戦で私の強さを証明してあげる。今日はそんなことを言いに来たんじゃないわ。早く行くわよ」
東條に無理やり腕を掴まれ教員室の前を後にする。